なぜアメリカ人はイエスかノーかで聞くのか――武器としての異文化間コミュニケーション論

社会に出れば、私たちはつねに誰かとコミュニケーションをとらなければなりません。そしてその相手は、同じ学校の出身でもなければ、同じ国の出身でもない、まったく別の文化で育った人である可能性があります。

 

明治大学4年生の私、白石が今までずっと気になっていた先生方にお話を聞きに行く、短期集中連載「高校生のための教養入門」特別編の第2弾。異文化間コミュニケーション論がご専門の海野素央先生に、トヨタとアメリカのいさかいから、リーダーシップ論を経由し、先日のアメリカ大統領選挙まで縦横無尽に語って頂きました。(聞き手・構成/白石圭)

 

 

「コンテクスト」の違いを知っているかどうかがビジネスの勝敗を決する

 

――まず、先生のご専門である異文化間コミュニケーション論について教えていただけますか。

 

異文化間コミュニケーション論は、異なる文化的な背景を持つ人同士のコミュニケーションのあり方を探る学問です。学際的で、様々な分野の影響を受けています。

 

たとえば社会心理学や文化人類学、経営学といった領域と関係があります。社会心理学や文化人類学は、自分とは異質な他者のことを理解するという意味で重なる部分があります。経営学は、他者とのマネジメントや交渉、また人々をまとめるためのリーダーシップ論を学ぶという意味で接点を持ちます。

 

私の研究はフィールドワークが主です。たとえば2009年にアメリカでトヨタ自動車の大規模リコール事件が起こりました。アメリカで販売されているトヨタ車が、運転中に意図せず急加速するという事故が多発したのです。そしてその翌年、トヨタ自動車社長の豊田章男氏がアメリカ下院議会による公聴会に召喚されました。

 

当時テレビでは、豊田社長のいわゆる日本的な答弁に不快感を表明するアメリカ人議員の姿が映されました。私たち日本人からすれば、丁寧に謝罪を繰り返す豊田社長は誠実で、好意的に見えました。しかしアメリカ人からすれば、遠回しな言い方で謝罪のみを口にする彼の姿は、不誠実に見えたのです。

 

 

――トヨタ公聴会では、日本とアメリカという異文化間におけるコミュニケーションの齟齬が見られたということですね。

 

はい。私は公聴会を傍聴していたのですが、そのなかで文化の違いを著しく象徴する場面がありました。アメリカの民主党議員が豊田社長に、今後トヨタ車のすべてにBOS(ブレーキ・オーバライド・システム。ブレーキとアクセルを同時に踏んだ場合に、ブレーキを優先するシステム)を搭載するのかどうかを聞いたんです。「イエスですかノーですか」と。

 

それに対し、豊田社長は端的な返答を避け、今回の事件について最初から丁寧な説明を始めたんですね。まず車に搭載しているソフトウェアについて。次に運転中の注意について。続いて車の構造上の問題について。最後に部品の構造上の問題について。いかにも日本的な答弁ですよね。

 

質問した議員が額に手を当て、呆然としていたのがよく見えました。「信じられない」といった表情でしたね。日本的コミュニケーションがアメリカ的文化のなかで通用しなかった典型例といえます。これを異文化間コミュニケーションの観点から分析すると、「コンテクスト」の違いを豊田社長は理解していなかった、ということになります。

 

 

――「コンテクスト」というのは、「文脈」という意味でしょうか。

 

一般的にはそうです。しかし異文化間コミュニケーション論では「貯蔵された情報」と訳されます。つまり言語の裏に情報が隠されているんです。その情報が多い文化を高コンテクストといいます。間接的・暗示的なコミュニケーションを好む文化です。日本は高コンテクスト文化ですね。だから日本では「一を聞いて十を知る」とか、「阿吽の呼吸」とか、「察し」とかいう言葉があるわけです。

 

それに対して低コンテクスト文化というのは直接的・明示的で、隠された情報が少ないのです。言語そのものに依存して解釈している文化ともいえます。アメリカは低コンテクストですね。コンテクストは相対的で、国と国、組織と組織などを比べて分析するんですが、日本人はコンテクストが高く見られがちです。

 

 

――コンテクストは相対的なんですか。

 

たとえば中国人やインド人は、日本人からすると低コンテクストです。しかしアメリカ人からすると、中国人やインド人は、高コンテクストであると評価するんですね。つまり相手のコンテクストは主体によって変わってくるんです。だからアメリカの異文化間コミュニケーション論のテキストでは、中国やインドは高コンテクストに分類されているんです。

 

私は以前、中国やインド、タイなどに進出している日本企業のマネジメントを調査・分析していました。日本人マネジャーは、現地従業員に対して、「どうしてこんなに直接的でむきだしの言葉でしゃべるんだ」といらだちを募らせていました。

 

それは現地従業員たちが日本と比べて相対的に低コンテクスト文化にいるからなんです。上司が外国人だから敵対意識を持って接しているというわけではありません。アカデミックな理論を学んでいると、このようにマネジメントについて分析できるわけですね。

 

 

――ちなみに私たち日本人は、低コンテクスト文化ではどのようなマネジメントをすればいいのでしょうか。

 

コンテクストを下げましょう。日本人同士だとこれで分かるだろうということがありますが、それは伝わらない。情報を意図的にオープンにしなければなりません。

 

たとえば資料をつくるとき、日本人は文字情報が多く、文章で丁寧に説明する資料を好みます。しかし低コンテクスト文化では、チャートや図表を多用した、文字情報の少ない資料を好みます。長々と説明が続くものよりも、視覚的にメッセージが伝わるものの方が、直接的で情報がオープンになっているからです。

 

また、先ほどのトヨタ公聴会の場合、豊田社長は事件についての説明を改めてするべきではありませんでした。まずはBOSを搭載するのかどうかを端的に答え、今後の解決策を提示するべきでした。アメリカの低コンテクスト文化においては、解決策を述べなければ謝罪になりません。

 

その一方で日本では、社長が深々と頭を下げ、丁寧に経緯の説明をすれば、「反省しているのだな」と隠された情報を読み取りますよね。謝罪一つとっても、異文化間コミュニケーション論の視点を持つと、違いがよくわかります。

 

 

敬意を払い、傾聴することからコミュニケーションが始まる

 

――異文化間コミュニケーション論は、かなりビジネスの世界と関わりが深いように感じます。

 

異文化間コミュニケーション、というのは何も国や宗教の違いだけではありません。合併した企業、市町村、さまざまな形で異文化が衝突する場面があります。そもそも文化的背景を異にする集団はどこにでもあって、日々互いに接触しています。そのような状況に、いちいち嫌悪感を抱いていては社会生活が円滑になるわけがありません。

 

ですからこの学問は、異文化間だけでなく組織の中でも非常に効果を上げることができます。相手の価値観を理解し、学び、それに沿ったコミュニケーションをとったり、それを考慮したマネジメントをしたりする。同文化でも大事なことです。

 

異文化理解というと大きな言葉ですが、つまりは相手を理解するということなんですよ。それがスタート地点です。コミュニケーションは自分の意見を述べることからスタートするのではありません。自分の考えを優先するものではないんです。

 

日本ではバブル崩壊以後、たくさんの企業が生き残りを賭けて、合併・統合・買収を繰り返しました。私は以前、そうした企業合併におけるマネジメントの調査・分析も行っていました。「同じ業界同士の合併だから大丈夫だ」というマネジャーも多かったです。

 

しかしそれでも今、旧A社と旧B社の経理システムのどちらを使うかで揉めている合併企業もありますよね。そのような時に重要なのが上司のリーダーシップです。

 

 

――上司はどのようにリーダーシップをとればいいですか。

 

リーダーは2つのスタイルに分かれます。率先垂範型リーダーと傾聴敬意型リーダーです。率先垂範型はいわゆるグイグイ引っ張っていくリーダーです。これは、同じ文化的背景をもつ集団のなかでは非常に魅力的で成果を上げます。

 

一方の傾聴敬意型リーダーは、部下に敬意を払い、彼らの意見を傾聴します。これは、それぞれが異なる文化的背景をもつ集団のなかで成果を上げます。合併企業内では派閥同士の対立が発生し、統率が取れなくなるケースがあります。そのような時にも、傾聴敬意型のリーダーが求められますね。

 

先日のアメリカ大統領選挙におけるヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの対立は、まさにその2つのリーダーシップスタイルの対立でもありました。クリントンは傾聴敬意型、トランプは率先垂範型です。

 

 

クリントンとトランプ、二人のリーダーシップの違い

 

――先生は以前からアメリカ大統領選挙で、民主党陣営に入って草の根運動に参加されているんですよね。

 

研究の一環として、2008年、2012年、そして今回の計3回参加しました。そこではっきりと理解できたのは、大統領選挙が異文化間コミュニケーションそのものだ、ということです。

 

2012年の選挙は、ロムニー陣営(共和党)が多額の費用をかけてマスメディアを駆使したのに対して、オバマ陣営(民主党)は戸別訪問を展開しました。オバマは黒人で、アメリカではマイノリティの代表でもあります。ですのでオバマ陣営は、個別のマイノリティとのきめ細やかな対話を心がけました。

 

たとえば、白人、ヒスパニック、アジア系、アフリカ系などといった大まかな集団の分類のほかに、所得階層、職業、性別などを組み合わせると無数の集団が存在します。これらに対し、それぞれが関心のあるテーマを聞き、有権者の悩みを解決してあげるわけです。【次ページにつづく】

 

 

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vol.214 特集:資源

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