経営が隠しているエグゼンプション導入の本音

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法律ではどうにも変えられない「日本型の仕組み」

 

「日本型雇用」批判のやり玉に挙げられる事象は、実に広く現在の日本社会に存在する。たとえば、年功序列だの、新卒一括採用だの、転勤・配転の多さだの、総合職制だの……。ところがこうしたものをいくら批判しようが、それらはすべて、企業の内部人事に委ねられている。行政や立法が外からどうこうできるような問題ではない。解雇規制一つとっても、法律ではどうしようもないのだ(日本の法律自体は解雇の規制など、むしろ緩い。ただ総合職という日本独特の人事慣行が、それを困難にしている)。だから時の為政者が声高に改革を叫んでも、それは一向に進みはしない。

 

ところが。本来ならこうした行政の手が届かないところにある「私企業の運営ルール」が、ことエグゼンプションとなると、かなり外から立ち入ることができる。しっかり法律でその趣旨を固め、加えて、運用のガイドラインを作り、通達や指針で、新たな人事管理の方向性として示していけば、企業の内部慣行まで変えることが可能なのだ。つまり、かなりの確率で、日本型を変えるエポックとなりうる、まさに千載一遇のチャンスと言えるだろう。

 

だからこそ、両側の刃を均等に磨くこと。そして、その刃で切り開く明日の絵図と、一方で、刃が労使双方に食い込む痛みも、つまびらかにしなければならない。現在の社会情勢は、新たな労働モデルを危急している。

 

これからは少子高齢化で、労働の担い手として高齢者の社会参加も望まれる。女性の高学歴化と社会進出が進み、かつてのような男性主体の企業労働で、家事育児は主婦に、という分業もままならない。さらにいえば、熟年世代ではこれに、老親の介護まで加わる。こうした中では、滅私奉公、常在戦場の日本型雇用は、もはや成り立たない。「日本型」の後始末をつけなければならない時に、恰好の題材となるのが、エグゼンプションなのだ。今回ばかりは、このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。

 

 

「成果主義」では経営側に技あり一本

 

図らずも「今回ばかりは」と書いてしまった。

 

なぜそんなことを言うのかといえば、今までにもそんなチャンスはあったのだが、そのたびにいつも、本質的な変革は行われず、対症療法の連続でここまで来たからだ。新しいところでは、成果主義の導入で大騒ぎしたことなどが記憶に残る。この仕組みは、管理職を対象にした企業が多く、若年層やヒラ社員には適用しないのが通例となっている。成果主義が騒がれたころ、マスコミは全く見当違いの批判を繰り広げていた。

 

 

「内勤職の場合、成果なんて見えるのか」

「長期プロジェクトに携わっている場合、半期ごとに成果など出せるのか」

「成果が見えやすいという営業だって、顧客の顔ぶれや商品の良し悪しといった実力以外の運不運があるだろう」

 

 

こんな手垢のついた文句ばかりが言われたのだ。つまり、「成果とは何か」論争だ。

 

それは、あたかも、フーテンの寅さんのように、車一台売ったら給与がいくら、といった歩合給の世界を想起させるような話だ。もちろん、現実の世界に、そんな報酬制度を持ち込んだ会社などなかった。

 

成果主義導入後の査定といってもその中身は、業績だけでなく、行動や能力形成、周囲への影響などの項目も今まで通りに存在している。いや、そもそも成果主義以前の旧来の査定にだって業績は同じような割合でしっかり評価項目化されていた。では、その業績項目が細かくデジタルに変わったのかというと、そこもそれほど変わってもいない。「一台売ったらいくら」などというものではなく、あくまでも、「ABCD」とか「優良可不可」といった印象評価でしかない。

 

つまり大騒ぎした割に、中身はほとんど変わっていなかった。

 

こうした大騒ぎの裏で、実は大きく変わったことがある。それは、定期昇給がなくなったこと。そう、成果主義導入以降、管理職は「職務と業績」が賃金を決めるのであり、年功は給与の決定要素から外された。管理職はもともと残業代を支給していないから、「労働時間」は報酬に関与していなかった。加えて、年功まで外されることになり、つまり管理職の報酬については、仕組み自体はかなり欧米に近づいたのだ。

 

 

今度こそ、トータルな脱日本型を

 

企業「成果論争」の大騒ぎを隠れ蓑にして、いつの間にか、管理職を日本型雇用の不都合さから外すことに成功したのだ。

 

ただし、それはキャリアや家庭生活などを含めたトータルな脱日本型ではなく、給与構造のみの変革にとどまる。だから、日本型の労働環境は何も変わらず、いまだに日本の管理職は配転を余儀なくされ、過去にも増して、長時間労働にいそしむ。もちろん、企業側はそのトレードオフとして、整理解雇も能力解雇もままならない。高年収の成熟社員である管理職でさえ、そんな、なれ合いの非自律的労働を続けているのだ。

 

そう、全体設計を考えず、対症療法を続けてきた様がよくわかるだろう。

 

もう、こんな、経営都合の対象療法を続けてはいけない。エグゼンプションを残業論議にとどめず、日本型雇用変革の一大エポックに育てるべきなのだ。しっかり休み、むやみに想定外の指令は出されず、意に沿わない異動もなくなる。その分、定期昇給も残業代もなくなる。このトレードオフが成り立つ「欧米型就労」へ、一皮むける方向に、エグゼンプション論議が熟すのを心待ちにする。

 

改革の詳細は、近著「いっしょうけんめい『働かない』社会をつくる」(PHP新書)をご覧頂ければ幸いに存じている。

 

サムネイル「I Don’t Like Mondays – London Office Life (The Blue Fin Building)」Simon & His Camera

https://flic.kr/p/eiL5Jx

 

 

 

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vol.269 

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