2010.07.10
北欧型モデル? 増税すれば幸せになれるの?
7月11日に参議院選挙が行われる。今回の選挙でもっとも話題になっているのは、消費税の増税問題である。選挙を前に民主党・自民党両党とも消費税増税を掲げている。
前提となりつつある消費税アップ
自民党のマニフェストには消費税を「当面10%」と、数値目標も入っており、増税の方向性は明確である。
民主党の方は少し歯切れが悪い。当初、菅総理大臣は「消費税10%は公約と受け止めていただいて結構だ」と述べたものの、6月21日には「消費税10%アップは公約ではない、議論の開始が公約」と発言の修正を行っている。紆余曲折はしているようではあるが、増税に前向きな姿勢は自民と同じようである。
第一党の民主党と第二党の自民党の主張が、ともに消費税の導入に前向きなため、この問題は選挙の争点としては盛り上がってはいない。しかし、メディアでは消費税増税やむなし、消費税増税10%容認といった論調が目立つようになった。
称揚される北欧型福祉モデル
ひとつ例をあげてみよう。7月1日、2日と、日本テレビのNEWS ZEROでは「消費税25%でなぜ成長?」というタイトルでスウェーデンの特集が組まれていた。一言でいうと、スウェーデンは税が高いが、福祉が充実していて住民は満足しているという内容だ。
この特集では失業問題も取り上げられていた。自動車部品工場に勤めていた男性が失業したあと、職業訓練を受け新しい職種に転向する模様が描かれていた。スウェーデンでは失業したときの世話を国家がみてくれる。失業給付の給付、職業訓練の実施、長期失業者を雇う企業に補助金をだす、などの手厚い失業対策が行われている。
たとえ雇用が流動的になっても、労働者の生活をしっかりと保障する制度。国家が失業の面倒をみてくれるので、クビになっても安心して家族も養っていける社会。その理念は非常に魅力的である。
先日のシノドス・ジャーナルに連載された橋本努の記事でも、北欧型のモデルは賞賛されている(http://synodos-jp/society/2031)。
「雇用の流動性と市場経済の効率性を受け入れるかわりに、労働者の生活をしっかりと保障する。これはすなわち、現在の北欧諸国を中心に模索されている、福祉国家の新しいモデルであろう」とある。
理念としてはこのような社会が実現すれば幸せに生きていけるのだろうと思う。しかし、わたしたちは理念のなかで生きているわけではない。現実はどうなのだろうか。
スウェーデンの隠された真実
概して、80年代までのスウェーデンでは、このような制度がうまく働いていたといっていい。しかし、90年になってから制度の綻びが生じ、00年代に入ってからは機能不全に陥っているようにみえる。
マッキンゼー・グローバル・インスティチュートのレポート(http://www.mckinsey.com/mgi/publications/sweden/sep_current_priorities.asp)では、2004年の公式失業率は4.9%であるが、事実上の失業率は17%であると報告している。公式失業率のじつに3倍である。職業訓練や早期退職などで、見た目の失業率は押さえ込まれているというのだ。
04年というと、08年夏からの世界的なリセッション以前の話であるので、好景気であろうと不景気であろうと、基本的にスウェーデンの失業率は高いようなのだ。
もちろん、不景気に突入するとこの傾向は強まり、09年5月からは8%~9%程度の水準で高い失業率がつづいている。最近の失業率は8.8%である(2010年5月)。先のレポートから類推すると、現在は3割以上の現役世代が職を失っているということになる。
失業者は43万4000人(2010年5月)だが、そのうち長期失業者が14万5000人であり、全体の3分の1が長期失業者である。もちろんここには職業訓練を受けていたり、早期退職をした者は含まれていない。
橋本努は、北欧モデルの特徴として、雇用の流動性が確保されることを述べていたが、実態は一度失業すると、再就職が難しい。手厚い失業者対策のなかで失業者が溜まっていく。そして、職業訓練などに流れ公式統計には表れないが、10人に3人が失業するという状態がつづいているのだ。これでは「雇用が流動的」とはとてもいえない。
増税のためのメディア・キャンペーン
またスウェーデンは若年層の失業が高い。若年層の失業それ以外の4倍程度の高さだ。2010年5月のスウェーデンの若年失業率は27.8%であった(15歳~24歳)。実に4人に1人以上が失業している。しかし、これも公式統計の数字である。実際はおそらくこの数倍の若年失業者がいると考えられている。
参考として日本の失業率を示すと全体で5.2%、若年失業率は10.3%である(総務省「労働力調査」平成22年5月速報)。日本の雇用状況もたしかに悪いのだが、スウェーデンの雇用状況は日本よりもはるかに悪い。
北欧諸国、とくにスウェーデンは、制度の整った模範的な国家だと紹介されることが多い。隣の芝は青く見えるのか、情報が少ないだけによい所ばかりみえてしまうのかはわからないが、実際は惨憺たる状況である。
スウェーデンを賞賛していたNEWS ZEROだが、雇用状況が慢性的に悪いという情報は放映されなかった。都合の悪いことは知らされない。臭いものに蓋がされ、一部の情報がクローズアップされて放映される。
そのような報道がされるのは、スウェーデンの実態などはそもそもどうでもいいからであろう。高い税金を払って強い社会保障が約束され、みんなが安心して暮らせる世界があるのだと宣伝すること。
このイメージをみせつけることによって、増税をすれば幸せな社会がまっていると思いこませるのが目的なのだろうから。狙いは、日本国内の消費税増税の後押しである。
11日に参議院選挙は行われる。増税をすれば幸せになれるのか? 投票の際にスウェーデンの実態を思い返すのも悪くはないかもしれない。
推薦図書
スウェーデンの失業・社会福祉制度を紹介した本は日本語でも多数出版されている。それらの本を参照することも重要である。代表的なものとして篠田武司編『スウェーデンの労働と産業―転換期の模索』があげられる。しかし、出版年が古いということもあり、近年の実態を把握するには限界がある。若年問題に絞ったものとしてはByambadorj Purveeによる The Youth Unemployment Situation in Sweden がよいかもしれない。スウェーデンの高い若年失業に焦点が当てられている。若年層が就労経験がないために労働市場から排除されていること、失業によって自分の親や政府の社会給付に依存的になっていることなどが紹介されている。また移民や下層階級が、職を得るためのネットワークにつながることができていないことも指されている。
プロフィール
井出草平
1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。