2011.11.21
拝啓、「社会保障審議会」どの ――〈政策〉の決定過程は、可視化せよ!
現在、民主党政権が2011年6月30日に決定した「社会保障・税一体改革成案」にもとづいて、異様なハイペースで社会保障に関する政策が協議されている。社会保障に関する政策立案は、医療や介護、わたしたちの生活に密接にかかわる、とても重要な事だ。しかし、そもそも「社会保障・税一体改革成案」が与党内で閣議報告されたこと自体、マスメディアで扱われる機会は少なかった。
日本の社会保障政策は、「ブラックボックス」のように複雑化してしまった、とよく言われる。今回は、政策がつくられる「プロセス」に着目したい。一体、誰が、どこで、どうやって、どのように政策を決めているのだろうか。
「審議会」は踊る、されどついてゆけず
「審議会」にもさまざまな種類がある。たとえば、社会保障関連の政策立案の中身を実質的に決定している「社会保障審議会」という会議がそのひとつだ。これは厚生労働大臣の諮問機関であり、おもに「部会」と「分科会」で構成されている。社会保障審議会をはじめとして、とにかく毎日、異様なハイペースで「審議」がなされている。
「審議会」のペースがどのくらい異様か、というのは下記の票をご覧いただければと思う。11月14日(月)から11月18日(金)まで、ほんの5日間。厚生労働省のもとで公式に行われた「審議会・研究会」の一覧だ。本稿の字幅の中に収めるため、フォントの大きさを小さくせざるを得なかった。非常に見にくくなってしまったと思う、その点についてはお詫び申し上げるばかりである。
「審議会」の会議を傍聴するためには、「若干名」の枠に応募しなければならない。厚生労働省のHPを毎日チェックし、次の審議会のスケジュールを確認し、「募集要項」が出たら期日までに指定された書式に従い、指定された日時の〆切は厳守で、電子メールかFAXで応募する。当選したら、「傍聴される方への注意事項」を厳守のうえ、会議を傍聴することができる。
「傍聴される方への注意事項」は、おおむね以下のような通りである。
会議の傍聴に当たり、次の事項を遵守して下さい。
これらをお守りいただけない場合は、退場していただくことがあります。
(1)事務局の指定した場所以外の場所に立ち入ることはできません。
(2)携帯電話等は、電源を必ず切って傍聴してください。
(3)頭撮り以外は、写真撮影やビデオカメラ、テープレコーダー等の使用はご遠慮下さい。
(4)静粛を旨とし、会議の議事進行の妨害になるような行為は慎んで下さい。
(5)説明等に対し賛否を表明し、又は拍手をすることはできません。
(6)傍聴中、新聞又は書籍の類を閲覧することはご遠慮下さい。
(7)傍聴中、飲食及び喫煙はご遠慮下さい。
(8)傍聴中の入退室はやむを得ない場合を除き慎んで下さい。
(9)銃器その他の危険なものを持っている方、酒気を帯びている方、その他秩序を乱す恐れがあると認められる方の傍聴はお断りいたします。
(10)その他、事務局職員の指示に従うようお願いします。
(厚生労働省HP「第86回社会保障審議会介護給付費分科会の開催について」より引用)
制約がずいぶんと多い気もするが、審議会は重要な会議であるから、スムーズな進行のためにはやむを得ない注意事項なのかもしれない。ぜひとも厳守して傍聴したいところだが、募集人数の枠が「若干名」のため、なかなか当選しないこともある。審議会の席上につくのが仕事である委員は別としても、傍聴をする側は、平日の日中に開催される会議に度々出向くのも現実的には難しい。
こうなると、厚生労働省のHPに随時アップされてくる資料や議事録を、一方通行的に読むことしかできない。意見を投じるどころか、実質的に中身を知るためのシステムすら確保されていないのが、今日の日本の政策決定過程の実情なのである。
「洗濯16.6分」の根拠とは?
数多ある審議会の中で、「介護給付費分科会」の例をあげてみたい。10月13日の介護給付費分科会において、介護保険制度の介護報酬の区分を短縮するという方針が出された。
在宅の訪問介護のメニューのひとつ、生活援助の1単位は、これまで60分だった。それを、45分間に短縮するというものである。介護のホームヘルプの時間枠を、現在よりもさらに短くするということは、介護保険制度の運営にとりきわめて重い転換である。
しかし、ここで問いたいのは、介護保険制度の中身ではない。「60分」を、なぜ15分間短縮して「45分」にする必要があるのか。厚生労働省がその「根拠」として使用しているエビデンス、データそのものへの疑問である。
10月13日の介護給付費分科会で配布された資料では、生活援助の全国平均は、「45分未満の割合が多い」という「根拠」としてのエビデンスが提示されている。このデータを計算しているのは、厚生労働省の担当局の官僚ではない。
いわゆる、民間への「外注」である。株式会社政策基礎研究所(株式会社EBP)というシンクタンク、一民間企業が、エビデンスの作成を担っているのだ。
「要支援では、掃除以外の全ての項目で、要介護とほぼ同程度の時間でサービスが提供されている」と厚生労働省が記す根拠である、株式会社EBPが作成したエビデンスについて、細かく例をとって見てみたい。
「洗濯」という行為について、要支援の全国平均が「17.2分」、要介護の全国平均が「16.6分」という数値を出している。
「16.6分で洗濯の一連の作業が終わる洗濯機が、どこにあるのだろうか」というのが生活者としての率直な疑問だが、「政策決定はエビデンスにもとづく」という厚生労働省の方針に、とにかく沿ってみる。
株式会社EBPは、この計算をどうやって出しているのか、厚生労働省の担当局に問い合わせてみた。
・まず前提として、これは「暫定集計」なので詳細は公開できない
・被災地を除いた40各都道府県の10か所(この抽出単位も不明瞭)で要介護度1~5まで1ケースずつを抽出している
(上記ともに担当局の口頭回答であり、詳細は公開されていないので不明)
仮に単純計算しても、分母nは40×10×5=2000になるはずなのだが、配布資料では分母nの値までバラバラである。
統計の出し方が、果たして適切なのかどうかを検討する材料すら「暫定集計」だという理由で公表されない。そのうえ、その暫定集計中で結果が出ていない数値を、「介護給付費分科会」の政策審議の資料のエビデンスとして使っているというのだ。
『エビデンス』のあやうさ
株式会社EBPのHPを見てみる。審議会のエビデンス作成を受注している民間企業は、どのような理念や方針にもとづいてデータの精査を行っているのだろうか。
“理念
「私共はEBP(科学的根拠に基づく政策)により社会に貢献します」
当社は、ポスドクを中心としたメンバーにより設立され、Evidence Based Policy
の基礎・土台となる分析を通じて社会貢献することを目的としております。”
ポスドク、すなわち博士課程を修了した研究者によって運営されているようだ。
“御見積単価
弊社は間接部門の経費を抑え、研究員の人件費単価を抑えております。”
できるかぎり安く、エビデンスのデータを作成してくれるようである。
エビデンスにもとづく政策決定を掲げるのであれば、その調査の情報公開はもちろんのこと、調査の質も徹底的に検証されなければならないことは、自明である。アカデミズムにおけるエビデンスの質の担保の重要性は、審議会の席に座っている「学者」の委員の方々こそが、もっともよくご存じのはずなのではないだろうか。
介護保険制度の運営の根幹を揺るがすような重要な政策について、その骨子の立案の段階から「外注」を行い、より安く仕上げてくれる業者がそれを担う。こんなかたちで大事な事を決めてしまって、本当にいいのだろうか。
『総合福祉部会』という画期的な「前例」
せめて、「審議会」の会議の様子を、動画で公開するくらいはできるはずだ。どんな委員が、どういう根拠にもとづいて、どんな議論をしているのか。とくに、「社会保障審議会」はわたしたちの生活を左右する政策の中身を決める、重要な会議である。関心もあるし、様子を知りたい。
現行の障害者自立支援法に代わる、「総合福祉法」の骨子提言をするために内閣府に設置された「障害者制度改革推進会議総合福祉部会」は、すでにその「可視化」のハードルをクリアしている。
従来型の審議会ではありえない「55名」という大所帯で構成されたこの会議は、当事者も含む多様なアクターが参加し、議論を丹念に繰り返してきた。
わたしがこの会議に対して「熟議がなされている」と思うことができたのは、会議の開始から終了までの全過程が、HP上から動画で配信されているからである。資料公開に加えて、会議の様子を動画で見て、1人ひとりの委員や厚生労働省の職員の発言を実際に聞いたうえで、「総合福祉法」の意義について理解をした。
審議会を誰でも見られるように、動画配信で公開して「可視化」することくらいは、してもいいのではないだろうか。できないのなら、それはなぜなのか。まずは、そこから説明をしてほしい。
プロフィール
大野更紗
専攻は医療社会学。難病の医療政策、