2016.07.14

日米地位協定の裁判権は他国に比べて不利なのか?

伊勢崎賢治氏に聞く

政治 #日米地位協定

元米海兵隊員で軍属の男が、沖縄県の女性を殺害した疑いで逮捕された。事件は「公務外の行為」とされ、米国側への身柄引き渡しはなかったものの、日米両政府は日米地位協定で保護される米軍属の範囲を見直すことで同意した。

米軍や軍属による事件がある度に、日米地位協定、特に裁判権について注目が集まっている。しかし、なぜか地位協定の抜本的な改定には至らない。今回は、そもそも日米地位協定は他国に比べて不利なのか、なぜ見直しの議論が進まなかったのか、をテーマに伊勢崎賢治氏にお話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

地位協定とはなにか?

――地位協定とはそもそもどのようなものなのでしょうか。

地位協定を非常に簡単に言うと「異国の駐留軍に与える恩恵を規定するもの」です。

戦時中や戦後まもなくであれば、言わば無政府状態ですから、すべてが駐留軍の軍事活動の支配下にあるからしょうがない。たとえば、長い戦争だったアフガンの戦争では、2001年から米軍が駐留していますし、日本だって戦後まもなくは駐留軍の支配下にありました。

ですが、戦時がおわり、平和が訪れたら(もしくは、戦時に戻ることを防ぐために引き続きある程度の軍事力をおくことが必要な準平和時には)その国には「主権国家」ができているはずです。主権国家の間に占領支配関係があったらマズいわけです。ですので、その両方の主権国家同士で「地位協定」が結ばれます。

――「協定」なので主権国家同士の間で結ばれるものであると。基本的に、軍に関わる人たちを対象とするものなのですね。

そうですね。同じような特権を与えられている人たちに外交官がいます。主権国家同士が大使館などの在外公館をおきあい、お互いの外交官に外交特権(事件を起こした時の現地法からの訴追免除)を与え合っていますよね。

ここで、疑問が出てきます。駐留軍に外交官と同じ特権を与えていいのか? 大使館と違い、軍事基地は、ふつう、お互いに置き合うものではありません。同じ乗り物の事故が起こった場合でも、外交官が乗るふつうの乗用車と、軍人が乗る軍用車や戦闘機では危険度と与える損害の大きさが違います。

年齢を重ねた高学歴の人間が品行方正だとは、必ずしも言えませんが、兵士は若いし教育レベルも低い。事故以外の犯罪も増えやすいでしょう。ですから、外交特権と同じものを駐留軍に与えるべきか? という議論は「NATO地位協定」でもされています。

――日米地位協定の元になったのは「NATO地位協定」はどのようなものなのでしょうか。

NATOの地位協定は現在の多くの地位協定の裁判権のスタンダードになっています。第二次大戦後、東西冷戦という長期間の”準”平和状態に、西側の同盟国がお互いに軍を置き合う必要性に迫られ、つくられた協定です。

地位協定で特に問題になるのは、裁判権についてでしょう。そこの部分だけみれば、日米地位協定もNATO地位協定も、実は、あまり変わりません。裁判権を、「公務内」の事件か、「公務外」かで、前者の裁判権を「派遣国」(日米の場合はアメリカ)、後者を「受入国」(同じく日本)というもの同じです。

――裁判権について、基地内と基地外の区別はあるのですか。

本来は関係ありません。たとえば、軍人が基地の外で業務中に運転をしていると「公務内」ですので、仮に日本人をはねてもアメリカに裁判権があります。NATO地位協定もそうなので、これは世界で慣習的なスタンダードになっていると考えていいでしょう。

「公務外」がいつも問題です。もし最初に被疑者を勾留したのが、アメリカの基地内でアメリカ軍であれば、日本が起訴するまで、その身柄を確保できます。確保している間に本国に返してしまい、日本では問題になっていました。でも、仕組み自体は、NATO地位協定でも同じなのです。

p-1

変わってきた他国の地位協定

――では、日本が特別不利とは言えないのでしょうか?外務省のホームページにも「時々、他国が米国と結んでいる地位協定と日米地位協定を比較して日米地位協定は不利だと主張されている方もいらっしゃいますが、比較に当たっては、条文の文言だけを比較するのではなく、各々の地位協定の実際の運用のあり方等も考慮する必要があり、そもそも一概に論ずることが適当ではありません。」と書いてありますが。

外務省の説明は恣意的だと思います。たしかに、「公務外」の扱いについて形式的には同じに見えるかもしれませんが、互恵性の関係と非互恵性の関係ではニュアンスが違うのです。

NATOは「Military Alliance(軍事同盟)」ですが、日米は「Security Alliance(安全保障)」です。NATOの中のイタリアとドイツは、敗戦国という意味において日本と同じです。しかし、NATO諸国間の地位協定における関係は「互恵的」なのです。つまり、裁判権などの地位協定が、「受け入れ国」が「派遣国」に認める「特権」は、たとえばアメリカはドイツにも同じ特権を認めているのです。

そりゃ、現実的には、世界で突出した軍事力のアメリカが派遣国になる場合がほとんどですが、少なくとも法的な議論では、その「逆」もありうるのです。ですから、NATO地位協定の文面の主語は、日米地位協定のようにアメリカとか日本でなく、あくまで「受入国」と「派遣国」なのです。

ですから、同じ敗戦国のドイツとイタリアは、日本とは違いアメリカと「対等」な立場にあるのです。ここがポイントなのです。しかし、互恵性のない日米の地位協定では、なにを「公務外」と決めるのもアメリカ側なのです。条文だけみると特段不利とは言えませんが、そもそも土台が違うのです。

――他国の状況はどのようなものですか?

まず、前提として、アメリカは受入国の国民感情を気にしています。海外に軍をおくと、当然嫌われます。好かれるわけがないのです。ですから、国民感情を配慮してアメリカは譲歩してきたのです。

たとえば、NATOの中でも、標準の地位協定に加えて、歴史の事情に応じたものを締結していたドイツとイタリアは、冷戦がおわってから、米軍基地の管理権を全面回復しています。どのような訓練をするのか、なにを持ち込むのか、飛行訓練も、すべて「許可制」です。

ドイツの補足協定では、レイプや殺人についてドイツの裁判権で裁くと明確に書いていますし、公務内の過失であっても、ドイツ政府の代表が軍法会議に立ち会えるようにしています。日本外務省は同じホームページ上で

ドイツは,同協定(注・ボン協定)に従い,ほとんど全ての米軍人による事件につき第一次裁判権を放棄しています

と書いていますが、これは許し難いミスリードです。

イタリアの地位協定では、基地があることで迷惑をかける地方公共団体とオフィシャルなチャンネルを持たないといけないとさえと決めています。もちろん、日本にはそれらの仕組みはありません。

――少なくとも、ドイツ、イタリア並みとは言えないということですね。日本以外に非互恵的な地位協定を結んでいる国はあるのでしょうか。

韓国、フィリピン、そして、現代の戦争の結果としてイラクやアフガニスタンなどがあります。(フィリピンには特殊事情があるので、あとから補足できればと思います)

非互恵的な関係である韓国でさえ、地位協定を2回変えています。日本が享受していたものよりもともと不利な裁判権であった韓国では、国民運動により「日本並み」にすることになりました。

さらに、アフガニスタンがNATOと結んだ地位協定の中でも、民間軍事会社などの「業者」に関する取り決めを盛り込んでいます。現代の戦争では、アメリカを中心に、民間軍事会社に軍事上の様々な業務を委託するケースが増えています。基地内のレストラン運営から、建設、IT関係、そして要人警護、傭兵までなんでもこなします。地位協定における「軍属」とは、日本の防衛省の制服組じゃなく背広組のような非軍人です。派遣国政府と直接的な雇用関係にある従業員ですね。これに対して、「業者」は会社であり、従業員と契約関係にあるのは政府ではなく、その会社です。政府と従業員は直接的な管理関係にない。

こういうふうに戦争の「民営化」が主流になってきているのですが、この「業者」が様々な重大事件を引き起こしてきたのです。そのシンボル的な事件が、2007年にイラクで「ブラック・ウォーター社」が起こした「ニソール・スクエアでの虐殺」です。米国の民間軍事会社ブラック・ウォーターが、17人の民間人を殺傷してしまった。その時、ブラック・ウォーターがなにをやっていたかというと、アメリカ政府の委託で物資を輸送中のコンボイを警護中に――日本流に言うと非戦闘地域、現に戦闘が行われていない地域、つまり民間人居住区です――、ある交差点に差し掛かった時、後で誤認だったということが証明されるわけですが、撃たれたと思った。それに応戦するために、民間人に対して自動小銃を乱射してしまうのです。

こういう事件が起こると当然、地元社会の反米、反駐留軍感情が頂点に達するわけですから、現在、NATO地位協定の運用では、「業者」は、公務内外にかかわらず、どんな事件についても、裁判権を「受け入れ国」側に認めることが、慣習的にスタンダードになっています。アフガニスタンとNATOの地位協定では、「業者」は明確にアフガン側が第一次裁判権を持つと明記されています。

現代の地位協定では、裁判権の対象カテゴリーにおいて、従来の

(1)軍人

(2)軍属

(3)業者

を明確に(2)と区別し、(3)には地位協定の裁判権における特権ステータスを授与せずというふうになっています。従来の日米地位協定では、この区別はありません。つまり、地位協定の特権ステータスを与えられた業者の従業員が、就労ビザなしで日本に入国できるわけです。前述のブラック・ウォーター社も、過去、日本で(2)軍属として働いていたし、今回の事件のシンザト容疑者も、本来は(3)ですが、(2)として扱われていたのです。

ちなみに、アフガニスタンNATO地位協定では、すべての「業者」は、アフガン国内法によって会社登録されなければならないとまで書いてあります。日本の地位協定における地位は、アフガニスタン以下です。今回の事件を受けて、たぶん日本政府は慌てていると思います。

日米地位協定にも「業者」の記述はありますが、裁判権のカテゴリーの問題として扱われておりません。ですから、「変わっていないこと」が問題なのです。他の国とは違い、「運用」でやると言っていますが、(編集部注)それを決める日米合同委員会は、日本側は軍事に疎い官僚、あちら側は軍人で構成され、政治家も入れない密室なので、基本的に、アメリカ側がYesと言わなければ、なにも変わらない。

(編集部注)7月5日、日米地位協定の「軍属」範囲を「高度な技術や知識を持ち、米軍の任務に不可欠な者」に限定することで日米政府は合意した。

フィリピンにいたっては一度、地位協定を破棄しました。火山が爆発して、基地が使えなくなったこと、反米意識が高まったことが相まって、米軍が完全に出ていったのです。その後、中国と南沙諸島の争いがあり、アメリカと再度関係を持つことになりました。でも、名称は地位協定Status of Forces Agreement (SOFA)ではなく、Visiting Forces Agreement(VFA)。扱いは、あくまで米軍は「お客」です。

イタリアやドイツのように、米軍基地の管理権、そして環境権も、フィリピンの主権の元に、統治されています。なにより、核の持ち込み禁止が条文に明記され、裁判権の「互恵性」も獲得しています。つまり、フィリピンの軍人/軍属が、合同演習かなにかでアメリカに駐留中に公務中の事故を起こした時、アメリカ国内の事件にも関わらずフィリピンに裁判権を与えるのです。

――日本は「運用」で対応しているという話もありますが。

非互恵的な関係の場合、向こうに主導権がある構造は変わらず、「運用」には限界があります。互恵性のある関係性だと、やられたらやり返される緊張関係にあるので、運用にも透明性があります。それは、異国の地で兵士が犯罪をすることの予防措置への国家の「やる気」に違いが出るはずです。外国人犯罪の撲滅を保証するものではありませんが。

ほんとうに「こんな状況が放置されている国って他にないよなぁ」と思いますね。

見ないふりが一番得だった

――なぜこれまで、見直しの議論が進められなかったのでしょうか。

左派に限らず、右派にとっても、「日米地位協定は改定されるべきか」と問われれば、Yesと答える人が多いのではないでしょうか? ここの一点では、右・左、一致する。だけど、その先が違う。

右派は、地位協定でアメリカと”より”「対等」になるには、まず、日本が「集団的自衛権」を、大手をふるって行使できるようになり、それには、自衛隊が「軍」にならなくてはならないと主張するでしょう。つまり地位協定に「互恵」を獲得するには、日米関係をほんとうの「軍事同盟」にするべく、まず自衛隊を「軍」にするため憲法9条改正せよ、というロジックができる。

だから、左派にとっては、これ以上、地位協定の話を進めると、改憲が政局化してしまい足元をすくわれることになりかねない。だから、「反米」「基地反対」に逃げ込むか、今回の沖縄の悲しい事件の「裁判権」の非人道性の糾弾に止まる。結果、「主権回復」の話にならないわけです。

右派の方ですが、ふつうの国では、「愛国心」は、「占領者」に向かうものなんです。しかし、まだ侵略もしていない中国の脅威が過度に煽られるようになっている。ホント日本は不思議な国です……、「占領協定」をぶち壊そうという愛国運動に、結局、向かわない。

結果的に、左も右も、地位協定の「主権」に関わる抜本的な改革を求める運動にならない。だから、アメリカが締結している地位協定は数多あれど、60年近く全く変わらない地位協定は日米地位協定だけという「不思議」が維持されているわけです。

――お互いに見ないふりをしてきたのですね。気が付けば、遠く離れた「沖縄の問題」になってしまったと。

ですが、ぼくは左派については、上記のような右派のロジックを恐れず、地位協定における「主権」の問題を真正面に掲げてほしいと思います。なぜなら、既に述べたように、裁判権の「互恵性」や基地の管理権そして環境権において日本の地位の低さは世界的に特筆モノなのですが、実は、韓国もほとんど一緒なのです。

旧敗戦国イタリア、ドイツ、そしてアメリカの旧植民地だったフィリピン、そしてアメリカの現代の戦争の戦場だったアフガニスタンと比べても、日韓は兄弟のように同じ低い地位におかれているのです。でも、韓国はちゃんとした軍を持っていますし、ふつうの国のように「集団的自衛権」も行使できます。

――つまり、集団的自衛権は重要じゃないと?

そうです。右は、「集団的自衛権の容認」「自衛隊を軍に」「9条改憲」となるのでしょうし、左は、それじゃヤバイから一気に「反米」と。で、この二項対立の硬直が、結果、なんにも変わらない沖縄への基地集中の追認になってきたのだと思います。

でも、(1)米軍基地を内包するのは日本だけでなく、(2)そのほとんどの国で裁判権の「互恵性」も含めて米軍基地の主権を奪取している、この二つのことをしっかりと事実として認識し、とりあえず日米関係を損なわず、そして、とりあえず「主権」を回復してから、右・左の論争を始めるのは、どうでしょうか、というのがぼくの主張です。

なぜなら、他のフツーの国との地位協定でアメリカが譲歩してきたのは、それらの国に「軍」があるからではなく、大きな「国民運動」があったかどうかなのです。

「地位協定の改定と9条改憲はとりあえず関係ない」と安心して、左・右、手を取り合って国民運動を進めてもらえればと思います。さもないと、ホント、アメリカの手のひらで日本人同士が争っているだけ、としか見えません。

合言葉は、「ケンカは主権回復の後で」です。

プロフィール

伊勢崎賢治国際政治

1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授。国際NGOでスラムの住民運動を組織した後、アフリカで開発援助に携わる。国連PKO上級幹部として東ティモール、シエラレオネの、日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を指揮。著書に『インドスラム・レポート』(明石書店)、『東チモール県知事日記』(藤原書店)、『武装解除』(講談社現代新書)、『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)、『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』(かもがわ出版)、『紛争屋の外交論』(NHK出版新書)など。新刊に『「国防軍」 私の懸念』(かもがわ出版、柳澤協二、小池清彦との共著)、『テロリストは日本の「何」を見ているのか』(幻冬舎)、『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』(毎日新聞出版)、『本当の戦争の話をしよう:世界の「対立」を仕切る』(朝日出版社)、『日本人は人を殺しに行くのか:戦場からの集団的自衛権入門』(朝日新書)

この執筆者の記事