2014.07.10

ケアする、されるを超えて――ALS患者とミステリー作家が語るケアのその先

岡部宏生×葉真中顕

福祉 #ALS#ロスト・ケア

ケアされるのも、ケアするのも嫌な時代!? ケアのその先にあるのはなにか。ダンディなALS患者と、気鋭のミステリー作家が語り合う。(構成/山本菜々子)

はじめに(葉真中顕)

私が岡部宏生さんをはじめてお見かけしたのは、今年の5月。NPO法人「ICT救助隊」が主催する「ITパラリンピック2013」の会場だった。これは、障害のある人のIT活用法を広く周知するために毎年行われているイベントだ。

会場には、発話ができなくなった人とのコミュニケーションを支援する文字盤や、十指が動かなくなっても些細な動きだけで電子機器を操作するスイッチ、視線だけでパソコンを操作する視線入力装置など、さまざまな機器が並び、これらを使ったゲーム大会なども行われていた。

その中でも、一番の目玉、ハイライトと言えるのがサイバーダイン社が開発中の「HALスイッチ(仮称)」のデモンストレーションだった。このHALスイッチとは、介護用のロボットスーツのために開発された技術を応用したもので、四肢が麻痺してしまった場合でも手足を動かそうと意志したときに身体に微弱に流れる電位信号を読み取り、電子機器への入力を可能にするというものだ。従来の“わずかに動く部分で使う”スイッチではなく、“どこも動かさなくても使える”スイッチであり、極めて汎用性の高い画期的なものだ。このデモンストレーションを行ったのが岡部さんだった。

岡部宏生という名前はそれまでも何度か目にしたことがあった。脳の機能や意識に障害のないまま、全身が脱力、筋萎縮し自発呼吸すらできなくなってしまうという進行性の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹患した当事者でありながら、日本ALS協会の理事を務めるなど積極的に社会参加されている方だという。

会場に登場した岡部さんの第一印象は(これは多くの人が同じ印象を受けるそうだが)「ダンディ」だった。端正な顔立ちに、口ひげがよく似合っている。その一方で人工呼吸器を付けた状態でリクライニング式の車椅子に身を横たえ、少しの身動きもできないその姿に「これがALSか」と、重いものも感じた。

そんな岡部さんが行ったデモンストレーション、それはまるで超能力、あるいは魔法のようだった。

岡部さんが、手足をまったく動かしていないことは傍目にも明らかだった。無論、キーボードやマウスに触れることもない。身体のどこも動かしていないのに、確かにパソコンの画面に文字が打ち込まれていくのだ。一文字、一文字、確実に。

──私たちは夢の架け橋を渡り始めました。動かない右腕で操作しています。みなさん一緒に頑張りましょう!

岡部さんは、そう打ち込み、そしてそれをパソコンが読み上げた。声だ。それは、確かに声だった。

その人は、身体を動かさずに、文字を綴り、喋ったのだ。

これはすごい! 魔法のようだが、魔法じゃない。絵空事でなく、今ここにある人間の力だ! そんな感動と共に、私はおもった、これは面白い! と。

(参考1)ITパラリンピック2013の実施報告

http://www.rescue-ict.com/wp/2013/03/31/itp2013/

(参考2)荻上チキによる取材レポート

http://togetter.com/li/477379

それから、およそ2ヶ月。

その岡部さんのご自宅にお邪魔し、対談させていただく機会が訪れた。願ってもないチャンスである。

都内某所にあるマンション。部屋の入り口には、車椅子での出入りができるように手作りのスロープが付けてあった。その扉の向こうで、岡部さんと、ヘルパーさん、そして学生のボランティアさんの三人に迎えられた。

部屋の真ん中に岡部さんのベッドがあり、その傍らにヘルパーさんとボランティアさんが立つ。普段の岡部さんは口元の微妙な変化を読み取る「口文字」という方法でコミュニケーションをする。これは、私がその場ですぐに読めるようになるものではないので、ヘルパーさんがいわば通訳の役割を果たすのだ。

正直、このとき、私は最高に緊張していた。ALS当事者の方に話を聞くのも、「口文字」を介して話を聞くのも、初めてだった。聞きたいことはいくつもあるのだが、どんな順番で、何を、どう聞けばいいのか。

そんなことをぐるぐる考えていた私に、岡部さんはまずこう言ったのだ。

「受賞おめでとうございます」

そう、私は「日本ミステリー文学大賞新人賞」という賞を受賞し、ミステリー作家としてデビューした。だから、当たり前といえば、当たり前の挨拶だ。

けれどこのひと言で、私は気づかされた。

今の今まで、完全に「取材」することしか頭になかった。もちろん、そういう側面は間違いなくあるのだけれど、これから始まるのは、対話、コミュニケーションなのだ。

少しだけ視界が広がる感覚がした。岡部さんのパジャマの柄や、部屋の壁に張られた予定がびっしり書かれたカレンダー、それに天井から吊ってある馬の形の紙細工が目に入った。私は、この人と話をしに来たのだ。

まあ、要するに、私は最初のひと言でいきなり掴まれたのである。このダンディなALS当事者に──

生きて行く選択

岡部 受賞おめでとうございます。

葉真中 ありがとうございます。まずは簡単に自己紹介から。私は『ロスト・ケア』という介護をテーマにしたミステリー小説を書き、日本ミステリー文学大賞新人賞をいただきました。もともと祖父の介護をしていたことがきっかけで、介護問題に関心があったんです。

岡部 本は読んでないですが、シノドスでの更紗さんとの対談を読みました。今日は少し緊張をなさっているようですが、なんでも大丈夫なのでお話なさってください。

葉真中 ありがとうございます(笑)。

介護についての様々な資料を見て行くなかで、ALSという病気の存在を知りました。この間のITパラリンピックで、HALスイッチを試されている岡部さんの姿を拝見し、ぜひ、お話を伺ってみたいとおもっていました。

岡部さんは世界ではじめてHALスイッチを試されたんですよね。その感想や感触を教えてください。

岡部 一番はじめに試してみた時は、使えるとはおもいませんでした。しかし、2回目に使ってみたらすごく改良されていて、びっくりしたのです。その時に、これは今までのものとは違うとおもいました。動かない右腕を動かすイメージだけでパソコンが操作できたのです。自分でも驚きました。

葉真中 なるほど。これからの技術革新にも大いに期待できそうですね。岡部さんは2006年にALSを発症されたとのことですが、罹患が分かった当初はどのようなお気持ちでしたか。

岡部 自分は、数年後に死ぬので、とにかく自分の家族をどうするのかと、経営していた会社をどうするのかだけを考えていました。最初のころは不思議なくらい自分のことは考えられませんでした。

葉真中 岡部さんは、現在、人工呼吸器をつけて生活をされていますよね。ALSの患者さんは、病状が進行していくと呼吸障害に陥ることになり、そのとき、呼吸器をつけて生きるのか、それとも呼吸器をつけずに亡くなることを受け入れるか、といった「究極の選択」を迫られることになりますよね。

罹患がわかった当初は、岡部さんは呼吸器をつけることにあまり積極的ではなかったそうですが、なぜ、最終的につける選択されたのでしょうか。何かきっかけになるようなことがあったのでしょうか。

岡部 この病気があまりにひどいので、(罹患した当初は)自分でも茫然としていたのですが、そんな時に先輩の患者さんの中に、とても明るく生活しながら後輩の患者のために役にたっている人達がいるのを知って、生きることを考えてみたいとおもうようになりました。その後、患者会などに参加しているうちに役員になることになったので、決意しました。

葉真中 今、ALS協会の副会長をなど様々な活動をされていますが、そのことが生きているモチベージョンになっているということでしょうか。

岡部 そうです。

葉真中 それは、ご自身が以前に先輩たちの姿をみて、生きていくことを選択した経験を踏まえ、これからの新しい患者のために、自分の生きる姿を見せたいという気持ちもあるのでしょうか。

岡部 そうですね。姿を見せるのもその一部ですが、その他にも自分の生きて行く経験がとても役にたつとおもいました。

葉真中 なるほど。それは具体的にどのようなことでしょうか。

岡部 本当に役にたっているのかなぁ、とおもうこともあるのですが、例えば社会資源を使うときに制度はとても分かりにくいです。それについて、自分は経験者ですから、他の患者に伝えることができます。また、呼吸器を使う生活ではどんなことに注意するといいのか、外出の仕方はどうするのか、他の患者がやらないことも私はやるので、そういうことを伝えています。

葉真中 岡部さんはすごくアクティブに行動されているという印象です。岡部さんを支援されているボランティア団体「ALサポータズ わくらば」のブログも拝見したのですが、外出する機会も多いようですね。特に、こういうところに行くのが好きというのがあれば教えてください。

岡部 海と美術館ですが、行く機会は少ないんです。

葉真中 部屋のカレンダーにもスケジュールが沢山書き込まれていますが、忙しいのはALS協会のお仕事ですか?

岡部 それもありますが、自分で介護事業所をやっているからです。

葉真中 当時者として活動をするだけではなく、訪問看護の事業所の運営もされているんですね。そういった生活の中で、一番楽しいと感じる瞬間はどのような時ですか。

岡部 仕事をやっている時です。なにかを計画してそれが実現する瞬間が一番です。

葉真中 なるほど、だからこそ忙しくしていられるのですね。ALSになる前からそういうタイプだったんですか。

岡部 そうでした。

葉真中 今仰った「なにかを計画して実現する」というのは言い換えれば「自己実現」ですね。私も祖父の介護をしていて感じたのですが、介護をしている時って、なんでもかんでも楽にしてやればいいとおもいがちというか、余計な困難を与えないでおこうと考えてしまいがちですよね。しかし、これを極端なところまで推し進めていくと、本人が苦しいだけなら、楽にしてあげたい、安楽死させてあげたいという方向に行く可能性もあります。

難病だったり介護が必要な状況であっても、本人に、楽になってもらうことだけを考えるのではなく、自己実現の場を持ってもらうことが本当は大切なことだとおもいます。

岡部 すごくそうおもいます。

葉真中 計画を立て、実現していくという生きがいを、岡部さんはALSになった後も守ることができた、ということですよね。

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壁は厚い!?それとも薄い!?

葉真中 岡部さんの活発な活動を支えているものはなんでしょうか。社会の制度なのか、それとも自身がもっている理想なのか。どうおもわれますか。

岡部 いくつかの大きなものがあります。一つ目は日本の制度です。二つ目は風土です。三つ目は支援者に会えたことと、その人達を離さなかったことです。四つ目は少しですが本人の気合いです。

葉真中 気合いですか(笑)。「日本の風土」というのはどういうことですか。

岡部 日本だけが断トツで呼吸器をつける人が多いということです。それは風土とか文化というほどの差があります。

葉真中 私もALSのことを調べてみて、海外と比べ、呼吸器をつける人が多いことにびっくりしました。日本の患者は呼吸器をつけてからも活動的に生活をしているといった印象です。

そういう面で日本は、突出した先進国であると言えるとおもいます。一方で、尊厳死の法制化という話題も出てきたりして、難病や困難を抱えた方を押さえつけていくような力も働いているのではと感じます。せめぎ合いがこの国でもあるようですね。

岡部 そうおもいます。葉真中さんが言っているように真剣勝負の時が近いとおもいます。

葉真中 以前、岡部さんが患者と健常者の間に壁があることを、問題として提起されているのを読んだことがあります。その後、どうでしょうか。その壁は薄まっていると感じますか。それとも厚くなっているとおもいますか。

岡部 その両方です。壁が薄くなっている点は、ALSを取り上げてもらえることが多くなって社会での認知度も上がり、将来に希望が持てるような技術や科学の革新があることです。HALスイッチやIPS細胞のことです。

一方、壁が厚くなったとおもうのは、尊厳死の法制化に代表されるような動きです。障害者などにとっては、経済的な合理性の中で、今までより生きにくくなってしまうのではと感じています。

葉真中 岡部さんが具体的に考えられている今後の活動や提言していきたいことはありますか。

岡部 極めてミクロ的なことですが、介護従業者の待遇を考えることを提示したいです。特に、自分の事業所は難しい介護ばかりなので、待遇を良くしたいとおもっています。

葉真中 私も『ロスト・ケア』で、介護企業の従業員が追い詰められていく様を描きました。今、介護の現場は、非常に過酷な状況になりつつあります。

それを書きながら考えたのですが、人間というのは過酷な状況に置かれたら、「見ず知らずの人間の下の世話なんてやってられない」と感じるものだとおもうんです。ですが、その一方でそれとは正反対の、「人の役に立ちたい」という気持ちも、誰でも持っているものだとおもうんですよね。

岡部さんの周りにも、ボランティアの方や、介護スタッフの方が集まっていて、やりがいを感じながら働いていらっしゃる。人間が根本的に持っている「人の役に立ちたい」という欲求を、社会全体や事業所などで発揮できるような環境を整えることは、やはり重要だとおもいます。そうすれば、経済効率だけで障害者や高齢者を語るのではない、別の価値観というのを提示できるのではないかと私はおもっています。

当事者の視点だけではなく、経営者としての岡部さんが、従業員の環境のことに言及されていることに感動しました。おこがましいとはおもいますが、応援したいと感じました。

歯を食いしばって、八方美人

岡部 最近、嬉しかったことがあって、ベテランのヘルパーさんがウチの事業所にきたいと言ってくれたんです。

葉真中 いいですね。岡部さんの周りには学生のボランティアさんだったり、沢山の人が集まってきますよね。人を引き付ける秘訣はあるんですか。

岡部 歯を食いしばって八方美人をしているので、沢山の人がきてくれます。

葉真中 「歯を食いしばって八方美人」、いい台詞ですね(笑)

岡部 そして、たぶん私は人が好きなんだとおもいます。実は呼吸器を選択する時に、自分は暗い気持よりも多く、わずかであっても明るい気持ちを多くもって生きられるのか、ということをずいぶん自問しました。

葉真中 結果としては、今は明るい気持ちでいられるということですか。

岡部 わずかですが、そうですね。

質問とは、関係がないのですが、葉真中さんに伝えたいことがあります。人は「介護をするのはいいけど、介護をされるのは嫌」と感じます。それは根本的な人間の性質だと仏教でも言っているようです。自分の周りをみてもそうだとおもっています。それだけでも十分悩ましいのに、最近学生の講義で質問したら、学生の半分が「介護をするのも、されるのも嫌だ」と答えていて衝撃をうけました。

葉真中 そうだったんですか……。

学生の半数が嫌と感じているというのは、私も衝撃です。確かにそういう風潮があるのかもしれません。人を頼って生きていくことだったり、人の世話をすることをどうしても嫌だと感じてしまう。それくらいなら死んでしまいたいという気持ちを持つ人もいます。

私は、今後、そういった人間のネガティブな面に目を向けつつ、それを乗り越えてゆく意志が込もったような作品が書ければと思っています。

今日聞いたお話も作品に生かしていきたいです。本当にありがとうございました。岡部さんの今後の活躍も期待しております。

岡部 ありがとうございます。また、お会いできることを楽しみにしております。

(2013年7月12日岡部氏自宅にて α-Synodos130+131号より転載。)

プロフィール

岡部宏生日本ALS協会・副会長

日本ALS協会・副会長。ALS/MNDサポートセンターさくら会理事。訪問介護事業所ALサポート生成代表取締役。2006年春にALSを発症、2007年春より在宅療養開始。2009年2月に胃ろう造設、同年9月に気管切開を行い、人工呼吸器を使用。2011年2月介護事業所設立。現在、東京都内で単身在宅療養中。月に20日程度外出し、ヘルパー達と共に地方日帰り、海外連泊の出張も果たすなど、精力的に活動している。

この執筆者の記事

葉真中顕作家

1976年東京生まれ。2009年児童向け小説「ライバル」で角川学芸児童文学優秀賞受賞。コミックのシナリオなどを手がけながら、本作品でミステリー作家としてデビュー。

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