なぜ今、ベーシックインカムなのか?

政治的イデオロギー対立と日本での導入の可能性

 

荻上 さて、ベーシックインカムは日本の国会でもすでに議論になっています。たとえば、昨年2月19日衆議院予算委員会における、当時の維新の党所属の柿沢未途衆議院議員と麻生財務大臣、安倍総理とのやりとりです。

 

柿沢:「私は“日本版ベーシックインカム”をかねてから提案してまいりました。ベーシックインカムの導入について、総理のお考えを伺いたいと思います。」

 

麻生:「ベーシックインカムは日本の社会保障の基本的な考え方とは異なる部分が多いので、国民的な合意を得ることはなかなか難しいと思います。」

 

安倍:「日本の社会保障制度における『自助自立を第一に、共助と公助を組み合わせる』という基本的な考え方との関係で考える必要があると思います。」

 

また、貧困をめぐる議論の中でも、こうしたやりとりがありました。去年2月10日、参議院の「国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会」における、当時の維新の党所属の川田龍平参議院議員と参考人として出席した神野直彦・東京大学名誉教授とのやりとりです。

 

川田:「日本もベーシックインカムを導入すべきではないかという話がありますが、それについてご意見をお願いいたします。」

 

神野:「現金給付だけでは限界があります。何が問題かというと、ベーシックインカムや給付付き税額控除は他の社会保障を縮小して、まとめることとセットになっている場合が多いということです。私は、生活の困窮は所得だけでは生じていないと考えています。心の病や障害を負ってしまったなど、さまざまな条件が重なって落ち込んでいっている。単純にベーシックインカムのような社会配当金を配れば問題が解決するわけではありません。ですから、障害を持つ方には障害者用のサービスというように、さまざまなセーフティネットを用意した上で、最後にどうしても溢れてしまう人を生活保護で支えていくことが重要です。『ベーシックインカムを導入するから他の公共サービスは整理していこう』ということであれば、私は賛成できません。」

 

井上さん、今のやり取りをお聞きになっていかがですか。

 

井上 「自助自立が第一」というお話がありましたが、そもそも「自立」とは一体何なのでしょうか。たとえば精神的な病気を患って働けなくなってしまった場合、その人は自助自立すべきなのか。障害や病気にはさまざまなグラデーションがあるわけです。病気の人とそうでない人をきっちり分けることも、本来ならば難しいはずです。

 

そこに線引きをして、うまく引っかかった人だけが給付を受け、端から見たら病気とわからない人は救済されない。こうした選別というもの事態がそもそも間違っているのではないかと私は考えています。

 

荻上 さきほど、「ベーシックインカムは右派・左派どちらからも賛成と反対の意見がある」とおっしゃいましたが、僕から見ると、新自由主義的なベーシックインカム論者と、福祉社会的なベーシックインカム論者がいると思います。「生活保護や障害者支援などに分けると複雑になるので、ベーシックインカムで一括にまとめてしまおう」という意見と、「本当に困っている人に行き届けるため、まずはベーシックインカムを支給した上で必要な人には別のサービスも割り当てる」という意見。この辺りについてはどうお考えですか。

 

井上 それぞれの論者がいることは間違いないですが、両方のいいとこ取りをするという考え方もできると思います。行政機構を簡素化できるならした方がいいですし、他の福祉サービスとのバランスも検討しながら、より良いものに仕立て上げていくような議論が必要かと思います。

 

荻上 「大きな政府」「小さな政府」という対立もありますが、ベーシックインカムはどちらとも言えるようなところがありますよね。

 

井上 はい。政府が支出する額が増えるという意味では「大きな政府」に見えますが、行政機構がシンプルになるという意味では「小さな政府」とも言えます。そういう意味では、こうした対立軸自体に意味がないかもしれません。あまり対立の図式を強めるのではなく、柔軟に議論を深めていくことを意識するべきです。

 

 

世界各地に広がる試験導入の動き

 

荻上 さて、ここからはベーシックインカムをめぐる海外の状況について詳しく伺いたいと思います。『ベーシックインカム入門』(光文社新書)などの著書があり、ベーシックインカムの導入実験が始まったフィンランドも訪問された、同志社大学教授の山森亮さんです。よろしくお願いします。

 

山森 よろしくお願いします。

 

荻上 フィンランドでの実験の状況はどうなっているのでしょうか。

 

山森 私が現地に滞在した昨年8月に、日本の厚労省にあたる「社会保険庁」と呼ばれる官庁から実験を行うとの発表がありました。そこで官僚、研究者の方や市民あるいは長年ベーシックインカムを求めて運動されてきた方などにインタビューを行いました。

 

荻上 市民の方々の反応はどういったものでしたか。

 

山森 30人程度に聞いたところ、ほぼ半数が「賛成」、「分からない」と答えた方が10人程度、残りの方が「反対」という割合でした。フィンランドでは過去10年にわたり世論調査を行っており、質問の仕方や時期によって若干変わりますが、だいたい60〜80%くらいが賛成という結果が出ています。ベーシックインカムを検討している他の国々と比較しても最も賛成が多い国です。反対意見としては日本とあまり変わらず、「働かなくなってしまう」「税金をそのように使ってほしくない」という声が多い印象です。

 

荻上 増税になるという点も含めて賛成意見が多いのでしょうか。

 

山森 そうですね。ただ、「所得税を何%増税すればいくら給付される」というデータを示した上で世論調査をすると、やはり賛成は若干減ります。

 

昨年の3月に社会保険庁から政府に勧告案が出され、給付額は560ユーロで決まりました。フィンランドには日本の生活保護と雇用保険給付金を足して2で割ったような制度があり、その基本の支給額に合わせて設定されています。この実験は2000人を対象に2年間行うことになっており、これで肯定的な結果が得られれば導入する方向で動いています。

 

荻上 フィンランド以外でベーシックインカムを導入しようとしている国はどこがありますか。

 

山森 同じような実験を検討している国としてはオランダがあります。これは国自体ではなく、いくつかの地方自治体が検討しており、現在、財務省と折衝中です。

 

先ほどのフィンランドのケースでは、当初の社会保険庁の案は「給付対象者は住民からランダムに選ぶ」としていましたが、政府の最終的な決定では失業者のみに絞ることになりました。これについては、国内で長年ベーシックインカムを推進してきた人々から多くの反発があります。というのもフィンランドでは、市民が日々の糧に追われて「社会に貢献したい」という思いとは別のことに従事せざるをえなくなる状況に対して、強い批判があるからです。だからこそベーシックインカムが要求されてきた経緯がある。

 

一方でオランダの場合は、日本で言う生活保護行政にあたる地方自治体の担当者が中心となって動いています。福祉受給者と日々向き合っている立場から、「現状では福祉受給者を疑うのが仕事だが、疑いから始めるのではなく、信頼から始められるように自分たちの仕事を変えていきたい」と。そうした意図なので、最初から福祉受給者限定の実験を考えています。

 

こうしたフィンランドやオランダの動きに刺激を受けるような形で、カナダのいくつかの自治体や、スコットランドなどが実験の検討に入っています。また民間主導ですが、ドイツではクラウドファンディングで資金を集めて、何人かの対象者に一年間、ベーシックインカムのような形でお金を給付する取り組みがあります。これはすでに2014年から実験が行われています。これを受けて、シリコンバレーのスタートアップ支援の企業も同じように民間主導の取り組みを検討しており、サンフランシスコでも実験を計画中です。

 

荻上 すでに世界各地で本格的な議論が始まっているんですね。一つ気になるのは、すでに実験が始まったフィンランドなどで今後選挙が行われることで、実験の結果が途中で変わってしまうことも考えられるのでしょうか?

 

山森 フィンランドでは実験が終わった直後に総選挙が予定されています。ですので実験の結果にかかわらず、先に進まないという可能性はあるかもしれません。

 

荻上 そうした行く末も見ていかなければいけませんね。山森さん、ありがとうございました。

 

 

AIの未来とベーシックインカム

 

荻上 井上さんはベーシックインカムの研究と同時に、AIと経済の関係についても研究されています。ベーシックインカムとAIには何か関係があるのですか。

 

井上 私は現在でも生活保護より優れた社会保障制度としてベーシックインカムは必要だと考えていますが、今後はAIがより高度に発達した社会になることが予想されます。そうなると、ベーシックインカムなしでは経済・社会が成り立たなくなってしまうのではないかと考えているんです。

 

荻上 AIが登場することによって雇用が奪われる可能性があるということですか。

 

井上 失業者はある程度増えるだろうと考えられます。そうなると、今ですら生活保護の対象者の選別は難しい状況なのに、失業者が増えたときに果たして運営可能なのかという疑問があります。生活に困窮している人が偏見を受けることなく、安心して暮らせるような社会にしなければいけません。

 

荻上 さらに議論を膨らませていく必要があることがよく分かりました。井上さん、ありがとうございました。

 

 

Session-22banner

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

image003
人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書)

井上 智洋(著)

 

 

image005
ヘリコプターマネー(日本経済新聞出版社)

井上 智洋(著)

 

 

image007

ベーシック・インカム入門 (光文社新書) 
山森亮(著)

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.228 特集:多様性の受容に向けて

・安藤俊介氏インタビュー「『許せない』の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣」

・【PKO Q&A】篠田英朗(解説)「国連PKOはどのような変遷をたどってきたのか」

・【今月のポジだし!】山口浩 ことばを「『小さく』すれば議論はもっとよくなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第九回:こんなところでジャズ