「シルバー・デモクラシー」からの脱却  

この夏から秋にかけて、フランスはデモとストライキの嵐に見舞われた。その理由は、退職年齢を60歳から62歳にと、2018年までに段階的に引き上げることを主軸にした政府による年金制度改革案にあった。改革に伴い、年金支給開始年齢も積立期間がたりない場合、65歳から67歳へと引き上げられることになった。

 

フランスの退職年齢引き上げ案は、10月に入って可決されたが、ここにいたるまで8月から約二ヶ月もの間、各地で毎回数百万人の労働者・サラリーマンが、断続的にデモとストライキを行い、公共機関のマヒはもちろんのこと、製油所でのストによって一時期ガソリン不足が生じるという事態を招いた。

 

 

高齢化するヨーロッパ

 

他の欧州各国も、90年代以降、段階的に退職年齢を引き上げる傾向にある。どの先進国も、戦後のベビーブーマー世代が労働市場から大量に退出するのに伴い、年金財政が逼迫しているためだ。

 

法定退職年齢は、フランスの60歳からドイツやスウェーデンの67歳と幅があるが、EUは2050年にはEU人口の10人に3人が65歳以上になる高齢社会となる。出生率の下げ止まりや移民流入があるにせよ、賦課方式もしくは積立方式の何れを軸にするかに関係なく、人口動態によって年金財政が苦しいのは、もはや先進国共通の課題となっているわけだ。

 

他方で、国際競争力や選挙圧力のことを考えれば、増税は政治的な選択肢としてあり得ない。低成長が続き、年金財源はますます困窮している。結果として、支給開始年齢を遅らせつつ、労働力率を上げる方途しかない残されていない。

 

 

負担を背負う若年層

 

デモとストによる抵抗に輪をかけたのが、高校生と大学生による授業ボイコットである。フランスでは、68年の「五月革命」を嚆矢として、労働運動と学生運動が分散して、しかし共鳴し合って、大規模な社会紛争に発展するケースが多々あるが、そのパターンがまた再見された。一部の急進的な学生団体による一方的なロックアウトではなく、自治団体での決議によるボイコットも多くみられた。

 

若年層が動員した根拠は、大きくいって政権の強硬姿勢に対する不満の表明と、退職年齢引き上げによって若年失業率がさらに上昇しかねないことにあった。つまり、論理的には現役世代が2年長く労働市場に留まれば、若年層は労働市場に参入するのが2年遅くなり、それが若年層の雇用を奪うことになるというわけだ。

 

実際には、景気循環や早期退職などといった変数が存在するから、それほど単純な話とはならないが、労働市場の編成が彼らの多大な関心事となっているのは確かである。というのも若年層の失業率は、フランスでも全国平均の2倍以上、貧困率は約4%ポイントも高い。リーマン・ショックを経てのことであるから、なおさら、経済危機の社会的コストは若年層を犠牲にすることで賄われていることを、若者たちは本能的に嗅ぎ取ったのである。

 

 

先進国の共通課題としての「ロスジェネ」

 

ILO(国際労働機構)は、最近、先進国の若年層の失業率が平均18%であり、貧困の度合いも都市化や伝統的家族形態の崩壊によって高まる傾向にある、との報告書をまとめた。世界の総失業者数の約半数が若年層であり、さらに先進国ではこのシェアが上昇する傾向にあるともいう。

 

福祉先進国のようにいわれる北欧諸国でも、若年層の失業率が20%を超える国は珍しくない。すなわち、「ロスジェネ」問題は、年金制度問題と同様、もはやグローバルな社会問題になっているといえる。マルクスの『資本論』の言葉を借りれば「ここで語られているのは君のこと」なのである。

 

少子高齢化は、思わぬ帰結を社会にもたらしている。それが「シルバー・デモクラシー」の到来である。時間にしても、財源にしても政治のリソースとして用いることができるのは、きわめて限られている。政治が、共同体の構成員の選好を反映するものだと仮定すれば、人口の老齢化は、政策の主軸を高齢者に偏ったものへと変化させていくことは、十分の予想可能なことである。

 

 

政治の「ラウド・マジョリティ」

 

実際、日本では過去20年間、退職を迎えつつある「団塊世代(戦後ベビーブーマー)」の選好に沿った政策が過度になされてきたとの分析もある(D.Vogt,“Talking Politics: Demographic Variables and Policy Measures in Japan”,2008)。

 

この層の政治参加は若者のそれよりも強く、例えば2005年総選挙(郵政解散!)において60歳以上の世代は有権者総数の4分の1を占め、投票所に足を運んだのは実に84%と、若年層(20-24歳)の倍近い。後期高齢者医療制度が、福田内閣支持率の急落のひとつの要素になったことも記憶に新しい。端的にいって、高齢者は政治の場においても依然として、かなりの「ラウド・マジョリティ」なのである。

 

為政者の年齢も、代議士が58歳、知事が59歳と、人口の平均年齢(41歳)よりもかなり高い。最近、政権の性格を問わず、世論調査で人気のある(あった)政治家の何れもが、舛添要一や長妻昭など厚生労働大臣経験者であることと関連づけることもできるかもしれない。

 

もちろん、これまでみてきたことに鑑みれば、「シルバー・デモクラシー」の到来は、日本だけに留まらない。若年層よりも現役世代の頂点にいる層の方が、人口総数からみても、実質的な影響力からみても、政治市場にとっては、より良い顧客なのである。

 

 

 

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