2011.07.10

これまで自然エネルギー政策・ビジネス・ファイナンスという3つの領域について、海外の事例も交えつつ日本の状況を概観してしきました。従来の大規模集中型エネルギー事業ではこの3つの領域をカバーすればそれなりにエネルギー事業は成り立ってきました。しかし、基本的に小規模分散型である自然エネルギーの普及を考える際には、これらの3つに加えて地域社会のあり方そのものにかかわる「コミュニティ」という領域についての理解を深める必要があります。今回は世界で成功した事例としてもっとも参照されるデンマーク・サムソ島の事例と、日本国内で成功した事例としてもっとも参照される長野県飯田市の事例から、自然エネルギーコミュニティの形成に向けた手がかりを探りたいと思います。

 

デンマーク・サムソ島の100%自然エネルギーへの挑戦

デンマークのほぼ中心に位置するサムソ島(Samso)は、人口約4,000人、面積約114平方km、農業と畜産業を中心とする小さな島で、特産品のジャガイモとチーズが有名です。100%自然エネルギー地域の世界的な代表事例として参照されるこの島は、現在、電力の100%以上、熱需要の70%以上を自然エネルギーによって賄い、輸送燃料については洋上風力発電によるカーボンオフセットをおこなっています。具体的には、島民がオーナーシップをもつ風力発電(陸上1MW×11基、洋上2.3MW×10基)や麦わらボイラーによる地域熱供給、地上設置型の太陽熱温水器などが導入されています(詳細はこちらを参照)。

サムソ島で自然エネルギーへの取り組みがはじまったきっかけは、1997年に国が実施した地域自然エネルギーのコンペティションへの参加でした。すでに1985年には原発の導入をやめていたデンマークは世界的にも早くから風力発電をはじめとする代替エネルギーへの試行錯誤をおこなってきましたが、政府は1990年代の環境政治・政策の深化のなかで地域のモデルとなる取り組みを生み出すべく、島における自然エネルギー導入計画を公募しました。その際に、サムソ島は包括的な自然エネルギー導入計画を作成し、モデル地域として取り組みをはじめることとなりました。

サムソ島の取り組みが世界的に参照される理由はいくつかあるのですが、なかでも注目すべきは、島民の幅広い参加のもと、民主的な意思決定のプロセスを経て100%自然エネルギーを実現させた点にあります。取り組みの中心的主体となった「サムソ環境エネルギー事務所」は、「地域の人々がプロセスに参加し、取り組みの趣旨や内容を理解した上で進めることがもっとも重要である」との認識のもと、風力発電や地域熱供給のプロジェクト計画立案の早い段階からパブリックミーティングを複数回開き、課題の洗い出しと対応策を住民と共有しました。

具体的には、風力発電の立地選定に際して、自然保護区域を避けるゾーニングを行なったり、候補地への設置イメージをCGで作成して景観へのインパクトを想定するなどして、住民とのコミュニケーションを重ね、時間をかけて「地域の人々にとって望ましい自然エネルギーのあり方」を探っていきました。もちろん前回述べた「オーナーシップ」もその一環として組み込まれており、島内の自然エネルギー設備は島民によって所有され、自然エネルギーの経済的メリットは島民に還元されています。

長野県飯田市・おひさま進歩エネルギーの挑戦

飯田市は長野県の南信州地域に位置する人口約10万5,000人、面積約660平方km、りんごの生産と人形劇などの伝統芸能を中心とする地域です。飯田市は、「日本の環境首都コンテスト」の人口規模10万人以上30万人以下の部門で、2007年以降4年連続で第1位を受賞するなど、環境への総合的な取り組みという面でも実績があり、各地からの注目を集めています。そして、飯田市内のさまざまな環境イニシアティブのなかでも、自然エネルギー関連でもっとも参照されている取り組みが、地域エネルギー会社「おひさま進歩エネルギー株式会社」が取り組んできた「市民出資による太陽光発電・省エネルギー事業」です。(事業の詳細はこちらこちらを参照)

この取り組みは、当初、寄付で太陽光発電の設置をおこなっていたNPO法人南信州おひさま進歩が「やはり寄付で取り組みを継続させるには限界がある」として、先の方向性を模索していたところ、環境エネルギー政策研究所との協働で「市民出資による太陽光発電の導入をしっかりとしたスケール感をもってやろう」という話がもちあがったことがきっかけでした。

さらに折しも同じタイミングで環境省の「環境と経済の好循環のまちモデル事業(平成のまほろば事業)」の募集が重なり、これに向けて関係者が協力して公共施設への分散型太陽光発電設置のビジネス・ファイナンスモデルを作成し、それを実施する地域組織としておひさま進歩エネルギー(当初は有限会社)が設立されました(このあたりの経緯の詳細は宮台真司・飯田哲也著『原発社会からの離脱――自然エネルギーと共同体自治に向けて (講談社現代新書)』7章を参照)。

立ち上げ期のさまざまな障害と苦労を乗り越え、無事、飯田市内38ヶ所の公共施設に合計208kWの太陽光発電を導入するプロジェクトが、市民からの出資と環境省からの交付金によって実現しました。その後、このプロジェクトの評判は飯田市内のみならず南信州全域に波及し、次々と後続プロジェクトへとつながり、現在までに南信州地域162ヶ所の公共施設および民間施設に合計1,281kWの太陽光発電が導入されています。(南信州おひさま発電所MAP

おひさま進歩エネルギーによる市民太陽光発電・省エネルギー事業が参照される理由は、民間組織、行政、地域住民が一体となった「コミュニティ」として取り組みを進めてきた点にあります。分散型で太陽光発電を導入するには、はじめに各施設を1軒1軒訪ね、事業の趣旨を説明し、施設の診断をおこない、必要な許認可や手続きを済ませ、地域の工務店に施工を手配し、設置後もモニタリング・メンテナンスに対応するというステップを踏みます。このプロセスは、おひさま進歩エネルギー単独の活動で完結するものではなく、必然的に行政や地域住民との対話が欠かせないものとなります。実際におひさま進歩エネルギーはひとつひとつのステップで立ち現れる問題を関係者と共有し、解決に向けて試行錯誤してきました。

具体的な例としては、「20年間の公共施設屋根上使用許可」が大きな問題となりました。それまで飯田市では「行政財産の目的外使用」に関して10年間の許可が一般的であったため、当初は「10年間+10年間」で間に更新をはさむことで進めようとしました。しかし、不測の事態で更新されず、許可が下りなければその時点で事業は強制終了されることとなり、それは市民からの出資に応えることができなくなることを意味するため、おひさま進歩エネルギーはなんとかこのリスクを回避することはできないかと、飯田市行政と相談をはじめました。そして、最終的には事業の社会的・公共的意義を勘案した牧野市長の英断により、20年間の公共施設屋根上市場許可が下り、無事、この事業を進めることができたという経緯がありました。

このエピソードは、さまざまに立ち上がってきた問題群のほんのひとつにすぎませんが、やはりサムソ島と同様に「地域の人々がプロセスに参加し、取り組みの趣旨や内容を理解した上で進めることがもっとも重要である」ということは、おひさま進歩エネルギーの取り組みにも当てはまることが確認できます。

チェンジ・エージェント(変革の担い手)

サムソ島とおひさま進歩エネルギーの取り組みを概観することで、自然エネルギーコミュニティの形成はまさに地域の実行組織による挑戦とさまざまな関係者の試行錯誤のプロセスであることがイメージできたのではないでしょうか。では、そうしたプロセスはどのようなチェンジ・エージェント(変革の担い手)によって展開されてきたのでしょうか。

サムソ島の事例では、環境エネルギー事務所コーディネーターを務めたソーレン・ハーマンセン氏(Soren Hermansen)が住民や関係者のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしました。サムソ島に生まれ育ち、島に愛着をもつ彼は、島が活力をもって続いていくことを第一に考え、丁寧に時間をかけて島の人々との対話を続けました。以前、私がデンマークで彼のレクチャーを受けた際に、彼は「本土から来る研究者の先生や技術者、コンサルタントは、住民から見ると難しいことを居丈高に言っているように映るので、それではうまくいかないと感じた」と述べ、ときにユーモアを交えながら、専門的な用語を日常の言葉に翻訳し、人々の関係をつなぐ「ネットワーカー」としての役割を果たしました。(詳しくは、先日彼が来日した際にISEPのUstream放送でおこなった番組を参照)

飯田市の事例では、おひさま進歩エネルギー社長の原亮弘さんが住民や関係者のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしました。原さんは飯田市に生まれ育ち、地域に愛着をもち、この地域の良好な環境を次世代に引き継いでいくことを第一に考え、地域の人々との対話をつづけました。原さんは、日常的に地域の自治や活性化にかかわる公民館活動などに従事し、そういった活動の中で醸成されてきた信頼のネットワークがおひさま進歩エネルギーの活動を支えたという側面があります。

このように2つの成功事例の中心では、地域のことを第一に考え、地域の人々の関係性を丁寧に媒介するチェンジ・エージェントが重要な役割を果たしていたことがわかります。やや分析的にいえば、自然エネルギーコミュニティの形成には、(1)地域への愛着(公共意識)と(2)地域の人々からの信頼(社会関係資本)に加えて、(3)ビジネスセンス(起業家精神)の3つを備えた人材が必要であり、そういった人々が核とならないかぎり、取り組みが地域に根づくことは難しいといえます。

自然エネルギーコミュニティ形成のカギ

3.11震災と福島原発事故以降、多くの人々が自らの地域社会を支えるエネルギーのあり方について真剣に考え、具体的にどうやって地域で自然エネルギーに取り組めばいいのか模索をはじめています。しかし、これまで中央集権的に大規模事業として行なわれてきたものを、地域で小規模分散型に組み替えていく作業にはさまざまな課題が立ちはだかることが予想されます。また、地域によって条件は異なるため、それぞれの地域でそれぞれの課題に対処しなければなりません。では、これまでわたしたちが経験したことのないさまざまな課題にどのように対処すればいいのでしょうか。

結論からいえば、いかにして地域で取り組みの核となる民間組織を形成するかがカギとなります。自然エネルギーへの取り組みを知識生産のプロセスとしてとらえた場合、これまで経験したことのない課題に挑戦するので、そこでは試行錯誤がおこなわれ、新しい知識(ビジネスモデル、ファイナンスモデル、その地域やプロジェクトに固有のリスクへの対処法など)が生み出されます。そして、その知識は経験にもとづくものであるため、当事者に蓄積され、取り組みの次の段階ではその経験的知識を前提として、新たな課題に挑戦し、さらに新しい知識を生み出すというステップを繰り返すことになります。

このような視点で考えれば、それぞれの地域で知識を生み出し、積み上げていく「人」が継続的に取り組みにかかわる体制をつくる必要があることがわかります。その意味で、行政の担当者は2~3年で異動して毎回ゼロから知識を積み上げていかなければならないため、取り組みの核にはならない方が賢明であると私は考えます。基本的には民間企業やNPOが創意工夫をもってイニシアティブを発揮し、行政はそのサポートに徹することが望ましいといえます。

次回はこうした地域の自然エネルギーコミュニティがどのようにネットワークを形成し、相互に経験と知識を共有しているのかについてみていきたいと思います。

推薦図書

いまから10年以上も前に出版された本書には、スウェーデンやデンマークの国民がどのように原子力の抱える矛盾と向き合い、その後、どのように地域分散型の自然エネルギーに取り組みはじめたのかが詳細に書かれています。今後、地域で自然エネルギーに取り組みたいと思っている方は、まずは本書を読むことをお勧めします。ちなみに、本書は私がこの分野に進むきっかけにもなった一冊です。

プロフィール

古屋将太環境エネルギー社会論

1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。

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