2014.08.24

分裂の危機の歴史から見通せるもの――『物語 ベルギーの歴史』(松尾秀哉)他

今週のオススメ本 / シノドス編集部

情報 #今野晴貴#松尾秀哉#物語 ベルギーの歴史#ブラック企業のない社会へ

『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)/松尾秀哉

独立から、つねに危機にさらされ続けてきた国がある。EUやNATOの本部が置かれている国・ベルギーだ。

西欧の中心に位置するベルギーは、北にはオランダ語を話すフランデレン地方が、南にはフランス語を話すワロン地方があり、そして人口の0.5%がドイツ語を話す多言語国家である。つねに大国に翻弄され、また言語の問題によって分裂の危機にさらされてきた。

このことは、現在のベルギーが、フランス、ドイツ、海を挟んでイギリスといった大国と接していることから想像はつくのかもしれない。いや、フランデレン地方とワロン地方という言語の境界線のもとが、なんとローマ帝国衰退の時期に引かれているものだといったほうが、問題の深刻さが伝わるだろうか。

ベルギーの歴史からは、ヨーロッパ情勢の縮図を見てとることができる。フランス革命が起きたとき、人びとは共和制の夢をみた。革命の波は隣国のベルギーに及ぶ。革命を恐れるヨーロッパの君主たちは、その波を食い止めるために、ベルギーを利用する。かつてローマとゲルマンの狭間に立たされたベルギーは、共和制と君主制の狭間に立たされ、大国に翻弄される……。これは一例にすぎない。ベルギーの現在は、こうした歴史を積み重ねた上に、国の姿を維持してきた。

現在ベルギーは、分裂の危機のさなかにある。言語をめぐる対立を激化する中で、1993年に連邦制へと移行したものの、問題は解消することなく、むしろ深化してきている。これまで政府が、あるいは国王が、分離主義者を排除し続け、「ベルギー」という国を保とうとしてきたが、ここへきて、分離主義者たちへの支持は高まっている。これからベルギーはどうなっていくのだろうか。

絶えず大国の思惑と自国の言語問題に向き合いながら、それでも「ベルギー」であり続けてきた。その妥協と合意の歴史は、ベルギーのいまをみるため以上に、近年、解体の可能性が囁かれるEUのあり方を分析する上でも、知っておくべきものなのかもしれない。(評者・金子昂)

『ブラック企業のない社会へ』岩波ブックレットNO.905  今野晴貴・棗一郎(他)

ブラック企業――この言葉を聞いたことの無い人はいないだろう。POSSE代表今野晴貴氏の『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)を皮切りに、過酷な労働状況で若者を遣い潰す企業の実情が注目された。今やブラック企業は社会問題として、多くの議論を読んでいる。

ブラック企業、このとんでもない妖怪に立ち向かうために

『ブラック企業』著者、今野晴貴氏インタビュー

https://synodos.jp/newbook/774

今回紹介する『ブラック企業のない社会へ』は、労働相談の専門家、教師職員、福祉・医療、人事担当者、ブラックバイトなど、様々な切り口でブラック企業を扱っている本だ。

ブラック企業にまつわる議論では、悪者を見つけて叩くだけのものも散見される。「仕事がきついのは当たり前」と若者の根性論になってしまったり、「○○社はブラックだ」と特定の企業を名指しして吊し上げたり、と若者と企業にその責任を押し付けるものが多い。

しかし、ブラック企業の背後には、日本型雇用システムやそれを前提にした社会制度がある。さらに、若者の支援をするはずの親や教師やケースワーカーも、従来の価値観のもとで「正社員になりなさい」「もっと頑張りなさい」と、ブラック企業に加担するような教育をしてしまう。企業や若者だけの問題なのではなく、社会の多方面で対策が必要なのだ。だからこそ、本書の多角的な視点に意義がある。

「毎日、異常に働いている気がする」と思っている社員の方も、「もしかして、うちってブラック企業なのかな」と感じている経営者や人事担当者の方も、「(子供や・配偶者が)ひどく疲れた顔で仕事から帰ってくる」という方も、ぜひ手に取っていただきたい。

ブックレットなので、読書時間がないと嘆いている忙しい方にもピッタリだ。自分の立場で、ブラック企業の問題をどう捉えていくのか、その示唆に富んだ一冊。(評者・山本菜々子)

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シノドス編集部

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