2014.08.12

大型増税で個人消費は落ち込む――総需要安定化政策を徹底すべき

村上尚己 エコノミスト

経済 #アベノミクス#消費増税

4月以降、大手メディアを中心に消費増税後の日本経済の落ち込みは想定内であると度々伝えられてきた。ただ、「想定内」という判断は、事前の想定がどの程度なのか、それを語る人による主観的な認識にすぎず、景気動向を客観的に判断する上でほとんど役には立たない。

また、百貨店などの販売落ち込みが和らいでいることを材料に、大手メディアは、消費増税の悪影響は軽微で、日本経済が早期に回復に転じていると伝えた。確かに一部の百貨店や専門店の販売復調が大々的に取り上げられたが、個々の百貨店や専門店の販売から把握できるのは広範囲な消費活動の一部にしか過ぎない。特にマーケットシェア拡大に成功している専門店はそもそも増税の悪影響は出にくい。こうしたメディアの報道は、消費増税後の日本経済の状況をミスリーディングに伝えていた。

日本経済回復のドライバーを抑えこんだ大型増税

6月分までの主要なマクロ経済指標が出そろったので、消費を含めて日本経済全体の増税後の経済状況がほぼ判明した。

日本経済は2014年1-3月に、増税前の駆け込み需要で年率7%近い高成長となった。しかし、4-6月にはその反動減から、1-3月の高成長分がほぼそのまま失われ、年率-7%前後の大幅なマイナス成長となったとみられる[*1]。

[*1] なお、8月13日には、内閣府が4-6月の実質GDP成長率を発表する。実際には現段階の限られたマクロ統計で、経済全体の動向は実は正確に把握できない大きな問題がある。このため、本稿で論じる4-6月GDP成長率の落ち込みは、実態をやや過小推計している可能性があるがこの点について本論説では論じない。足元のGDP統計の過小推計の問題を考慮しても、本稿の主張の骨子は変わらないと考えている。

特に、駆け込み需要が顕著だった個人消費は「1-3月に増えた以上」に、4-6月に落ち込んだとみられる。駆け込み需要からの反動減だけなら、個人消費は1-3月に増えた分以上は減らないはずだ。このことは、「駆け込み需要の反動減」以外の要因で、足元で個人消費が抑えられていることを意味する。個人消費を抑制しているのは、3%ポイントの消費税率引き上げによって実質可処分所得(消費に使える収入)が大きく目減りしたためとみてよいだろう。

現在、脱デフレ過程で起きる、労働市場の需給改善で名目賃金がようやく上がり始めたばかりの段階にもかかわらず、早すぎる大型増税が実現してしまったために、2013年度の日本経済回復のドライバーだった個人消費を抑え込んでいるということだ。

日本経済最大のリスク

なお、インフレ率上昇自体は、個人消費を底上げする効果がある。経済学の用語を使うと、実質金利低下で支出性向を高めるというメカニズムが働くからである。期待インフレ率上昇によるこの現象を、我々の身近な消費行動に当てはめていえば、欲しいモノの値段が1か月後に高くなると人々が予想すれば、購入を先送りするよりも即時購入した方がよいと選択する場面が多くなる、ということである。

日本では過去20年も、長らく繰り返されてきた金融政策の失政によってデフレが解消されないという異常な経済状況が恒常化した。こうした中で、人々はいずれ価格が今後下がり続けるかもしれないと予想し、消費を先送りするインセンティブが常に働いた。日本銀行の金融政策の判断ミスにより、実質金利が高すぎる状況が続き、総需要が抑制され続けていたわけである。

しかし2013年のアベノミクス発動で政策転換が起こり、日本銀行が米FRBなどと同様の「標準的な金融緩和政策」を実行するに至り、ようやくデフレが終わるのではないかと多くの日本人が認識し始めた。デフレ期待の和らぎによって、インフレ期待が醸成され、そして株高・超円高修正がもたらす金融資産拡大による資産効果が重なり、2013年度に個人消費は2%以上伸びた。個人消費の牽引で日本は潜在成長率を上回る経済成長を実現した。

なお、金融緩和政策の効果に懐疑的な見方も多く、アベノミクスによる景気回復は第二の矢(つまり公共投資拡大)によって実現しただけ、などの声も多い。ただ、2013年度の実質GDP成長率は2.3%で、公共投資が直接寄与した分は0.6%ポイントである。人手不足を引き起こすほどの公共投資バラマキが、東日本大震災発生から数年遅れでようやく増えるという状況がおかしいのだが、それはともかく、公共投資で説明できるのは2013年度の経済成長の4分の1に過ぎない。

しかも、2013年末まで、建設セクターで働く就業者はほとんど増えていない。人手不足のこの業界では、公共投資をいくら増やしてもそれで所得が増える人は限られる。それにもかかわらず、2013年度に個人消費は回復した。

以上のような客観的なデータを踏まえずに、アベノミクスがもたらした日本銀行の金融緩和政策に対して、根拠が乏しい批判的な意見は多い。安倍政権が続く限りは大丈夫だろうが、データを踏まえない非科学的な思想が再び広がってしまった上でマクロ経済安定化政策が運営されることが、日本経済の最大のリスクとなろう。

「やむを得ない落ち込み」

アベノミクスによる個人消費の回復に話を戻そう。

増税前の駆け込み分を除いても個人消費は2%程度伸びている。これは1996年度以来のことである。デフレを放置し続けた金融政策の転換でデフレから抜け出すという妥当な政策対応の実現で、消費が18年ぶりの高い伸びになったということだ。脱デフレによってインフレ期待が醸成されることが、経済成長率全体に大きな影響をもたらしたのである。

このように考えている筆者は、日本銀行の適切な金融緩和策が今後も続き、これまでのように個人消費が抑制されずに、個人消費も長らく続いた停滞から脱すると考えている。ただ、4月からの3%の消費増税は、消費の「元手」となる実質可処分所得を2%前後も目減りさせる。インフレ期待の高まりで消費性向が高まっても、賃金上昇が始まったばかりの景気回復の初期段階なので、増税による大幅な所得の目減りを補うのは難しい。

筆者は年初に書いたコラム「日本経済は、消費増税の大逆風に耐えられるか」で消費増税を中心とした緊縮財政政策によって、2014年度の日本経済には大きな押し下げ圧力がかかり、個人消費がマイナスに落ち込むと予想した。

そう考えていた筆者にとっては、最近の経済指標が表す消費増税後の個人消費の減少は、「やむを得ない落ち込み」とみている。個人消費の落ち込みを「想定外」とする認識は、消費増税による所得目減りを軽視していたか、冒頭で紹介したメディアの楽観的報道を鵜呑みにしていたか、どちらかではないか。

いま必要なのは緊縮財政政策ではなく、総需要安定化政策

筆者が懸念していたとおりに日本経済は4-6月に増税の悪影響で大きく落ち込み、いまだ回復が鈍い。それでは日本経済は今後どうなるのか。それには増税後の個人消費の落ち込みが、企業や労働部門などに大きなショックを及ぼしているかを確認する必要がある。

企業利益や生産活動をみると、一部自動車などの製造業で、夏場にかけて売上減少や在庫積み上がりで生産活動の調整を余儀なくされている。ただ、消費の落ち込みをきっかけに、企業利益や投資活動に大きな悪影響を及ぼしているかどうか判断が難しい。例えば5月分の機械受注統計の大きな落ち込みで、企業の設備投資が変調しているなど悲観的な見方も聞かれるが、同統計のカバレッジの狭さや振れの大きさを考慮すれば、同統計の悪化を過度に悲観するのは逆に危険である。

6月後半に調査された日本銀行の短観では、2014年度の設備投資計画は大企業で+7.4%と、大企業を中心に高めの計画が示された。6月時点の同調査の企業の設備投資計画は、例年実績よりも高い伸びに上方修正される傾向があるが、それを割り引いても企業の設備投資意欲が強い。脱デフレによる実質金利低下と超円高の修正で、出遅れていた製造業でも国内生産能力の拡大を目指す動きが始まっているとみられる。こうした状況を踏まえると、企業の利益拡大で、キャッシュフローが増えればそれに応じて設備投資が伸びる状況にある。

増税後の企業景況感を、短観の業況判断DIで確認すると、駆け込み需要で景況感が最も良かった3月から、6月にやや低下した。ただ、2013年末時点にやや戻っただけだ。そして、先行き9月までの業況見通しはほぼ横ばいである。ロイター社による7月時点分の企業景況調査は、製造業は横ばいだった。これらのサーベイからみると、販売停滞が続く小売業を除けば、製造業を中心に、売上や利益が増税後は底堅く推移しているようである。

また、上場企業の4-6月決算が7月半ばから発表されている。企業によって決算の中身はまちまちな状況だが、7月末時点の状況では、企業部門全体でみて売上・利益見通しが大きく下方修正されていない。先に説明した、企業景況感などのサーベイとほぼ整合的である。

増税ショックが労働市場に及ぼした影響については、6月の完全失業率が3.7%と10か月ぶりに悪化したという一見心配な材料もある。ただ、失業率は月次のブレが大きい。実際にはアベノミクス発動の2013年初から始まった、就業者数の増加が止まる兆しはみられない。

より安定している経済指標で、景気判断の有力な経済指標である有効求人倍率は、消費増税後も改善し6月も0.01ポイント改善した。また、新規求人数も増加ピッチは衰えているが、増加基調を保っている。これらを踏まえると、労働市場の需給悪化をもたらすほどの、総需要の持続的な停滞が起きている兆候はない。

大型緊縮財政政策採用で個人消費が大きく落ち込み、2014年度の経済成長率は低下する。ただ、金融緩和の景気刺激効果の下支えと海外経済の回復で、総需要の持続的な落ち込みは免れ、緩慢ながらも景気回復は続いているとみられる。

日本経済について、過度な悲観は不要だろう。ただ、脱デフレを実現する途上で稚拙に緊縮財政政策を採用し経済成長を止めることは、かなり危うい政策であることは間違いない。経済正常化と脱デフレを完遂するために、2%インフレ安定と完全雇用状況を実現するまで、景気刺激的な金融政策を続ける必要がある。そして、大型増税を含めた緊縮財政政策は先送りし、総需要安定化政策を徹底すべきである。

※本記事中の発言は筆者の個人的な見解であり、筆者が所属するアライアンス・バーンスタイン株式会社の見解ではありません。

サムネイル「Graph With Stacks Of Coins」Ken Teegardin

プロフィール

村上尚己エコノミスト

米大手資産運用会社アライアンス・バーンスタイン マーケットストラテジスト(兼エコノミスト)。1994年東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険相互会社に入社。(社)日本経済研究センターへの出向と第一生命経済研究所を経て、2000年よりBNPパリバ証券日本経済担当エコノミスト、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニアエコノミスト、2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして、グローバルな景気動向、経済政策、金融市場の分析に従事。2014年5月より現職。著書「日本人はなぜ貧乏になったか」(中経出版)など多数。

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