2011.10.19

自然エネルギーネットワークの展開 ―― 環境エネルギー社会への想像力と実践(5)

古屋将太 環境エネルギー社会論

社会 #自然エネルギー#ISEP#REN21#自然エネルギー世界白書

前回は、地域自然エネルギーコミュニティ形成のカギを探りました。自然エネルギーへの取り組みが地域に根づくには、核となる民間組織とチェンジ・エージェントによる地域の人びととのコミュニケーションが重要であり、また、さまざまな関係者がプロセスに参加し、取り組みの趣旨と内容を理解した上で進めていくことが重要であることがわかりました。

一方、ここまでみてきたように、地域で自然エネルギーに取り組むには政策・ビジネス・ファイナンス・コミュニティといった幅広い領域について専門的な知識が求められるため、地域のなかだけで取り組むにはどうしても限界があります。そのため、各地の自然エネルギーコミュニティは、自発的に、あるいは制度的に相互の取り組みについての知識・情報を共有するためのネットワークを必要とします。

今回は、どのように自然エネルギーのネットワークが形成されているのかをみていきましょう。(※本稿では「ネットワーク」を送電網などの物理的なネットワークではなく、 知識や情報などを共有する人的・組織的な「つながり」の意味で使用します。)

自然エネルギー政策の国際ネットワーク

急速に普及が進む世界の自然エネルギーは、さまざまな機関や組織の政策提言活動によって支援されています。図1は、そのような世界の自然エネルギー関連機関と活動の関係を示したものです。

図1. 自然エネルギー政策の国際ネットワーク 出典:Suding & Lempp (2007) をもとに筆者による加筆

このなかで重要な役割を果たしているネットワークが、「21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク (REN21, Renewable Energy Policy Network for 21st Century) 」です。REN21は、政府機関、国際機関、NGO、産業界、地方自治体、研究機関などによって構成されるマルチステークホルダーのネットワークであり、理事会には、Hans-Joergen Koch氏(デンマークエネルギー庁副長官)、Li Junfeng氏(中国再生可能エネルギー産業協会会長)、Adnan Amin氏(国際再生可能エネルギー機関事務局長)、Steve Sawyer氏(世界風力エネルギー評議会事務局長)など、世界の自然エネルギー業界のキーパーソンが数多く参加しています。(日本からは唯一、環境エネルギー政策研究所所長飯田哲也が理事会に参加しています。)REN21は、「自然エネルギー世界白書」の年次発行や「自然エネルギー国際会議」の企画・運営、「自然エネルギー・インタラクティブ・マップ」のような支援ツールの開発などをおこなっており、主に知識・情報の側面から世界の自然エネルギーの普及を支援しています。

REN21の成り立ちと展開は、自然エネルギーの国際ネットワークの歴史的文脈を理解する上で非常に重要です。1990年代に欧州のいくつかの国が先行して普及を拡大してきましたが、世界的に自然エネルギーが国際政治のアジェンダに上ったのは2002年のヨハネスブルク・サミットがはじめてでした。このときは交渉が決裂し、世界に共通の自然エネルギー導入目標を設定することはできませんでしたが、欧州での普及拡大を背景に、当時のドイツ首相ゲルハルト・シュレーダー氏は2年後に自然エネルギーに特化した国際会議を開催することを宣言しました。それが2004年にドイツのボンで開催された「自然エネルギー国際会議2004」であり、事実上、この会議が国際的な自然エネルギー政策推進の幕開けとなりました。会議は「政治宣言」と「国際行動プログラム」を採択して成功し、その後、国際的な自然エネルギー推進の機運を継続させるべく、関係者のネットワークとしてREN21が生まれました。そして、REN21による企画・運営によって、自然エネルギー国際会議は翌年以降、北京(BIREC 2005)、ワシントン(WIREC 2008)、デリー(DIREC 2010)へとつながっていきました。

こうしたREN21の成り立ちと展開のなかで、世界のさまざまな分野のキーパーソンが各地の政策や取り組みに関する知識・情報をやりとりする「関係」が構築され、そこから後述するような「地域自然エネルギーネットワーク」へとつながる事例も現れています。

国際ネットワークの拡大と自然エネルギー財団

2000年代中盤に萌芽が生まれた自然エネルギーの国際ネットワークは、2009年に「国際再生可能エネルギー機関(IRENA, International Renewable Energy Agency)」が発足したことで、新たな段階に入りました。自然エネルギーに特化して普及を推進する国際機関の必要性は、すでに1990年代からドイツ連邦議会議員の故ヘルマン・シェア氏によって構想されていましたが、紆余曲折を経て、多数の途上国・新興国を含む75カ国の参加を得て、UAEのアブダビを本拠地として、正式にIRENAが発足しました(現在148カ国が署名、84が批准)。IRENAの発足により、それまで「一部の先進国が先行して取り組んでいるに過ぎない」と認識されていた自然エネルギーが、国際政治の重要アジェンダとして明確に位置づけられ、先進国・新興国・途上国が一体となって推進する自然エネルギー関係機関の連携が新たに生まれつつあります。具体的には、各自然エネルギーの産業協会(世界風力エネルギー協会(WWEA)、世界バイオエネルギー協会(WBA)、国際水力発電協会(IHA)、国際太陽エネルギー学会(ISES)、国際地熱協会(IGA)が連携して、自然エネルギー連合(REN Alliance)を形成し、2009年末のコペンハーゲン気候変動会議COP15でIRENAとの共同メッセージを発信するなどの動きがありました。

一方で、日本はこうした世界の自然エネルギーネットワークの潮流に完全に乗り遅れました。本連載の第1回で述べたように、日本は政治的メッセージとして高い目標値を掲げることもできず、また、普及のための効果的な制度設計にも失敗してきたため、国際社会に対して意義ある政策知識の貢献がまったくできないまま2000年代を過ごしてきました。その結果、日本はこれまで他国から期待を受けることはまったくといっていいほどありませんでした。

しかし、孫正義氏のイニシアティブで先日設立された「自然エネルギー財団(JREF, Japan Renewable Energy Foundation)」は、これまでの閉塞した日本の自然エネルギー政策・市場に新たな機運とネットワークをもたらす可能性があります。理事長に元スウェーデン・エネルギー庁長官のトーマス・コバリエル氏が就任したことはもちろんのこと、9月12日におこなわれた設立イベントおよび13・14日の自然エネルギー専門家会議では、図1のネットワーク上の主要なキーパーソンが多数来日し、国内外の知識・経験についての率直な交流がおこなわれています(前回述べたサムソ島のソーレン・ハーマンセン氏も参加)。国際的な視野をもつ自然エネルギー財団の始動を受け、世界の自然エネルギー関連機関は東アジアの自然エネルギーネットワークのハブとなる自然エネルギー財団に大きな期待を寄せています。

自然エネルギーの地域ネットワーク

国際的にはREN21やIRENAなどを中心にネットワークが展開してきましたが、世界各地で地域の具体的な取り組みやプロジェクトの知識・経験を共有する「地域ネットワーク」が立ち上がってきています。ここでは「イクレイ・地域自然エネルギーネットワーク(ICLEI Local Renewables Network)」の事例を参照しましょう。

イクレイ・地域自然エネルギーは、上記の自然エネルギー国際会議2004をきっかけとして、持続可能な発展をめざす地方自治体の国際機関であるイクレイとドイツ経済開発協力省の合意によって発足したイニシアティブです。具体的には、主にインドとブラジルで自然エネルギー導入をめざすモデル地域を選定し、それらの地域と、欧州ですでに実績を積んでいる地域(ドイツのフライブルクやスウェーデンのヴェクショーなど)をつなぎ、モデル地域が先進地域に学び、政策からプロジェクトの形成までを実践するというプログラムがおこなわれています。

モデル地域には、インドのブヴァネーシュヴァル(Bhubaneswar)、コーヤンブットゥール(Coimbatore)、ナーグプル(Nagpur)、ブラジルのベチン(Betim)、ポルト・アレグレ(Porto Alegre)が選ばれ、それぞれの地域の状況にあわせて取り組みを進めています(詳細はこちらを参照)。とくに、コーヤンブットゥールに設立された「自然エネルギー・省エネルギー情報センター(Renewable Energy and Energy Efficiency Resource Centre)」は、まさにデンマークの「環境エネルギー事務所」を源流とする欧州の「地域エネルギー事務所」に着想を得たものであり、地域に核となる場をつくり、そこを中心にさまざまなステークホルダーを巻き込んでいくというアプローチが活かされています。

このように海外では国際性をもった地域ネットワークが生まれていますが、日本国内でも自然エネルギーの新しい地域ネットワークが生まれつつあります。たとえば、「自然エネルギー信州ネット」は、長野県内で自然エネルギーの普及をめざすさまざまな個人や組織が情報や経験を共有し、取り組みを推進するネットワークとして7月31日に正式に発足しています(なお、同日同会場では「第1回みんなのエネルギー・環境会議」が開催されています)。前回述べた長野県飯田市のおひさま進歩エネルギー株式会社の原亮弘社長も理事に加わっており、このネットワークを通じて飯田市での実践モデルが県内各地の状況に合わせて広がっていくことが期待されます。

ネットワークを活かすために

ここまで述べてきた自然エネルギーのネットワークはいずれもこの数年のあいだに現れ、現実の取り組みを加速させながら、今後さらに拡大していくことが予想されます。その流れに乗り遅れてきた日本も自然エネルギー財団の設立を機に、ようやく国際的な自然エネルギーのネットワークに接続することができました。では、こうしたネットワークを活かす上で、どのような点に留意する必要があるのでしょうか。

「互酬性」が基本的なメカニズムとして働くネットワークの世界では、みずからの国や地域の政策や取り組みを進化させ、そのなかで生まれる知識や経験を共有すればするほど他の国や地域からも情報を得ることができます。その意味で、海外の事例から参考情報を得るだけでなく、それをもとに新たな政策や実践のモデルを創り出し、その成果をネットワークにフィードバックする振る舞いが重要となります。たとえば、海外事例や国内先進事例の視察の際に設備の見学と報告書の作成に留まることなく、その後の戦略的な相互フィードバック関係をいかにしてつくるかが重要となります。

1992年の地球サミットから約20年が経ち、”Think globally, act locally” という言葉は使い古されてしまった感がありますが、小規模分散型の自然エネルギーが各国・各地域の独自性を活かしながら、相互に進化していくであろう今後は、”Act locally, network globally” という言葉が合うのかもしれません。

次回は、そういったネットワーク上で実際に政策や取り組み進めていく人材の育成についてみていきたいと思います。

推薦映画

第4の革命 ― エネルギー・デモクラシー(原題:The 4th Revolution – Energy Autonomy)
監督:カール A. フェヒナー
製作年:2010年
時間:83分  出演者:ヘルマン・シェア/ムハマド・ユヌス/イーロン・マスク/ビアンカ・ジャガー他 製作国:ドイツ/バングラデシュ/デンマーク/ニュージーランド/アメリカ他 製作: fechnerMEDIA
配給:ユナイテッドピープル株式会社
オフィシャルサイト:http://4revo.org/

本映画は、カール A. フェヒナー監督が2005年から制作を開始し、2010年にドイツと世界各地で公開となった自然エネルギーのドキュメンタリーフィルムです。ドイツの自然エネルギー政策形成に尽力した故ヘルマン・シェア氏やデンマークの地域の自然エネルギーへの取り組みに尽力してきたプレーベン・メーゴー氏をはじめとして、世界各地の自然エネルギーのキーパーソンとその取り組みが登場します。先日、わたしも試写会でみてきましたが、世界の自然エネルギーの現実を理解する上で、最適な映画だと思います。(国内では2012年1月から劇場公開予定)

プロフィール

古屋将太環境エネルギー社会論

1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。

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