2012.10.03

LGBT課題のフロントライン ―― 同性婚、差別、暴力

ボリス・ディトリッヒ氏インタビュー

国際 #LGBT#性的マイノリティ#同性婚#トランスジェンダー#ハーヴェイ・ミルク#ヒューマン・ライツ・ウォッチ#ヘテロセクシュアル#反差別法

国連加盟国193カ国のうち81カ国で同性愛行為が犯罪(死刑を含む)とされ、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人々が、激しい暴力や偏見にさらされている地域が世界には数多く存在する。オランダで国会議員として初めて自分がゲイであることを明らかにし、世界初の同性婚導入をはじめ、現在はヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)のディレクターとして、マイノリティの人権保護にかかわる活動でリーダーシップを発揮しているボリス・ディトリッヒ氏が、自身の生い立ちやLGBT課題の最前線について語った。(取材・構成/宮崎直子)

ハーヴェイ・ミルクとの運命の出会い

私はオランダで両親と姉がいる家に生まれ、18歳のときにアメリカに渡りました。ゲイとは何なのか、自分のセクシュアリティは何なのかを探求したかったからです。ある日、両親から「家族に非常に悲惨なことが起きた」という手紙が届きました。私の姉がレズビアンだとわかったというのです。「我が家にはお前がいるし、孫を産んでくれるよね」というメッセージが書かれてありました。私はその時からヘテロセクシュアルとして生きていくための努力をはじめました。彼女も作りました。

しかし、ゲイとして生まれたのでやはりそのようなことはできないと限界を感じ、オランダに帰国して両親にカミングアウトしました。むろん、理解してもらうのは非常に困難なことで「おまえとは話をしたくない」といわれました。両親にとっては姉に次いで2人目の子供にまでゲイだと告げられたわけです。もう孫を見ることもできないと思わせることは本当につらいことでした。父は最後に「枝をもがれてしまった木のような気分だ」といいました。しかし数日後、両親から電話があり、「ゲイというならばそれを受け入れたいと思う」と告げられました。

それから両親とのコンタクトは増えていきましたが、一つだけ守ってねといわれたことは、私が同性愛者であることを公言しないでほしいということでした。私はゲイとして生きていく覚悟を決めましたから、自分を制限することは約束できないと答えました。

アメリカにいたときに、ヒッチハイクでサンフランシスコまで行ったことがあったのですが、そのときに、コミュニティワーカーとしてすごくアクティブな人に出会いました。お店に入って話をしたら、突然その彼に「お前はゲイだ、俺にはわかる」といわれたのです。当時、私はヘテロセクシュアルとして振る舞うようにがんばっていたので、自分は何か間違ったことをしているのかと思いました。ガールフレンドは「あなたがゲイなはずないじゃない」といい、僕も「まったくわからない、おかしいよ」といっていました。

その彼が私の運命を変えることになったのです。オランダに帰ってきて数年後、サンフランシスコでゲイの男性として生き、暗殺されてしまったという男性のドキュメンタリーをテレビで見ました。私は驚愕しました。私をゲイだといったその彼だったのです。そして、彼はLGBT権利運動家である、あのハーヴェイ・ミルクだったのです。私はその瞬間から、ゲイやレズビアンのために人生を捧げることが自分の使命なのだと確信し、ゲイであることをオープンにするようになりました。

世界12カ国が同性婚を導入

1994年にはオランダで初めてゲイをカミングアウトした国会議員になりました。当時はまだカミングアウトすることが珍しく、ジャーナリストからも度々インタビューを受けて「あなたはLGBTの人たちのために何をするのですか」と聞かれました。正直いってその時はまだ答えは持っていませんでした。ただ地平線にむかって自分が走っていけるような何かを見つけなくてはいけないと思っていました。そこで頭に浮かんだのが、なぜレズビアンやゲイは結婚できないのだ、ということだったのです。

私は弁護士・裁判官の経歴がありましたが、周りは「同性の婚姻なんてありえない」といった反応でした。でも法律的に考えるとまったくおかしくないことなのです。これは選択の自由の問題であり、平等権の問題であると説明しました。ヘテロセクシュアルの人だけが結婚できて、LGBTの人は結婚できないというのは不平等である。市民として平等な権利であるべきだと主張しました。

数年かかりましたが、国会で多数派をえることができ、2001年に世界で初めてオランダで同性婚が導入されました。それから11年の間に新たに11カ国が導入し、合計12カ国が現在同性婚を認めています。

アメリカでは州によって異なります。カルフォルニア州では同性婚が導入されましたが、その後住民投票で否決されて裁判になりました。その中である証人が「オランダでは『男性が男の犬と結婚している』」と発言し、私は対抗してオランダの同性婚の真の実態を法廷で証言しその裁判に勝つことができました。このようなわけで現在、私は世界中の国会を渡り歩いています。

10月にはイギリスとフランス、11月にはニュージーランドで同性婚の話をします。これから15~20年で、西側の諸国の大部分が同性にも婚姻を開くと信じています。というのは、オランダでも差別的な人はたくさんいましたが、政府が同性婚を導入するや否や、「政府が導入したんだからいいんじゃないの」と人々は態度を変えたからです。

性的マイノリティ人権侵害の実態

LGBT問題を解決していくためには、4つのミッションがあります。(1)世界中のすべての国において同性愛行為を非犯罪化すること、(2)世界各地の政府に対して反差別法を導入させること、(3)世界各国の人権団体が同性婚やパートナーシップ法の導入に向けて運動するのをサポートすること、(4)イベントやセミナーを通してLGBTの人たちの置かれた状況を改善したり、LGBTフレンドリーなポリシーを導入しようとしている会社へのサポートをすることです。もう少し詳しくお話します。

まず(1)の非犯罪化について。現在国連に加盟している193カ国のうち81カ国で同性愛行為が犯罪とされていて、死刑が適用される国もあります。このような国においては、LGBTであることによって投獄、拷問、レイプなどの被害を受ける例もあり、政府がこうした人々を保護しないのは問題です。私は実際に国を訪問して、被害者や警察や関係者に直接会って話を聞きます。事実を認定して、その事実を変えるための提言を行うのが主な仕事です。

たとえばクウェートでは、警察によるトランスジェンダー女性(男性として生まれたものの自己を女性として認識する)への虐待が報告されています。「異性模倣」を恣意的に犯罪とする不公正な法律(2007、刑法第198条)をもとに、警察に逮捕されいやがらせを受けているのです。ある被害者は、拘禁中に裸にされて警察署を行進させられたり、警察官の前で踊るよう強制されたと語っています。他にもタバコの吸い殻で一杯のゴミ箱を頭にぶちまけたり、背中に放熱器を乗せたまま腕立て伏せを強要するなど、曖昧な法律の規定よって起きている、数々の人権侵害の実態が明らかになっています。

私たちHRWはこのレポートを政府や国連に提出して、クウェート政府に対し法律や政策を変えるようにプレッシャーをかけました。多くの場合簡単には成功しませんが、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長とも密接に協力しこうした活動を続けています。「人権はすべての人のものである。異性愛者だけではなく同性愛者のためのものでもある」という彼のメッセージは、今世界中に広まっています。(http://www.youtube.com/watch?v=gnq8LLJ-guY

日本のポジションを確立させる

2つ目のプライオリティは(2)の反差別法の導入です。先ほど同性愛行為を犯罪化している国は81カ国あるといいましたが、そうではない国においても、LGBTの人々を守るための特定の法律をもっていない国がたくさんあります。そうした国では、雇用主が従業員がレズビアンであるという理由で解雇することができたり、あるいは大家が同性のカップルに対してアパートを貸さないといったことができることにもなりかねません。

もし反差別法があれば、LGBTの人々が仮に差別された場合にも、裁判所にいってその問題を解決してもらうことができます。日本はこのカテゴリーにあたる国ですので、われわれは日本のNGOが差別禁止法を導入することをサポートしています。

3つ目のミッション、同性婚あるいはパートナーシップ法の導入支援については、HRWはすべての市民が結婚にアクセスできるべきであり、特定の性的指向の人々だけが結婚できるということではいけないと考えています。今多くの国が同性婚導入の過程にあります。たとえばニュージーランドでは同性婚の法案が国会で議論されていますし、イギリスも政府が法案を国会に提出しました。同様に、フランス、ドイツ、オーストラリアでも同性婚の承認に踏み切ろうとしています。

4つ目のプログラムとしてのミッションは、日常においてLGBTの人々の状況を改善することですが、これは多岐にわたります。たとえば、学校や職場でセクシュアリティについてちゃんと教育することが大事です。実際に、LGBTにフレンドリーな政策をもっている会社のほうが、従業員がアットホームに感じるため、仕事の生産性があがり、会社の業績にもつながることが様々な研究によって証明されています。

HRWは日本IBMと協力して、LGBTにフレンドリーな職場を作るためのセミナーを開催しました。多くの企業が関心を寄せ来年は野村証券で行う予定です。日本政府は国連のLGBT問題を解決するためのコアグループメンバーの一カ国であり、政治的課題の一つにあげるための活動を続けています。性的指向や性自認にもとづく暴行や拷問や差別をなくすために、日本政府がアジア諸国とのあいだで、自分たちのLGBTに関するポジションをしっかり議論していくことが求められています。

(NPO法人グッド・エイジング・エールズ主催『グッド・エイジング・トーク #003』(2012年9月17日)より一部収録。http://www.goodagingyells.net/event/talk003.html

プロフィール

ボリス・ディトリッヒヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)ディレクター

2007年から現職。前職はオランダ国会議員。1994年よりオランダの自由主義政党である民主66の議員、2003年から2006年は同党の党首を務め、世界初の同性婚法を含む同性愛者に関する法案ほか、様々な刑事法制や労働法制の改革に携わった。世界で初めてオランダで認められた同性婚は、その後ヨーロッパ各国や米国の各州などに広がっている。国会議員に選出される前には、裁判官、そして社会派の弁護士として活躍していた。2007年にヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部を拠点に移してからは、世界各国でいまだ続く殺害や拘束などを含む人権侵害を止めるため、各国政府及び国連に向け、LGBTの権利保護に向けた働きかけを行っている。オランダ国籍。ニューヨーク在住。

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