2016.08.18
児童婚禁止の動きとその期待――ジンバブエを舞台に
2016年1月、ジンバブエの憲法裁判所は、18歳以下の子ども及び若者の結婚を禁止するという判断を下した。このニュースは、児童婚をなくしていく上で大きな一歩となった。というのも、ジンバブエでは憲法と婚姻法での結婚に関する決まりが矛盾しており、18歳以下の子どもの結婚が事実上可能な状況があったからである。
今回のジンバブエの憲法裁判所の判断は、ジンバブエだけでなく、アフリカ地域全体に大きな影響を与えると期待されている。アフリカ連合は児童婚を終わらせるためのキャンペーンを行っており、アフリカ連合の議長国であるジンバブエが児童婚を禁止することは、ほかの国へ大きな働きかけとなると考えられているからだ。
2012年のデータによれば、15歳から19歳の間に結婚している割合は、男性で2%であるのに対し、女性では22%と11倍の高さであることが報告されている(ZIMSTAT, 2012a)。
本稿では、ジンバブエを舞台に、児童婚の問題を取り巻くさまざまな要因を考えながら、この1月の憲法裁判所の判断がどのような意義を持つのか、これからさらに何が必要なのか考えていきたい。
憲法と婚姻法の矛盾
ジンバブエは1990年代から、女性の人権や子どもの人権に関する様々な国際法やアフリカ憲章を批准してきた。しかし、これらすべての法律が必ずしもジンバブエの法律と一貫しているかというとそうではなく、ジンバブエの場合、憲法と法律に2つの矛盾があり、児童婚廃絶の妨げになっていた。
1つ目は法律が定める“子どもの年齢”である。憲法における子どもの定義は“16歳以下”、若者は“16歳以上18歳以下”と定めており、子どもの権利という観点から憲法で守られる個人はあくまで16歳以下であることが条件だった。
婚姻法セクション22(1)の法規では、結婚することができる年齢を男子は18歳以上、女性は16歳以上と定めていた。しかし、憲法では男女ともに18歳以上であることが定められており、憲法と婚姻法の間で、結婚可能な年齢(女子)が矛盾した状態が、憲法制定後ずっと続いていた。
つまり、憲法では18歳以下の女子の結婚が禁止されていても、婚姻法に従うかたちでは、女子はたとえ18歳以下であっても16歳以上であれば、“合法”に結婚できていたということである。この17歳、18歳の少女の結婚を子どもの権利の観点から守ることができるのかというと、憲法では子どもは16歳以下であり、保護の対象にすることができなかった。
“No boy under the age of eighteen years and no girl under the age of sixteen years shall be capable of contracting a valid marriage except with the written permission of the Minister, which he may grant in any particular case in which he considers such marriage desirable: …”
“78 Marriage rights Every person who has attained the age of eighteen years has the right to found a family.”
2014年に行われた家計調査によれば、20歳から49歳の女性のうち3人に1人が18歳以下で結婚し、おおよそ4パーセントは15歳以下で結婚をしていると予想されている。なぜ明確な数字がないのかというと、この多くの児童婚は正式に届け出がされていないという問題があるためである。憲法では18歳以下での結婚が禁止されているため、婚姻法にならうかたちで16もしくは17歳の女子と結婚する場合、届け出をせず結婚してしまうケースもあるからだ。
今回、18歳と19歳の二人の児童婚をした女性が裁判を起こし、憲法裁判所は婚姻法を違憲と認め、男女ともに18歳以上であることを婚姻の条件とすることを改めて取り決めた。
裁判所は、ジンバブエ国内および世界各国の児童婚に関する先行研究を参考にし、以下のようなコメントを出した。
“The studies showed that where child marriage was practiced, it was evidence of failure by the State to discharge its obligations under international human rights law to protect the girl child from the social evils of sexual exploitation, physical abuse and deprivation of education, all of which infringed her dignity as a human being”
児童婚は、女子の社会的搾取、身体的暴力、教育剥奪など人権を侵害するものであり、女子の人権をこれらから守る国際人権法のもとでの国家の責任を果たしていないことを示している、と。
今回の裁判所の判断は、たとえ宗教上18歳以下の子どもの結婚が許されていても憲法ではこれを禁止することも意味する。
児童婚の背景
児童婚をなくすために児童婚が起こる背景はジンバブエに限らず、世界各国地域で研究されている。ジンバブエに関しては、児童婚の背景にあるのは文化的なものだけでなく、貧困、教育、そして宗教の関係があげられる。
文化的要因
いわゆるジェンダーによって求められる役割で、女性は若いうちに結婚して子どもを生み、家庭を守ることを求められる。都市部を中心に女性の晩婚化が進んでいるというが、それでも2011年のデータでは3人に1人の女性が18歳以下で結婚し、20歳から24歳までの女性のうち31%が18歳以下で結婚している(ZIMSTAT, 2011)。
女性が若いうちに結婚することが推奨される理由の1つが、処女信仰の高さだ。結婚時に女性が処女であることは、その女性の純粋さ、純潔さ、誠実さの象徴と証であると評価される。伝統的に、婚姻前の性行為が家族にばれた場合は、その男性はその女性と結婚することが義務とされる。
たとえ性交渉がなくても、未婚の女性が夜遅くまで男性と2人きりで会うことは好ましくなく、家族に見つかれば結婚させられることはいまでもある。また、中東や南アジアでもあるように、結婚前の性交渉がレイプによるものだったとしても、そのレイプした相手と結婚させられるケースは残念ながらある (RAU, 2014)。
家庭環境――家族からの暴力、虐待
Research and Advocacy Unit (RAU) という団体が行った、東マショナランド州ゴロモンジ地区にある3つの村で、46人の女性(うち18歳以下での結婚した女性が31人)にインタビュー調査した報告書がある。それによれば、両親からの暴力や虐待から逃れるために結婚するケースも少なくないことが明らかにされている。
子どもへの暴力は、児童婚に並んで深刻なジンバブエの子どもの権利に関する問題である。2010年から2011年に行われたDemographic and Health Survey (DHS)の報告書では、15歳から49歳の女性を対象に、暴力に関する聞き取り調査が報告されている。
報告書によれば、15−19歳で過去12ヶ月の間に何らかの暴力を経験したことのある割合は22.7%。15歳から49歳と対象の年齢の幅は広がるが、その年齢の未婚の女性で、暴力をふるわれた経験のある女性の21.8%は母親もしくは継母、16.1%は教師、14.3%は父親もしくは継父、そして25.5%はそのほかの親戚(両親兄弟を除く)から受けたと報告されている(ZIMSTAT, 2011)。
暴力の中でも性暴力被害の割合は高い。同じくDHS2010-2011によれば、はじめて性暴力を経験したのは15−19歳のときがもっとも高く、66.3%。次に10−14歳のときは19.2%で、それに比べて少ないが10歳以下で性暴力を受けた割合は2.1%で、見逃してはならない数字である。15−19歳の間に性暴力を経験している割合は、20歳-49歳のどの年齢グループでももっとも高い。
また15歳以下のときに今の夫やパートナーから受けている場合は29.1%、前のパートナーもしくは前の夫からの場合は19.8%であり、婚前の性暴力による結婚のリスクと早婚による家庭内暴力のリスクがあることが垣間見える。また、未婚既婚関わらず、15歳以下で性暴力を経験した女性のうち、18.5%が夫もしくは継父以外のほかの親戚から受けたと報告されていることから、そういった家族親戚からの暴力が早婚の後押しになっている事実は十分に考えられる。
地域差
地域別に児童婚の状況を見てみよう。首都ハラレとブラワヨ、南アフリカと国境を接する南マタベレランド州では、20歳から24歳の既婚女性のうち、18歳以下で結婚した割合は20%以下であるのに対し、ハラレと南マタベレランド州の間に位置する5つの県では20%〜40%未満、ザンビアと国境を接する中央マショナランド州と西マショナランド州ではそれぞれ50%と40%で、極めて高い割合になっている。
宗教
ジンバブエ国内で約1200万人の会員がいるといわれている、アフリカ発祥のキリスト教系のアポストリック教は、女子の婚外性交渉を防ぐために、12歳から16歳の間に結婚することを推奨している。
アポストリック教は処女検査も行っており、12歳になった女の子は処女検査を受け、処女と判断された女の子はその後、いくつも離れた男性から品定めされ、多くは一夫多妻のひとりとして娶られる。また女性は最低限の教育のみ受け、早くに結婚することを推奨しているため、女性の教育レベルの低さを生み出す負のスパイラルにもなっている。
また宗教ではないが、児童婚を後押しする社会的背景に、子ども、とくに処女と結婚するとHIV感染予防になる、もしくはエイズが治るという迷信の存在もある(Sibanda, 2011)。
貧困
児童婚は教育を受けていないか、初等教育までしか受けていない人々や貧困層で行われることが多い。女性の権利や早婚のリスクなどといった教育が十分に受けられていないという理由だけでなく、十分に教育を受けられないほど貧しく、日々を生き残るために子どもを早く結婚させざるを得ないという事情もある。
UNFPAの報告によれば、2011年の段階で20〜24歳の、18歳以下で結婚した女性のうち、教育を一度も受けていない割合は33%、初等教育までが55%。家庭の富裕度を5段階に分けたデータでは、もっとも貧しい層出身の47.3%、下から2番目に貧しい層出身者は45%の同年齢層の女性が18歳以下で結婚していた。中間層でも20〜24歳の既婚女性の37.9%が18歳以下で結婚しており、それでも高めである。
昨年から、貧困による児童婚がさらに進むのではないかという懸念が広がっている。エルニーニョ現象の影響で、南部アフリカはひじょうに深刻な旱魃被害の状況にあり、ジンバブエもその影響を受けている。井戸は干上がり、十分に農作物が取れず、またもともとの不景気もあって家庭経済の状況はますます厳しくなっているのだ。こういった貧困の厳しさが、児童婚を増やす要因ともなる。
ジンバブエではほかのアフリカでも見られるように、婚資(現地ではLabolaラボラと呼ぶ)の習慣がある。これは、結婚の際に夫となる家庭が妻の家庭に資産を送る習慣で、古くから家の資産である牛が使われることが多い。
貧困のため授業料が払えず学校を早くに止めさせ、少しでも家の資産を増やすために子どもを結婚させる。また婚資は夫と妻の家庭同士の関係を構築するひとつの手段でもあり、子どもの結婚を通して、両家族が共に助け合う相互扶助関係の構築も期待される。そういった一連の傾向が増えることが、いま懸念されている(Sibanda, 2011)。
児童婚の負の影響
児童婚は子どもの、とくに女子の教育の機会、就業の機会など人生の選択肢を狭める。2012年の退学の理由を尋ねたデータによれば、初等教育における結婚及び妊娠を理由に退学した女子の割合は、それぞれ退学者全体の2.7%と0.9%であるのに対し、中等教育になると結婚が19.7%、妊娠が15.5%と劇的にその割合が高くなっている。
また身体的な健康の危険も助長させる。早期の妊娠は、とくにまだ成熟しきれていない母体に大きな負担を与え、妊産婦死亡率を高める。また早期の性交渉による感染症の罹患率、HIV/AIDS罹患率のリスクも高い。
事実、ジンバブエ含む南部アフリカでは、全体的にエイズ感染率は減少傾向にあるものの、12−24歳の女性の間の罹患率は増加傾向にある。これをHIV/AIDSのフェミナイゼーションと呼ばれたりしているが、その原因のひとつに早婚が言われている(Quinn and Overbaugh, 2010;Corbin, 2012)。
また、暴力から逃れる手段のひとつとして早婚がある一方で、早婚も家庭内暴力のリスクを高めるひとつの要因でもある。ジンバブエでは近年はそうでもないと聞くが、歳の差婚が一般的で、10歳近く離れていることも珍しくはない。男性が自分よりも年齢が下の女性を好むためだ。その理由は、歳が下であればあるほど自身の支配下に置きやすいという事情がある。また家庭内暴力を経験している女性の大半は、夫もしくはパートナーが加害者だ。
最後に
それでも、ジンバブエは国際社会の中でも、アフリカの中でも、比較的、積極的に女性の権利や子どもの権利の保護に取り組んできた国である。ジャーナリストの友人の女性によれば、ほかのアフリカの国や中東の国と比べたらまだいいほうだと思うけれど、まだまだ女性に対する差別、暴力やセクシャルハラスメント、家父長制の強さは根強く残っていると言う。別の友人は、児童婚は法的に違法になったけれど、経済の悪化からますます増えていくと心配する。
児童婚は単なる子どもの権利やジェンダーの問題ではない。そこには法制度、貧困や雇用の機会といった経済、教育、社会福祉や保健医療、宗教や伝統的慣習などさまざまな要因が複雑に関わっており、アドボカシーだけでなくありとあらゆる面から、それらひとつひとつの児童婚を引き起こす要因となっている問題を解決する具体的な取り組みが必要だ。また、ジンバブエの場合は法制度の矛盾という問題がひとつ解決したに過ぎず、またその効果がどこまで発揮されるかはこれからである。
ジンバブエはハイパーインフレを経験したのにも関わらず、教育開発の面では初等就学率90%以上、識字率90%以上というデータを残している。今、政府はより有望な人材育成のために、男女関わらず理数科教育の強化を掲げている。児童婚はそういった将来この国をつくる人材の育成を妨げる。長期的な影響を考えても、今回の児童婚に関する司法の判断が効果を発揮するだけでなく、ほかの関連する要因に対して具体的に取り組んでいくことで、児童婚の廃絶に少しずつでも近づいていくことを期待したい。
参考文献
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Corbin, J. (2012) “Intersections of Context and HIV/AIDS in Sub-Saharan Africa: What Can we Learn from Feminist Theory?”. Perspectives in Public Health January 2012 Vol. 132 No.1: 8-9
Manjengwa, J. (2015) National Assessment on Out of School Children in Zimbabwe. Harare: Institute of Environmental Studies (IES)
Marcotte, D.E. (2013) “High School Dropout and Teen Childbearing”. Economics of Education Review 34: 258-268
Quinn, T.C. and Overbaugh, J. (2010) “Women’s Health Review HIV/AIDS in Women: An Expanding Epidemic”. Science Vol. 308: 1582-1583
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ZIMSTAT (2010) Multiple Indicator Monitoring Survey (MIMS) 2009. Harare: ZIMSTAT
ZIMSTAT (2012a) Education Monitoring and Information Survey 2012. Harare: ZIMSTAT
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プロフィール
井上慶子
特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)海外事業部シリア事業調整員
1986年神奈川県生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科博士課程前期(経済学修士)、後期修了(学術博士)。教育経済を専門とし、大学院在学中、UNESCOアジア太平洋地域事務所、UNICEFジンバブエ事務所、FHI360(米国NGO)等でインターン。2016年9月にPWJ入職後、イラク、ハイチ、モザンビーク事業にも携わる。2017年1月よりシリア事業を担当し、現職。