2011.05.22
漁業はそもそもどうあるべきか?
前回の記事では、旧態依然の補助金行政でインフラを再整備しても、被災地の水産業に明るい未来はないことを説明しました。では、漁業の復興はどうあるべきなのか?
漁業の復興には、最低でも5年は必要です。こういう難局だからこそ、漁業の構造的な問題を解消し、未来志向で、上向きな産業を育てて行かなくてはなりません。被災地の漁業を、より自立した、より生産的な産業として、新しく作らなければならないのです。
日本では、漁業は衰退産業だと思われていますが、世界的にみれば、漁業は成長産業です。ノルウェー、アイスランド、ニュージーランドなど、持続的に漁業収益を伸ばしている先進国は多数存在します。これらの国では、漁業への補助金は、ほとんどありません。「先進国では、漁業のような一次産業は、衰退するのは仕方がない。食料安定供給のために、補助金で保護しなくてはならない」と信じている日本人が多いのですが、実情はまったく違うのです。
いまでも日本が漁業先進国だという勘違いをしている日本人は少なくありません。日本が漁業先進国だったのは1970年代までの話であり、それ以降は世界の流れから完全に獲り残されています。旧態依然とした産業を、補助金等で延命しているにすぎません。ノルウェーをはじめとする漁業先進国は日進月歩ですから、日本の漁業は、世界の最先端よりも40年遅れています。
わたしは、日本の漁業を、持続的かつ生産的な産業に改革するための手がかりを求めて、ノルウェー、ニュージーランド、米国、豪州など、世界中を旅してきました。大都市から、離島漁村までくまなくめぐり、漁業者、加工業者、漁業組合、行政官など、さまざまな立場の人間から、聞き取り調査を行いました。その結果、持続的に成長する漁業には次のふたつの共通点があることがわかりました。
持続的に儲かる漁業の方程式
持続的に儲かる漁業 = (十分な親魚を獲り残す) + (獲った魚をできるだけ高く売る)
親を十分に残した上で、漁獲可能な魚を高く売るというのは、当たり前な話ですが、これを実行するのは、なかなか困難です。日本を含む世界の主要漁業国は、すでに漁船の漁獲能力が、自然の生産力を大きく上回っています。
1989年にFAOは世界の漁獲能力は、現状の漁獲を維持するために必要な130%の水準であると推定しました。また、Garcia and Newton (1997)は、世界の漁船規模を現状の53%に削減すべきという試算をしています。日本では、東北大学の馬奈木准教授が、現状の漁獲量を維持するのに必要な漁船の規模は現在(被災前)の15%で十分という試算をしています。
こういった過剰な漁獲能力で、無規制に漁獲をすれば、あっという間に次世代を産む親まで獲り尽くしてしまいます。漁業が中長期的に成り立つためには、十分な親が取り残せるように、しっかりと漁獲規制をする必要があります。
十分な親を残そうとすれば、獲れる魚の量は自ずとかぎられてきます。漁業を経済的に発展させるには、かぎられた自然の生産力を、できるだけ高く売る以外の選択肢はないのです。「方程式」などと大げさなものではなく、当たり前の話なのですが、この当たり前のことが、できるかどうかが勝負の分かれ目です。
持続性を無視して、自滅をする日本漁業
日本漁業の現状は、「持続的に儲かる漁業の方程式」とは正反対の状態にあります。親になる前の魚を皆で奪い合って、二束三文で投げ売りしているのだから、利益など出るはずがありません。
三陸漁業の大黒柱であるマサバの資源量を、次の図に示しました。青線が全体の資源重量(バイオマス)、赤線が成熟した魚の資源重量です。80年代の乱獲で、資源のほとんどが獲り尽くされてしまいました。普通の国なら、1990年の時点で禁漁にしていると思います。しかし、日本漁業は全く逆の方向に進みました。
90年代に、漁具メーカーと巻き網業者が共同で、遠くの稚魚の群れを発見できるソナーを開発し、未成魚中心の漁獲に切り替わりました。1997年からサバ類に漁獲枠が設定されるようになったのですが、「漁業者の生活を守るため」に過剰な漁獲枠が設定されています。また、漁獲枠の超過も黙認されているので、実質的には無管理といってもよいでしょう。
サバの未成魚はやせ細っており、ローソクサバと呼ばれています。日本人は、サバ未成魚を食べないので、一般消費者の目に触れることはありません。養殖のえさになるか、捨て値で途上国に売られるかです。90年代以降、国産の鯖は高級魚になってしまい、庶民の食卓はノルウェーサバに支えられています。
0歳のサバ(100g)を獲ってもたいした利益にはなりません。100gのサバを10尾獲れば、約65円程度の売り上げになります。3年待って、500gの鮮魚にしてから獲ると、自然死亡で3尾に減りますが、1尾80円以上で売れます。小さい魚を獲らずに、3年待つだけで、漁獲重量は1.5倍、利益は4倍に増えるのです。成熟してから獲れば、卵を産めるので、資源の再生産にもつながります。よいことづくめです。
日本の漁業者は、乱獲によって、自らの生活を破壊しています。その根本原因は、日本ではまともな漁獲規制がなく、魚が早い者勝ちだからです。マサバは、鮮魚としての価値が出る2歳まで、ほとんど残りません。大きくしてから獲ることなど、誰にもできないのです。無秩序な早獲り競争が横行する日本で、漁業者にできることは、生き残りをかけて、ライバルよりもより早く、より多く獲ることだけです。まともな漁獲規制がない日本で、漁業が儲からないのは当たり前なのです。
日本以外の国では、適切な漁業規制をして、乱獲を抑制するのは、公的機関の責任です。水産庁が公的機関の責務を放棄して、土木工事ばかりやっているから、日本の水産業は衰退するのです。
資源管理で漁業は変わる
公的機関がきちんと漁獲規制をすると、漁業はどのようにかわるのでしょうか。例として、われわれにも馴染みがある欧州のサバの漁業を比較してみましょう。欧州のサバ資源は、十分な親が残るような漁獲枠で規制されており、親魚量が安定的に推移しています。親魚を十分に残して、資源が自然増加した分だけ利用しているのです。銀行預金でたとえると、元本には手をつけず、利子だけで安定して生活をしている状態です。
漁獲量が安定するだけでなく、欧州は日本よりも格段に大きな魚を漁獲しています。欧州では、漁獲枠は実績に応じて各国に配分されます。サバの主要漁業国であるノルウェーは、漁獲枠をあらかじめ個々の漁船に個別に配分します。あらかじめ漁獲枠が配分されているので、漁業者同士で魚を奪い合う早獲り競争は起こりません。ノルウェーの漁業者は、漁獲枠の上限が決められる代わりに、大型の価値のある魚を狙って獲ることができるのです。日本人が好む3歳以上のサバをコンスタントに生産することができます。
一方、日本のサバは、3歳まで魚がほとんど残りません。せっかく資源に恵まれているのに、自国の資源は価値が出る前に乱獲し、養殖の餌にしている日本漁業と、大きくしてからベストのタイミングで漁獲をしているノルウェー漁業では、戦う前から勝負はついています。日本とノルウェーのサバ漁業については、朝日新聞の高成田さんの現場レポートで現場の雰囲気をつかめると思います。是非、ご一読ください(http://globe.asahi.com/feature/101101/index.html)。
加工による付加価値
ノルウェーと同じような制度を導入すれば、日本漁業の生産性は大幅に改善されます。その上、日本は多種多様なサバ食文化があるので、様々な加工を施すことで、魚の価値を何倍にも高めることができます。
欧州サバの水揚げの中心はノルウェーです。ノルウェー人はサバをほとんど食べないので、加工のノウハウがありません。また、ノルウェーの人件費は高いので、ノルウェー国内で、加工をするのは現実的ではないでしょう。大型のサバを良い状態で漁獲して、すばやく冷凍するところまでが、ノルウェー漁業の限界なのです。きちんと資源管理をやれば、日本の方が格段に大きな利益が期待できるのです。にもかかわらず、日本漁業は、加工のしようがないような、小サバばかりを漁獲して、自滅しています。じつに、もったいない話です。
今回の災害によって、加工場や冷蔵庫など、地域の水産業を支える後方の設備が大きな被害を受けてしました。このままでは、日本の水産業の強みが失われてしまいます。水産業の発展を考えた場合、加工・冷蔵部門のインフラ整備は、最優先課題です。加工の技術をもった職人は、国の宝ですから、彼らの活躍の場をあたえる必要があります。
では、日本漁業の問題点をどう解決すればいいのか? 稿を改めて論じたいと思います。
プロフィール
勝川俊雄
1972 年、東京生まれ。三重大学生物資源学部准教授。東京大学海洋研究所助教を経て、2009年より現職。専門は、水産資源管理、水産資源解析。日本漁業の改革のために、業界紙、インターネットなどで、積極的な言論活動を行っている。