日本の財政状況についてどのように考えるか?

2025年問題?

 

このように足元では歳出が抑制されているものの、高齢化がさらに進展していくと、社会保障費の増加に伴う財政負担の問題が深刻化するのではないかと懸念する向きもある。実際、団塊世代がすべて75歳以上の年齢に到達する時期に着目して「2025年問題」がメディアにおいて頻繁にとりあげられ、25年をはさむ前後数年の間に社会保障費の急増が生じるとの報道もしばしばなされる。もし仮にこのような不連続な変化が生じるのだとすれば財政運営にも大きな負担がかかることになるから、十分な注視が必要ということになるだろう。

 

もっとも、現時点で利用可能な社会保障費の将来負担に関する推計をみる限り、このような不連続な変化が生じることは確認されない。12年3月に公表された「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」(厚生労働省)では医療費が15年度から25年度にかけて15兆円程度増加することなどを背景に社会保障給付費が30兆円近く増加するとの見通しが示されているが(図表2)、この間にGDPも増加していくことから25年度の社会保障給付費の対GDP比は24.4%となり、15年度の23.5%から1%弱の上昇にとどまることになる(なお、この試算の前提となる名目経済成長率の推移は内閣府の中長期試算の「慎重シナリオ」に準拠して設定されている)。

 

15年度の社会保障給付費の実績値は上記の推計値よりも下振れるかたちで推移しており、上記の見通しが高齢化の影響を過小評価する推計になっているという可能性も、これまでのところ確認されない。社会保障給付費(対名目GDP比)の実際の推移をみても、13年度以降はほぼ横ばいとなっており、足元ではやや低下がみられる(図表3)。

 

 

図表2 社会保障給付費の将来推計(2012年3月改定)

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(資料出所)厚生労働省資料より筆者作成

 

 

図表3 社会保障給付費の推移(実績値)

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「2025年問題」に関するもうひとつの判断材料として、今年1月に公表された中長期試算のベースラインケース(経済成長率などの見通しについて慎重な想定を置いた場合の試算)をもとに一般会計ベースの社会保障関係費の推移をみると、20年度から25年度までの各年度における社会保障関係費の対GDP比はいずれも6.2%となるものと見込まれているが、17年度の5.9%との対比でみて財政に不連続な変化を生じさせるほどの大幅な増加とはなっていない(図表4)。公共事業など社会保障以外の支出も含めて政策経費全体(基礎的財政収支対象経費)の推移をみると、13.9%(17年度)から13.1%(25年度)へとむしろ低下が生じるとの見通しが示されている。

 

 

図表4 政策経費(基礎的財政収支対象経費)の推移(実績値・推計値)

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(注)2016年度までは決算額、17年度は補正予算政府案、18年度は当初予算政府案、19年度以降は推計値

(資料出所)内閣府資料より筆者作成

 

 

これらの推計については、前提条件などにも依存して結果が変化することから幅をもってみる必要があるが、現時点までに利用可能な情報から判断する限りでは、高齢化の進展に伴って社会保障の費用負担に不連続な変化が生じ、そのために財政運営上大きな支障が生じる可能性は低いものと判断される。

 

 

国民負担率をみると?

 

このように、歳出が抑制基調で推移していけば、税収の伸長と相まって基礎的財政収支の赤字幅が縮小して黒字化が達成されるが、内閣府の試算では黒字化の達成時期は2027年度以降になるものと見込まれている。この間に予期し得ない大きなショックによって歳出の上振れや税収の下振れが生じると、財政運営の安定性に影響が生じる可能性があることを踏まえると、こうしたもとでも財政収支の悪化を防ぐことが可能なのかを点検しておくことが必要となる。このようなリスクシナリオにおいて財源を確保するための主たる手段のひとつは増税であるから、増税の余地が十分に残されているかを確認することがこの点検作業の基本となるが、日本の国民負担率は先進各国と比べると相対的に低い水準にとどまっていることから(図表5)、増税による財源確保の余地は残されているものと判断される。

 

 

図表5 国民負担率の国際比較

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(注)国民負担率は租税負担率と社会保障負担率の合計額。

(資料出所)財務省資料

 

 

粗債務か純債務か?

 

ここまではフロー(歳入・歳出とその差額である財政収支)の側面から財政状況の点検を行ってきたが、ストック(債務残高)の側面についても簡単にふれておくことにしよう。この点においてしばしば議論になるのは、財政状況を把握するうえで政府債務残高を粗債務と純債務のいずれでみることが適切かということだ(一般に資金調達主体は負債を負うだけでなく、資産として預貯金や債券などの金融資産を保有しているが、このような金融資産を負債から差し引いた後の債務の額が「純債務」、金融資産を差し引く前の債務の額が「粗債務」となる)。

 

結論からいえば、純債務をもとにすることが適切ということになる。資金の運用と調達を行っている主体が金融資産と負債をどのような水準で持つかはALM(資産負債管理)にも依存して決まってくるわけであり、粗債務ベースで債務残高をとらえると、税収によって返済すべき債務の額が適切に把握できなくなってしまうためだ。

 

また、対象とする政府債務の性質からも、粗債務ベースで財政状況を把握することが適切でない場合がある。たとえば、「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」(財務省)の計数をもとに「国の借金はすでに1000兆円を超えている」という報道がなされることがあるが、この「1000兆円」の中には政府が為替介入を行うための資金を調達するために発行した債券(政府短期証券)や、政府が独立行政法人などの公的機関に対する出資や融資(財政投融資)を行うための原資を確保するために発行した国債(財政投融資特別会計国債)も含まれている。

 

これらの債券も「国の借金」であることに変わりはないが、為替介入の資金確保のために発行された政府短期証券には、為替介入によって得られた米国債など外貨建ての債券などが見合いの資産としてあり、財政投融資の原資を確保するために発行された国債には、公的機関に対する出資や融資というかたちで見合いの資産がある。したがって、これらの資産を考慮せずに「1000兆円」をことさら強調することは、財政状況の正確な把握という観点からみて適切とはいえないということになる。

 

財政状況の国際比較では日本の政府債務残高がGDPの2.4倍に達しているという数字が利用され、このデータをもとに「日本の財政状況はギリシャよりも悪い」との報道がなされることもある。これはIMF(国際通貨基金)の”World Economic Outlook Database”にもとづく一般政府ベースの計数であるが、この数字も粗債務ベースの数字であることに留意が必要となる。各国の政府が金融資産と負債をどのようなかたちで持つかというスタンスに違いがある可能性を考慮すると、政府債務残高については金融資産を考慮した純債務ベースでみることが適切であり、この点を踏まえて純債務についてみると、日本の政府債務残高は粗債務の半分の1.2倍(対GDP比120%)ということになる。もちろん、純債務でみても債務の残高は高水準であり、歳出抑制などを通じて財政健全化の取り組みを進めていくことが必要であるという点は変わりない。

 

ここまでみてきたように、歳出は抑制基調にあり、財政状況は改善の方向に向かっていることから、日本の財政は今後も安定的に推移していくものと見込まれる。デフレ脱却と財政健全化の兼ね合いに留意しつつ、引き続き誤りのない政策運営がなされていくことが望まれる。

 

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