「原発ゼロ」をどう考えるか ―― 政府試算からみた影響

試算結果をどう考えるか

 

試算結果に基づけば、原発ゼロシナリオの場合は、想定されているシナリオの中では最も経済への押し下げ効果が大きく、それは世代間・産業間・地域間の所得再分配を伴いつつ進むことが読み取れる。インパクトの大小はあるものの、このような影響は15シナリオ、20~25シナリオでも同様である。

 

さて、本稿の前半部分で試算結果は将来予測ではなく、現状想定しうる前提条件を経済モデルに与えた上で得られた結果であることを強調した。試算結果を考える際には、前提条件を中心に試算結果のインプリケーションについて再考する必要があるだろう。以下では三つの留意点について指摘したい。

 

まず第一点目だが、試算には電力価格や光熱費が上昇することが家計の実質所得の低下や企業のコスト上昇を促し、それが消費や投資、輸出といった総需要を減らすことで経済にマイナスの影響を及ぼすというロジックが背後にある。そして家計や企業にとってのコスト上昇効果は脱原発を進めていくことでより大きくなるとの結果が得られている。この結果には原発の発電コストが火力や再生可能エネルギーの発電コストと比較して低いことが影響している。

 

試算の前提となっているコスト等検証委員会報告書(http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20111221/hokoku.pdf)における原子力発電所の事故リスクへの対応費用は、総額が確定していないこともあって下限値としての設定(1kWhあたり0.5円(総額6兆円))となっており、その他費用を含めた原発の発電コストを8.9円/1kWhとしている。コスト等検証委員会報告書で見込まれていない除染費用や放射性廃棄物処理等にかかる費用、賠償費用が明らかとなれば、当然試算結果は異なった絵姿となる。

 

例えば日本経済研究センターでは、CGEモデルに基づいて原発にかかる費用がどの程度膨らんだら、原発を維持する場合に比べ「脱原発依存」(ここでの脱原発依存のシナリオは(1)今後原発を新設せず、(2)稼動後40年を経た炉から廃炉、(3)電源に占める原発依存度は2050年にゼロとし、2030年段階では15%、CO2制約を2030年時点で1990年比20%削減と設定した場合)が経済的に有利となるかを試算している(http://www.jcer.or.jp/policy/pdf/pe(jcer20120510-1).pdf)。

 

試算結果を見ると、CO2制約20%削減・再生可能エネルギー比率を2030年時点で10%とした場合の、原発維持と脱原発依存の経済への影響が同じとなる事故リスク対策費用は120兆円、CO2制約を同じとし、再生可能エネルギー比率を2030年時点で30%とした場合の原発維持と脱原発依存の経済への影響が同じとなる事故リスク対策費用は60兆円となる。日本経済研究センターは今後予想される事故リスクの対応費用を80兆円程度と試算しているが、これが正しいとすれば、事故リスク対策費用が60兆円を超える可能性も十分に考えられ、脱原発をすすめる方が経済へのマイナスのインパクトは大きいとは言い切れない。

 

第二点目については先に紹介したGDP等への影響(図表2)や電力価格(名目)、光熱費(名目)への影響(図表3)からも明らかなように、経済へのインパクトという意味では、原発をゼロにするといった直接的な電源構成の変化ではなく、電源構成の変化と同時に考慮されているCO2制約による電力価格・光熱費上昇を通じた影響の方がはるかに大きいことに留意すべきである。

 

大島堅一『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社)でも述べられているように、わが国の温暖化対策がこれまで破綻をきたしてきたのは、原子力発電頼みの温暖化防止策が当初の目論見通りに進まなかったことが影響している。見方を変えれば東日本大震災が発生することで安全面・金銭面双方で原発の事故リスクが明確に意識され、原発ゼロに伴うCO2制約による経済的コストを今後引き受けるということは、これまでの政策のツケを国民が将来負担するということを意味しているわけだ。

 

温暖化防止策に関しては他国と比較してエネルギー効率が高いわが国(例えば米国はGDP単位あたりの一次エネルギー供給量で見て日本の2.1倍、中国は7.5倍である)で1990年比25%削減という目標にコミットし、対策を講じることが世界的な温暖化防止に対して合理的な方法なのかといった論点等も含めて再考の余地があるだろう。世界のCO2排出量の43%を占める米国と中国がCO2排出量削減に本腰を入れなければ世界的な温暖化防止は実効性を持たない。

 

むしろ日本の持つエネルギー効率の良さを技術移転といった形で他国に提供することで貢献するという方法もあるのではないか。試算結果から明らかであるのは、想定されている温暖化防止策にコミットしつつ原発ゼロを早期に進めることは経済負担が大きく、かつエネルギーコスト増を踏まえた大きな産業構造の転換や世代間・地域間の所得再配分効果を受け入れざるを得なくなるということである。

 

第三点目は、試算で想定されている発電コストについてである。試算の元となっているコスト等検証委員会報告書(http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20111221/hokoku.pdf)では、別添4として諸外国の試算(OECD/IEA試算)との比較がなされている。諸外国については2030年の試算がないため、2010年時点の比較という形になっているが、社会的費用(政策経費・各種対策費)が上乗せされている原子力、火力のみならず再生エネルギーを含めた全ての電源についてわが国のコストは高い。特に太陽光、風力の諸外国との差は著しく、再生可能エネルギーの利用をすすめるための制度的・技術的な制約条件をクリアしていくことが必要である。

 

一方で試算結果からは、再生可能エネルギーについては2030年までに大幅な価格下落が実現せず、必要な投資に関する国産化率が現状よりも大きく減少し、加えて関連する大規模な設備投資が実現されない状況で再生可能エネルギーの比重を高めることに過度にこだわると電力価格や経済に対して悪影響が及ぶことが示唆される。

 

第二点目の留意点とも関係するが、過度な温暖化防止策と並行して原発の比重を下げ、再生可能エネルギーの比重を高めてしまうと、そのことがCO2の限界削減費用(炭素価格)を国際的にみて過大な水準にまで引き上げてしまう。

 

わが国の限界削減費用が国際的に見て過大な水準になれば、エネルギー多消費産業を中心に海外移転が加速することも考えられる。こうした形での海外移転が国内産業や雇用に与える悪影響は、産業の国際移転を織り込んだDEARSモデルを除く三つの試算では明示的に考慮されていないことにも留意が必要だろう。

 

 

拙速な判断を下す前に「知る」ことが重要

 

東京電力福島第一原子力発電所の事故により、我々は極めて明確な形で原子力に伴うリスクへの認識を新たにすることになってしまった。原発を稼働する際には高い安全基準を担保するためのコストが必要となる一方で、稼働を途中でストップする場合には過去の投資を回収するために別途コストがかかってしまう。

 

そして再生可能エネルギーを推進する場合でも、省エネルギーを推進する場合でもコストがかかる。これまで述べた点に加えて電力自由化やスマートグリッドの促進といった需給両面での電力コスト引き下げ策を通じて、将来予想される電力価格の上昇を抑制していくことが影響緩和にとっては必須である。

 

原子力への畏れと共に、本稿で取り上げた経済的な側面に加えて、気候変動への影響、エネルギー安全保障や安定供給の側面といった様々な側面を考慮して決断を下すのは容易なことではない。

 

本稿で取り上げた試算に関連する資料を見るにつけ、これまでの政府試算資料と比較して様々な情報が大量に開示されていると感じる(一方で新たな疑問も湧く)が、この点は評価すべきである。むしろ拙速な判断を下す前に大量の情報を(筆者も含め)咀嚼した上で「知る」ことが、月並みだがまず求められているように思えるのである。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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