2016.10.28

日本に必要なのは「セカンドチャンス」――人口減を逆手に「眠れる人材」を生かすには?

『武器としての人口減社会』著者、村上由美子氏インタビュー

情報 #新刊インタビュー#武器としての人口減社会

人口が減ってしまうと、日本はもう終わりだ……そう思っていませんか? 『武器としての人口減社会』(光文社新書)は、経済協力開発機構(OECD)東京センター長である著者の村上由美子氏が、OECDの国際比較統計を用いながら、人口減を最大限に生かすための政策を提言している意欲的な一冊です。どのように人口減社会をチャンスに変えるのか、その重要なキーとなる日本の眠れる人材はどこにいるのか、村上氏にお話をうかがいました。(聞き手・構成/山本菜々子)

「眠れる人材」の宝庫

――人口減を扱った本の多くは悲観的なものですが、『武器としての人口減社会』は国際統計を比較しながら、「人口減」について現実的に向き合った本だと感じました。

国際比較して見えてくる日本の姿は、「日本は労働生産性が低い」「少子化が進んでいる」「睡眠時間が短い」と残念なものです。さらに、少子高齢化によって日本の財政は悪化、経済の低迷……と悲観的な論調ばかり続いています。

しかし、私はむしろ日本の人口減はチャンスになりえると思っています。これからAI‐ICTなどのテクノロジーが発達し、仕事は自動化していくでしょう。そうなると、失業率が高く人材が余った状態である欧米諸国と比べ、労働力が不足している日本はテクノロジーを導入することがたやすいからです。

さらに、日本にはAI‐ICTに対応できるような「眠れる人材」が多く存在しています。今までの制度の中では、眠らざるを得なかった人たちです。この人たちの能力を生かすことができれば、人口減社会を「武器」にすることも可能だと私は考えています。

たとえば、日本の女性は高い実力を持っています。OECD成人力調査「PIAAC」のデータをみると、読解力、数的思考力ともに世界で最高点です。

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これからの日本は労働人口が急減します。そうなると、日本の経済は下り坂……と思われるかもしれませんが、男女の労働参加率の差が50%解消すると、日本のGDPの年平均成長率が1.5%まで増加すると試算されています。現状維持の場合より、約20%もGDPが高くなるといわれているのです。一方で、2030年までに男女間の労働参加率が変化しない場合、日本は1.0%しか経済成長できないと試算されています。

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――「女性活用」がうまくいくと、そんなに悲観的な未来じゃない気がしてきますね。

これまで「女性活躍」の議論は人権尊重や社会福祉的な意味を持っていました。ですが、現在は経済合理性から考えても女性活躍が必要だという考え方が主流です。女性の社会進出が進んでいない日本だとなおさらでしょう。

いまのところ、女性の大卒卒業者の就業率は先進国でも最低レベルですし、女性が働くことに対する差別的態度と、女性の就業率との相関を示しても、「職が乏しいとき、女性よりも男性のほうに就職する権利があると考える人の割合」も高く、男女の就業率格差もあります。

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女性の労働参加率と手づくりのぞうきん

――「女性活用」とは言いながらも、日本の女性の社会進出には様々な課題がありますよね。村上さんは海外で働いていた期間が長いですが、日本の女性の社会進出が進んでいない原因はどこにあると感じていますか?

私が日本に来て驚いたのは、男尊女卑――正確に言うと、「社会のメインストリームが男性である」ことが自然に受け入れられているカルチャーです。

たとえば、社外の人とミーティングをすることがありますよね。日本の暗黙の了解で、役職が上の人から順番に名刺交換をすることになっています。しかし、私が男性の部下を連れて参加すると、男性の部下から先に名刺を渡して、私は後回しになってしまうことがたびたび起きました。最初は「わざとなのかな?」と思っていたのですが、「男性と女性がいたら、男性のほうが上司だろう」と悪意なく自然に判断しているのです。

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――悪意がない分、社会に浸透していることの現れなのかもしれませんね。

そうなんです。それに、子どものいる女性が非常に働きにくいことにも驚きました。私はアメリカで2人、日本で1人子どもを生み、現在は家政婦の手をかりながら日本で子育てをしています。

びっくりしたのは、幼稚園に通わせようとすると、母親が毎日お弁当をつくったり、ぞうきんやバックを手づくりしたりすることが求められるのです。お弁当でも手間暇をかけた「キャラ弁」がもてはやされます。日本社会では、専業主婦を前提として、母親に家事労働を求めているのです。

さらに、ビジネスの場でも、「子どもはいつ産むの」と女性に聞いたり、産休に入ると「三つ子の魂百までだから、お母さんが家にいてあげなきゃ」と言われます。これまた悪意は全然ないのですが、働きたいと思っている女性の心は折れるでしょう。私も「お母さんが働いているなんてかわいそう」という声を日本で何度も聞きました。

もちろん、すべて手作りしてあげたいと思うのが、自分にとっての愛情表現だという人もいるとは思います。同時に、母親が社会に出てやりがいを感じながら働く姿を見せることも、子どもの人格形成にプラスになるでしょう。それは個人の選択であり、どちらが望ましいのか社会から押し付けられることではないはずです。女性活躍を進めていくためには、その空気を変えていく必要があるでしょうね。

中高年と若者のスキル

――女性以外にも「眠れる人材」はいるのでしょうか?

日本の中高年も非常に優秀です。PIAACのテストをみると「読解力」「数学的思考力」とどれも高いスコアを維持しています。女性同様、この年齢層の日本人もスキルが高いのです。

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その理由として、日本の高度な基礎教育システムと、企業の丁寧な職業訓練があげられます。日本特有の終身雇用や年功序列制の恩恵にあずかっている世代ですから、長年働くことで組織のあらゆる業務に精通し、人脈も築かれています。

しかし、日本の企業では40歳を過ぎたころから管理職に昇進するかどうかが決まり、そのチャンスに恵まれなかった場合、会社のメインストリームではない場所で飼い殺されてしまいます。そうなると、勤労意欲も失ってしまいますよね。新しいスキルを身に着けようというモチベーションもうまれない。スキルを身に着けないから、リストラされても再起する方法がないのです。

若者が減っていくのですから、中高年齢層にICT-AIに必要な新たなスキルを習得してもらい、彼らの能力を生かせる仕事についてもらったほうがいいでしょう。幸運にも、日本の中高年は世界でトップレベルの数的思考力と読解力を有しています。世代間で教育、スキルレベルのかい離が大きい諸外国では考えられないことです。

――メインストリームであるはずの中高年にもまだ潜在能力があるのですね。

そうです。加えて、非正規の若者も「眠れる人材」であると考えています。ほかの国と比較しても、学歴が高いほどニート(NEET)になっていることが分かります。ここでの「ニート」は、教育や訓練を受けておらず職にも就いていない若者を指します。

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多くの国では、大学・大学院修了者よりも、義務教育修了後の方がニートになっている割合が高いのです。高等教育を修了できないため就職することが難しく、失業状態になってしまうためです。しかし、日本では、大学・大学院を修了した人たちのほうが、仕事についている率が低いことがわかります。

なぜこのような状況が生まれてしまうのでしょうか。就職活動に失敗してしまうと就職のチャンスを逃してしまう日本独自のシステムが、その背景にあると私は考えています。

日本の企業の多くでは、高校や大学を卒業したばかりの学生を「新卒」として採用します。就職活動時期の数か月が就職氷河期とかぶったり、病気や病む負えない事情で活動できなかったりした場合、正規職員として就職することが難しくなります。そのため、就職活動のために留学をあきらめる人も多いですし、意図的に留年して再度画一的なスケジュールに合わせる選択をする学生もいるようです。

就職先が決まらずに卒業してしまうと、主に中途採用で就職活動をすることになりますが、日本では正規社員の中途採用が少ない上に、採用されても昇進が限られてしまいます。そこで、やむをえなく非正規職員になるのですが、これまた日本の非正規と正規の壁は厚い。給与や待遇も違えば、与えられる仕事の裁量も違います。「もっと成長したい」と本人が思っていて、その実力があったとしても、そのチャンスが与えられないのです。さらに、非正規から正規になるのも難しい状況です。

このように、仮に優秀な学生であったとしても、たった数か月の状況次第で社会で十分に活躍するチャンスを逃してしまいます。しかも、日本ではまっさらな状態の若い新卒を好む傾向があります。そのため、大学院や博士課程に進んでプロフェッショナルになっても、就職できません。日本の企業が新卒の一括採用にこだわっているうちは、優秀な人材を確保するのは難しいでしょう。

いまの日本に必要なのはセカンドチャンス

――「眠れる人材」がたくさんいることに目を向けず、「これからの日本は、低成長でお先真っ暗」とばかり言うのは諦めが早すぎる気がしてきました。

そうなんです。「眠れる人材」を有効活用することで、イノベーションを生みやすい効果もあります。それを考えるきっかけをくれたのが私の母でした。母は、専業主婦として5人の子どもを育て、48歳でドラックストアを起業しました。彼女は山陰地方でトップクラスの小売業に成長させます。小売りのノウハウがあったわけではありません。ライバル会社の男性経営者には無い、徹底的な主婦目線で店づくりをしていったことが成功のカギでした。

このように、今まで参加してこなかった、女性や、外国人、若者などの異なる価値化を持った人を重要なポストで登用することは、イノベーションを生むことになります。

日本でも少しずつ女性を管理職に登用しようとしていますが、現段階ではマジョリティのおじさんたちに迎合するような人ばかり選ばれがちです。株式会社プロノバ代表取締役の岡島悦子さんが「チャック女子」という言葉を使っているように、見た目は女性だけれども、チャックを下すと中から男性があらわれる。その結果、「ダサピンク」のような商品がいまだにつくられ、続けています。これではイノベーションとはいえません。

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――これから「眠れる人材」を生かすためにはどのような政策をする必要があるのでしょうか。

労働市場の流動性を促進する必要があります。政府は失業率を低くすることを目標にしていますが、日本の失業率はそれほど高いわけではありません。

それよりも問題なのは再チャレンジできないことでしょう。女性は出産や育児で仕事から離れると再就職が難しい。中高年は窓際族になったら自分の力を生かせるチャンスがない。若者は就職活動に失敗すると、正規職員として活躍しづらい。このような状況を打破するためには、雇用の流動性を高めることが必要でしょう。

セカンドチャンスがないと、起業をし、イノベーションを生む人も少なくなります。なんといっても日本は企業家が少ない国です。いい大学を出ても、大手企業に勤める安定志向の人が多い。「日本人にやる気がないんだ!」と言いたいわけではなく、中途採用の仕組みが整っていないとチャレンジすることをためらうのは当たり前です。

私がアメリカの大学に行って驚いたのは、優秀な学生ほど大学卒業後に起業していることでした。しかも、けっこう失敗するんです。3回倒産して、4回目で当たる、それで上出来な世界です。アメリカ社会では失敗しても負の遺産になりません。

ですから、「起業したのですが倒産してしまったので、御社に入社したいです」と中途面接で言ってもなんの問題もありません。むしろ、ボーナスポイントです。日本だとマイナスポイントになってしまいますよね。やはりそんな環境でイノベーションをうむのは難しいでしょう。

日本ほどセカンドチャンスをつかむための人的資本に恵まれている国もないのに、今は非常にもったいない状況です。そして、人口減少社会だからこそ、今までの働き方を大胆に変えることができると思います。『武器としての人口減社会』が、日本がこれから大きなチャンスをつかむための一助になれば幸いです。

プロフィール

村上由美子OECD東京センター長

上智大学外国語学部卒業。スタンフォード大学大学院国際関係学修士課程修了後、国際連合に就職。国連開発計画や国連平和維持軍などの任務に携わり、バルバドス、カンボジア、ニューヨークなどで活躍。国連での任期終了後、ハーバード大学大学院経営学修士課程入学。MBA取得後、ゴールドマン・サックス証券に入社し、ロンドン、ニューヨーク、東京で勤務。クレディ・スイス証券を経て、2013年より経済協力開発機構(OECD)東京センター長を務める。

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