2013.05.29
ウェブ上労働相談≪高齢者介護編≫
現行の介護保険制度のもとで、介護労働者がどういう条件で働き、どういう悩みを抱えているのか。都内の特別養護老人ホームでケアワーカーとして働く高木成未さんと、労働相談員でNPO法人POSSE事務局長の川村遼平さんが話し合った。(司会/大野更紗)
「新型」特養と「従来型」特養の人員配置について
大野 特別養護老人ホーム(以下、特養)は、介護保険で運営されている公的な施設です。しかし、そこで働く人たちがどのような業務形態をとっているのかということは、あまり広く知られていませんし、ケアワーカーはしゃべる機会がなかなかありません。そこで本日は、都内の特養で介護職員として働く高木さんに、介護労働の現状についてお話を伺っていきたいと思います。まず、現在働いている施設の人員配置について教えていただけますか。
高木 わたしの職場は、特養の中でも「ユニット型特養」というタイプに分類されています。「従来型」の特養に対して「新型」特養とも言われています。わたしの職場では、ひとつのユニット(生活単位)に、要介護の高齢者が9人暮らしていて、基本的に、日中は、介護職員1人が配置されています。
大野 新型特養と従来型特養の違いは何ですか?
高木 たとえば、人員配置の違い。全室個室なのか(新型)、相部屋もあるのか(従来型)。ひとつの生活単位/グループが、少人数か(新型)、大人数か(従来型)、といった違いがあります。
人員配置については、「3対1」(利用者3人に対し、介護職員1人)とよく言われますが、実際は、従来型特養の場合だと、たとえば、1フロアに、利用者30人~多いときは50人(ショートステイ利用者を含む)。介護職員は、時間帯にもよるんですけど、少ないときは1人ですし、多いときは、お昼の食事の時間帯とかは7~8人。早番とか遅番とかが重なったりしてうまくそろうときは。もちろんこれは施設によって違います。
大野 新型特養の夜勤はどの位ですか?
高木 わたしの職場だと18対1です。
大野 2ユニット(利用者18人)を介護職員1人で持つ、ってことですね。従来型特養の夜勤は?
高木 (上記の例でいくと、)利用者30~50人を介護職員1人でみます。
施設介護職に特徴的な3交代制
大野 ユニット特養は、全室個室の、もっとも贅沢と言われている……。
高木 んー(苦笑)。そうなのかな?
大野 施設ケアの中では一番贅沢な、一番資本を投下されている領域ですけれども……。9人を1人でみている……。介護職員の勤務時間帯はどうなっていますか。
高木 基本は、早番(7~16時)、遅番(13~22時)、夜勤(22~翌朝7時)の3交代制で、日によってプラスアルファで日勤(たとえば、8時半~17時半)などが配置されている場合があります。
日勤は、基準配置にプラスアルファとしていて、たとえば、休憩の交代要員であったり、食事介助や食器洗いや後片付けなどがメインです。朝食や夕食の時間帯が手薄にならないように、その時間帯に合わせて配置される場合が多いです。小さいお子さんがいる職員は、午前だけとか日勤(上記のような時間帯)だけとかで入ることもあります。
こうしたプラスアルファの勤務は、特定のユニットを担当せず、複数にまたがって動くので、わたしの職場では、フリーの職員という言い方をしたりします。ただ、こうした職員がまったくいない日もあります。
大野 このシフトを介護職員の中で組んで、「9対1」という人員体制を回していくわけですね。こういう業務形態は、施設で働く介護職の特徴だと思います。どうですか、川村さん。
川村 そうですね。そうだと思います。要は、24時間で組まないといけないので。
大野 たとえば飲食業とか、他のサービス業の労働相談を受けられていて、こういう業務形態をとっているところはありますか。
川村 均等にできる人がそれなりにいないと回せない職場って多分そんなにないんじゃないかと思うんですけど、つまり、コンビニも24時間ですけど、コンビニってこんなにしっかり分けていなくて、もっと適当というか、結構細切れだったりするんですけど、介護や看護ははっきりやってますよね。早番、遅番、夜勤って。
あと、保育もそうだと思います。病院付の保育で24時間対応しているところは割と近い印象ですね。サービス業以外でも、24時間稼働している工場などがあります。
シフトなんだけど、コンビニだと、たとえば希望を出して、それを組み合わせてつくるじゃないですか。
大野 「わたしこの日、2時間入りたい」っていう普通のバイトさんの感覚ですよね。
川村 そうですね。ただ、介護や看護はある程度決まっていて、そこに誰を入れるかって感じです。
残業なしには回らない
大野 残業はどの位ありますか?
高木 正社員の場合は、たとえば、委員会(事故防止・防災・感染予防のための委員会や、排泄・食事・入浴を検討する委員会などがそれぞれ設置されています)に時間外で出席します。行事関係では、大がかりなものとして、夏祭り、敬老会、新年会を準備・実行するための委員会があります。
他には、ユニットごとのミーティングが月に1度あって、それも時間外でやっています。それ以外にも、他の職種も含めた施設全体の会議、施設内での研修、会議の事前準備のための書類作成や、会議の後の議事録作成、家族に利用者さんの様子を伝えるための手紙を書いたりするのも時間外で行っています。
大野 基本的にミーティングなどは時間外ということですね。
高木 はい。勤務時間内は基本的には介助のことで手一杯で、それでも全然足りない位なんですけども……。
大野 介護職の人に話を聞いていると、残業が発生するときっていうのは、基本的にシフトが当てはめられているから、「何で残業が発生するんだ」みたいな話になるわけじゃないですか。非常に理論的にはね。だけど、実際は、たとえば、夜勤と早番で交代するじゃないですか。7時でね。そんな交代って、「はい、じゃあ交代」みたいに交代できないですよね?
高木 そのときにもよるんですけども、基本的に、交代するときに申し送りをするんですよね。
大野 その申し送りっていうのは? 申し送る内容、引き継ぐ内容は?
高木 利用者さんについての連絡事項。たとえば、夜だったら、寝てない人とか、眠りが浅い人は、日中気をつけなくちゃいけないとか。あまり寝てないから行動がいつもより遅くなったり、いつも立てる人が立てないとか、そういうことがありうるので、気をつけてくださいって伝えたり。
大野 申し送りは、基本的にどういう形態で残すんですか? 文字で書くんですか? それとも口頭で?
高木 口頭で言うのと、わたしの職場はパソコンで記録類を管理しているので、それも勤務が始まる前に来て、見ることになっています。まあ、わたしはギリギリに来るので見る時間はないんですけど……。早めに来ても、他の職員がパソコンを使っていて見られないこともあります。
川村 結局、残業なしには、これ、回らないということですね。
高木 そうですね(苦笑)。
川村 口頭で伝えるのに勤務が重ならないわけにいかないですよね。
高木 そうですね。なので、たとえば、夜勤から早番だったら、一応6時50分から申し送りを始めます。細々とあります。「家族が来たら、これを渡してください」とか、「家族からこういう食べ物を預かったので、早めに出してください」とかも含めて。
本当は記録を見ていければいいんだけども、見られない場合もあるから、口頭で改めて全部言って、できるだけ抜けがないようにしています。あと申し送りの内容としては、夜間転んでしまっただとか、熱が出たとか。
大野 夜間の転倒……。熱……。あるいは救急搬送したとか……?
高木 はい、そういう場合も。80代、90代と高齢の方が多く、病気も抱えているし、昨日まで元気だったのに急に亡くなったとか、そういうこともあるので、些細な変化も申し送って、「普段とは様子が違うよ」とか、「食事を食べる量が少ないですよ」とか。食事量も、所定の用紙に書いてはあるんだけども、ちょっと気になる場合は、あえて口頭で言ったりもするし……。
申し送りが終わってからも、やり残したこと ――たとえば、利用者さんの対応や後片づけ、掃除、記録など―― をやったり、先ほど話したような事務的な仕事をしたりする人もいます。また、場合によっては、救急搬送の際の付添いもあります。これは、基本的には家族が病院に到着して引き継ぐまで対応します(ただ、家族が遠方にいる場合、到着するまでの間、長時間にわたって付き添うときもあります)。
それ以外にも、職員が調子を崩したりケガしたりして、早退したり休んだりしたときに、その職員の代わりに働くことも、まれにあります(たとえば、7時から22時まで)。これは、とくに、年度末に、介護職員の退職が重なりやすいのに加え、インフルエンザやノロウイルスなどの感染症の流行時期に、職員自身が急に出勤できなくなる場合があります。毎年のことだから、会社も分かっていそうなものですが、手を打たない。
正社員を辞めた理由
高木 社会学者の阿部真大さんの『働きすぎる若者たち』(生活人新書、2007)は、ユニット型特養のことにも触れていて、そこにも書いてあったけど、このままでは自分が何かしてしまいそうだと思って、正社員を辞めました。睡眠もおかしくなって、2時間位しか眠れなかったり一睡もできないまま早番に行ったりとか。そうすると、たとえば、朦朧としていて、利用者さんに飲んでもらう薬を間違えそうになることもあります。
錠剤を飲んでもらってもポロっと口から出ちゃうときがある。向こうで誰かの声がして、そっちを向いた瞬間に出ちゃったり、そうして落ちたのに気づかず後から見つかるとか。あと、夕食後薬と朝食後薬を間違えたりとか、完全に思い込みで。名前の取り違えで別の人に飲ませてしまうとか。そういうのが……怖いのと……。
大野 事故を起こすのが怖い……。というか、もう起こしそう。
高木 そう、起こしそう。ただでさえ目の前の利用者さんに専念しづらい状況なのに加えて、朦朧として注意散漫になっている。そういう状態で食事介助をするのも危ないと感じます。食事介助中、寝そうになってしまったという話も聞いたことがあります。あと、正社員で、さっきの委員会とかも……、あまり意味を感じられなかったんですね。
大野 形骸化していると?
高木 形骸化というか……。介護の質を上げようという社会的な要請があって、たとえば、紙パンツを普通の布パンツにしようとか、尿取りパッドも、大きいものからなるべく小さいものにして。さらに、パッドにするんじゃなくて、なるべくトイレでしてもらうとか。というのを委員会でさらにガンガン推し進めていくわけです。
ただ、それだけでは片手落ちで……。パッドを小さくするにしても、仮にマンツーマンだったら、利用者さんが「トイレに行きたい」って言ったときにすぐ行けるんだけども、でも実際は、現実は、9対1なんです。職員が別の利用者さんの対応中でそこから離れられなくて、その人のところに行くまでに時間がかかって結局漏れてしまうこともある。質を上げようというのはもちろん分かるけど、現実を見ないとかえって質を下げているんじゃないかと思うことがあります。
先ほど話した、プラスアルファで配置されている職員がいたとしても、各ユニットを回って食器類を洗ったり、お米を研いだりとか、物品補充をしたり、洗濯業者さんに出せない縮むような衣類を洗濯したり干したりたたんだりとか、各部屋のタンスに洗濯物を返すとか、目一杯やることがあります(衣類は、業者さんがたたんで仕分けてくれますが、違う人の衣類が混ざっていたりすることがあるので、ダブルチェックとして介護職員がもう一度名前を確認することになっています)。
それに加えて各ユニットの休憩の交代要員でもあるので、あちこちのユニットを回っていて、基本的にはフリーの職員は直接介助の手伝いとしては当てにできない。食事介助に関してはフリーの人が一応やることにはなっていますけど、介助が必要な利用者さんがユニットごとにいるので、自分のユニットに来るまでに時間がかかることもあります。
大野 フリーの人が補てんされていたとしても、その人たちはほとんど間接業務に充てられるわけですね。
高木 そうですね。ただ、そこは多分施設の方針次第で多少は何とかなる部分もあると思います。たとえば、(利用者に対する直接介助以外の)間接的な業務はもう少し減らしましょうとか言えばいいんだけども。でも……。上司は ――上司も色々いて、組織のトップは介護職の経験がないし、そういうことは分からなかったりしますが、組織の中間層というか現場のリーダー層の人は―― 「あれもこれも」で、やることがどんどん積み重なっていく。そうすると、現場は1人しかいないからキャパオーバーしてしまう。
大野 つまり介護の質を上げるという社会的な要請がある中で、いろんな業務が増えていくわけですよね。時間内でやらなくちゃいけないことが。
高木 そう。だけども体はひとつ……。
大野 ひとつしかないし、人員が増えているわけじゃないから……。
高木 そう。だからどうしてもトレードオフになってしまう。
大野 うん。
高木 入所者の方々って基本的にはほとんどの人が、状態が悪化していくので、その分介助量も当然増えていきます。
大野 つまり入所当初は要介護度が3だとしても、そこから状態はどんどん落ちていくわけですね。
高木 落ちていくんですが、上司は要介護度3のときを基準にして言うので、なかなか難しいですね。
大野 仕事の量だけが増えていくんだけど……。
高木 仕事は増えるけど、上の人間は基本的に現場を見ないので……。
大野 うーん。全然見に来ないんですか?
高木 見に来ても、忙しい時間帯には来ないかなという感じはします。一番現場職できついのは、食事の時間帯とか排泄の時間帯です。でもその位の時間帯に上の人間はあまり現場に来ない。自分たちも食事しているので、その時間に現場を見に来ない。
来るとしたら、大体、食事前後の時間帯を除いたときなので、比較的現場も落ち着いているときが多いし、来たとしても、通り過ぎるだけだから、その前後で何が起きているのかが分からない。そうすると、「あ、全然大丈夫じゃん」となる。なので、もっと仕事を増やしていく。それで結果として回らなくなって、現場はワーってなっちゃう。
調子が悪くても休めない
高木 話は変わりますが、わたしの職場では、夜勤は22時から翌朝7時までの9時間ですが、施設によっては、16時間夜勤のところもあります。たとえば、17時半から翌朝9時半までとか。
大野 16時間夜勤ですか?
高木 従来型の特養では一般的だと思います。
大野 これ、16時間で入ったら、翌日は休み?
高木 夜勤明けの日と、その次の日は休みです。
大野 それで、一応、健康状態を保つわけですよね。
高木 9時間夜勤の場合は、朝7時に終わって、そこからが休み。翌日は早番(7時から)という場合も多いです。夜勤を月5、6回やると、ほとんど夜かな、みたいな。途中からよく分かんなくなったり……。
大野 「よく分かんなくなる」って、よく介護職の人が言いますけど、もう少し詳しく言うとどういう感じですか?
高木 人にもよりますけど、たとえば、自宅から職場まで一時間半位あると、始発の電車に乗らないといけないので、早番の日は4時に起きなきゃいけない。でも、遅番の日は11時位からなので、大体8時9時位まで寝ていられる。
大野 ふんふん。
高木 で、夜勤の日は、逆に、夜起きてなきゃいけないので、「もうできる限り寝てよう」って昼位まで寝ていたりします。夕方まで寝ているときもある。なので、何か体が途中から寝なくてもいいかな、という感じになってくる。早番のときなんて、本当に眠れなくなるというときがあります。寝なきゃいけないんですけど、眠れないから、どうしようもない。諦めて、寝ないで会社に行くとか。
起きられなくて遅刻したらどうしようというプレッシャーもあって。ただでさえキツイ勤務なのに、交代の人が来ないとなったら……と思うとなおさら。人によって、結構二つに分かれる。どういう状況でも寝られるという声と、眠れなくなってしまうという声。職場でも何人か「眠れない」って言って、ふらふらになってる人もいるし。
大野 そうすると体調とか崩しますよね。心身に変調をきたしますよね。
高木 まあ、そこまでいく前に辞めたり……。
大野 介護職は割と、その辺は、パッて職場を変える人が多い印象はありますね。
高木 因果関係は分からないけど、20代の介護職員が勤務中に倒れたという話を聞いたことがあります。脳出血で倒れて、亡くなったと。朝の5時位に、その人は倒れたらしいですけど。それは仕事が原因なのか何なのかは分からないですけど……。
大野 でも、そういう雰囲気になっちゃうわけですね。仕事なのか何なのか分からないけど、「倒れちゃった」みたいな。
高木 確かに、体調崩している人はいっぱいいます。薬をのんでいる人とか、普通のご飯が受けつけないからお粥を食べてる人とか。
大野 それが段々普通になってきちゃうんですね。
高木 「もう何かいいや、仕方ないし」って。自分が休むと他の職員に悪い、他の職員にしわ寄せがいくっていうのが分かってるので。他の新型特養でも、人が極端に少ないところでは、ひどいときは、早番の人が遅番の時間帯まで残っていたりとか。人がいなくて。たとえば、遅番が来ないから、7時に入って20時位までやるとか。
大野 誰かが休むと、一気に誰かにしわ寄せがいく。だから休めない……。
高木 休めないですね。調子悪いという人に、「熱測った?」って聞くと、「測ってない」と言う。「測るとダメだと思っちゃうから、測らないでやってる」という話は、今でもよくあります。周りにしわ寄せが行くのが分かるから、休めない。それは風邪とかでもそうだし、あと腰痛とかでもそうだし。
学歴による賃金格差について
高木 わたしの職場では、学歴で賃金に差があって、大卒だと、福祉専攻ではなくても、同じ仕事をしていても、専門学校卒の人よりも、多分ちょっと多くもらっていたりします。「同一労働同一賃金」という言葉を聞いたことがありますし、学歴による差別といった観点からいえばこれはどうなんでしょうか? 同じ仕事をしてるんだけれども学歴によって給料が違うというのは法的には問題はないんですか?
川村 「同一労働同一賃金」を原則と考えると外れますけど、労働法的に問題があるかというと、ただちに違法とは言えないでしょうね。
高木 それは会社の裁量で別に構いませんよっていう……。
川村 はい。理屈としては、高卒と大卒で求める仕事は変わってくるんだと言っちゃえば、まあそれまでという感じですかね。
高木 仕事としては、現場で介助に入っていればまったく一緒なんですけども。
川村 会社だけじゃなくて、裁判所でもそれで通ると思います。
就業規則の変更について
大野 就業規則の一方的な変更ってできるんですか?
川村 基本的にはだめですよね。職場の就業規則ってのは、そもそも見たことあります?
高木 以前見たことがあります。今はどこにあるのか分からない……。読んだことがない人も大勢いると思います。
川村 分かりました。ちょっとややこしいんですけど、一応就業規則ってのも、会社が決めていいことになっている。ほとんどの事業所で、この就業規則をつくらなきゃいけなくなっています。入るときに契約をするじゃないですか。その契約と就業規則で、大体社内のお約束というのを決めているという状態になるわけですね。
労働法の原則からいうと、約束したものを勝手に変えちゃいけない。というか、「約束は守れ」というただそれだけの話です。就業規則というのは、正確には契約とは違って約束をして決まるものではないんですけど、会社がこういうルールとして就業規則をつくってますよ、という状態で労働者が入ってる状態になっています。これを労働者に不利益なように一方的に変えてしまうというのは、問題が出てくるということになります。
使用者に不利になるように一方的に変えるのは、多分嫌だって言わないと思うのでそれは大丈夫なんですけが、給料上げるぞって言われて、ぼくはちょっと清貧な暮らしがしたいという人がいればまた別ですけど、そうじゃない。大体問題になるのは、給料が下がるとか、就業規則が労働者に不利益に変わるっていうパターンですが、これは基本的にはだめだということなっています。原則はダメで、ただ、やむをえない場合に、ちゃんと説明をして、労働者の生活に配慮をして、あまり大きすぎる変更でない限りは、オッケーということには一応なっています。
高木 就業規則……今は見ないですね。
川村 一応見せないといけないんですけど。
高木 ああ、入社時……とか?
川村 いや、自由に見られるようにしとかないといけない。というか見せる義務があるんですが、たとえばこれも、外から言って問題にできるかといえば、問題にしづらい。「いや、見せてくれって言えばウチは見せるつもりでしたよ」って言われちゃえば、そこで終わっちゃうんですよね。
高木 ああ。
川村 だからまず、働いている人間が見せてほしいって言えない環境だと、あまりこういう法律って意味がなくて。見せてくれって言ったのに会社が見せないと、そこで初めて問題になるんです。
高木 なるほど。まあ、就業規則を見せてくれって言うだけで、何かこう……、悪いことをしているみたいな……(苦笑)。
川村 会社から目をつけられるんじゃないかみたいな。
高木 逆に、「何で?」って言われそう……。そういう……心の重さみたいなのはありますよね。
川村 そうですね。これは介護に限ったことじゃないですけど、自分がどういう約束で働いているのかを知ってはいけないというのが、労働者の暗黙のルールとしてあって……。
高木 何かタブー視するみたいな……。
川村 そうですね。
大野 なんか、その、やっぱり、さっき仰ったみたいに、それを見たら何となく職場で疎まれるんじゃないかとか、そういうこと言うやつなんだねっていう雰囲気はあるんですか?
高木 何かあるんじゃないかって思われそう。
孤独でバラバラな介護職
大野 看護職の人って、もう少し職場内での、まとまりみたいのってあるんですけど、介護職の人たちって、すごいバラバラ。
高木 バラバラですね。
大野 お互い会う時間が全然ないし、同じ職場でいても全然知らないし、仲間意識とかもないし、非常に希薄ですよね。
高木 まあ確かに、その辺りをつくりづらいっていうのはあるかもしれない。なんだろう。みんなで時間を合わせることができないですからね、基本的に。飲みに行こうとか、ちょこちょこはやってるんですけどね。
大野 すごい孤独な職場ですよね。
高木 そうですね。まあ……うん……。うん……。
大野 それから、ユニオンとか組合とかも、あまりなじまないような感じがしますね。
高木 そうですね。今まで働いてきたところでも、労働組合ってあんまり聞いたことがなくって、もしかしたらあったのかもしれないけど、聞いたことがなくって。世代的なものかもしれないけど、労働組合自体にリアリティがない。だから今までの職場でも……。
大野 聞いたことも見たこともないみたいな……。
川村 (苦笑)結構、介護はね、連合系の、UIゼンセン系の……。職場では全然?
高木 ないです。
大野 なるほど。
ウェブ上労働相談エトセトラ
大野 ケアワーカーの勤務実態が少しずつ明らかになってきたところで、川村さんに、高木さんからの質問に答えていただきたいと思います。
●時間外勤務について
Q1 時間外勤務は、事前申請が必要ですか?
川村 承認制というやつで、よくある手法です。上司がその場にいないということが、ひとつポイントだと思います。つまり、承認する/しないの判断ができないですからね。
そもそも論で言うと、事前申請でないと残業代を出さない仕組みは、違法性が高いです。残業代が発生するか否かは、業務の必要性に応じて決まると考えておけばよいと思います。実際に、勤務時間が終わったと同時に帰宅して問題が発生しないのであればOKですが、問題が発生するので帰れないということであれば、残業代は支払われる必要があります。だから、帰っちゃえばはっきりします。
高木 なるほど(苦笑)
川村 ただ、介護だとそれはできないじゃないですか。他の職種だと、とりあえず帰ってみたらいいんじゃないですか、というアドバイスをするんですけど、介護の場合、人命がかかっているので、それはなかなかできない。逆に介護職の場合、他のサービス職業に比べて、「ここ帰ったら問題でしょ」って必要性は証明しやすいはずです。
高木 時間外勤務の申請を出しても、「勝手に削られる」「却下されている」「ついていないことがある」、と同僚から聞きましたが……。
川村 労働法では、労働者が申請を出していなくても、必要があって残業しているのであれば残業代は支払われなければなりません。労働者が正しい申請をしているのにそれを削るのはなおさらまずいです。
Q2 「早出手当」はつけられますか?
川村 上司の方は、社会常識に照らしてそれは払わないと言っているらしいですが、社会常識に照らして支払わなきゃいけないっていうのが多分正しい。
高木 そうですね(苦笑)。
川村 「申し送りに参加しなくてもいい」ということであれば、出る必要がないし、残業代も払わなくていいんですけど。必要があると。もっと言うと、「出ろ」と言われているのであれば、それは絶対払わなくてはいけない。
「残業代」というと残っている場合を想像してしまいますが、労働法では「時間外」という言い方をします。ですから、早出分についても残業代と同じように、25%以上割り増しして賃金を支払わなければなりません。
「本当は仕事をしないで、職場に職場に残っていた」「早く着いてしまったから手当を申請した」という場合には拒否されても仕方ないでしょうが、それ以外の場合は、働いた時間通りに会社は時間外労働分の賃金を払わなければいけません。
Q3 時間外申請に関して、委員会の開催時間や、家族へ手紙を書く時間(たとえば、2通で1時間)などの上限があらかじめ決められています。
川村 委員会についても、規定の開催時間を超えているのに残業代を出さないのであれば違法性が高い。開催時間を過ぎた瞬間に帰ってよいのなら払わなくてもいいかもしれませんが。
手紙については微妙です。30分で書ける程度の内容のものしか求められないのであれば、その範囲内で書くべきだという判断になりますが、30分では到底完成しない質を求められるのであれば、問題だと言いやすい。必要性というのがやはり一番大きいです。
Q4 利用者18人分のケアプランを読むように申し送られていますが、勤務時間中には読む時間がなく、勤務外で読むことになる。読まないと困るから読みますが、この程度のことで(と思ってしまう)時間外申請はしづらいです。
川村 指揮命令の内容に入るものかどうか、業務上の必要性があるものかどうか、といった観点で同様に判断します。会社に命じられていて、しかも必要な仕事をしているのですから、それは会社のために、事業所のために使っている時間です。その時間に、会社は対価を払わなければいけません。これは法律の世界ではごく当たり前の話です。
高木 多くの職員は、残業しないために休憩中に記録を書いています。
川村 これも実態によるんですね。かなり自発性があってやっていることなので、法律的には、さっきの申し送りに比べるとやや微妙にはなるんですが、基本的には、必要があって、「仕事」として皆さんこれをやっていて、実際これをやらないと問題になるのでこの時間にやっているなら、労働しているとみなすのが一般的だろうなと思います。
休憩時間はまずきちんと確保しないといけないのが労働法の前提ですが、もしその時間を業務が浸食しているのであれば、そこにも時間外分の賃金を払う必要があります。それにしても、時間外ばかりですよね。実際に入所者と接している時間だけを労働時間として、その他の業務は付随的なものだからとシフトの外へ追いやっていく。塾講師でも同じような実態がありますが、こうして回さなければいけないシフト体制に、そもそも問題があります。
高木 上司から、「よそはもっとひどい」とか「(自分がいた)前の施設よりいいよ」って言われる。そう言われると、よそを知らないからそれ以上は言えなくなるという声も聞きます。
川村 これは常套(とう)句で、違法なことをやっている会社はいろいろ言い訳するんですけど、そのうちのよくあるひとつですね。「もっとひどい他の施設」も同じく違法なんですねっていうのが法律的な考え方です。
●休憩時間について
Q5 夜勤が「休憩なし」です。
川村 夜勤は休憩がないん……ですかね?
高木 夜勤のフリーっていう人がときどき配置されていたことがあって、その人が休憩の交代要員として各ユニットを一応回ることになっていました。ただ、その配置された経緯が、末期の、いつ救急搬送になってもおかしくない利用者さんがいて、その人に備えるために、たまたま配置されていたっていう理解です。いつの間にか配置されていました。
川村 むしろ日勤は休憩あるんですか? 早番、遅番は?
高木 日勤は……はい。今はあります……ね。
川村 どういう感じですか? (休憩中は)コールが来ても無視してる?
高木 えっと……まぁ……無視……しますね……。ただ、休憩室は別にあるんだけど、そこに行くまでの時間が惜しいから、(ユニットに接した)通路兼物置きみたいなところで、ご飯を食べたりする人が多い。そうすると利用者や家族から何か直接話しかけられる場合があって、そうしたときには、やっぱり何かしら対応します。
川村 なるほど。
高木 「○○がないんだけど」とか、「○○はどうなってるのよ」とか言われたり。あと、面会に来ていた家族の人から、「横になりたいって言ってるんですけど」と言われて、ユニットの職員が別の利用者さんの介助中でその場にいないときとかは対応することもあります。
あと、先ほども言った通り、記録を書く時間が勤務時間内にとれないから、大体みんな休憩時間に書いている人が多い。そうしないと時間内で帰れない。遅番だと、バスに乗り遅れるとか。バスを逃したら、たとえば電車通勤の人は、駅までの長い距離の夜道を、女性が歩いて帰らなくちゃいけないとか。しょっちゅうある話です。
ちなみに、社内で「介護職の時間外勤務の取り扱い」についての文書がありますが、その中には、「記録」とは明記されていない。なので、時間外で記録を書いても今は誰も超勤申請していない。けど、納得がいかない……。
川村 夜勤の話に戻ると、労働法では、6時間以上働いている場合は45分、8時間以上働いている場合は1時間以上の休憩が必要となっています。高木さんのシフトでいくと、1時間以上の休憩がなければなりません。
賃金が発生するような労働であるかどうかというのは、業務しなきゃいけないという時間とか、「指揮命令下にある」と言うんですけども、オンの状態である限りは基本的には賃金が発生する時間ということになります。それでいうと、「待機」は「休憩」とは異なる。待機は休憩ではなく労働のカテゴリーとして属する。さっき仰ったような昼休みの話も、休憩室にいけば本当に休憩になるのに、詰め所にいるがために休憩にならないということが事情としてあるので、そこは微妙かもしれないけど、夜に関しては休憩ないのは完全にだめですね。
Q6 忙しさのあまり、職員自身のトイレや食事が難しい場合があります。
川村 高木さんに繰り返して言っても仕方ないんですが、休憩時間は法律で決められています。法定の休憩時間すら確保していないから、こういう問題が生じてきます。トイレに行けないために膀胱炎になったという相談も来たことがありますが、そこまでいくと、休憩時間だけではなく、安全衛生の問題にもなります。
労働者の安全に対して、会社は配慮しないといけないということになっています。これは当然、対等に契約をしているわけですから。ちゃんとその人が仕事を続けられるように安全に関して配慮しないといけないというのが使用者の義務としてあるので(安全配慮義務)、これにもちょっと抵触しそうな感じがありますね。
Q7 夜勤→休み→早番、遅番→休み→早番と、次の仕事にうつるまでの時間がタイトな場合が多くあります。
川村 法律でこれで抵触しますというのはない。もし、これおかしいじゃないかということであれば、労働組合に入って団体交渉するとか、一応法律の構成としてはそういうことになります。労働法でいう労働基準法というのは、最低限度の基準を決めているものなので、それ以上の部分で対等に交渉するためにはどうしたらいいのかということに関しては、労働組合法で労働者に下駄をはかせているから、そっちでやってねというのが法律の構成。
高木 たぶんそこで問題になってくるのは、労働組合自体がシステムに組み込まれていないというか……、法律上はあるけど、あまり、その、機能してない業界というか……。
川村 まあ、そうですね。
大野 高木さんはどうしたらいいんですか?
川村 (苦笑)難しいですよね。
高木 労働組合をつくれって言われることもあるけど、労働組合という存在自体にリアリティがないし、それをやったら……にらまれそうな気もするし……。おすすめの労働組合とかは……?
川村 札幌地域労組という労働組合があって(POSSE参照)、そこは介護職場を組織しながら、たとえば、腰を痛めた人が労災申請をしたら、それが認定されるか否かにかかわらず、申請した段階で休暇がとれるというふうにした。そういう新しいルールを、法律じゃないんですけど、労働協約、さっきいった契約就業規則、労働協約というのがあって、労働組合と会社で話し合って決めたルールのことを労働協約と言います。これも職場のルールを決めるルールのひとつのあり方で、札幌地域労組はそういう労働協約を結んで、会社の仕組みとして、腰痛になった人は労災を申請すれば休めるわけです、というふうにして労災の取得を促す。そういう仕組みづくりをした。
高木 腰痛で労災とかって、聞いたことないです。みんな腰痛持ちだから。そういうものだと思って諦めている……。どっかいい温泉ないかなとか……。みんなどっか(整骨院とか)通ったりしてますね……。整骨院自体、どこがいいかとかネットで調べている人がいたり。ヘルニアで、神経を痛めているから整体がダメで、針に行っている若い人とかもいます。
大野 だいたいみんな腰痛になると、訪問の人も施設の人も、腰痛って介護職の持病みたいなものですが、昔から障碍者青い芝の会という、腰痛問題ってあるんだけど、施設職員と腰痛問題って。だいたいなったらどうしてますか、みんな。すごく深刻な問題でしょ。だって仕事できなくなるじゃないですか。
高木 (特養内で)ユニットを異動したり、特養からデイサービス(通所介護)に異動したり、という人もいます。あと、たとえば、大柄な男性利用者と華奢な女性職員で、体格差が大きくて、介助の際に厳しいという場合は、その利用者さんを介助するときだけ隣のユニットの職員が代わったり、担当するユニットを期間限定で固定したり。ただ、それも根本的なものではない。気兼ねして自分でやっちゃうときもあったりするし。「コルセットをしていても痛いし、不安」という声も聞きます。
ぎっくり腰になって、本当にどうしょうもないときは休ませた人もいます。それも、上司からではなく、そういうことを知っている先輩職員が、ちゃんと休んだ方がいいよって言ってようやく。本人から言わせて。あとは、ヘルニアになって、医師からしばらく休むように言われた人がいますが、勤務変更で多少の負担軽減はしてもらえたけど、休み自体はもらえなかったということもあります。
なかなか言えない風潮にはなっています。上司から、「移乗介助などは腰を痛めないようにやる方法をとっている」というふうに言われちゃうと、痛めたのは自己責任……。こっちが悪いというふうに言われかねない……。わたしの職場は特殊なやり方をしていて、それだと、利用者の自立をより促す方法であるのと同時に、介護職は腰を痛めない方法である、という触れ込みにはなっている。
川村 でも慢性的なものは全然違いますしね。
高木 ただ、上司からそう言われてしまうと、こっちは「腰が痛い」とは言えなくなっているかな。
大野 ああ、職場の何かでね……。
高木 腰を痛めないトランス(移乗)方法をとっているんだから、痛めるのは……別のことじゃないって言われてしまうと、そうかもしれないかなとか、口つぐんじゃうかな……。
大野 なるほど。
高木 技術が未熟だからとか。そこまではっきりは言われないんだけれども……。
大野 あなたが未熟練であるから、それゆえに腰痛を起こすんだというふうになっちゃうわけですね。
高木 そう言われることが分かってるから……言わない。とくに若い職員はなおさら。
大野 なるほど。
高木 表立って、労災とか、そういうかたちでは言わない。もちろんインフォーマルなかたちでは言うかもしれないけども……。さっきの札幌労組のようなことは非常に難しい。
川村 「お前が精神的に弱いから、うつ病になったんだろう」っていうのと似てるわけですね。
大野 もっとひどい話で。いくら痛めない方法をやったところで、介助の負荷は昔から変わってないわけですよね。そういう方法は、移乗の方式であって、知恵みたいなものなわけですよ。
医療職とか看護職に対して、自分たちの専門性とか、労働者として対等であろうとする方向性があるわけです。そういうふうになったときに、この腰痛にならない方法とかが出てくるわけだけど、実質的には、こんなに業務をやっているのに、医療職、とくにドクターとナースに比べて、待遇としてはきわめて低賃金なわけですよね。待遇は変わってないけど、求められるものだけが変わり、しかも、介護の質を上げることも要求され、みたいな……。
Q8 遅番勤務の翌日が早番という場合に、遅番が終わるのが22時、早番が始まるのが7時なので、そんなに間があいていない。こういう場合、たとえば、海外ではどういった事例がありますか?
川村 欧州では、休息時間法というのがあって、レストタイム法とかいわれてます。一回仕事が終わってから次の仕事をやるまでの間は一定期間休ませないといけないという法律です。
高木 それは法制化されている?
川村 確か11時間。それにプラスして上限規制があるので、週に40時間とか35時間とか。そっちが基本なんですよ。週に40時間という上限があったとしても、ずっと長く働かせてると大変じゃないですか。なので、11時間というふうに間をあけさせるということが一応決まっています。日に8時間、週40時間とか、たとえばそういうのがきっちりとあるけれども、それを守っていたとしても、本人にとって厳しい働き方 ――夜働いて、またその後すぐ朝働くとなるとずっとになる。なので、一回休みに入ってから、その後はレストタイムというかたちで11時間は間をあけないといけないということも決まっています。
高木 さっきの話でいくと、遅番の場合だと、22時に一応仕事が終了して、それプラス記録や片づけなどをサービス残業でして、加えて、個人が抱えている仕事があって1時間とか2時間とか残業する人の場合、この間隔がもっと狭まります。家に帰って、ご飯食べたり、お風呂に入ったりするかもしれないし……。日本でこういう動きはあるんですか? 欧州に倣って。
川村 一応微妙に出始めてる。ただ、まだまだこれからですね。現状は、法律としては存在しないので、違法というふうにはいえないです。
●正社員登用について
Q9 求人票に書いてあること(待遇等)って、何に当たるんですか?
川村 求人票に書かれていることは、法律的な用語でいうと労働契約の申し込みを「誘引」するものなんです。ですから、約束の中身を決めるものではないんです。
大野 ほとんどの人は、あれは待遇だと思うよね。
川村 そうですね。ぼくもそう思いますけど。でも法律的には、求人票を見た労働者が会社に行って、最終的に会社と労働者の間でどういう約束を交わすかで待遇が決まります。面接で両者が合意すれば、口頭であったとしてもそちらが約束として強いんです。もちろん、面接で何も言われずに働くことだけが決まった場合は求人票の待遇通りに取り扱われると考えるのが自然ですから、実際に働いてみたら全然違う条件だった、となれば、求人票を根拠に待遇改善を求めることができます。求人票をはじめとして、会社と交わした書面や待遇について話し合った内容のメモはすべて残しておくのが賢明です。
よくあるのは、求人の情報と面接で聞いた条件が違うという話。これは違法とは言いづらい。もちろん求人の条件で、とくに面接で話もないまま契約を交わして、実際に働いてみたら求人の情報と違うとなれば約束違反ということになります。繰り返しになりますけど、雇用のルールで大事なのは両者の約束なので、両者が合意して、最初はこういう求人票だったけれども、面接のときにこれで納得したじゃないですかという話になると、それで終わり。
大野 面接のときに、口頭で言われたことは約束に該当するんですか?
川村 該当します。たとえば、パートだとか正社員だとか求人票には書いてなくても、面接のときに、「とりあえずパートで、そのうち正社員にするよ」と言われてるのだとすると、最初はパートで契約を交わしましたねということになります。正社員の方は約束としてどれぐらい強いのかはケースバイケースになっちゃうんですけど。「何か月かしたら正社員にするよ」位だと、「約束したじゃないか」と言うにはちょっと弱いかな。
高木 試用期間については? 六ヶ月で、長く感じるのですが。
川村 新卒で入ったら、今だいたい三ヶ月~半年間が試用期間になる。途中でなった場合も試用期間がある場合もあります。ただ、高木さんの職場では、パートとして働いている期間を実質試用期間のようにしているのだと思います。
高木 パートの期間を三ヶ月と言われて実際には半年の人もいるし、一年位経ってもパートのままの人もいます。
川村 法律的には、「正社員として雇う。そして試用期間は三ヶ月」こういうふうに約束していれば、三ヶ月経って、その時点で試用期間は終わりましたねって話になります。でもたぶん、ここの職場だと、まずはパートで契約を結びましょう、それで、ある一定期間過ぎたときに、会社がこの人は正社員でどうかなと思ったら再契約するかたちになっているのだと思います。パートとしての契約でずっとやってるわけですね。使用者と労働者で約束したのはパートだと。それでずっといくのが本筋なんだけども、3ヶ月経った時点で、もうちょっといい条件で契約しませんかと会社が言う、で合意したので正社員になる。
高木 さっき誘引って話が出てましたけども、正社員にするけど最初パートですよって言って、正社員含みで声をかけたにもかかわらず、いつまでたっても、会社に聞いてみても、「いやーもうちょっと」って……。
大野 様子をみてって……
川村 はいはい。
高木 そういうふうに言われると、たぶん本人としては、「いやちょっとそういうはずじゃなかった」と。自分の生活もあるし、とくにシングルマザーの方とかだとなおさらそうですし……。そういう話も一人ではなく何人かから聞きます。今の話も、本人的には違うと思っていたんだけども……、実際にはいま仰ったような……。
川村 まあなかなか難しいですね……。
高木 認識が違う。本人の認識と会社の言い分というか……。
川村 「近いうちに」って最近何かはやってますけど(笑)それと一緒で……。
大野 「近い将来」(笑)
川村 最近はかなりこういう相談増えてますね。正社員になれるかもね、っていうかたちで、非正規なんだけども一生懸命働いてねっていう、そういう約束になっているというのは結構ありますね。
高木 もうちょっと踏み込んでるんですよね。「(正社員に)なれるかもね」じゃなくて、「します」位のニュアンスで……。
川村 たとえば、具体的にどうなるかというと、労働基準監督署に行ったとします。労働法の違反を取り締まるところなんですけど、これ何か法律に違反してるかというと、これは違反してないので、「うちでは無理ですね」という話になります。要は、労働法/労働基準法のカテゴリーとしては、ちょっと問題にしづらいですね。
もうひとつ別の考え方があって、裁判で訴えるときは民法の方になるんですけど、約束してたのに、会社が正社員にするって言ってるからこっちは我慢してたのに、正社員にしてくれないのはおかしいじゃないかと。
高木 ノリとしてはその位だと思うんですよね。
川村 その場合、やっぱり問題になってくるのは、正社員にするといったときに、非正規と正社員でどれぐらい待遇が違うということをまったく多分話し合ってないと思うんですね。
高木 ああ、そうですね……。
川村 そうすると、訴えるときというのは、正社員だったらこれぐらい儲かったはずなのに、これしかもらってないんだから、差額分よこせというふうになるんですね。
高木 正社員だったらボーナスが出るとか。
川村 そうです。正規/非正規というのは待遇を示すものではないので、その請求がすごいしづらい。
高木 そこがたぶん、素人というか、知らない人からすると分かりづらい。
Q10 非正規と正規の法律上の違いは何ですか?
川村 非正規、正規というのは会社による「呼称」です。大事なのは待遇のほうで、非正規か正規かは法律上まったく関係ありません。むしろそれで差別してはいけないと定められています。実際には正規/非正規という呼称の区別で待遇を差別化しているのがほとんどですが、法律的に何の意味も無い「正社員になれるかもしれないよ」という餌で非正規の人たちを過酷に働かせる会社も出てきているので、むしろそちらに警戒した方がいいと思っています。
大野 でも、非正規と正規が呼称じゃなくて、これはまるで、ほとんど待遇だと世間では認識されていると思うんですけど。
川村 そうだと思います。
大野 労働法上はただの呼称なんですね。契約内容が問題なのであって、正規か非正規かは、法律的に闘う場合、もう何の……ただの呼称……。
川村 もちろん正社員は、この会社ではこういう就業規則に基づいて、こういう賃金体系で、非正規の場合はこういう賃金体系で、とはっきりしてるとなれば、「正社員という呼称の中にもうその待遇も含まれているでしょ」となるけれど、大事なのは待遇の方で、正規か非正規かってこと自体は労働法的には差がない。むしろ正規か非正規かで差別しちゃいけないというのが労働法になっている。
高木 ああ……。難しい。分かりづらい(苦笑)。
川村 たとえば、今は月給手取りで20万だけど、そのうち100万にしてあげるよと会社が言ってたとすると、いつまでたっても20万なのはおかしい、80万よこせと請求する方がしやすいんです。そんな感じですね。
高木 でも、かなり根付いてますよね。大野さんの言ったことは……。
川村 そうだと思います。
大野 つまり、多数派が会社のメンバーシップ型雇用形態の場合、社会保険や福利厚生とか、厚生年金とか会社が半分折半してもってくれるわけですよね。それから医療保険とかもそうですけど。これはすごく大きい福利厚生であって、日本型のセーフティネットであったわけで。その人たちが多数派だった時代では、非正規の人たちの条件というか、保険料とかも全部自己負担だし、一番大きいのは雇用保険かな。雇用保険に入れない?
川村 今は31日以上の雇用見込みがあるかないかで、基準になります。
大野 雇用保険が適応されない人たちが少数派だった時代は、非正規は言葉として特別な意味をもったのかもしれないですけど、川村さんの今日の話というのは、多分大事なところはその辺で、日本の雇用の実態というのがどんどん流動化してるわけですよね。正規、非正規は呼称だというふうに言った場合に、働く人たちは自分たちの権利とか条件とかをどこに一般的に見出せばいいのかというのは……、一般的なレベルでね、すごく大事なことだと思うんですけど……。働く人は何を見ればいいですか。
自分たちの権利をどこに見出すか
川村 難しいですね。正社員であれば安泰という時代があんまり成立しなくなってるという話だと思うんですけど、それは確かにそうで、これまでは「ちゃんと就職して正社員になれば、何となくこう、法律なんか知らなくてもいいし、制度もあんまり知らなくても何とか生きていける」社会だったかもしれない。でも、いわゆる「ブラック企業」がそうであるように、正社員で就職しても、安心して安定して働けないことはよくあります。
ぼくの立場からすれば、「正社員になって、あと会社の言うことをちゃんと聞いていれば何とかなるんだ」っていう考え方はちょっと捨てた方がいいかなということはひとつありますよね。
高木 施設はとくに顕著だと思いますが、若い介護職員が多い。年齢が上がってくると体力的にきついし、若さで乗り切れる部分もあるから。そうすると、初めての職場が特養だったりして、そういうルールで守られてなかったりすると、「仕事ってこういうもんなんだ」「介護ってこういうもんなんだ」っていうふうに思ってしまって……。そういう文化が施設に根付いてしまっている印象があります。
大野 介護保険制度は2000年に始まった新しい制度で、今後、終身雇用が成立するかどうかというのは全然分からないわけですよね。介護業界は業界内転職が非常に多く、つねに求人があります。
高木 たとえば、『タウンワーク』には、もう本当に毎週のように介護業界の特集が出ています。
大野 だから転職はしやすいわけですよね。転職はしやすくていつも職はあるわけ。だから、いわゆる派遣切りみたいな話ではないわけですよね。
川村 次があると。
大野 そうそう。次はあるんですけど。でも問題は介護の業界全体ですね。唯一の売り手市場というか、次があるので、自分たちの雇用条件が悪いとか、何か制度を変えないといけないというようなモチベーションをすごく持ちにくいような状況に置かれているなという印象が、わたしは利用者として見ていてあります。
高木 ここがだめだったら次に行こうっていうか……。
大野 それがあるから逆に、自分たちの勤務の状況が過酷だとか、そういうことを言い出さない人たちだなという印象はすごい強くあります。利用者として。
川村 もっとどんどんいいところに移っていけるのであれば、悪かったところを気にしないというのはまあ何となく分かりやすいと思うんですけど、どこに行っても似たような待遇だったりするわけじゃないですか。でもまだ次があるという展望は持っているということでしょうか? ここがたまたま悪かったので、他はまだいけるんじゃないか……。
高木 どこも一緒だとは思ってしまう……。
川村 転職する人たちっていうのはそういうのは思って辞めるの?
高木 「いいとこはないですか」って聞かれることがあるけど、自分が答えるのは、「いいとこなんてない」。なぜなら制度で枠が決められているから。
大野 介護報酬は公定価格ですから。
高木 他に具体的にいうと人員配置です。配置は決まっているから、「いい施設」と言われているところは何かしら無理をしていると思う。職員がサービス残業しまくっているとか。だから、いいところなんてないけど、あるのは相性が合うか合わないかじゃないかと答えています。
川村 それを求めて移るって感じなんですね。
高木 うーん、相性は求めてないと思うんだけど。いいところがあると心の中では思っているんじゃないかな。若い人は、みなさん、職場の待遇は悪いけど、利用者と接するのが好きだから辞めないとかですね。
大野 かなしいじゃないですか。だってね、高齢者ケアを守ってくれてる人たちなわけですよ。2012年4月の改定でもう第五期改定ですが、その際に介護報酬には実質的加算はつかなかったわけです。
高木 実質的には減額ですね。わたしの職場では特殊な加算があって、トータルでプラスになったけど、介護報酬全体としては減らされている。社会保障審議会とかで、「特養は黒字だから」みたいな発言が出てましたね。大森会長とか。
大野 それから内部留保があるとかね。
高木 その黒字というのは、介護職員がサービス残業しまくった結果としての黒字。職員が残業の申請をしないのは自分たちの仕事を貶(おとし)めていることにもなる。だけど、そういう意識は現場の人にはない。「会社が大変だから」っていう人もいる。だからすごい転倒している印象はありますね。
大野 川村さんは、いま労働相談を受けていて、介護職の方から相談を受けることってよくあると思うんですけど、最近はとくにどういう相談が?
川村 介護職の人は本当にあまり相談に来てくれなくて。たぶん大野さんが今言ったのと同じで、結構自分で抱えこむというのは多いような気がしますね。それで、どのタイミングで相談に来るかというと、うち(POSSE)に来てるので多いのは、うつになって働けない。あとは虐待ですね。虐待や事故。
大野 起こしてから?
川村 そう。虐待とか事故が起きて、やりがいがなくなるわけですよね。そんな職場で働いていたら。でも、本当に特徴的というか、これは介護っぽいなと思うのは、虐待が起きるじゃないですか。で、話を聞いていくと、サービス残業はめちゃくちゃあるし、長時間労働もあるし、いろんな問題があるんですけど、「虐待が横行しているのを何とかしたいんだ」と。だから、そこまでいっても自分の問題では来ないんですね。
高木 ああ……。
川村 虐待とか事故が多い状態を何とかしたいという話で、あくまで相談に来るのであって、自分の今の状況をどうにかしてほしいということではあまりないんですよね。
大野 すごく利他的なマインドで来るわけですよね。
川村 すごいですね。でも、それでやってた結果、結局、余裕がなくなったというのは背景としてあるだろうと思うんですけど、でもやっぱり本人たちは相談に来てもなお……。
高木 それは当事者も来るんですか?
川村 そうです。虐待については見てる人とかですけども、事故は自分が起こした場合もあるし。
高木 虐待を見ている人がPOSSEに来る……?
川村 どうやら職員がやってるよ、ということです。
大野 そういうときは、難しいですよね、対応……。
川村 かなり難しいですよね。一応内部告発みたいなことはありますけど。それそのものをなくしてくというのは、それ自体が結構難しいというのと、できたとしてもかなり対症療法的なものになってしまうので、事故が起きている根本を変えることにはならない。
「良いケア」とは?
大野 ただ、制度を変えるというときも、良いケアとか良い介護とかって、そもそもなんなのだろうかと考えます。介護職の人たちが、基本的にせめて朦朧としてないとかね、そんな非常に緊張した状態で、一人で十何人という人をケアで見る状態で、自分はそんなところに入りたくないわけですよね。
高木 「9対1」「18対1」ということは、絶対に誰かを待たせているということなので……。
大野 そうそう。
高木 順番に来てくれない。例としてはふさわしくないかもしれないけど、たとえば、吉野家に入りました。あちこちで注文してます。このとき、自分は空気を読むわけです。このタイミングで店員を呼んでも来ないから、この流れがとぎれたら、「お勘定お願いします」というふうに……。
大野 店員さんが大変そうだから気を遣うわけですよね。
高木 そういうことがあって、介護職員にとっては「9分の1」「18分の1」の人でも、本人にとっては「1分の1」。分母が違うから、待てない。しかも、「トイレに行きたいの」とか、「体が痛い」「苦しい」、あるいは「痒くてしょうがない」「寒いけど自分では動けないからリモコンを持ってきてほしい」「のどが乾いたから水を持ってきてほしい」「水を飲ませてほしい」というような、生存に関わる部分での「待てなさ」だから……。
ずっと時間がかかっちゃうとクレームとかになるし、それがもとで異動とかさせられる場合もあるので、「9対1」というのは理不尽で、利用者にとっても過酷だし、介護職員にとっても「待たせている」というプレッシャーが絶えずあるので、つねにストレスフルな状況です。
大野 そもそも自分の親や自分が、そういう状態の人にケアしてもらっていいのかどうか、おおいに疑問だと思うんです。
川村 はい。ふらふらな介護者、朦朧としてふらふらで…(笑)。
大野 朦朧としてふらふらですよ、介護者が…(笑)。
川村 それは怖いですね。寝てるのか寝てないのかも分からないような人たち(苦笑)。
高木 あと、怒りっぽくなる。自分が。普通の仕事だったら、お客さんの前で演じる。多少なりとも。コンビニでも何でもそうだけども。だけど、段々演じることができなくなってしまう……。
大野 生活の場ですからね。
高木 生活の場だし、あと余裕がなくなる。たとえば、ナースコールを何度も押すことに対してイライラしたり。それは意志表示ができる人だけども、意思表示ができない人の所に本当は行かなくちゃいけないのに、何回もコールを押す人の所に先に行かなくちゃいけないとか。でも、押す人も必死。本当に心が引き裂かれるような状態をつねに……。
大野 うん。
高木 だけど、辛いから段々麻痺させていかないと働きつづけることはできないし……。
川村 さっきの大野さんの、働く人は何をすればという話に戻ると、もちろんやりがいの搾取という問題はあるけれど、ぼくは結構やりがいが大事だと思っていて、つまり良いケアを追及していくと、自分が朦朧としてたり、ふらふらしたりしてはいけないはずなんですよ。
高木 そうなんですよ。
川村 なので、そういう意味ではやりがいは大事だと思っていて。それはちょっと抽象的な話なんですけど。それで、今の状況というのをどうしたら良くしていけるのかを考えたときに、ひとつは当然、制度とか法律を変えるということがあるんですけど、今の法律の枠組みでいうと、先ほど話したように、法律の構成としては労働者は労働組合をつくって会社と労働組合との間でルールをつくってくださいね、というのが法律の決めていることなんですね。だから最低ラインのルールは国が決めますと。
高木 労働基準法……。
川村 そうです。その上で、どういうふうにやりがいが満たせるような職場をつくるとか、まともに働ける職場をつくるとか、そういうことについては団体交渉で決めてくださいねというのが、一応日本の労働法制。ですので一応道としては、労働組合をつくるなりして会社と交渉するというものなりますよね。ただその道にリアリティがないのは絶対そうだと思うので、それはどうしていったらいいだろうねって話になります。
大野 企業別の労組というのが成立しにくい人たちなわけですね。従来的な。ある意味では、逆にいうと可能性があって、欧州っぽい広がりが、企業別ではなくて職種別のユニオンというのが成立する必要性もあるし……。
川村 しかも、みんな転々としてるし、状況は結構似通ってる。
大野 そうそう。なのでそういう意味では、欧州型の業界別の組合が成立する可能性はあるんですよね。
川村 ぼくもそう思いますね。介護はある程度職種というか、業態が似ているところがあるし、共通点は結構多いし、資格としても横につながっているものがあるので、それなりにやりやすい業界のひとつではあるのかなと思うんですけどね。客観的な条件として。
何より、このまま放っておけば利用者に顔向けできないでしょう。「やりがい」を通じて搾取されているんだ、という話もありますが、ぼくは介護労働者の「やりがい」は自分たちの条件をまともなものにすることで利用者を守ろうという方向にも行きうると思っています。
(2012年8月 東京都下のカフェにて)
プロフィール
大野更紗
専攻は医療社会学。難病の医療政策、
川村遼平
1986年千葉県生まれ。NPO法人POSSE事務局長。東京大学大学院総合文化研究科博士課程。著作に『ブラック企業に負けない』など。
高木成未
特別養護老人ホーム・介護職員