2010.07.27

「伝説の教授」、弱い立場に立つ人びとを救うために

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #金融政策#若田部昌澄#勝間和代#浜田宏一

「伝説の教授」浜田宏一氏、経済学と歴史の知見が豊富な若田部昌澄氏、そして経済評論家として活躍されている勝間和代氏、3人の個性が全体として本書『伝説の教授に学べ!本当の経済学がわかる本』をとても魅力的なものにしている。

浜田氏の名前を知らない経済学徒は「もぐり」である。

1936年に生を受けた浜田氏は、東京大学法学部で学んだあと、経済学部で経済学を学び、東京大学修士課程、そして米国イェール大学にてジェームズ・トービン教授(1981年ノーベル経済学賞受賞)に師事した。その後、国際金融論の分野で世界的な業績をあげられているのは周知のとおりだ。

このような世界的業績を有する浜田氏が、なぜ本書を刊行することになったのか?

それは我が国の停滞がデフレを伴いつつ長期に渡り、そしてこの長期停滞によって社会の弱い立場に立つ人びとが苦しめられている、という認識によるものである。

デフレを伴う経済停滞に対して有効なのは、日本銀行の金融政策だ。ところが、日本銀行は自らが十分な政策手段をもっているにも関わらず、その事実を認めようとせず、使える処方箋を国民に与えない。その結果、国民と産業界を苦しめているというのが本書を貫く主張だが、それには大きくうなずくところだ。

本書を読み解くための3つのポイント

世界的な権威による書籍というと、難しい本なのではないかと思われるかもしれない。たしかに本書で展開されているマクロ経済学、金融論、国際金融論の知見は深い。だが、決して難しいものではない。以下の3つのポイントをおさえておけば、理解の助けとなるだろう。

ひとつ目のポイントは、ストック市場とフロー市場の区別。

市場には貨幣、債券、株式、土地、外貨といったストック市場と、生産、消費、投資、輸出入、リース、雇用といったフロー市場がある。ストック市場は人びとの将来に関する予想と密接な関係があり、価格は乱高下する。一方でフローの市場は過去の経済取引に大きく影響を受けるために、価格は緩やかに変動する。

そして、このふたつの市場は互いに影響を与える。リーマン・ショックのように株価や債券、外貨の価格が大幅に下落すれば、生産や消費にも悪影響が及ぶ。フロー市場は調整に時間がかかるため、即座にマイナスのショックを吸収することは難しい。

それでは、資産価格の下落にはどのような対処が可能なのか?

この点を理解するのに必要なのが、ふたつ目のポイントである。資産の相対価格は、資産それぞれの予想収益率と、資産の存在量で決まり、予想収益率が高く、存在量が少ないほど、資産価格は上昇する傾向があるという指摘だ。

つまり、リーマン・ショックの影響で我が国の資産価格の下落が生じたのなら、日本銀行は現存する金融資産の量と構成に働きかけることで、ストック市場の価格低下を和らげることが可能なのである。

しかし実際には、日本銀行はリーマン・ショック以降、金融政策をほとんど変化させなかった。そのため、外貨の下落は円の独歩高を生み、物価は緩やかに下がったことで名目・実質の為替レートは円高となった。結果として日本製品の価格競争力は失われ、失業が進んだのである。これが3つ目のポイントだ。

日本銀行は「忘れた歌」をいつ思い出すのか?

本書では政策対応の指摘も明快である。

日本の政策金利はほぼゼロ水準だが、ゼロ金利の下では効果が薄いことが分かっている短期国債の買い上げのみならず、(満期間近ではない)長期国債の買い上げ、場合によっては社債や株式などを実質的に買い上げる「広義の」オペレーションを行うことが提唱される。

そして、同様の効果として、外貨市場で財務省がドル買い介入を行い、日本銀行が財務省の介入効果を阻害しないかたちで政策を行うというというオプションも指摘される。もちろん政治経済学的な意味では、日本銀行の「広義」の買いオペレーションのほうが実際的だろう。

本書の重要な特徴は、デフレ不況の知見の宝庫ともいえる世界大恐慌や昭和恐慌について、若田部氏の要を得た解説がまとめられている点だ。そして、勝間氏によるインフレターゲットや金融緩和策に関する、世の誤解を考慮した質問の提示や、浜田・若田部両氏による経済学のカンドコロや間違った経済論議のパターンの指摘も有用だ。

日本銀行が「忘れた歌」を思い出すのはいつのことになるのか。

10年以上もデフレにあえぐ我が国において、経済停滞と、その背後にある政策の問題点を認識し議論するのは、専門家のみの特権ではない。この意味でも本書は大きな助けになるはずだ。勝間氏が述べているように、日本経済を長期停滞から救うのは、まさにわれわれ国民の意思なのだから。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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