2022.12.01

日本の皆さんに、日本の素晴らしさを伝えたい

日本の中のアジア

はじめに

現在、多くのアジアの人びとが日本で働き、学んでいます。彼らはなぜ、日本に来ることを決意したのでしょうか? 「日本の中のアジア」では、日本で生活するアジアの人びとにインタビューを行い、彼らが日本でどのような夢を描いているのかを伺います。そして、彼らの声を通して、「日本の中のアジア」を可視化していきます。

1回目のインタビューは、フィリピン出身で筑波大学大学院博士課程に在籍するホセ・ルイス・ラクソンさん。日本で叶えたい夢だけでなく、日本留学のメリット、日本とフィリピンの文化の違い、日本での生活の難しさなどを語っていただきました。【翻訳 / 芹沢一也】

――最初に自己紹介をお願いします。

はじめまして。ホセ・ルイス・ラクソンです。フィリピン出身で、首都のマニラで育ちました。現在、筑波大学の博士課程1年生で、国際公共政策プログラムで「国が意見を異にするときに何ができるのか」というテーマを研究しています。本日は、皆さんの質問にお答えできることを嬉しく思います。

――日本に来る前は、日本についてどのように見ていましたか?

10歳くらいの頃、日本の衛星放送をよく見ていました。「日本にはよいニュースしかない」と思ったのを覚えています。街や地域はとてもきれいで、人びとは親切そうで、テクノロジーは見たこともないものばかりでした。信じられないくらいでした。もちろん、年齢を重ねた現在では、日本にも他の国と同じように問題や課題があることは分かっています。ただ、日本人に「日本のことをどう思うか」と聞かれたら、私は「心の底から日本が好きだ」と答えるだけです。そこに特別な理由は必要ないんです。ただ単に、日本が好きだから。それが私の日本という国に対する思いです。

――日本への留学の経緯を教えてください。

私はすでに、何度か日本に留学したことがありました。初めて留学したのは18歳のときです。日本語のサマープログラムに参加し、次第に日本への関心が大きくなっていきました。それが、日本に戻って博士課程に進むことを決めた理由のひとつです。私は今、人生の目標である博士号を取得し、国際社会に貢献したいと考えています。この2つの目標を達成するために、日本は最適な場所のひとつです。

また、私は幸運にも、日本語を話し、読み、書くことができるので、その能力を生かしたいと感じていたことも付け加えておきます。日本への留学は、私にとって当然の選択でした。

日本の教育界で活躍する優秀な人材との出会い

――ホセさんにとって、日本留学のメリットは何ですか?

日本では、世界で通用する教育を受けることができます。これは世界中の学生に知ってもらいたいことです。日本の大学で勉強していると、多くの優秀な学生や教授に出会います。人工衛星を宇宙に打ち上げたクラスメイトや、自治体に参画して社会を変えたクラスメイトもいます。そういう人たちに出会えたことは素晴らしいことですし、日本の教育の質が高いからこそ、そういう人たちに出会えるのだと感じています。日本の大学は、これから留学を考えている外国人に対して、同じような機会を与えることができると思います。

人種差別を越えて

――日本に留学して、日本に対する考え方は変わりましたか?

その質問にお答えする前に、私が日本で経験した困難について話した方がいいかもしれません。人種差別は世界中どこにでもありますが、残念ながら日本にもあります。私も、「日本人はフィリピン人を嫌っている」「見下している」と言われたことがあります。フィリピン人というだけで、アパートを借りられないことも何度かありました。正直、傷つきました。私がフィリピン人だとわかると、話したくないという人もいます。こういうことは世界中で起こっていることなので、対処していかなければなりません。 ご質問に戻りますが、日本に留学して私の見方は変わったか? 日本で経験した困難にもかかわらず、私の日本に対する見方は変わっていません。私は今でも日本が心の底から好きですし、この国やこの国の人びとが私に与えてくれた親切やチャンスに感謝しています。なぜ、そのような気持ちになれるのか。それは、日本でよい体験をたくさんしたおかげで、悪い体験を見過ごすことができるのだと思います。それはとても幸せなことで、日本は私にとって、これからもずっと特別な国です。

陽気なフィリピン人、まじめな日本人

――どのような場面で、日本とフィリピンの文化の違いを感じますか?

一般的に、日本人はフィリピン人に比べて真面目だと思います。フィリピンにいると、人びとはもっと気楽な感じがします。ハッピーで笑顔が多く、人生の明るい面を見る傾向が強い。一方、日本では、仕事や勉強など、シリアスなことに集中する傾向があります。もちろん、まじめであることは悪いことではないですし、つねにハッピーであることも、正直言ってよいことばかりではありません。真剣に何かに取り組んで、楽しみを後回しにしなければならない時期もありますし。

文化の違いをもう少し説明すると、日本では、集団の中にいることが重要視されます。グループのコンセンサスが非常に重要なので、自分一人では決められないことが多いのです。また、集団の一員としてきちんと行動することが重要です。出しゃばってはいけない場面もたくさんあります。自分は個人というより、集団の一員であることを再認識する必要があります。日本にいると、そういう感覚になることが多いですね。

私は以前、東京で金融関係の仕事をしていました。ある緊急のプロジェクトで、「なぜ全員の承認を得てからやるのだろうか」と考えることがありました。しかし、日本人の同僚にとっては、関係者全員の合意や理解を得ることが重要で、合意を得ることこそが成功なのだと気づきました。もし、私が合意形成のサポートをしなければ、彼らはプロジェクトを成功させることができなかったでしょう。今では、日本人の同僚が合意に至る手助けができれば、いい仕事ができたと思っています。それが、私の経験からの一例です。 このことに関連しますが、もうひとつの気づくのは、物事に耐えること、日本語で言えば「我慢」です。自分の生活や周りで起きていることが気に入らなくても、日本ではそれを受け入れる、あるいは耐えるよう期待されることが多いのです。これがフィリピンとどう違うかというと、フィリピンには個人主義の文化があります。何か嫌なことがあったら、思ったことを口に出したり、感じたことを表現したりする自由があります。そこが日本とフィリピンのひとつの違いだと思います。

チャンスを逃さないための語学学習

――日本での生活で困っていることはありますか?

日々の生活でいうと、急激な気温の変化が苦手です。フィリピンは南国ですから、気温の変化があまりないんです。毎日、30度くらいで、そこから外れることはあまりありません。ある程度、気温が上がったり下がったりはしますが、日本のように1日のうちで7度や10度も違うことはありません。最初は、気温の変化に慣れるのに苦労しました。どうにかこうにか、生き延びる術を身につけました。

また、日本語能力試験1級に合格した私のような者にとっても、日本語はまだまだ難しいものです。母国語と異なる言語を使用する環境でのコミュニケーションで、もっとももどかしいことのひとつは、専門的なことや難しい概念を説明する際に、適切な言葉をすぐに見つけることができないことです。大学の授業では、とても専門的な概念を説明しなければなりませんが、適切な言葉やもっと自然な日本語が出てこないことが多々あります。「これはどう言えばいいんだろう?」と。それが正直もどかしい。

しかし、同時に、このような慣れない環境で頑張った自分を、少し誇らしく思えるようになったのは、よいことでもあります。もし、育った環境に近い、主に英語圏の社会で生活していれば、もっと楽に過ごせたかもしれません。しかし、言葉も文化も違う社会で生きていくことに決めて、そのような環境でもただ生きていくだけでなく、自分を高めていくことができたと、少しは誇らしく思えるようになったのです。

――日本への留学を考えているアジアの人たちに、何かアドバイスはありますか?

言葉を学ぶこと。日本への留学を希望する人は、必ず覚えておくべきアドバイスのひとつです。正直なところ、「こんにちは」「ありがとう」以上の日本語を覚えていない外国人は少なからずいる。日本語を学ばずに日本で生活することは可能ですが、でも、そういう人はすごく損をしていると思います。日本語をもっと勉強すれば、もっと楽しく生活できるはずです。

また、日本に来たら、日本人、外国人問わず、外に出て友だちを作りましょう。これは日本に来た外国人によく見られるパターンなのですが、日本語がうまく話せない外国人は、同じ国の友人としか付き合わない傾向がある。  毎日、母国語ばかりで、日本社会に出て、日本のいろいろなことを体験することが少ない。それは少し残念なことだと思います。自分の国の友だちだけでなく、日本人の友だちを作ることで、外国人は日本でより充実した体験ができるようになります。それが私のもうひとつのアドバイスです。

外部の人たちに対してよりオープンであること

――アジアの人びとにとって魅力的な国にするために、日本ではどのような変化が必要だと思いますか?

ここ20年、日本ではさまざまな変化が起きていて、政府や自治体は国際化に力を入れていますね。簡単な例ですが、東京周辺の主要な駅に行くと、さまざまな言語で書かれた看板をたくさん見かけます。また、観光振興や教育交流にも力を注いでいるように感じられます。これらはここ数年、日本政府が力を入れているすぐれた活動です。しかし、国際化というのは政府だけがやるものではなく、社会全体でやるものであり、人びとが協力しなければならないことです。

考えてみれば、日本のメディア企業は、日本の素晴らしい文化を世界の国々に広めるために、多くのことを行うことができるはずです。具体的には、ウェブサイトにもっと英語のコンテンツを載せたり、日本人以外の視聴者がアクセスしやすいようにしたりすることです。また、さまざまなプラットフォームやソーシャルメディアで配信する動画に字幕をつけるのもよいと思います。世界には、日本の動画を見たいと思っている人がたくさんいます。

こうした意味で、日本のタレントが英語で話しているのを見ると、うれしく思います。日本だけでなく、海外のファンともつながろうとしているのですから、とてもいいことですね。そうした努力を見ていると、私の悩みに応えようとしてくれているんだな、伝えようとしてくれているんだな、と感じるんです。日本のコンテンツが外国人にも受け入れられやすくなることは、とてもいい変化だと思います。

日本の国際化という点では、日本の大学から留学生を採用するようになれば、日本企業にとって大きなメリットがあるのではないでしょうか。新しいユニークなアイデアを受け入れてこそ、企業は進歩し、イノベーションを起こすことができると思うのです。この15年くらい、日本の産業界は内向きの傾向が強かったように思います。日本の市場や消費者にしか目を向けてきませんでした。もっと外からアイデアを受け入れるようになれば、すでに持っているアイデアと組み合わせて、新しいものを生み出せると私は思います。 そしてそれは、日本だけでなく、世界にとっても大きなメリットになるはずです。日本の強みと、海外の人たちの強みを組み合わせることで、日本はこれまで以上に特別な場所になるはずなのです。

――私たちは、日本人とアジアの人びとの間で、実りある交流が行われることを望んでいます。そのような交流を実現するために、どのようなことができるとお考えですか?

異なる文化を持つ人びとの間で交流が行われる場合、忍耐と理解がとても重要です。これはどちらにも言えることですが、日本のグループと外国のグループとの交流があったとして、双方が忍耐強く、お互いを理解する努力をしなければなりません。一方が自分の思い通りになることを期待したり、自分の考え方や習慣を前提にした瞬間に、交流はあまり意味のないものになってしまいます。

そして、繰り返しになりますが、外からのアイデアに対してオープンであることは、新しいものを生み出し、人びとの進歩や革新を助けることができます。自分の知っていること以上のことを考えなければ、新しいものは生まれませんし、特にグローバル化した社会では進歩はありません。国籍や文化の違う人たちが集まって、相手の立場に立ってお互いを理解しようとすれば、交流はとてもうまくいくでしょうし、効果的です。

日本の若い人たちに伝えたいこと

――最後に、日本で実現したい夢を教えてください。

もし機会があれば、日本で大学の教師になり、日本の若い人たちに、私が日本や日本人についてどう感じているかを伝えたいです。というのも、日本人はよく、「日本人として誇れるものは何もない」「日本は世界の中で重要ではない」というからです。しかし、私にとって日本は素晴らしい国であり、日本人であることで誇れることはたくさんはずです。美しい文化や素晴らしい歴史があり、多くの素晴らしいものがこの国から生まれ、今も生まれ続けているのに、なぜ多くの日本人は自国をあまりよく思っていないのでしょうか。

ですから、もし機会があれば、私は日本人に日本の素晴らしさを伝えたいと思っています。日本人が私の言葉を聞いたとき、私は日本人ではないのに、こうして熱心に彼らの国を賞賛するのですから、少しは説得力をもって聞き入れていただけるのではないでしょうか。これが、私が日本で思い描く夢のひとつです。