選挙制度はどう改革されようとしていたか

Synodosにおいて、いわゆる尊厳死法案の問題が数人の論者によって取り上げられていた。私にはその問題について知見も特定の意見もない。ただ、本人の望まない死が強制されるようなことは望ましくないと考える一方、「生命への権利」をどれだけ擁護しても「冷たい方程式」のような極限事例において生への可能性を規定するのは《どれだけの資源があるか》であり、相対的な多数を生き延びさせるために少数派に死が迫られることもあり得るだろうと思うだけである(もちろん現代日本社会がそのような極限的状態にあるとはまったく考えていない)。

 

私に言えるのはただ、仮にそのような決定が必要な状況があったとき、《誰が死ぬか》をむき出しの暴力が決めるよりは、民主政プロセスに委ねられた方が「まだまし」だろうという程度のことである。民主政において何が正しいかを決めるのは、最終的には《全体としての人民の意思》である。そしてそれは多数派支配であり、少数派に対する無視(あるいは抑圧)を少なくとも潜在的には内包している。それでもなお他の政治制度より「まだまし」なものとして、我々は民主政を選択したのではなかったかと、その程度のことだ。

 

 

多数派支配の限界

 

だがそのような相対主義的観点に立ってもなお、単純な多数決ないし多数派支配に委ねるわけにはいかない問題がある。それが民主政プロセス自体の問題、どのような制度を経て・どのように「我ら人民の意思」が形成されるかという手続的な側面だ。民主政への信頼は、そこで得られた結論を「我ら人民の意思」として理解することができるという信念に支えられている。

仮に、イタリア・ファシスト政権が実際にそうしたように《選挙で25%以上の得票を得た第一党が総議席の2/3を得る》ような選挙制度を政権与党が多数決で導入してしまったとしよう。その結果選出された議会による決定を、我々は自分たち自身の決定と信じることができるだろうか。むき出しの暴力より「まだまし」なものと納得することができるだろうか。

 

もちろん選挙制度は、それによって各政治勢力の獲得議席数や政治的影響力が変動してしまう以上、それぞれの思惑や利害が対立する高度に政治的な課題である。すべての政治勢力が合意できる制度など、確かに存在しないかもしれない。しかしそれでも、議論を通じて可能な限り広範囲の政治勢力から合意を得る、少なくとも消極的な黙認を得ることが憲政の常識とされてきた背景には、このような問題意識が存在した。

 

別の言い方をすればそれは、民主政の自己防衛である。不公正な選挙制度・議会制度により民主政プロセスから疎外された(と信じる)勢力は、民主政の外側からそれを打倒しようとする勢力に同調し、支持を提供するだろう。大正デモクラシーで実現した日本の政党政治がファシズムの勃興に抵抗できなかった背景には、民主政プロセスがまるごと不公正であり正統性を持たないという労働者・大衆からの批判があった。選挙制度が公正であること、少なくとも多くの人々から「まだまし」なものとして消極的に支持される程度の公正さを装えることは、民主政自身にとっての生命線なのだ。

 

 

衆議院での対立から参議院での問責決議へ

 

さてこのようなことを長々と述べた背景には、当然ながら現国会において審議されている衆議院総選挙改革案の問題がある。

 

一方では消費税増税問題をめぐって野田総理大臣が「近いうちに」衆議院を解散して総選挙を実施することを約束していたが、現在の選挙区割りによって実施された2009年総選挙については最高裁判所で「違憲状態」にあると判示されており(最高裁大法廷判決平成23年3月23日)、このままの状態で選挙を行なえば違憲無効判決を受ける危険性があった。改革案について与野党協議が進められていたが合意に至らず、野党が欠席するなか衆議院で与党案を単独可決・参議院に送付(8月28日)、野党側が反発して野田総理大臣問責決議案の可決に至った(29日)という経緯は報道されている通りである。

 

だが与野党はどこで対立していたのだろうか。野党側の改革案も衆議院に提出されていたし、両者は共通の内容を一定程度含んでいた。前述の最高裁判決が投票価値の平等を実現するよう求め、そのための障害として「一人別枠方式」(小選挙区部分の定数について、まず1議席ずつを各都道府県に割り振り、残りを人口比例で配分する制度。人口の少ない県への配慮とされる)を明示していた以上、その部分の改革は当然に必要となるだろう。後述するが、与野党双方の改革案は確かにその部分で一致している。

 

では何が違うのか。とりあえず手近にあった二紙の8月28日夕刊・29日朝刊を確認した限りでは、与党による衆議院選挙改革案の内容についてほとんど紹介されていなかった。与党関係者の発言では、野党案が定数を5議席減らす内容なのに対して、民主党案では45議席減としていることから、野党が「身を切る改革」に消極的であると主張するものがいくつか見られた。菅直人前首相のように、国会で行なわれているのは「相変わらず解散はいつかといった政局議論ばかり」(オフィシャルブログよりhttp://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11338974879.html)として、すべてを政局の問題に還元しようとしている人もいるようである。

 

 

 

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