2016.08.04

医療通訳はだれのため?――在日外国人の健康格差、現実に即した医療体制とは

沢田貴志 / シェア=国際保健協力市民の会

福祉 #医療通訳#在日外国人の健康格差

解消しない健康格差

近年、外国人旅行者の増加やオリンピックを契機に、日本を訪れる外国人のための医療体制が注目をあびている。1990年代以来、外国人の医療の相談に応じてきた私たちとしては、この課題に関心を持っていただけることはうれしいことである。しかし、その整備のあり方については一言お伝えしておきたい。

まず、在日外国人の健康状態はどのようなものだろうか。2010年の人口動態統計によると、日本に住んでいる外国人は、日本人に比べて男女ともに2割以上も死亡率が高い。同じ日本に住んでいても、外国人と日本人の間には明らかな健康格差が生じている。

このような格差は、もともとの病気があったり、もとから不健康だったからではないかという見方もあるかもしれない。もしそうであれば病気の種類によって死亡率に違いが出るだろう。しかし現実には、がん・心臓病・脳卒中と自殺を除く全ての病気で外国人の方が死亡率が高いのである。

図:主要死因別年齢調整死亡率の国籍(日本・外国)別にみた比較 -平成22年- 出典:平成26年度 人口動態統計特殊報告「日本における人口動態-外国人を含む人口動態統計-」から(データは平成22年のもの) http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/gaikoku14/dl/02.pdf
主要死因別年齢調整死亡率の国籍(日本・外国)別にみた比較 -平成22年- 出典:平成26年度 人口動態統計特殊報告「日本における人口動態-外国人を含む人口動態統計-」から(データは平成22年のもの)

こうした健康格差は、外国人の人口が急速に増えた1990年代以降から注目されている。当時は、就労するための適切な在留資格がなく、健康保険に入れない外国人労働者が多くいた。つまり、経済的理由により治療が受けられないことが、死亡率の高さの主な要因だと考えられていた。

その後、日本の経済情勢や労働政策が変化し、在留資格のない外国人の割合は約23%(1992)から2.6%(2015年)に激減した。そして、現在では医療機関を訪れる外国人の大半が健康保険加入している。

それでもこの格差は解消する気配がない。その原因には、外国人特有の問題である言葉の障壁が大きく影響しているのではないかと私は考えている。では言葉の不自由さがどのように健康リスクを増加させるのか。私がこれまでに出会った患者さんを例に紹介しよう。

言葉の壁と健康リスク

【ケース1】

50代の外国人女性は、甲状腺に腫瘍が見つかり病院に紹介された。検査の結果、癌が疑われ、吸引細胞診(腫瘍に針を刺して細胞レベルの診断をすること)をすることになった。病院側は、検査をするためには詳しい説明が必要なので、通訳ができる人を探して連れてくるように説明した。

しかし、言葉が堪能で平日の昼間に同席してくれる人を探すことは簡単ではなかった。女性は癌の疑いという医師の説明もよく理解ができておらず、結局一年近く病気を放置してしまった。

【ケース2】

30代の日系人の女性は、体の痛みで病院を受診し、指示されるままに5人の医師をめぐったが診断がつかなかった。ほとほと困ってしまい通訳者のいる診療所を受診したところ、重症の膠原病であることがわかり、すぐに大学病院に紹介され、翌日入院した。

【ケース3】

ある男性は、糖尿病のため大学病院で治療を受けていた。しかし、毎日3種類10数錠の薬を飲んでいても血糖が下がらず、ついにインスリンの注射が必要と言われた。注射を打ちたくなかった彼は、この時点で通訳の対応ができる医療機関に転院した。この結果、言葉の障害のため、食事指導の内容がほとんど理解されていなかったことが判明。じっくりと食事の注意を話したところ、インスリンは使わず一種類の薬だけで血糖がほぼ正常化した。

このように、言葉が不自由なために治療が遅れてしまったり、治療効果が上がらずにいる外国人の患者さんがたくさんいる。

見落とされている子ども達への影響

影響を受けるのは、病気になった本人だけにとどまらない。

日本語が不自由な日系人の患者さんが他の地域の病院から紹介されてきた時のことである。診察時に驚いたのは、中学生のお子さんが通訳をするために同行していたのである。聞くところによると病院から言葉の分かる人の同行を求められ、これまで10回近い受診にいつも子どもを同行していたのだという。

日系人の多くは、1990年代に日本にやってきた新しい働き手である。当時は自動車産業などの製造業が人手不足で困っていたので、南米などからリクルートしてきたのだ。朝から晩まで工場で勤めている両親は日本語が上達せず、学校に行き始める子どもたちが先に日本語が上達する。

この結果、親の病気のために子どもが学校を休んで通訳をしに行く事態がしばしば起きている。こうした子どもたちが癌などの深刻な病気の通訳を求められてしまうなら大変痛ましいことである。訓練を受けていない、ボキャブラリーが不十分な子どもの通訳では誤解も生じやすい。学校をしばしば休んで子どもが勉強についていけなくなってしまう問題もある。

このように、病院側がこうした家族の通訳に頼らざるを得ない状況は非常に問題だ。医療現場で適切な通訳をするためには、専門の研修を行いしっかりとした技術を身につけて頂くことが不可欠である。専門家ではない家族の通訳では、誤解が生じ診断を誤ったり、診断がつかずに無駄な検査を繰り返してしまうことも少なくない。

幸い神奈川県では県とNPO・医師会などの共同事業で、主だった病院に医療通訳者を派遣する制度があるため、転院後は子どもを同伴する必要はなくなった。しかし、こうした制度がある地域は極めて少数である。多くの地域では、通訳者なしでの診療が通常であり、家族が通訳をするために同行することが期待されている。

成功事例に学び、長期的な視野に立った政策を

アメリカや豪州では政府が医療通訳制度を整えており、医療機関に医療通訳の利用を義務づけている。これは、外国人の健康を守る目的だけでなく、通訳者がいないと誤解や誤診によって医療機関が責任を問われる危険があるからだ。あるいは、医療が非効率になって社会の経済的負担がかえって増えてしまう可能性もある。

このように医療通訳システムがあった方が社会全体の負担を軽減するという考えは、外国人の割合が少ない日本の場合は当てはまらないのでは、という意見もある。しかし、日本でも医療通訳制度の活用が効果を出していると思われるデータは出始めている。

たとえば、神奈川県では、外国人の急病人を診療した医療機関が、患者が深刻な病状で死亡するなどのやむにやまれぬ事態で医療費を回収しきれなかった場合に、その損失を補填するための予算が組まれている。

1993年から次第に増加していたこの補填額は2002年には2269万円となっていた。しかし、医療通訳制度ができた2002年を境に、補填額は減少しはじめ、2013年には210万円と10分の一以下に減少している。これだけの急激な減少は健康保険に加入できない人が減少したことだけでは説明がつかない。

医療通訳制度があることで病院の敷居が低くなり、早期の受診を促すなどの効果で貢献していると考えている。他にも神奈川県は外国人人口あたりの結核やHIVなどの感染症の発症率も周辺自治体より低めであり、外国人医療が円滑に進んでいる。

1990年代以降、企業の国際展開や国際結婚の増加により日本の外国人人口は緩やかに増加を続けてきた。少子化の進行により、日本では現在の経済規模を維持するためには、より多くの移民を受け入れる必要があるという試算もある。

現実に、日本で働く外国人の国籍は多様化しており、フィリピン、ベトナム、インドなどの非漢字文化圏の出身者も増えている。移民を増やしても十分な言葉の支援がなく、医療や教育が的確に受けられなければ、格差が広がり、社会の不安定要因になる。

今必要なのは、すでに200万人を超える外国人が日本で働き生活している現実に則して、言葉の不自由な人も円滑に診療が受けられる体制を作ることである。そのためには、訓練された医療通訳者を育てるような仕組みを地方自治体のレベルで整えていくことが求められる。長期的な視野にたって地域の健康と安定を保つために、今手をつけなければならない政策である。

命のパスを繋げるニッポン!
連携プレーが生きる、在日外国人の健康支援の現場

http://share.or.jp/campaign/2014s/

プロフィール

沢田貴志港町診療所所長、シェア=国際保健協力市民の会副代表

1986年、千葉大学医学部卒業。東京厚生年金病院勤務し、1991 年より港町診療所に勤務し多数の外国人の診療も行う。NPO で外国人の無料健康相談、自治体と連携した医療通訳制度の構築などに関与。現在、東京大学大学院など4大学で非常勤講師。

この執筆者の記事

NGOシェア=国際保健協力市民の会

シェア=国際保健協力市民の会は、すべての人が健康で暮らせる社会を目指して、保健医療支援を行う、NGO(1983年設立)です。“いのちを守る人を育てる”保健医療支援活動を、カンボジア、東ティモール、日本で進めています。 http://share.or.jp/share/

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