東京電力福島第一原発の何が問題だったのか 検証その2

原発は、大事故が起きるまでは「99%、安全」である。しかし大事故が起きてしまえば「99%、危険」になってしまう。これが原発という巨大装置の実像ではないだろうか。

 

わたしたちは、3.11大震災による原発事故を受けて、原発がどれほど恐ろしい装置であるのかを思い知らされてきた。だが原発は、大震災が起きる前であっても、やはり「危険」であったのではないか。根拠のない「安全神話」のもとで、危険の警鐘が耳に入らなかっただけではないか。

 

そこで考えてみたいのは、大震災が起こる前の東京電力福島第一原発についてである。『朝日新聞』の記事をあたってみると、いろいろな事実がみえてくる。原発事故以前の諸問題について、光を当ててみよう。

 

 

1978年に臨界事故

 

最初に、もっとも衝撃的な記事から紹介したい。

 

東京電力の福島第一原発3号機は、1978年11月に、臨界事故を起こしていたという。その当時、定期検査中に制御棒5本が脱落して、核分裂反応が連鎖的につづく臨界状態となった。そして約7時間半も、制御不能状態に陥っていたという。

 

そんな事実が、2007年の3月になって、はじめて報道された。70年代には、報告を義務づける法令がなく、東電はこの事実を、国や県に報告していなかったのである。むろん当時も、重大な問題が生じた場合は、旧科学技術庁長官への報告が義務づけられていた。だが事実は隠されつづけた。同記事は、この事故による作業員の被曝や放射能漏れは「調査中」と記しているが、真相はどうなのであろうか。

 

 

震度4にも耐えられなかった

 

2000年7月21日、茨城県沖で地震が発生した。福島第一原発付近では、震度4を記録した。原発はもちろん、この程度の地震では耐えられるはずだった。ところがその直後に、6号機の配管にひびが入り、2号機の配管にもひび、結合部にはすき間ができたという。これらの配管は、震度5や6にも耐えられる設計であった。だが6号機は、この地震が原因で手動停止された。全国ではじめてのケースで、しかも破断した配管は、1979年の運動開始から取り替えられていなかったという。

 

 

トラブル隠しがつづいた2002年

 

2002年、東電のトラブル隠しが相次いで発覚した。たとえば8月、県内10基の東京電力の原発のうち、半分の5基に、いまだ修理されていない損傷が残る疑いがあることが判明した。福島第一原発4号機には、シュラウドのひび割れがみつかった。6号機には、ジェットポンプ計測配管にひび割れの疑いがみつかった。第二原発の2、3、4号機には、シュラウドのひび割れと、ジェットポンプの摩耗またはすき間があるかもしれないことが分かった。これらの5基は、しかし当時、熱出力をフルパワーにして、すべて運転中であると伝えられている。

 

いったい東電は、部品損傷の疑いがあるにもかかわらず、なぜ原発を稼働しつづけたのでろうか。問題は、コストにあった。シュラウドの交換費用は、約100億円。定期検査で原発を止める期間も、10か月前後に延びるという。交換せずに、ひび割れを修理するだけでも、数十日かかる。また、100万キロワット級の原発を1日止めると、約1億円のコスト増になるという。こうした巨額のコストを考えると、はたして原発を止めるべきなのかどうか。現場の技術者であれば、安全とコストを天秤にかけて、ぎりぎりの判断をするのであろう。

 

当時の南社長は、同社が原子炉停止の長期化を避けたがる傾向について、率直に認めている。「どんな小さな傷もあってはならないという基準があり、修理に際し、国内における新工法を導入しようとすると長期間を要し、運転を停止しないといけない。それが現場に大きなプレッシャーになり、安全性に問題がなければ公表を避けたいという甘い判断が生まれた。弁解の余地はない」と謝罪している。

 

 

もっとも悪質だったのは

 

2002年の東電トラブル隠しで、経済産業省の原子力安全・保安院は、調査概要をまとめた。それによると、トラブルは全体で29件。このうち、国の検査官の目をごまかすきわめて悪質な隠蔽(いんぺい)工作2件は、いずれも福島第一原発で行われていた。

 

第一原発の1号機では、1994年ごろ、緊急炉心冷却システム(ECCS)系の機器「炉心スプレースパージャ」のパイプに損傷の兆候がみつかった。ところが同社は、検査官から事実を隠すため、金属部品を取り付け、さらに周辺に色を塗っていたという。

 

もうひとつは、2号機での工作であった。1994年、シュラウド(炉心隔壁)の溶接部でひび割れがみつかった。東電はこのことを国に報告したが、別の溶接部にあった無数のひび割れについては、隠すことにした。しかも1998年度に、「予防保全」として新品に交換した際、検査官の目をごまかすため、シュラウドのひび割れ部分に金属板を立てかけたという。

 

後になって、第1号機での工作には、国も関与していたことが分かった。福島第一原発の1号機(1971-)では、蒸気乾燥器が180度ずれた位置に固定されていた。1989年になって、自主点検を請け負ったゼネラル・エレクトリック・インターナショナル社(GEII)は、その溶接部などに6つのひび割れをみつけた。

 

これを受けて、発電所の技術者グループは、「修理に認可は必要ない」と考えて、まず軽い方のひび割れ3つを、米国で普及していた水中溶接法で直した。これに対して重い方の3つのひびについては、「水中溶接法で修理したい」と旧通産省に報告した。ところが報告を受けた旧通産省の担当者は、これらの修理については、「電気事業法(工事計画)の認可対象になり、正式認可までに数年かかる」と答えたという。驚いた技術者グループは、すでに修理してしまった3つのひび割れをも、隠さざるを得なくなったのだという。

 

 

 

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