2010.08.06
第4次ベンチャーブーム、あるいは学生起業ブームはふたたび訪れるか?
1990年代末から2000年代初頭にかけて、急成長するICT市場にて、大学の知財の活用や大学関係者等が起業した「大学発ベンチャー」、あるいは若者、とくに大学生が起業する「学生ベンチャー」が注目された時期があった。最近ではすっかり耳にする機会が減ってしまったが、今どうなっているのだろうか。
大学発ベンチャーの盛衰
ベンチャー企業研究の分野では、日本にはこれまで3度のベンチャーブームがあったとされている。高度経済成長や消費の伸びに支えられた1970年代前半の第1次ブーム、ハイテク精密機械を中心とした1980年代の第2時ブーム、そして、急成長するICT関連市場に支えられた1990年代末~2000年代初頭にかけての第3次ブームだ。
直近の第3次ブームでは、大学発ベンチャー、とくに、学生ベンチャーに注目が集まった。マスメディアではこの時期、M&Aを用いた速い成長、野球球団やマスメディアの買収など、従来日本ではあまり目にしなかったタイプのアグレッシブな起業家たちの姿が、「ヒルズ族」といった呼び方とともに頻繁に取り上げられた。政策には、平沼経産相の「平沼プラン」(2001)における「大学発ベンチャー1000社計画」などがあった。
だが、2006年の堀江貴文と村上世彰の逮捕、新卒就職状況の一瞬の改善、2008年米リーマン・ブラザーズ破綻後の世界的な不況、それらにともなうリスク回避志向の高まり、かつての急成長市場であったICT市場の成熟と高度化などを背景に、大学発ベンチャーの設立数は2004年の247件をピークに2007年には128件と、半数近くまで一気に減少、下火になってしまった((株)日本経済研究所『「大学発ベンチャーに関する基礎調査」実施報告書』)。IPO(新規上場企業)の件数をみても、ピークであった2000年には204件だったのが、2009年には20件だ(野村證券 http://www.nomura.co.jp/wholesale/venture/ipo/index.html)。
第4次ベンチャーブームは起こるのか?
では、第4次ベンチャーブームは起こりえないのだろうか。
参入コストが小さく、かつてのICTのような明白な右肩上がりの成長市場が見当たらないことが厳しさを物語る。かつて、ICTのつぎの市場だと思われ、世界的に大学発ベンチャーに対して莫大な資金が投入されたバイオベンチャーが、期待ほどに花開かなかったという事情もある。
学生ベンチャーはどうか。筆者は、本年度、独立行政法人中小企業基盤整備機構にて、大学発ベンチャーの阻害要因に関する調査研究に取り組んでいるのだが、先日その調査の一環として、多数の起業家を排出してきたことで知られる慶應SFC(湘南藤沢キャンパス)にあるBI施設「SFC-IV(SFC-Innovation Village)」(http://www.sfc-iv.jp/)を訪れた。
詳細は割愛するが、慶應SFCではふたたび創業に対する関心が高まっているという。もともと起業に対する意識の高いキャンパスで、支援体制も整っている大学だが、2000年代半ばには学生たちの起業に対するモチベーションは下がっていたらしい。
ところが、リーマンショックを経て、優秀だと思っていた先輩たちが想像以上に就活で苦戦する姿を目にしたり、社会起業家(社会問題解決の手段として、イノベーティブなビジネスモデルを構築する起業家)への注目の高まりなどもあり、近年、起業が学生の関心を集めている。ベンチャー起業に関係する「アントレプレナーシップ概論」といった授業の人気も高まっているそうだ。
「身の丈サイズの起業」
キーワードは「身の丈サイズの起業」。市場の冷え込みで、リスクマネーの調達や、キャピタルの投資も期待できない。それゆえに、ビジネスコンテストや行政の補助金、あるいは、自分たちで調達した数十万円から数百万円規模の小額の資金で、できることから少しずつやるタイプの起業だ。
最近のiPhoneアプリやスマートフォンのプラットフォームが充実してきたことも、「身の丈サイズの起業」にとっては追い風であり、実際SFC-IVにもそのような入居企業が複数ある。
こうした「身の丈サイズの起業」は、リスクも小さいものの大規模な成長も難しいといった課題を抱えている。また、現状のベンチャー起業支援体制も、SFC-IVなどの一部の例を除くと、既存のものづくりやサイエンスビジネスに特化しているといった問題もある。
だが、日本のサービス部門と公共部門の生産性の低さや課題の多さは、サービス創造の余地が多くあるともとも捉えられる。それらはアイディア次第で大化けする可能性もあるのだ。
実際、SFC-IVからも(株)パンカク(http://www.pankaku.co.jp/)のように、米国AppStoreで一位を獲得するような企業も生まれている。先日調査で訪れた際には、数年後に花開くのではないかと期待させる魅力的な企業もあった。最近ではふたたび外資系キャピタルの情報収集活動が活発化しつつあるともいう。]
もちろん、正確に成長市場を予測することなどできはしない。しかし、大学生や、大学関係者が起業しやすくする環境や起業後支援する枠組みを、現状にあわせて柔軟に構築しなおすことは可能だ。就職状況の急速な改善も期待できないなど、「失われた10年」の後半と状況は似ている。数年後には、ふたたび大学発ベンチャーが注目を集めているかもしれない。
推薦図書
サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する
本書は、「なぜ、登場以来約30年間にわたって、期待されているバイオビジネスが十分な成果をあげられないのか」を明らかにすることを基本的な問にしている。そして、バイオビジネスを含めたサイエンスビジネスの三つの課題として、「不確実性とリスク管理」「複雑性・学際性とすり合わせ」「サイエンスの進歩の速さと学習の積み重ね」をあげる。
そのうえで、莫大な研究開発投資を必要とするにもかかわらず、ビジネス化までに要する時間が長く、科学的発見の水準とビジネス化の二重の不確実性を有すること、バイオビジネスの収益化にあたって、研究者、ビジネスの専門家、知的財産権の専門家など、多数の専門家のすり合わせが必要であること、分野自体の成長に組織の学習が追いつくのが難しいことを指摘する。
現在政策的にも注目されている、医療分野やグリーンエネルギーも、バイオビジネス同様の問題を抱えている。過去に期待された成長分野の顛末と、これからの成長分野、その支援体制を考えるうえで必読の一冊。
プロフィール
西田亮介
1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。専門は、地域社会論、非営利組織論、中小企業論、及び支援の実践。『中央公論』『週刊エコノミスト』『思想地図vol.2』等で積極的な言論活動も行う。