「良い作品を作ろう!」主義がもたらす弊害――日本のアニメはブラック業界

先日寄稿した拙論「なぜ若者は遣い潰されるのか――日本のアニメはブラック業界」には予想を超える反響があって驚いた。何より驚いたのは、当のアニメ業界内部の方々からの反応が大きいことだった。それも怒りの反応が圧倒的だ。

 

だがそれも考えてみれば予想してしかるべきだった。まずアニメにはジャーナリズムが働いていない。アニメ情報誌はたくさんあっても、業界の歪みを糾弾することはけっしてない。アイドル雑誌と同じで、アイドルならぬ人気キャラクターの版権イラストを業界側から提供してもらわなければあっという間に休刊に追い込まれる。

 

そのうえ大手マスコミもこの手の情報誌あがりのライターの言説を取り上げる傾向が近年あるため、アニメの監督や有名スタッフたちは「クリエイター」としてひたすら持ち上げられる。

 

 

アニメ情報誌の老舗『アニメージュ』の表紙。アイドル雑誌の紙面作りを踏襲しているのがわかる。

アニメ情報誌の老舗『アニメージュ』の表紙。アイドル雑誌の紙面作りを踏襲しているのがわかる。

 

 

そこに「労働者」という視点を持ち込んで、二〇三高地に広がる死体を可視化したのが私の小論だった。この屍(しかばね)、大半は青春のほろ苦い思い出として坂の上の雲に昇華されてしまうので残らないのだ。そのトリックを暴いたのだから、傷を負いながらなお戦闘中の人間にすれば、ひた隠しにしてきた自分たちの傷口に素手で触れられたような気にもなるのであろう。

 

だが、治療の第一歩は診察と診断である。たとえ手遅れであるとしても、だ。

 

とりあえず先々月(2015年4月)末に公表された「アニメーション制作者 実態調査報告書 2015」を今回改めて取り上げるところから始めよう。

 

 

労働組合についての誤解

 

この報告書の後半を占める、アニメ労働者たちの阿鼻叫喚のなかに、労働組合の話題がちらっと出てくるので紹介しよう。

 

「うつ」で仕事する気がない日が増えた。アニメーション産業全体のことで、よく「労働組合」みたいなものがなく、機能もしないのは、なぜ?と他業種から言われ、挙句「そこに甘んじているお前らが悪い」という結論になりますが[以下略]

 

本当に「なぜ?」なのだろう。

 

この問いに答えるには、日本での労働組合のあり方が世界でも特異であることを、まず理解しておく必要があるので、以下駆け足で説明する。

 

18世紀末から19世紀前半にかけて、後に「産業革命」と呼ばれることとなる大変革がヨーロッパに広がっていった。ひとりの、あるいは少数の資本家が統べる工場に、たくさんの労働者が雇われる。労働者はおのれの労働力を資本家に提供し、その見返りとして賃金を貰う  これが「雇用」だ。

 

資本家と労働者が雇用する/されるの契約を結ぶわけだが、実際にはどうしても資本家のほうが発言力が大きくなる。そこで雇われる側に団結権を認め、資本家と労働者(の団体)が対等な存在として交渉に挑めるよう法を整備しよう  これが労働組合の考え方である。

 

さてここで注意してほしいのは、労働組合は本来、会社や工場ごとに生まれるのではなく、業種や業界別に組織されるものであることだ。

 

たとえばたまにニュースで、アメリカの自動車産業が一斉ストライキに入ったと報じられることがあるだろう。日本でいえばホンダやトヨタやニッサンなどで一斉に労働者が作業を止めてしまうようなものだ。こんなことが可能なのは、労働組合が企業ごとではなく、その業界全体でひとつになっているからである。

 

こうした労働法(ちなみに「労働法」という法律があるわけではなくて、労働関係のいくつもの法律をこう総称している)の考え方が日本に導入されたのは、あのアジア太平洋戦争に敗れた後のことだ。


先の論文でも少し触れたのだが、アメリカ陸軍元帥ダグラス・マッカーサーが率いる日本占領チームは、日本の軍事的暴走を支えた大きな要因として資本家と労働者の協調路線があると見て、これを双方対立路線に切り替えるために、アメリカ式の労働法制を日本に持ち込んだ。憲法の改正よりも急がせたことからも、マッカーサーがどれほどこのことを重視していたかがうかがえよう。

 

 

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しかしながら、天皇をしのぐ権力を得た元帥の力をもってしても、労働法を本来の理念のまま日本に根付かせるには至らなかった。

 

賃金の決め方が日本ではずっと温情主義で、アメリカ式の合理的なやり方(職種給という)がどうしてもなじめなかったことにくわえ、ある会社を辞めて同業種の他社に移ることを重ねながらキャリアアップする、つまり労働市場における人材の流動性が低いこともあって、労働組合もどうしても会社や工場内で完結したものになってしまうのだった。

 

 

アニメの世界にも労働組合はあった

 

アニメの世界はどうか。

 

昭和36年(1961年)に、今の東映アニメーションで生まれた「東映動画労働組合」がアニメ業界における最初の組合である。ちなみにその2年後に、あの宮崎駿が東映アニメに入社し、あっという間に組合活動で頭角を現すことになるのだがここでは深入りしない。

 

この頃はアニメといっても、テレビCM用アニメ(当時は60秒はあったからちょっとした短編アニメだ)の業界を除けば商業用作品を定期的に制作する営利企業は東映アニメぐらいしかなかったのだが。

 

そこにいきなり、まんが家であってアニメーション制作はほとんど経験がなかった手塚治虫が、高額納税者の画家部門日本一でもあったその財力を使って自前のスタジオを設立し、週30分のアニメ放映という、当時としては暴挙としかいいようがない企画に乗り出してしまった。

 

ところが半ば偶然にアメリカ輸出が実現したことで(当時の裏話は拙訳『アニメがANIMEになるまで 鉄腕アトム、アメリカを行く』と訳者解説を参照)、アメリカの強いドルを稼ぐ強力な輸出品としてテレビアニメが着目され、追従番組がいくつも現れた。

 

テレビアニメ「業界」がこうして生まれたのだった。そして各スタジオに労働組合も生まれていった。

 

映産労、といってもわかるひとは今はまずいないだろう。正式名称は映像文化関連産業労働組合。もともとは日本映画放送産業労働組合といって、映画の、それも独立プロダクションの連合的な労働組合として発足した。

 

日本の敗戦後、マッカーサー元帥率いる占領チームによってアメリカ式の労働組合法が日本に導入され、それに最初に感応したのが映画業界だった。とりわけ活発だったのが東宝の労働組合で、若き日の黒澤明も組合員だった。

 

 

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アメリカ軍MP150名、歩兵自動車部隊1個小隊、装甲車6両、M4中戦車3両、航空機3機が東宝撮影所を包囲した。まさに「来なかったのは軍艦だけ」(当時はやったジョーク)。1948年。

 

 

理想主義に走り過ぎて占領軍の弾圧を受け、活動は沈静化。東宝を去って独立系映画プロダクションを設立するものも少なくなかった。そのひとたちが、東宝争議から17年後にあたる1965年に、映画だけでなくテレビ業界もカバーした労働組合として発足したのが映産労である。

 

テレビアニメもテレビ業界ということで、やがていくつかのアニメスタジオで映産労系の組合が作られていったのだった。

 

 

今は東映アニメの組合のみ

 

だが1980年代の半ばにはほぼ壊滅したようだ。かつてはアニメ労働者を「社員」として雇用していたのが、やがて「個人事業主」(フリーランス)として「業務委託」する契約が主流となり、つまりは最初から組合にひとが入ってこなくなったのだ。これは若き宮崎駿が所属していた東映アニメでも同様だった。

 

ちなみに個人事業主だと労働組合に入れないとか結成できないということはないのだが(事実、今のプロ野球選手は労働組合を結成している)、アニメの場合はたくさん絵が描けるものが優遇され尊敬されることもあって、能力が高い者ほど「社員」ではなく歩合制準拠の「個人事業主」になりたがるという皮肉なメカニズムが働く。

 

社員雇用された者はそのまま社員待遇としても、後から入ってくる者が皆、個人事業主であるから年を追うごとに前者は少数派となり、やがて退社すれば組合も自然消滅したのだった。

 

日本のアニメ界で労働組合が成り立たない理由、というか消えていった理由が、これでおわかりいただけただろうか。

 

現在、アニメスタジオで労働組合があるのは東映アニメぐらい。宮崎駿が青春の思い出としてたまに語るので、昔の話だと思われがちだが今も存在している。この組合を原告に、数年前にある非常に興味深い裁判が東映アニメを被告に起きている。もっとも紙面の都合でここでは深入りしない。日本のアニメ界のブラック体質を問う争いだった、と述べるに留める。

 

 

 

日本のアニメはブラック雇用の偉大な先駆けだった

 

 

ここ十年で正規雇用つまり定年退職(これもまた日本ならではの制度)まで雇ってもらえるやり方が薄れ、期間限定での雇用がじわじわ増えていることは、お近くの図書館に行ってみれば図書館司書のほとんどが主婦パートに切り替わっていることからも実感できるだろう。

 

小泉純一郎内閣の頃に推し進められた行政改革のひとつが、官公庁の所轄とされた業務をなるべく民間に委ねるか、独立行政法人に切り替える道だった。それがやがて地方自治体の機関(図書館もそうだ)に伝播し、ついには民間企業の趨勢となった。

 

同一企業で務めきる(といっても男性の場合だが)のがスタンダードで、横の労働力移動がサラリーマンの場合あまりなかったこの国で、労働力の移動を前提としたこのやり方は、結局は人件費の節減のためのお題目といえなくもないのだが。

 

いわゆるブラック企業がここ数年で問題になってきたのはこうした背景がある。正社員であれば会社は経営不振時でも首切りはなるべく避ける代わりに長時間労働や出向は受け入れるという共依存関係が1970年代の半ばに日本では確立し、21世紀に入るまでそれがスタンダードとされた。それが小泉政権の行革を受けて揺るぎ始めた。

 

そこを突くかのように台頭したのがゼンショーに典型されるブラック企業であった。超長時間労働を課する一方で、労働者(というか正社員)の雇用は守るという今までの日本での不文律を無効として使い捨てに走り、それでも生き残った者は未来の幹部候補として優遇するという、経営者にとってはまことに望ましいシステムを正当化したのである。

 

ここまでお読みいただければ、日本のアニメ業界がまさにこのシステムでまわっていることに気がつかれるだろう。スタジオは数あれど、会社としてではなく「絵描きどもに机を貸してやる」場所としてしか機能していなくて、業界全体で巨大なブラック企業となっている。

 

さらにたちが悪いことに、ゼンショーでさえアルバイトを含めて「雇用」をしているのに対し、アニメの世界で絵描きはほとんどの場合「個人事業主」(フリーランス)として契約しているから労働基準法や最低賃金法も堂々とすり抜けられる。

 

そしてさらに強調したいことがある。「労働者」ではなく「個人事業主」として働かせるやり方がアニメの世界でスタンダードになったのも、やはり1970年代の半ばだったという事実だ。ブラック企業の台頭は21世紀になってからとはいえ、その始原がアニメのブラック業界化と同じ時期にさかのぼることは、もっと論じられてしかるべきだろう。

 

 

駆け込み寺としての組合ならある

 

ところでゼンショーでは、アルバイト店員たちが裁判を起こし全面勝利の和解を勝ち取った事件があった。ゼンショー社内にアルバイト店員の組合はなかったのだが、「首都圏青年ユニオン」という組合員になることで戦ったのだった。

 

先ほど産業革命を受けて労働者の団結を認める法制が生まれたと説明した。もう少し専門的な用語を使うと「団体交渉権」といって、労働組合を名乗る組織に対して経営陣は交渉を拒絶できないことになっている。

 

労働者がばらばらにいきなり裁判を起こすのは経済的にも心理的にも負担が大きすぎるため、日本ではまず社外の労働組合の組合員になって、その組合が「団体交渉権」を盾に会社経営陣と対峙するやり方が定着している。

 

少々わかりにくいかもしれないが、要するに社内組合ではなくNGO的な労働組合が日本ではいろんな分野、職種、業界ごとにあって、労働者が自分の属する会社のなかに労働組合がなくても、何か雇用や労働環境をめぐって会社と対立した場合、こうした「コミュニティ・ユニオン」と呼ばれる外部組合に相談すれば、そこの組合員として迎えられ、その組合の問題として会社側と交渉できるのである。

 

「要するに駆け込み寺なんだよ」と、取材の際にあるコミュニティ・ユニオンの代表者から説明を受けて腑に落ちたことがある。交渉が決裂すれば裁判に入るし、それで決着がつけば、駆け込んできた者はその組合を退会する。

 

アニメの世界でもときどきこうやってコミュニティ・ユニオンの力を借りて裁判を戦う者がいる。最近の例だと、背景美術専門の名門スタジオのSE、仕上げ、撮影の三人が会社側の不当労働行為を訴え、長い戦いの末にようやく経営陣(夫婦である)を交渉の席に引きずりだして和解に応じさせた事件があった。【次ページにつづく】

 

 

 

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