最高と最低の道徳

「法的に正しいことでないこと」は、「法的に間違っていること」である。あるいは、合法でないことは違法であると言ってもよい。では、「道徳的に正しいことでないこと」は「道徳的に間違っていること」だろうか。「政治的に正しいこと」はどうだろうか。

 

 

法的な正しさ

 

法的に正しくないことは、間違ったことである。法律は、世界のすべてのことがらを「合法」と「違法」というふたつの区分へと綺麗に押し込めることを、その本質としている。

 

もちろん合法か違法かの判別が難しいとか、なかなか確定しないということもある。日本でもっとも長くかかった刑事裁判である甲山事件では、無罪判決が最終的に確定するまでに事件から25年が必要となった。しかしそれでも最高裁判所の判決が最終のものであることが憲法81条で規定されている以上、いつかは確定的な結論が得られるはずなのであるし、それまでのあいだも結論はすでに決まっているはずであって、その観測が十分にできていないにすぎない。

 

シュレディンガーの猫がいまこの時点で生きているのか死んでいるかはわからないが、そのどちらかであることは決まっているように、それは確定しているが知られていないことであるにすぎない。

 

そして、違法な行為は基本的に犯罪であり、制裁の予告を通じて禁止される。もちろん単純売春や未成年者の飲酒・喫煙のように、違法だが犯罪とはされていない行為もある。だがそれでも、違法行為である以上は民事上の不法行為責任の基礎になるなど、法的な制裁によって抑止されている、とは言ってよいだろう。

 

このように「違法」とされたことが法的な強制を伴って禁止されるからこそ、多くの思想家たちはその限界について論じてきた。

 

 

他者危害原理と最低限の道徳

 

J. S. ミルによる「他者危害原理」はその典型である。彼は、国家がある行為を禁止することができるのは、それによって他者に危害が生じる場合に限られるとした。言い換えれば、自分自身にのみ危害が及ぶような行動(たとえば自殺)や、現実の危害は生じさせないような行為(キリスト教徒が多くみている前で妊娠中絶の合法化を主張する演説をぶつ、というのはどうだろうか)を法によって禁止するのは許されない、ということである。他者を傷つけない限り、何をすることも法的には許されている。

 

逆に言えばそれは、「違法ではないこと」=「合法であること」のすべてが、社会から高く評価されたり他の人々に許容されたりするものではない、ということを意味している。自分の財産を食いつぶしながら朝から晩まで飲んだくれている人間がいたとして、そのような生き方は高く評価できないと考える人はいるだろうし、友人付き合いなどもってのほかだと思う人もいるだろう。

 

あるいはそう思う人が社会を構成する圧倒的多数であって、その結果彼は友人も知人もなく寂しい人生を送ることになるかもしれないが、それはそれで仕方がない。国家の強制が働いているわけではないので他者危害原理が直接適用されるわけではないし、そもそも「イヤな奴とは付き合わない」ことも、それによって他者に直接的な危害が及ばない行為だから他者危害原理によって保護されている。ミル自身によっても、この点は以下のように明確にされている。

 

 

人は誰でも他人についても否定的な意見に基づいて、他人の個性を抑圧するためではなく、自分の個性を発揮するものとして、さまざまな方法で行動する権利をもっている。たとえば、その人との付き合いを求める義務はない。付き合いを避ける権利をもっている(ただし、避けていることを誇示する権利はない)。人には、付き合いたい相手を選ぶ権利があるからだ。(ミル『自由論』173-4ページ)

 

 

「法律は最低限の道徳」と言われることがあるのは、この反映である。法はあくまで、自由にふるまう人々が共存するために絶対排除しなくてはならない行為のみを規制するためのものであり、それに反しない行為が道徳的に正しいことは保証しないし、行為の動機とも関係はない。盗みは悪いことだから手を染めないという人と、発見されたときの処罰が怖いからやらないという人は、法的には区別されない。

 

だが繰り返すと、その違いはわたしが友人を選ぶとか、われわれの代表を選ぶという場合には意味をもつだろう。法は強制力によって社会を支配する強力な手段だが、社会のすべてをカバーするものではないのである(近年、「食に関する適切な判断力を養い、生涯にわたって健全な食生活を実現することにより、国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成に資すること」ことを理念として掲げる食育基本法(平成17年法律63号・2条)のように、この範囲をこえて人々の内心を規律することを目指すかのような法律も増えてきており、「おせっかい立法」の問題として立法学的にも取り上げられるようになっているが、それはまた別の話、ということにしよう)。

 

 

 

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