2011.03.31

環境エネルギー社会への想像力と実践 ―― 自然エネルギー政策・市場の展開

古屋将太 環境エネルギー社会論

社会 #リーマンショック#東日本大震災#ISEP#REN21#固定買取価格制#自然エネルギー促進法#電気事業者による新エネルギー等の利用に関する#全量固定買取価格制

東北関東大震災により被災された方々には、心よりお見舞いを申し上げます。今回、シノドス・ジャーナルに本連載を投稿させていただくにあたり、最初にわたしが何者であり、どのような趣旨のもとで本連載を展開するかについて簡単に述べたいと思います。

わたしは現在デンマーク・オールボー大学大学院のPhDプログラムに所属し、北欧および日本の地域社会の自然エネルギーへの取り組みを社会的な視点から研究しています。また、NPO法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)のフェローとして、日本国内の自然エネルギー推進に関わる研究および実践に取り組んでいます。ISEPには大学院修士課程在籍時からインターンとして活動に参加してきました。そういうわけで、わたしはおそらく日本では少数派の「NPO育ちの研究者見習い」であり、なおかつ「海外大学院生」という、やや変わった立場にあると考えていただいてよいかと思います。

3月4日にISEPの設立10周年記念シンポジウムがあり、それに参加するためわたしは一時帰国していました。地震当日(11日)午前中の便でデンマークに戻ったため、運良く地震の被害を受けることはありませんでしたが、その後、次第に判明する震災の被害や、日々深刻化する福島原発事故の情報を追うなかで、インターネット上でさまざまな論者が、今後の日本のエネルギー政策の方向性について言及するのを目にするようになりました。そうした議論を俯瞰すると、「自然エネルギーへの転換は必要とはいっても現実的ではない。原子力はおいたとしても、石炭火力で代替するしかない」という論調が多く展開されているという印象を受けました。

本当に自然エネルギーへの転換は現実的ではないのでしょうか?

現在、世界各国がエネルギー安全保障・経済対策・気候変動対策の柱である自然エネルギーをいかにして増やすかを第一に考え、実際に取り組んでいます。こうした動向を踏まえれば、口頭一番に自然エネルギーを選択肢から外すような日本での議論は、海外ではとうてい考えられないようなバランスの悪さであり、わたしは違和感を感じます。そうした議論に対しては、端的にいって「第4の革命」と呼ばれる「世界の自然エネルギーの急速な普及」という現実を理解せず、未来の持続可能なエネルギー社会への想像力が欠如しているのではないかと疑ってしまいます。

以上のようなことから、本連載では、試行錯誤しながら経験と知識を積み上げてきた北欧・欧州の実績を参照しつつ、また、国レベルの政策では失敗したものの、海外の先進事例に習って日本国内で先行して取り組みを進めてきた地域の事例なども踏まえ、日本の中長期的な環境エネルギーの展望を探りたいと思います。

加速する世界の自然エネルギー

では、世界の自然エネルギー市場がどのような勢いで成長しているのかをみてみましょう。「21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク(REN21)」によれば、世界の自然エネルギー新規設備への投資額は、2000年代中盤から急速に拡大し、2008年のリーマンショックを経ても成長を維持し、2009年には1,500億ドルへと伸びています(表1)。

表1. 世界の自然エネルギー新規設備への投資額(年間, 単位: 10億$)
表1. 世界の自然エネルギー新規設備への投資額(年間, 単位: 10億$)
データ: REN21

また、自然エネルギーのなかでも著しい成長を見せる風力発電(表2)と太陽光発電(表3)の設備導入量の加速は圧倒的です。

表2. 世界の風力発電設備容量(累積, 単位: MW) データ: World Wind Energy Association
表2. 世界の風力発電設備容量(累積, 単位: MW)
データ: World Wind Energy Association
表3. 世界の太陽光発電設備容量(系統連系型, 累積, 単位: kW) データ: IEA PVPS
表3. 世界の太陽光発電設備容量(系統連系型, 累積, 単位: kW)
データ: IEA PVPS

このような世界の自然エネルギー市場の成長の背景にあるのは、1990年代の欧州各国における自然エネルギー政策形成の試行錯誤と、その結果としての「固定買取価格制(Feed-in Tariffs, FIT)」の成功です。今日、「世界でもっとも成功した環境政策」と呼ばれるFITは、デンマークの風力発電初期の試行錯誤や、ドイツの地方自治体の先進的取り組みを源流として、2000年にドイツ連邦政府が採用した「自然エネルギー促進法(EEG)」に結実しました。

この法律は数年おきに詳細がアップデートされていますが、その骨子は、自然エネルギー発電設備を優先的に電力系統に接続することを認め、それらの設備から発電された電力は10年程度で投資回収が可能となるような高い価格で一定期間買い取られ、その費用は消費者全体で電力料金を通じて負担するというものです。

これにより、個人の太陽光発電設置も含むあらゆる自然エネルギープロジェクトが確実なキャッシュフローの見通しをもつことが可能となり、投資が進み、量的な普及が進むことで設備価格は下がり、研究開発が進むことで効率が上がり、なおかつ、新たにベンチャー企業が生まれ、雇用も拡大するという、奇跡のような成功をドイツは現在進行形で実現しています。そして、こうしたドイツの成功に追随するように、2000年代中盤以降、新興国・途上国を含む世界の多くの国や地域がFITを採用しはじめ、上述のような世界の自然エネルギーの急速な普及が現実のものとなっているのです。

要約すれば、自然エネルギービジネス・金融・技術、加えて地域社会の相互好循環を誘発させる「賢い政策」が、自然エネルギー市場の持続的な成長のひとつの柱であると考えることができます。

では、なぜ欧州ではそのような政策を採用することができたのでしょうか。これに関しては、国民および政治家による「政治的意思」が、もうひとつの柱として決定的に重要なのですが、ここでは立ち入りません。しかし、この「政治的意思」の弱さが日本の自然エネルギー促進の障壁のひとつであるということは指摘しておきたいと思います。(欧米における詳細はこちら、日本における詳細はこちらを参照)

日本の自然エネルギー政策の失敗:新エネRPS

翻って、日本の自然エネルギー政策についても概観しておきましょう。日本は1990年代中盤からの電力市場自由化の議論を前段として、90年代後半から2000年代はじめにかけて、国レベルの自然エネルギー政策が経済産業省のもとで検討され、紆余曲折を経た後、「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(通称:新エネRPS法)」を2002年に採用しています。

新エネRPS法は、電力供給量の一定割合を新エネルギーで賄うことを電力会社に義務づける制度です。前述の固定買取価格制が「買取価格を政治的に決定する」一方で、新エネRPS法は「買取枠を政治的に決定する」制度であり、いずれの制度においても高い導入目標値のもと、自然エネルギー技術毎の特性に合わせて細かく政策を微調整していくことが普及の要となります。

しかし、残念ながら新エネRPS法は当初2012年までに電力供給の1.35%、後の見直しの後2014年までに1.63%というきわめて低い目標値のもとで、本来すべきでない自然エネルギー技術間の競争を許してしまい、なおかつ電力会社の義務量達成手段には過度な柔軟性が与えられていたため、自然エネルギーの普及はむしろ抑制されてきました。

今後の中長期的な展望を考える上で、なぜ日本がこのような失敗に陥ってしまったのかを改めて検証しておくことが重要です。これについては、当時ドイツ型の固定買取価格制の法制化を目指した市民運動からの検証レポートを参照することをお勧めします。また、運動の中心的役割を担った「「自然エネルギー促進法」推進ネットワーク」の活動記録には、系統連系に関する議論も含め、今後ふたたび浮上するであろうさまざまな論点が網羅されているため、こちらも参照することをお勧めします。

失敗は繰り返されるか:日本版固定買取価格制

その後、2009年2月に経産省は家庭用太陽光発電の余剰電力に限定した、変則的な固定買取価格制の検討開始を急遽発表し、7月には「エネルギー供給構造高度化法」が成立しています。太陽光発電については、2005年に家庭用設置補助が打ち切られ、その後急速に市場が縮小したものの、この変則的な固定買取価格制と補助金の復活によって、2009年度の国内出荷は前年度2.9倍の54万kWという驚異的な成長を記録しています(表4)。制度としては不完全であるものの、この動き自体は、政策が市場の姿形を左右する「政策市場」という自然エネルギーの特徴を端的に表す良い事例としてみることができます。

表4. 太陽光発電設備国内出荷 データ: 太陽光発電協会
表4. 太陽光発電設備国内出荷
データ: 太陽光発電協会

そして、同年9月にはマニフェストに「全量固定買取価格制」を掲げた民主党への政権交代が実現し、プロジェクトチームによる制度の大枠の検討の後、経産省の新エネ部会買取制度小委員会で詳細制度設計が行われました。

詳細制度の検討では、電力会社や自然エネルギー事業者などの供給側と、産業界や消費者団体などの需要側の双方から委員が議論を行ったものの、その内容は自然エネルギーの普及を本格的に後押しするものではありませんでした。代表的なポイントとしては、太陽光・風力・小水力・バイオマス・地熱などの自然エネルギー技術はそれぞれ異なる技術特性をもっており、投資の規模も回収期間も異なり、それぞれの学習曲線を考慮した価格設定を行うのが、固定買取価格制の政策論としての原則であるにもかかわらず、太陽光を除く他の自然エネルギーを一律価格に設定するオプションが強調されていたことがあげられます。

このような検討内容に対して、ISEPはプレスリリース「「経産省全量買取制度オプション」のコメンタール ~「失われた10年の繰り返し」を避けるために ~」のなかで検討のバランスの悪さを指摘してきましたが、最終的にはパブリックコメントを経て、2011年2月18日に新エネ部会から「再生可能エネルギー全量買取制度における詳細制度設計について」買取制度小委員会報告書(案)が提出されました。パブリックコメントの結果を参照すると、「電力多消費型産業への何らかの負担軽減措置が必要」「電炉業の負担平準化への取り組みをもっと評価すべき」という意見が5,805件(全コメントの65%)送られていることから、費用負担の増大を嫌う産業界から猛烈なロビーイングがあったであろうことは想像に難くありません。

そして、この報告書にもとづいて、地震当日の3月11日、政府は「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」を閣議決定しています。

失敗から学ぶことができるか

菅首相は、3月29日の参院予算委員会で「日本は太陽光やバイオマスなどクリーンエネルギーにもかなり力を入れてきた。それらも合わせてどうエネルギー政策をとるか、改めて議論が必要だ」と日本のエネルギー政策の見直しを検討する考えを示しました。今後のエネルギー政策の見直しのなかで日本版固定買取価格制がどのように扱われていくのかについては、注意深く観察していく必要があります。まさに「政治主導」が問われる政策課題といえます。

また、同時に国民の「政治的意思」も問われていることも強調しておく必要があります。これまで国民の大多数は自らが利用するエネルギーについてほとんど考える機会もなく、特定の地域に負担を背負わせていることにも無自覚なまま、便利で快適な生活を享受してきました。しかし、今回の福島原発事故を受けて、もはや3.11以後の世界ではそのような生活のあり方は持続可能ではないということに多くの人が気づいたのではないでしょうか。

現場はいまだ予断を許さぬ状況がつづいており、長期化の様相を呈していますが、このような事故を二度と繰り返さず、次世代に良好な環境を引き継ぐためにも、将来の日本のエネルギーをどうするべきか、すべての国民が真剣に考え、これまでの失敗や他の国や地域の経験に学び、本当に持続可能なエネルギーと社会のあり方を選択していくときだと思います。

そのためには、単に政府に任せるのではなく、わたしたち自身が自然エネルギーを軸とする持続可能な環境エネルギー社会への想像力を養い、知識を身につけ、具体的にどのように自らの地域で実践していけばよいのか、手がかりを得ることが重要です。次回以降、自然エネルギーに関するビジネスモデル、ファイナンス、コミュニティ、ネットワーク、人材育成などのトピックについて議論していきたいと思います。

推薦図書

現在、わたしが住むデンマークは1970年代の石油危機の際、原子力発電の導入をめぐって国民的議論が起こり、最終的にデンマーク国民は原子力のない未来を選択しました。そのような国民的議論の際に著者ヨアン・ノルゴー博士は、本書を通じて経済成長と豊かさの意味を世に問い、「豊かな低エネルギー社会」の像を提示しました。エネルギーの岐路に立つ現在の日本が本書から得る示唆はきわめて大きいかと思います。なお、その後、デンマークは代替エネルギーとして風力発電の導入を進め、現在では電力供給の20%ほどが風力発電で賄われており、大学院のデンマーク人の友人から「わたしの親戚も風車もっているよ!」といった話が聞けるほど、風力発電は身近なものとなっています。

プロフィール

古屋将太環境エネルギー社会論

1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。

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