東京オリンピックの前に、都市社会政策と貧困を考える――フランス、アメリカ、大阪から

日本で「貧困」という言葉が死語に等しかったのは、ほんの数年前までのことだ。そして現在「貧困」という言葉は、必ずしもかつて――つまり、誰もが「貧困」を社会問題と認識していた高度成長期以前――と同じ事態を指すわけではない。

 

現在「貧困」という言葉は、「社会的排除」とほとんど同義に使われており、その内実は大きく異なっている。もっとも、そのような言葉の変遷とは関係なく貧困がつねに存在していたのはたしかだ。しかしその貧困はなかなか目に見えず、社会問題としても周縁的とみなされ、今日ほど注目されてはいなかった。

 

海外、とくに欧米では、すでに1980年代から、「新しい貧困」や「社会的排除」という言葉はそれまでの貧困とは異なるものとして注目されてきた。欧州では「排除された者たち」、北米では「アンダークラス」といった言葉が、それぞれニュアンスの違いはありながらも、新しい貧困を指し示す言葉として注目され、また熱心に調査研究が行われていた。

 

いま私たちが1980年代の日本を振り返るとき、欧米で新しい貧困が世の中を賑わしていたことに、ごく一部の人びとを除いて多くの人が興味関心を抱かなかったとしても、不思議ではない。しかし、現在の私たちが「貧困」を考えるとき、それはもうすでに経済成長期以前の貧困とは異なるものを想起している。それは、欧州の福祉国家ほどではないにせよそれなりに整備された社会保障制度と、その後の経済のグローバル化と新しいバージョンの自由主義の跋扈、労働市場の再編による非正規労働者の増加などの社会環境の変化をへた後の貧困であり、この<貧困>はかつての貧困と同じものではないのである。

 

したがって、本稿でまず考えてみたいのは、1980年代以降、欧米で――<欧米>とはいってもすべてを一緒くたにすることはできないが――<貧困>がどのようにみなされ、そしてどのように扱われてきたのか、である。

 

この問いはまた二つの小さな問いをふくんでいる。つまり「貧困はその社会においてどのようにイメージされ、定義されているのか」、そして「貧困層がその社会の公共政策においてどのように扱われているのか」である。とりわけ80年代以降、貧困は都市社会政策の対象として扱われており、公共政策のあり方とその変化とは切り離して考えることができないのである。

 

 

貧困の責任はどこにあるのか?

 

1970年代から欧州統計局が実施しているユーロバロメーター調査では、継続的に「貧困観」が測定されており、欧州諸国の国際比較の指標として使われている。結果を単純に比較することはできないものの、いくつかの調査で使われた貧困観、とくに「貧困の原因がどこにあると思うか」という質問にたいする回答、社会の責任(「社会が不公正」)、あるいは本人の責任(「やる気・意欲の欠如」)をみると、回答分布は国ごとに大きく異なることがわかる。

 

この表1の結果からは、フランスでは貧困は「社会の責任」、英米と日本では貧困を「本人の責任」と回答する傾向がみられる。

 

 

表1 貧困の原因についての知覚

表1 貧困の原因についての知覚

 

 

貧困の責任を社会の側に求める社会と、個人の側に求める社会では、貧困問題にたいする政策も異なるのだろうか? とくに先進国の貧困問題は都市空間と切り離すことはできない。たとえばフランスでは「郊外」、アメリカでは「ゲットー」と呼ばれる特定地域に貧困や失業が集中する傾向があり、アメリカの社会学者ウィリアム・J・ウィルソンが「貧困の集中」と呼び、のちに「近隣効果」と呼ばれるようになった現象にともなって、さまざまな社会問題が現れている。

 

そこで、次にフランスとアメリカでは貧困対策が都市や近隣レベルでどのように取り組まれているのかを見てみよう。次章では、フランスの都市社会政策の歴史と現状を簡単に振り返ってみる。

 

 

 

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