本当に“リベラル”な経済政策とは?――消費増税の議論から考える

増税を延期しても財源は足りるの?

 

荻上 リスナーの方からのメールをご紹介します。

 

「消費増税を延期しても、財政に問題はないのですか。GDPの200%の国債を抱えると聞いたときには、早く増税しなければならないと思ってしまいますが、延期しても余裕はあるのですか。もし延期したら国債の格付けが下がる可能性がありますが、それは関係ないと考えてもよいのでしょうか。」

 

片岡 こういった話をすると必ず財源はどうだと言われるのが個人的に非常に悲しいのですが、よく考えていただきたいのは、今の8%の消費税率で、社会保障は今、持続不可能なのでしょうか?つまり、2017年4月に是が非でも増税する意味があるのかということです。消費税率を上げるということは、今まで国債でファイナンスしていた分を増税によって得られる税収に振り替えるという意味ですが、それを1年半後にやらないと日本の財政破綻が起こって国債金利が急騰してしまうとか、そういった可能性は限りなく低いと思われます。

 

荻上 ただ、安倍首相は将来世代に負担を持ち越さないという話をされていますよね。

 

片岡 財政赤字が累積してGDPの200%、千兆もの長期債務残高が膨らんだというのは1、2年間で起こった話ではないんですね。ですから、これを1、2年の増税でなんとかしようと考える方がおこがましいと思います。長い期間をかけて深刻化した問題は、長い期間をかけてゆるやかに改善していくしかないんです。

 

特に日本の場合ですと、物価上昇率を含む名目の成長率が1990年〜2012年までの平均で0.3%しかありません。これは諸外国からみても極端に低い成長率です。アメリカないしは落日だといわれているギリシャとかヨーロッパの国々でもこの時期の名目成長率は2%強〜3%は十分にあります。先進国の平均では3%半ばです。

 

こうした状況をまず変えていくこと、つまり名目成長率を高めることが大事ですし、その過程の中で財政健全化のためのさまざまな政策を行っていく。例えば歳出の削減があります。そのときに真っ先に学校の教員を減らすのではなくて、重要なのは無駄な特別会計を削減するとか、政府が持っている資産で無駄なものや民間で補えるものはたくさんあるわけですから、その部分を削減すれば緊縮財政をした、あるいは歳出を削減したとしても、国民の生活に対して必要以上に悪影響は及ばないと思います。

 

 

消費増税は「少子化加速増税」

 

荻上 話を戻しますと、この数十年間で借金を作ってきた世代が今になって怖くなったので「将来世代のために」と言いながら、ここ数年でなんとかしろよお前ら、と現役世代に向けて命令している状況なわけですね。

 

片岡 例えば、先ほど消費税の逆進性というお話がありましたね。所得が少ない方というのは個人差がありますが、ざっくりいうと若年層が主に負担を強いられています。しかも、今のペースで消費税率をどんどん上げていくと、今の若い方が将来お年寄りになった時の税負担率は今のお年寄りと比べても大きくなってしまいます。

 

よく世代間の不公平を改善するために消費税は必要だという意見を聞きますが、これは非常に遠い将来世代の話をしていて、今の現役世代つまり近い将来の老年世代という視点がすっぽり抜け落ちていると思います。こうしたところをないがしろにすると今の若い人たちの子育てが困難になり、将来世代が生まれないのではないかという議論もあるわけです。

 

荻上 「少子化加速増税」になってしまうわけですか。

 

片岡 そうです。社会保障の持続可能性を根底から揺るがしてしまうわけです。ほかにも消費税についてはさまざまな問題があります。例えば消費税率についてです。社会保障の財源に必要な消費税率は20%とも言われていますが、5%に引き上げた1997年から8%に引き上げた2014年まで、17年もかかって3%しか上げられない税率に対して社会保障の財源を委ねるのは政治的な実行可能性からみても極めて非合理です。

 

ですから消費税ではない形で、たとえば成長による税収増や、さきほど申し上げたように短期的には埋蔵金を発掘するとか、あるいは相続税や資産家税を活かすとか。そうした方法で再配分という本義に立ち返り、税と社会保障を両方考えることが私は重要だと思います。

 

荻上 なぜそれを野党がやらないのでしょうか?

 

片岡 知りません。

 

荻上 松尾さんは財政再建が必要なのではないかという意見についてどうお感じになりますか。

 

松尾 片岡さんがおっしゃったことに私も賛成ですが、少し補足をしますと、そもそも財政赤字が膨らんだ原因は景気が悪かったということですから、消費税を上げてますます景気が悪くなると財政赤字はもっと膨らむと私は思います。ですから、財政赤字の問題を解決するために消費増税が必要というのはむしろ逆だと考えます。

 

また、国債がGDPの200%というお話ですが、現状では三割以上は日銀が持っているもので、期限が切れると借り換えをしているので政府が返す必要があるものではないんですね。ですから、実はこの世にないのと同じなんです。一般に言われるほど財政赤字の問題というのは大きい問題ではありません。実際、これまで何度も国債が暴落する、長期金利が高騰すると言われ続けていますが、どんどん利子率は下がってきましたよね。

 

片岡 さきほどの補足ですが、そもそも財政健全化というのは長期債務残高そのものが問題ではなくて、我々が毎年稼いでいるお金の総額である名目GDPの比率で見なければいけません。たとえば同じ1000万の借金でも年収1000万の人と年収100万円の人とでは重さが違いますよね。ですから身の丈にあった長期債務残高であるかどうかという問題なんです。

 

財政健全化の定義とは、いま申し上げた長期債務残高と名目GDPの比率が、横ばいから低下の方向に向かえば良いということです。いま、アベノミクスで2013年度以降の長期債務残高のGDP比は横ばいになっています。このまま時間をかけて低下の基調にもっていけば、財政健全化は安定してくるはずです。

 

また、松尾先生がおっしゃったように国債の三割以上は日銀が買ってくれています。政府も日銀も同じ家の奥さんと旦那さんなわけですから、お互い貸借りしている分は外から見れば関係ないという話ですよね。ですから、千兆円という数字に必要以上にこだわる意味はないと思います。

 

荻上 借金を返さなきゃ、というフレーズをたびたび口にするよりは、むしろコツコツ経済成長率を積み上げて、賃金を上げて、みんなの暮らしを豊かにしていく中で財政の問題の解決策も探っていく。そうした方がはるかに生産的だと私は思います。

 

さて、ここまでのお話で反安倍政権や左派といった陣営がどのような政策を行なうべきなのか、少しずつ見えてきました。後半は、海外の左派やリベラルな政党がどのような経済政策を行っているのか追っていきたいと思います。

 

 

松尾氏

松尾氏

 

 

欧米左派による反緊縮の流れ

 

荻上 松尾さん、海外ではどのような経済政策が行われていて、それに対して左派はどういった主張をしているでしょうか。

 

松尾 最近の欧米の中心的経済政策は、多くの国で保守派が政権をとっているため基本的には緊縮政策です。特に目立つのはドイツです。いま保守系の政党と社会民主党の大連立ですが、実際は保守系の政党のメルケル首相による強力なリーダーシップのもと社民党もいいなりになっています。ドイツはずっと緊縮政策を続けていて、それをヨーロッパ全体に押し付けているという感じです。南ヨーロッパ、特にギリシャでは緊縮政策を押し付けられ民主的なガバナンスがなかなか効かない状況です。イギリスでも、そしてついこの間まではカナダでも、保守党政権のもとで緊縮政策がとられてきました。

 

フランスなどでは社会党の人が大統領になることもありましたが、やはりヨーロッパ全体は一体感がありますからドイツの影響力を非常に強く受け、思い切った転換ができないという状況がずっと続いてきました。そんな中でいま、緊縮政策に対する批判が見られるようになってきています。

 

荻上 それを行っているのが各国におけるリベラルや左派的なスタンスの政党なんですね。

 

松尾 はい。正確にはヨーロッパの「リベラル」というとアメリカとは違って経済自由主義的なニュアンスが強いので、この場合「左派」という言い方をすることが多いと思います。ヨーロッパの左翼の人たちが敵として名指しする相手は、欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)、三つまとめて「トロイカ」といいます。このトロイカが緊縮政策をもたらした張本人であるというのですが、注意すべきはその中にECBが入っているという点です。

 

というのも、これまでECBはどちらかというと金融引き締め的な運営をやってきました。ヨーロッパの左派からすると、ECBのお金をなるべく出さないというスタンスが新自由主義の典型的な姿勢であり、「ECBは金融業界だけに奉仕している」という批判の仕方をします。

 

また、ヨーロッパ全体でははっきりした中央政府がありませんから、他の国の中央銀行と比べるとECBはとりわけて独立性があります。こうしたECBの独立性という点も改めるべきだというのが彼らの見方です。

 

荻上 「ヨーロッパの左派=福祉国家」というイメージはもしかすると古くなっているかもしれませんが、当然ながら左派は再分配や貧困の是正を主張します。一方、ヨーロッパは格差ももちろん大きいですが、他の国々と比べて権力者が利益を独占したり既得権益を守ろうとすることや、金持ちがより金持ちになることを是とする傾向がありますよね。そうした考えを持つ人が保守党の中で結びついて、経済は緊縮的な政策を行い、金持ちはそのまま優遇させてくれといっている。こういう風に理解して良いのでしょうか。

 

松尾 ヨーロッパ全体と広げて言うのは語弊があるかもしれませんが、少なくともイギリスなどはそうです。イギリスやアメリカの保守系の政党は「小さな政府」であり、なるべく企業やお金持ちの取引は自由にさせて競争を重視する、中央銀行もなるべくお金を出さないという考え方をします。

 

荻上 そうした文脈の中で、左派の中から「緊縮とは病気なんだ」という批判が出てきたり、ピケティ氏のように「トリクルダウンはない」ときちんと実証して批判するような動きが出てきたというのは、ざっくり理解すれば分かりやすいですね。

 

松尾 もう一つ注目すべきなのは、欧州などの保守勢力に対する各地の左翼運動は金融緩和や財政出動を大きく主張していて、それが反緊縮の流れになっているという点です。

 

荻上 海外では左翼の方がいわゆるアベノミクス的なものをやれと怒っているという図式になるわけですね。

 

松尾 そうですね。一番はっきりしているのは、この間イギリスの労働党の党首になったジェレミー・コービン氏です。彼はガチ左翼で、最初はだれも当選しないと思っていましたが、大変な人気を集めました。彼は「国民のための量的緩和」ということを主張していて、中央銀行がお金をたくさん発行して公共投資に盛んにする、それで景気を良くして雇用を拡大させるのだと言っています。

 

 

アベノミクスの根幹の路線を強める

 

荻上 片岡さんは海外のこうした動きに関していかがですか。

 

片岡 所得再分配が大事だという視点もありますが、中間層が破壊され、世界人口の1%の人たちがほとんどの富を得ているという今の状況が改善されなければ、成長率の停滞が固定化してしまう可能性があります。こうした懸念はスティグリッツ氏やクルーグマン氏の考えの根底にあるはずです。

 

たとえばアメリカの場合ですとリーマンショック後、FRBは大胆な金融政策を行い一応の成果をおさめたと言えますが、政府はあまり財政出動を行わなかったんですね。2008年以降の成長率のトレンドとそれまでのトレンドを比較しますと、「く」の字型のようになっていて成長率が低下してしまっているんです。欧州でも同じ現象が起きていて、経済学者のローレンス・サマーズ氏やクルーグマン氏も「長期停滞に入ってしまったのでは」と指摘しています。

 

荻上 成長はしているけども、角度が弱くなっているんですね。

 

片岡 成長重視という観点から見ても所得格差や資産格差を放置してはいけないということが、スティグリッツ氏やクルーグマン氏の問題意識のもう一つのラインとしてあるのだと思います。

 

荻上 格差を放置すると経済に良くないというシンプルな指摘になるわけですね。格差を放置すれば当然ながら治安は悪化しますし、そこから生じるさまざまな問題にお金を使わなければならなくなるので、必要な教育投資に回せないじゃないか、警察に使うんだったら最初から再分配すればいいじゃないかという議論もあります。

 

また、児童虐待を放置すると1兆円以上の損失になるとか、貧困を放置すると数兆円の損失になるとか、そうした研究が各分野で進んでいますよね。格差に対処しないことがむしろ損なのだと、日本のみならず世界各国でようやく指摘されるようになってきました。

 

片岡 一般の国民の実感としても、企業がどんどん利益を上げている割には給料が増えないということがありますよね。よくアベノミクスに対してそうした批判が寄せられるケースがありますが、これは一つ注意すべき側面があります。というのは、いまアベノミクスで雇用が改善している、これが意味するのは失業者が職に就く比率が非常に高まったということなんです。ですから、全く職場の状況が変わっていないと感じる方には、まだ景気も良くなっていませんし雇用改善もはっきりしていないので、もう少し待ってくださいという話ではあります。

 

全体で見ると、経済を支えるためには需要がある程度なくてはいけません。これまでの80〜90年代は、ある程度分厚い中間層が日本の場合にもあったので、消費がそれなりに堅調であったり、インフレの状態を続けることができたという背景がありました。ただ、そこから低所得者、中間層の方々の所得が減っていき、生活が破壊されていくという現象が起こり、それをずっと放置していたから、いま停滞してしまっているんだという文脈があると思います。

 

荻上 「分厚い中間層を復活させる」と安部首相も言っていますが、それをどう実現するのか手段が問われてきますよね。

 

片岡 極めて興味深いのは、スティグリッツ氏もクルーグマン氏もアベノミクスに賛成しているということです。政治的なスタンスや細かい部分も異なるのに、アベノミクスの大枠である、財政、金融政策、成長政策を活かしていこうと言っています。デフレから脱却することが大事だという部分は大枠では認めているわけです。ですから、野党はどうするべきかというと、結局はアベノミクスの根幹の路線である、財政を拡大させる、金融を拡張させて、デフレから脱却する、そして成長政策を行い、所得再分配をより充実させる。この路線をより強めていくことが必要なのかなと私は思います。

 

荻上 目的自体は同じであるが、自分たちの方がもっと上手くできるぞという風に、福祉、教育、各分野について財政出動をどう行っていくのかメニューを提示すること、それからスピード感なども必要になるわけですね。

 

片岡 政府よりも高い球を投げ続けることが一番大事だと思います。

 

荻上 リスナーからのメールがきています。

 

「野党から消費税を5%に下げるなどの意見が出てこないのはなぜなのでしょうか。消費税を上げた分、法人税を下げたとも聞きますが、このあたりを突いていかないのもなぜなのでしょうか。」

 

お二人とも、「こっちが聞きたい!」というお気持ちだと思いますが(笑)。歴史を振り返ってみても、民主党は一貫した経済政策を行うこともなく、一貫した立憲主義に対する思いを持っているわけでもなくて、その都度、対論をどう出すかということが基軸にあるように思います。政権を取った期間もわずかでしたので、まだカラーがないから場当たり的ということなのでしょうか。

 

片岡 むしろ民主党にはなぜ消費税を予定通り引き上げないんだと批判する人もいるくらいですから、私は本末顛倒だと思います。やはり「民主」というのであれば国民が何を求めているのか、まさにポジ出しをしなければダメですよね。それが全くできていないから政策議論も進まないし、国も良くなっていかないと思います。

 

荻上 野党の側が政策立案の反省をした上で、選挙にどう望むのかが今問われているわけですね。

 

松尾 そういうことだと思います。むしろアベノミクスによって、ひどい労働条件でもなんとか雇用にありつけた人がたくさんいる中で、野党がまだ緊縮的なスタンスを続けると言っているのでは、今度の選挙でも安倍氏が圧勝してしまうと思います。

 

荻上 野党の側からどのような経済政策がまとまって出てくるのか、引き続き注目していきたいですね。

 

 

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