為替と解散総選挙 ―― 政治家はなぜ円高に無関心なのか? 

ノーベル経済学賞と解散総選挙

 

今年のノーベル経済学賞は、ダイアモンド、モーテンセン、ピサリデスの三人に贈られました。労働市場の分析において、サーチ・モデルという分析枠組みを導入したことが評価されたのです。このサーチ・モデルを用いることで、なぜ十分な数の求人がある場合でも、多くの人が失業するのか、その仕組みの解明が進みました。これは、それまでの単純な需要と供給のモデルでは、十分に分からなかったことだったのです。

 

わたしは政治学を研究していますが、日頃から経済学の議論からも多くを学んでいます。政治学は、経済学だけでなく、社会学、心理学、人類学など隣接諸分野の研究成果をどん欲に吸収して発展してきました。サーチ・モデルは、経済学では労働市場だけでなく、結婚や資産市場の説明などに広範に用いられていますが、これを政治学に応用することも十分に可能です。そのひとつの例が、衆議院解散時期の選択問題です。

 

労働経済学での標準的なサーチモデルでは、就職活動の状況を想定します。仕事を探していると、いろいろな賃金水準の求人広告が断続的に降ってきて、新しい賃金が働いても良いと思う賃金水準(=留保賃金)以上だったら就職するけれども、これを下回る場合は就職活動をつづけるという設定です。あるいは、現在ある賃金をもらって仕事をしている人が、新しい給与水準がいくらだったら転職するか、それ以外であれば現在の仕事にとどまるか、という状況を考えても同じことです。

 

もちろん、就職活動はいつまでもつづけていられるわけではありません。たとえば失業中の就職活動なら、失業給付が無限につづくわけではありません。この場合、失業給付が切れる切羽詰まった状況で就職して得られるであろう平均的な賃金を予想し、これから逆算して、いま手にしている求人広告が魅力的かどうか考えるわけです。

 

この分析枠組みは、総理大臣が解散の時期を決める状況と似ています。まず、失業給付に期限があるのと同様、衆議院の任期にも最大4年間までという期限があります。つまり、任期満了時点で、平均的に獲得できるであろう議席に対して、いま選挙を開いたらどれだけ多くの議席が確保できるか、これが総理大臣の解散をめぐる決断の鍵となります。ここから、数学的に問題を解いた結果を説明すると、つぎのことが言えます。

 

(1)任期満了まで時間があるときには、よほど有利な条件がそろわないかぎり解散しない。

 

なぜなら、いま権力を握ることそれ自体に、さまざまな価値があります。賭けにでて権力を失うよりは、いま手にしている権力を最大限の期間において発揮することが、権力を手にしている者にとっては有利な選択となります。

 

(2)任期満了が近づくにつれて、それほど有利な状況でなくとも、解散に踏み切る。

 

しかしながら、任期満了が迫ると、最悪の条件の中で選挙を行わなければならない危険性も高まります。そうすると、次の任期も権力を握りたいと思う総理大臣であれば、少しでも有利な状況があれば早めに解散したくなります。

 

つまり総理大臣は、この二つの相反する力学のバランスをとって、最適なタイミングを探るわけです。

 

それでは、選挙に有利な状況とは一体どのような条件を指すのでしょうか。内閣支持率や政党支持率が高ければ、いま選挙を行っても数多くの議席を得ることができるでしょう。議席率が高い状況では、選挙をすることで議席を減らしてしまう可能性が高いだけでなく、現状を維持しながら議会を運営することが望ましいため、なかなか解散に踏み切らないことが予想されます。

 

またこれまでの研究では、景気循環の波乗りをするように選挙のタイミングを選ぶのではないかという仮説が提示されてきました。この仮説を世界で最初に提示したのは猪口孝先生(新潟県立大学学長)で、1979年のことです。これは、政権の実績を誇るように、経済が順調なときにこそ、選挙を行うだろうという議論です。それでは、こうした仮説は現実に支持されるでしょうか。日本の選挙データをみていきましょう。

 

 

 

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