2022.12.15

おいしい和牛を東南アジアへ――グローバルな可能性に開かれたタイでの挑戦

アジアン・ドリーム

近年、多くの日本人がアジアの国々で活躍し、ビジネスでの成功を手にしています。「アジアン・ドリーム」では、アジアで起業した人びとへのインタビューと共に、アジアにおけるビジネスの面白さや可能性を紹介。将来アジアで働きたい人へ、明確なビジョンとロールモデルを提供します。

記念すべき第1回目は、タイのバンコクで和牛の輸入販売事業を手がける、高橋昌也さんにお話を伺いました。タイが発するエネルギーに力をもらいつつ、東南アジアへ和牛のおいしさを広めるために、日々奮闘されていらっしゃいます。東南アジアの中心的存在であるタイのポテンシャルを、ぜひ実感していただければと思います。

高橋昌也氏

――最初に自己紹介をお願いします。

みなさん、はじめまして。高橋昌也と申します。1964(昭和39)年10月29日生まれです。出身は広島県広島市でして、大学進学で東京に出てきて、卒業後は10年ほどサラリーマンをしていました。その後は、広島市の実家へ戻り、家業を継いだのですが、紆余曲折があって、ここタイのバンコクで起業することになりました。

タイでのビジネスは、最初、2007から2018年にかけて、保冷剤の製造・販売を行いました。現在は、和牛の輸入販売事業に携わっています。

――スタートは保冷剤の製造・販売事業だったのですね。

そうなのです。2007年に、現地で小さな工場を立て、保冷剤の製造・販売を扱う事業を始めました。タイは年中暑い地域のため、安定した注文が毎月入ると考えたわけです。しかし、ふたを開けてみたら、保冷剤の需要がタイにはほとんどありませんでした。

――タイは暑い国なのに、それは意外ですね。

そう思いますよね? ぼくもそう思って始めたのです。ところがまったく事情が違っていました。

日本の場合、飲食店が食中毒を発生させたら大問題ですよね。ところが、タイでは食中毒というのはそこまで大きな問題ではないのです。食べ物でお腹を壊すということは頻繁に起こりますから。

――ああ、なるほど。衛生に対する感覚が違っていたのですね。

そう。衛生面に関する認識の違いから、タイには食べ物を持ち運ぶときに保冷剤を使うという慣習がなくて、保冷剤がまったく必要とされなかったのです。ですので、まずは保冷剤の意義を知ってもらうところから始めなければならなくて、とても苦労しました。

――バンコクは都市化が進んでいますが、いまでもそうなのですか?

ここ10年ほどで、だいぶ変わってきました。背景には、タイの人たちが日本に観光に訪れ始めたことがあります。日本で料理の鮮度の良さに感動し、その経験をタイに持ち帰ることで、認識が変わってきたのですね。

現在では、フレッシュな料理を提供する飲食店も増えてきました。それに伴い、保冷剤の需要も高まっていますね。

――面白いですね。慣習というのは、そうやって変わったりするのですね。和牛の輸入販売を始めたのはどういう経緯だったのですか?

ぼくはもともと、飲食業に興味がありました。昔から、小さなレストランを開業したいと思っていました。で、2018年に、日本人の先輩に相談したのです。そうしたら、その先輩が経営している会社(株式会社バルコム)が、たまたまシンガポールで焼肉店を出店していたのです。

その会社がバンコクへの進出も視野に入れているということで、それではと、私がバンコクでの和牛の輸入販売を担当することになりました。保冷剤の会社は現地のスタッフに譲り、いまは和牛の輸入販売事業をメインに手がけています。

――和牛については、勝算はあったのですか?

タイで食べられていた牛肉は、筋が多く固い食感のもので、和牛のような柔らかくておいしい牛肉が普及していませんでした。そこで、日本の和牛を持ち込めば行けるのではないかと考えました。そしてここでも、日本を訪れたタイの観光客がもたらした変化が一役買っています。

もともと、タイの人たちは牛肉をあまり食べていませんでした。タイ料理で主に使用される肉は、豚肉と鶏肉です。ところが、日本へ訪れた人びとが和牛を食べて、それがおいしいということになって、中間層から富裕層の間で徐々に人気が高まったのです。

和牛が好きな若者も増え、ここ数年は、うちの会社の業績も右肩上がりです。和牛を海外に輸出する際に、航空運賃を無料にするという日本国政府の国策があるのですが、その免許を会社が取得しているため、他店よりもリーズナブルに和牛を販売できるのも大きな強みです。

――タイではみなさん、どのように和牛を食べているのですか?

主に焼き肉、しゃぶしゃぶ、すき焼きの3つですね。とくに日本人が住むスクンビット地域には、和牛を提供する焼肉店が数多く並んでいます。

焼き肉に関して言えば、肉の切り方や焼き方は日本と同じです。ただ、焼き肉のたれは、現地の人が好むように辛い味付けにしています。また、生のトウガラシやニンニクをみじん切りにしたものを入れた小瓶を置いています。タイの人たちはそれで、好みに合わせて辛味を調節して食べています。

――和牛の焼き肉を食べるのは、「ごちそう」という感じなのですか?

そうですね。中間層の人たちの収入がいま3万から5万バーツくらいですが、彼らが月に1回行けるか行けないかという価格帯です。一度の食事で1人1000〜2000バーツ。家庭によっては収入の約10分の1近くを支払うイメージですから、和牛はごちそうだということになりますね。

――今後、タイの人びとはもっと豊かになりますから、和牛ビジネスの展望は明るいですね。

和牛を食べたことがないタイ人はまだ大勢いますから、大きな可能性を秘めている食材です。それだけでなく、ぼくは使命感のようなものをもって、このビジネスをしています。

最高級の品質とおいしさを兼ね備えた和牛を、東南アジアへもっと広めて行きたいのです。日本だと当たり前に食べられる和牛を、アジアの人びとがおいしそうに食べているのを見ると、うれしくてとても幸せな気分になります。まるで日本を代表して、世界へ挑戦しているような気分です。

――お話を聞いていて、食がもつ可能性の大きさがよくわかります。タイでのビジネスに、ほかにはどのようなやりがいを感じますか?

グローバルな感覚で仕事ができるという点です。バンコクでは、本当にさまざまな国の人びとがビジネスを行っています。

タイ語や英語を使って、多様な人びととコミュニケーションをする必要があるわけですから、いやでもグローバルな感覚を持たざるを得ないです。このような環境に身を置くと、視野が広がり、自分がさまざま文化や価値に開かれていくことを実感します。この点がもっとも面白いですね。

――いまの日本では感じることのできない充実感ですね。

日本で20年近く会社を経営しましたが、「失われた30年」と言われるように、日本では未来に対する可能性を実感することは難しかったですね。ここでは、東南アジアという地域の可能性や勢いを実感し、ビジネスに対するやりがいが改めて生まれたという感じです。

――タイという国から、高橋さん自身がエネルギーをもらっているようですね。タイのエネルギーはどこから来るのでしょうか?

タイに限らず東南アジアは、まさにいまエネルギーに満ちあふれています。

タイについては言えば、バンコクは1000万人規模の都市でありながら、同時に南国特有のおおらかな空気が流れています。日本社会が抱える、閉塞して、ギスギスした雰囲気とはまったく異なります。忖度やしがらみとは無縁で、のびのびと自分たちの個性を主張しているように思います。

あとはもう若さですよね。南国のおおらかな雰囲気とタイ人の明るさに加えて、若者の一人ひとりの若さと能力の高さが重なり、爆発的なエネルギーを生み出していると思います。ここで過ごしていると、自分自身もパワーをもらえるし、また他の人にもパワーを与えたいと思うようになります。

――反対に、タイのビジネスで「難しいな」と思うことはありますか?

仕事における習慣の違いを考慮しなければならない点です。例えば、仕事で何か問題が起きたときに、タイの人たちは上司に報告するのが遅れがちです。納期間際になって、急に報告されるということが多々あります。もう少し早く教えてほしいと毎回思いますね。

また、時間感覚も日本とは異なります。約束の時間より10〜30分くらいは遅れてやってきます。プライベートでもビジネスでも、ドタキャンは非常に多いです。当日、直前になって連絡があり、約束が突然なくなることは頻繁に起こります。こういう状況を視野に入れつつ、計画を立てなければなりません。

――タイでビジネスをするにあたっての秘訣はありますか?

怒らないことです。それが一番うまくいく方法です。ここでは笑顔でいた方が物事はスムーズに進みます。難しい顔で神経質にやっていると、タイの人は怖がって、本音を言わなくなります。心を開いてくれなくなります。仕事もいい加減に行うようになってしまいます。神経質でピリピリした環境では、やる気を無くしてしまう人が多いようです。

何かミスをしたからといって、その人を人前で怒ることもタブーです。プライドを傷つけないように、2人だけになったタイミングで、やんわりと注意することを心がけています。日本の会社のように、人前で怒って周りを萎縮させるという方法は取らないほうがいい。

――会社への忠誠心のようなものはあるのですか?

いまでは日本もだいぶ変わってきましたが、かつて日本にあったような会社への忠誠心はないですね。それに、タイでは、さまざまな会社で多様な経験をしていることが大きな価値を持ちます。ですので、転職に躊躇しませんし、実際に転職が非常に多いです。

――ああ、なるほど。人前で怒って辞められると、彼らにとっては経験値がひとつ増えるだけなのですね。

そうなのです。会社を辞めたとしても、当人にとってはキャリアがひとつ増えたということで、プラスになります。そのため、ほどほどの厳しさで運営しなければ、会社が回っていきません。この点は日本と正反対ですね。

――高橋さんは、タイと日本、どちらで仕事をする方が楽しいですか?

それはタイですね。

何といっても、タイの人びとは楽観的です。私自身、何回も彼らのポジティブな部分に救われました。会社の業績が振るわず、経営がピンチなときでも、タイ人のスタッフは明るくふるまってくれました。

会社が傾いているとき、日本人だったら、みんなしんみりしてしまうと思います。それが、タイの人びとと接していると、そこまで思い悩む必要はないなという気分になります。これは少なくとも私にとっては、精神的に本当にいいビジネス環境だと思います。

――最後に、東南アジアで起業したいと考えている人に、アドバイスをお願いします。

タイは、ビジネスチャンスやポテンシャルが、まだまだ豊富にある国です。東南アジアの中心的な存在であり、ベトナム、マレーシア、シンガポールなど、隣国もつねにタイの動向をチェックしながらビジネスを進めています。そのため、タイで成功すれば、東南アジアの他の国でも同様に成功できる可能性が高いです。

またタイは同時に、中東や欧州、アフリカとつながる「世界」へのハブでもあります。日本よりも簡単に、欧米の人びとと関わることができます。東南アジアのみならず、世界を視野に入れたビジネスを展開したいと考えているのであれば、まず日本人が住みやすいバンコクでスタートしてみたらどうでしょうか。タイの次は、東南アジア、そしてヨーロッパ、アメリカへと、徐々にビジネスの規模を広げていくこともできます。

さまざまな可能性があふれるタイで、とくに若い人たちに、大きな夢を持って、いろいろなことに挑戦してもらいたいですね。日本ですと夢を語ると、冷笑される雰囲気がありますよね。そんなときは、ぜひタイに来て、新しいことに挑んでほしいです。