「広場」を生み出す演劇の可能性――テアター・デア・ヴェルトの事例から

鮮烈な印象を得た『HOTEL shabbyshabby』ツアー

 

マンハイムのホテルでは、トルコから来たチームとしばしば朝食を共にした。彼らの作品は、イスタンブールのタクシム広場を題材にしていた。「日本にはそもそも広場がないからね……」とわたしが嘆くと、「じゃあいったい、君たちはどこでデモをするんだ?」と驚かれた。

 

広場がない、という言い方は正確ではない。皇居前広場を始めとして、小さな駅前広場に至るまで、各地にスペースは点在している。だが、西洋的な意味での広場、すなわち、デモであれ魔女裁判であれ、多様な民族・言語・宗教からなる公衆たちが数々の祝祭的・政治的な行為を果たしてきたという意味での広場は、日本にはおそらく未だかつて存在した試しがない。

 

南ドイツのマンハイムに滞在し、舞台芸術祭Theater der Welt(テアター・デア・ヴェルト=世界の演劇)を観ていたおよそ3週間のあいだ、わたしはずっと、ここで感じていることをどうやったら日本に持ち帰れるだろう、と考えていた。個々の作品の洗練度合いやクオリティだけをとれば、日本の演劇やダンスは、ヨーロッパや他の大陸のそれと比べても遜色ないように思えた。だがしかし、海を隔てた両者のあいだには大きな文化的差異があった。それは、ここ(テアター・デア・ヴェルト)には「広場」がある、ということだった。

 

それを最初に突きつけられたのは、オープニングの日に開催された『HOTEL shabbyshabby』のツアーである。

 

廃材などを使って町のあちこちに簡便な「ホテル」を設置する(宿泊もできる)というこのフェスティバルの目玉企画。

 

この日行われたツアーは、その幾つかを実際にめぐってみるというものだった。

 

劇場前の(まさに)広場に集まった人々を前に、タバコを片手に陽気なノリの男性が、拡声器で喋り始めた。彼は「英語分かる人? ドイツ語分かる人?」と挙手によるアンケートをとると、「OK! じゃあ今は英語で喋るね」と演説を始めた。すぐに強い雨が降ってきたのだが、「諸君! この雨は30分もすればやむだろうから、それまでビールあげるし、ソーセージもただで食べていいから、待っててね!」みたいなことを言い、実際にビールとソーセージと傘が無料で振る舞われたのだった。驚いたのは、このフェスティバルのプログラムディレクターであるマティアス・リリエンタール自らが、その巨体を揺らしながらビールケースを運んでお客さんに手渡していたことだ。なんてフランクな雰囲気なんだろう。フェスティバルが開幕するという高揚感に加えてさらにビールやシャンパンでほろ酔いになったツアー参加者たちは、知らない人同士で自然と話し始めた。

 

 

『HOTEL shabbyshabby』ツアーでの演説。オレンジのシャツを着ているのがリリエンタール氏。

『HOTEL shabbyshabby』ツアーでの演説。オレンジのシャツを着ているのがリリエンタール氏。

 

 

雨は予言通り30分でやんだ。そしてほろ酔い気分の上機嫌な集団が、大挙して町へと繰り出した。ビルの屋上へ。目抜き通りへ。川に浮かぶ船の上へ。……例えばマンハイム随一の目抜き通りであるプランケン通りの「ホテル」では、参加者たちがワッと道路にひろがるものだから、とうとうトラムをストップさせてしまった。しかし誰にも怒られることはなく、それどころか、「これは何をやってるの?」と尋ねてくる町の人は後を絶たず、参加者は雪だるま式に膨らんでいった。

 

まるでデモのようだった。

 

もちろんこの謎の集団が、何かの政治的な主張を声高に叫んでいたわけではない。しかし、舞台芸術のフェスティバルがこうやって町の中に繰り出し、その日常に溶け込み、多くの人を巻き込んでいく……。その現象は、わたしにはとても感動的だった。

 

ツアーのラストシーンは、ライン川の支流・ネッカー川に架かる橋の上だった。達成感と、心地よい疲労。ある種の共闘を果たした参加者たち。その群れに混じって眺めるネッカー川は、とても美しかった。

 

 

ネッカー川から見たラストシーン。左に見える3つの建物が『HOTEL shabbyshabby』のひとつ。

ネッカー川から見たラストシーン。左に見える3つの建物が『HOTEL shabbyshabby』のひとつ。

 

 

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