2014.09.17

日本が学べるアメリカ就労支援の創意と工夫

筒井美紀 教育社会学

福祉 #就労支援#ワークフェア

最初にシノドス編集部から戴いたお題は「就労支援政策の日米比較」であった。就労支援の「政策」は、やる内容にしても生じる問題にしても似てくることが多い。政策よりもむしろ、たいへん面白く学ぶところも多いのは、アメリカで就労支援に関与するさまざまな組織の存在や活動の、日本との相違である。本稿はそれを論じたい[*1]。

では就労支援とは何か。それは、すぐ後ろで述べる理由によって、日本では知られているようでまだあまり知られていない。

就労支援とは、一方では、(しばしば複合的な)就労困難を抱えた人びとに寄り添って、本人の意思を尊重しながら、どんなふうに働きたいか、どの程度までの仕事が可能か、そのために必要な準備や努力は何か、といった対話的了解を重ねつつ、就労(し続け)させるような支援のことであり、他方では、こうした就労困難者が従事できるような職務の切り出しや人材紹介を、地域の(中小零細)企業にはたらきかけ、あるいはまた、働きやすい(ビジネス)組織の起業を促進するような支援のことである(筒井・櫻井・本田編著2014)。

こうした営みが欠かせなくなった理由は、端的にいって、労働環境の劣化にある。正社員・正規職員として一つの組織にできるだけ長く勤めることは、典型的でも規範的でもなくなった。多くの職場で、高い労働密度・労働強度が課されて人びとに余裕がない。隣席の同僚にすら、話しかけるのではなくメールを送ってしまうほどだ。ワークルールは、あっても無きが如しで、賃金未払いや契約不履行、パワハラやセクハラが横行している。

このような社会は、「普通に働いている」人びとが自分の身を支えるだけでも、精神的・経済的に一杯一杯である。ましてや、解雇や倒産を経験したり、家族の問題や心身の辛さを抱えていたり、基礎的な学力や基本的なソーシャル・スキルを身につける機会の乏しかったりした人びとにとっては、なおさら働きづらく、生きづらい。

また、自分は「普通に働いている」と思っていたら、あっという間に「彼ら」の立場になった、ということも頻繁に生じている。このように、劣化の激しい労働環境においては、就労したくてもできない、就労したとしても続けることが難しい、といった人びとが増えてゆく。そこで、ここ10年ほどの話だが、日本でも拡充せざるをえなくなってきたのが、「就労支援」である。

[*1] 本稿は、ここ数年実施してきた4つの共同研究に基づく。まず日本に関しては、2008~2010年度・日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)「市場化・分権化時代の就業支援政策の有意味性と公共性に関する教育・労働社会学的研究」(研究代表者・筒井美紀、課題番号20530786)および、2011~2013年度・同(C)「地域主権をめぐる葛藤と社会的労働市場の持続的発展に関する教育・労働社会学的研究」(研究代表者・筒井美紀、課題番号23531139)、である。次にアメリカに関しては、2010~2011年度・労働政策・研究研修機構国際研究部「アメリカにおける新しい労働組織のネットワークに関する調査」(担当・山崎憲)、および、2012~2013年度・同左「労働力媒介機関におけるコミュニティ・オーガナイジング・モデルの活用に関する調査研究」(担当・山崎憲)、である。

個別的・地域的・福祉的な営みとしての就労支援

こうした経緯のゆえ日本では、就労支援は一般にはまだ、よく知られてはいない。「就労支援って、ご存じですか?」と尋ねると、「ハローワークなどが仕事を紹介すること」とか「仕事に就きたい人に職業訓練をすること」といった答えが返ってくる。たしかに、職業紹介も職業訓練も、就労支援の一要素ではある。だが、それだけではない。

通常の職業紹介や職業訓練で、「やりたい仕事がわからない」とか「身につけたいスキルが思い浮かばない」と当事者が言ったらどうなるか。きっと「レディネス(準備態勢)ができていない」として追い返されてしまうだろう。だが多くの就労困難者は、まずはこの部分で問題を抱えている。たとえば、スキル上昇の「天井」がとても低い低賃金サービス職が増え続けている現状では、「自分が就けるような仕事では、どれを選んだって喰っていけない。だったら、どれを選んだって同じことだ」と暗い気持ちで悩んでいる人がたくさんいても不思議ではない。そのように思い悩んだ結果、「やりたい仕事がわからない」との呟きが漏れるのかもしれない。

こうした求職者に、「喰っていける仕事を見つけようとする努力が足りないですよ」とか「スキル不足と思うなら一生懸命に身につけるべきでしょう」と指摘や助言をしても効果はあるまい。こうした求職者にとって心強いのは、「ささやかながらも上がっていけるキャリアのハシゴ」(筒井2008)がある求人企業を地域で探し出し、双方がマッチするかどうか、あいだに入ってその面倒を見てくれること、つまり就労支援である。

ところで、多くの就労困難者は、生活保護受給者であったりひとり親家庭の親であったりなど、福祉受給と関係が深い。だから、(原則として)直接の福祉供給者である市町村が、就労支援も一緒にやってくれると効率的・効果的である(「たらい回し」が避けられる)。そこで、都道府県よりも区市町村の方が、就労支援の担い手としてより期待されている。

以上のように就労支援は、個別的・地域的・福祉的な営みである。何か一律的なルールやマニュアルを国が細かく定めて、それに則ってやれば問題が解決されていくようなものではない。そこでかたちとしては、国が大枠を示して[*2](多くの)予算を出し、そのもとで、都道府県さらには市町村が具体的事業内容を決定し、地域のNPOや社会福祉法人、人材企業や労働者協同組合などに事業委託する、というのが一般的だ。もっとも、就労支援の担い手として期待されている市町村は、これまで本格的な就労支援の経験がほとんどない。雇用・就労は国(ハローワーク)の仕事であったし、企業誘致などによる雇用創出は都道府県の仕事であったからだ。だから、たいていの市町村は、就労支援と言われて戸惑っているのが現状だ。事業委託が「丸投げ」状態のところも少なくない。

[*2] 「大枠」を決める前には、幾つかの市町村でモデル事例や先行実施をすることが多い。大阪府豊中市、神奈川県横浜市、北海道釧路市などは、就労支援の先駆的な自治体である。

アメリカとの比較?

以上のようにまとめられる日本の就労支援の特徴や傾向は、アメリカにおいても確認される[*3]。つまり、連邦政府から出て州そしてローカル(郡や市)へと按分される就労支援予算は、自治体直営ではなく、各種組織への委託事業として執行されることが多い。筆者らの、ここ数年のアメリカの訪問調査で訊いてきた就労支援の具体的内容は、寄り添い支援やチーム支援、地域企業を対象とした求人開拓、コミュニティ・ビジネスの立ち上げ支援……など、日本国内での聴き取り調査と共通することが多い(遠藤・筒井・山崎2012;労働政策研究・研修機構2014;筒井・櫻井・本田編著2014)。

[*3] 日本でもアメリカでも、就労支援に関する法律や予算は一種類だけではない。たとえばアメリカでは、連邦労働省は労働力投資法に基づいて失業者・無業者の職業訓練費を州に按分しており、他方で連邦住宅・都市開発省が州に供給する地域共同体開発包括補助金もまた、就労体験を可能にする地域での仕事起こしに使われたりする。このように、就労支援に関わる法律や予算は多様で複雑であり、紙幅に全く収まりきらないので、本稿では思い切って省略した。そこで詳細については、引用文献に挙げた書籍や報告書を参照されたい。

アメリカと比較をしながら日本の就労支援について調べている、と述べると、「新自由主義の権化みたいな国と比較して意味があるのか」「お手本を探すならヨーロッパではないか」といった疑問を向けられることも少なくない。アメリカは独立独歩や自助努力、競争や規制緩和による社会進歩を「良きもの」とする理念をもっていて、これらを反映した、「ウェルフェア・トゥ・ワーク(welfare to work)」「ワークフェア(workfare)」と称される就労支援政策は、福祉予算の削減(「福祉受給をやめて早く働け」)や、事業委託先の人材企業やNPOへの厳しいノルマ達成を強いているではないか、と。

たしかに、大筋としてはそのとおりなのである(そしてまた日本の就労支援も、同様の圧力に晒されている)。けれどもそれは大筋にすぎないし、政策の特徴が整理され示されているにすぎない。だからそこだけを見て、学ぶものは何もないと言ってしまうのは早計である。アメリカがいかに酷い社会であるかを綴った本は日本でよく売れるが、就労支援でもやはり同じで酷いのだ、と結論するのは間違いでしかない。私たちは、もっと他の箇所を見るべきなのだ。それが冒頭に述べた、就労支援に関与しているさまざまな組織の存在や活動なのである。

アメリカの訪問調査で浮かび上がってきた日米の相違

アメリカの労使関係を専門とする山崎憲氏(労働政策研究・研修機構)をヘッドに、私たちはここ数年、アメリカのさまざまな労働組織を訪問してきた。繰り返し訪れているところもあり、延べで計算すれば優に50箇所を超すだろう。ここでいう「労働組織」は、労働組合だけを指すのではない。移民の権利擁護を中心に職業英語教育を実施しているNPOもあれば、地域の中小企業を組織化し、近隣の技術高校とインターンシップを続けている団体もある。コミュニティ・レストランを起こし、安くて速いが何が入っているか分からないファーストフードにかわって、安全で健康的な料理を提供し、同時にそこで職業訓練を行ない、雇用を増やし、都市農家の起業を促し、サプライチェーンを拡大しているNPOもある(遠藤・筒井・山崎2012;労働政策研究・研修機構2014)。

このような多彩な組織とその活動を調査してきたなかで「こういうところは日本とだいぶん違う」と思えたことがいくつかある。4点挙げよう。

第1に、就労支援対象者の受け皿となる労働組織の多様性である。多様なのは、最初は移民や貧困層などの生活支援をしていたのが、徐々に就労支援にも従事するようになった組織が少なくないからであろう。たとえば、ミシガン州東南部(デトロイト近郊)で就労支援事業を受託するACCESS(Arab Community Center for Economic and Social Services)は、1971年に設立され、住民のための通訳や翻訳、役所への帯同、医療支援、大気汚染反対運動など行なってきたが、1993年、就労支援事業に参入している(労働政策研究・研修機構2014)。

第2に、オーガナイザーの時間をかけた育成が、社会的になされている。オーガナイザーとは、事業やプロジェクトのまとめ役で、リーダーたちを育てていくのも、その最重要任務のひとつだ(だから、日本的な「オルグ」をイメージすると、実像を捉え損なうかもしれない)。オーガナイザーの育成は、彼/彼女がどこかの労働組織に入ってから、OJTやOff-JTなどによって始まるのではない。行政学部のNPO学科やロースクール、社会福祉学部や神学部などでは、比較的長期のインターンシップが必修単位であったりする。つまり高等教育機関が、オーガナイザーの人材育成・人材輩出という社会的機能を担っており、そのことが社会の共通認識となっている(遠藤・筒井・山崎2012)。

第3に、就労支援従事者の職能団体が存在し、アドヴォカシー(政策制度要求)を展開している。この団体はNAWDP(National Association for Workforce Development Professionals)というNPOであり(「ノードゥプ」と発音)、CWDP(認定労働力開発専門職)という資格認定証を発行している。資格認定だけなら、日本にもCDAなど類似の組織が存在するが、NAWDPは、就労支援予算を維持し増額するよう、連邦・州・ローカルの各レベルでアドヴォカシーを行なっている。なぜなら就労支援予算は、就労支援従事者の雇用と賃金に直結しているからである。因みに就労支援従事者の年収は、40,000~45,000ドル程度にすぎず、しかも1~3年程度の時限付事業で雇用されている。つまり、不安定な人びとが不安定な人びとを支援している。この点は日本でも同じだ(筒井2014)。

第4に、労働組合が、組合員以外の仕事と暮らしをも守ろうとするスタンスを強めてきた。たとえば、アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)ミシガン州支部は、M-HRDIというNPOを設立し、州内の失業者・無業者に雇用・職業訓練を提供している。またAFL-CIO は、2013年9月の全国大会で、「団体交渉を基軸としない」とする方針転換を行なった。派遣や請負など、細切れ雇用あるいは雇われない働き方が増加し、労働組合組織率は低下の一途をたどるばかりである。だから、労働組合に入らない・入れない、だがれっきとして働いて(失業して)いる人びとに門戸を広げる、という歴史的な決断を下した。AFL-CIOの地域単位組織が中心となって、地域のさまざまな労働組織とともに活動していく、という方針決定を行なったのである(労働政策研究・研修機構2014)。

おわりに

多様な労働組織の参入。高等教育を中心としたオーガナイザーの社会的育成。政策制度要求を展開する、就労支援従事者の職能団体の存在。労働組合のナショナルセンターが強めてきた、組合員以外の仕事と暮らしをも守ろうとするスタンス。前節で確認したこれら4点は、そのいずれも、日本ではまだまだ小さな存在や動きにすぎない。

就労支援政策の具体的実施内容がより良きものになるのかどうか。それは、労働組合や大学・大学院なども含めたさまざまな社会組織が、如何にして欠けている点を直視し、互いに補い合えるのか、また、必要だが後手にまわったままの物事や仕組みに、如何にして着手できるのかが左右するだろう。実は、こうした芽吹きは見られるのである。

たとえば、日本労働組合総連合会(連合)と法政大学大学院は、2015年4月より、新たな修士課程プログラムを開始する。このプログラムは、労働組合、協同組合、NPO、社会的企業など、公益を追求する非営利組織やサードセクターの形成・発展を担う創造的な人材を育成するとともに、専門的能力の高度化をはかることを目的としている[*4]。またたとえば、今年の1月には、「コミュニティオーガナイジングジャパン」(NPO法人申請中)が発足した。「……NPO業界の声を政策に反映させよう、生活困難に直面している人のくらしを改善しよう」といった目標の実現には、志をともにして行動する多くの仲間を得て、その仲間の力を使うさいに戦略が不可欠だ。だが、日本にはこうした戦略、つまり、コミュニティ・オーガナイジング(の手法)が決定的に欠けている。だからその種蒔きを地道に続けて、各地に花を咲かせていこうと決心した、というのである[*5]。

[*4] 連合のホームページを参照(2014年7月17日)。http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2013/20130529_1369822611.html

[*5] コミュニティオーガナイジングジャパンのホームページを参照(2014年7月17日)。http://communityorganizing.jp/about-us/prospectus

まだ他にもたくさんの芽吹きがあり、ここに紹介できないのが残念である。いずれにせよ、就労支援政策のゆくえを見据え方向性を定めるにあたっては、こうしたさまざまな組織の今後の動向を注視していくことが重要だと思う。

――と、私が愚考しているあいだにも、就労支援の実質をもっと良きものにしていきたい、就労支援をもっと社会的にパワフルなものにしていきたいと、汗をかいておられる方々がいる。私はほんの小さな応援団にすぎず恥ずかしいかぎりだが、そうした方々に、心からエールを送りたい。そしてまた、アメリカの人びとの創意と工夫を参照されてみてください、とお伝えしたい。

引用文献

遠藤公嗣・筒井美紀・山崎憲(2012)『仕事と暮らしを取りもどす――社会正義のアメリカ』岩波書店.

労働政策研究・研修機構(2014)『労働力開発とコミュニティ・オーガナイジング』JILPT海外労働情報(執筆者:遠藤公嗣・山崎憲・筒井美紀・米澤旦・岩田俊英).

筒井美紀(2008)「キャリアラダー戦略とは何か」J.フィッツジェラルド著、筒井美紀・阿部真大・居郷伸至訳『キャリアラダーとは何か――アメリカにおける地域と企業の戦略転換』勁草書房 pp.i-xx.(まえがき(解説論文))

筒井美紀(2014)「米国における公共労働力開発専門職の全国的組織化――NAWDPの活動と日本への示唆」『法政大学キャリアデザイン学部紀要』第11号, pp.109-131.

筒井美紀・櫻井純理・本田由紀編著(2014)『就労支援を問い直す――自治体と地域の取り組み』勁草書房.

サムネイル「Light bulb」Kevin Dooley

https://flic.kr/p/caJMbL

プロフィール

筒井美紀教育社会学

1968年生。東京大学教育学部卒、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。京都女子大学現代社会学部講師・准教授を経て、現職。主著に『キャリアラダーとは何か――アメリカにおける地域と企業の戦略転換』(勁草書房・共訳・2008年)、『仕事と暮らしを取りもどす――社会正義のアメリカ』(岩波書店・共著・2012年)、『教育を原理する――自己にたち返る学び』(法政大学出版局・共著・2013年)、『就労支援を問い直す――自治体と地域の取り組み』(勁草書房・共編著・2014年)、『大学選びより100倍大切なこと』(ジャパンマニシニスト社・単著・2014年)、『大学生のためのキャリアデザイン入門』(有斐閣・分担執筆・2014年)、など。

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