ブラック企業、このとんでもない妖怪に立ち向かうために

若者の心身が擦り切れるまで労働させ、働けなくなると使い捨てる「ブラック企業」。就活難を乗り越えても、さらなる困難が若者を待ち受けている。そんなブラック企業が蔓延る日本社会に、警鐘をならす人物がいる。NPO法人POSSEを立ち上げ、1000件以上の労働相談に関わる今野晴貴氏。

 

今年11月に「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」(文藝春秋)を上梓した。彼は「ブラック企業」が一部の企業の話ではなく、深刻な社会問題であることを提起する。日本を食いつぶす妖怪「ブラック企業」とは何であるのか。社会にどのような悪影響を及ぼしているのか。また、どのような対策を講じるべきなのか。著者である今野氏に話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

本当に「若者の意識が変わった」だけなのか

 

―― NPO法人POSSEの活動を始めたきっかけはなんでしょうか。

 

もともと、中央大学の法学部で労働法の勉強をしていたのですが、特に非正規雇用など雇用の問題に興味がありました。というのも非正規雇用の増加を若者の意識変化に求める議論がある一方で、当時の雇用政策は非正規雇用を増やしていく流れにありました。どんなに正規で採用してもらいたくても、非正規の枠しかない。これを「若者の意識」というのは無理があるだろう。しかもそのような議論を、政策を策定している人たちが言っていたんですね。「若者がおかしい」と。これはよくないと思い、2006年に仲間と一緒にPOSSE http://www.npoposse.jp/ を立ち上げたんです。

 

 

―― 学生主体で始まった団体なんですね。その後どのように展開していきましたか。

 

最初に取り組んだのは労働相談でした。大きな規模でやる見通しがあったわけではないのですが、やりはじめてみたら様々な相談が寄せられてきて、わたしたちもだんだん現場に鍛えられていきました。

 

 

―― 現在はどのような活動を行っていますか。

 

やはりメインの活動は労働相談ですね。あとは生活・貧困相談も受けています。今年は1000件弱のペースで相談が来ていますが、一番多いのが「自己都合退職を強要されている」との相談です。自己都合で退職すると、雇用保険が3カ月間もらえないんですね。会社のことを思い出すだけで、過呼吸になってしまって相談どころではない方もいます。そういう方の場合は親が相談に来るんです。「子どもが何も言えずに引きこもっているんです。多分仕事のことが原因だと思うんですが……」と。

 

わたしたちは労働相談活動として、法律上どのような解決策があるか、そして本人がどのように解決していきたいかを相談をしながら、問題解決のお手伝いをしていきます。弁護士・労働組合を紹介したり、行政の窓口に一緒に行くこともあります。

 

それから調査・政策提言という活動も行っています。年間1000件弱の相談があるといっても、当然これは氷山の一角ですよね。個別に対応しても、それで世の中が劇的に変わる訳ではありません。ですから現場で受けた一件の相談が社会でどんな意味を持っているかを考え、調査をして、社会に訴えかけなければならないわけです。

 

 

―― どのような調査を行っているのですか。

 

例えば、若者の「自己都合退職」が問題になったことがありました。「若者がすぐに会社を辞めてしまって問題だ」と。しかし、わたしたちが相談を受けている実感としては、「自己都合退職」を会社から強制的にさせられているケースもかなりの割合に上っているはずでした。若者の意志が弱くて「自分からどんどん辞めていく」というのは間違った認識なのではないかと思い、ハローワーク前でアンケート調査を行いました。すると、やはり自己都合で辞めた人の3割以上が会社の違法行為が原因で辞めていることが分かったのです。このように相談を受けるだけではなく、調査を行うことで、見えてくることが沢山あります。

 

 

「ブラック企業」とはなにか

 

―― いつごろから「ブラック企業」という言葉は聞かれるようになったと思いますか。

 

「ブラック企業」という言葉自体は、もともとネット上でスラングとして使われていたものです。それが多くの人に使われるようになったのは2010年くらいだと思います。ちょうどその年に初めて、「ウチの会社はブラック企業かもしれない」という労働相談を受けたんです。

 

 

―― なぜ著書『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』を執筆されようと思ったのでしょうか。

 

今までのブラック企業を扱った本は、酷い事例を出し「おぞましい企業があるぞ」と面白がっていたところがあると思います。でもそれだけでは社会問題として捉えていないですよね。「若者からの告発!」だとか、「変な企業あるぞ!」だとか、センセーショナルに煽りたてるのを目的とするのではなく、相談を受ける中で見えてきたことを日本社会の問題として提示しなければならない。そう思いこの本を執筆しました。

 

 

―― 個別の問題にとどめておくのではなく、社会問題として提起したということですね。どんな企業が「ブラック企業」なのでしょうか。

 

日本は先進国では例を見ないほど、労働規制が緩い国です。日本企業は昔から、長時間労働・配置転換・全国転勤と、生活が破たんするような命令を正社員に出してきました。だって結婚や子どもはどうするんですか、という話ですよね。(実際、この過剰な働き方は女性は早期退職させて「主婦」に囲い込ませることともセットでした)。

 

それが許されてきたのは厳しい命令と引き換えに、終身雇用と年功賃金という見返りがあったからです。ブラック企業はこの制度を悪用します。命令の厳しさはそのままで、終身雇用と年功賃金など、見返りの部分が削られていくのです。しかもその命令は、終身雇用を前提にしていないために、ときに社員を辞めさせるためだけに行われることもあります。例えば、いじめのための無目的なノルマを課す、などです。

 

恐ろしいのは、日本のどの企業もいつでもブラック化できるということ。どんなにホワイトな会社であっても、ブラックな上司がいればその部署がブラック化してしまうかもしれない。会社全体がある日突然、ブラックになる可能性だってある。

 

こんな事案があります。交通系の企業がブラック企業のコンサルタントを雇いました。そのコンサルタントが「契約社員を増やせば、利益が上がる」とアドバイスをした途端、今まで安定していた会社が、残業や大量のノルマを社員に課すようになり、「ブラック企業」になってしまった。

 

いつブラック化してしまうか分からない点が重要なポイントです。もしかしたら自分を育てるための厳しい命令かもしれませんし、ただ酷使するためだけの命令なのかもしれない。社員には、自分の会社がブラック化しようとしているのか分からないのです。

 

もともと命令の権限が強く、これを規制する方法がないために、ブラック化を抑止できないのです。よく「ブラック企業は全体のどのくらいの割合ですか」と聞かれることがあります。ですがわたしは、全体の中での割合よりも、ある企業がブラック化することを「止められない構図」の方が、より本質的な問題だと思っています。

 

 

konno

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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