「古くて新しい」お金と階級の話――そろそろ左派は〈経済〉を語ろう

階級問題としてのブレグジット

 

北田 二〇一七年の英国の総選挙の時は、当初労働党は保守党に二四ポイントも差をつけられていて劣勢だと言われていましたよね。けれど、選挙が終わってみたら、政権交代こそできなかったものの、保守党を過半数割れに追い込む大躍進という結果になりました。

 

ブレイディ はい。二〇一七年はわたしは英国に住んで二一年目だったんですが、あの年の総選挙は本当にすごかったですよ。あんな選挙前の光景はいままで見たことがありませんでした。なんというか、ごく普通の一般庶民が、それも、これまではけっこうノンポリに見えた人びとまで、自分の職場や病院や子どもの学校を守るために立ち上がっていたんです。

 

たとえば、わたしは総選挙の三日前に、息子の学校の前でPTAが労働党のチラシを配っているところに遭遇したんですけど、そのチラシには「わたしたちの学校を守るために労働党に投票しましょう」「保守党はわたしたちの市の公立校の予算を一三〇〇万ポンド削減しようとしています」って書かれていました。今度はその翌日、国立病院にいくと、外の舗道で知り合いの看護師たちが労働党のチラシを配っていて、「わたしたちの病院を守るために労働党に投票しましょう」「これ以上の予算削減にNHSは耐えられません。緊急病棟の待ち時間は史上最長に達しています」とも書かれていました。

 

北田 まさに「地べた」の人たちが支えた選挙戦だったということですね。昨年の選挙での労働党の躍進の理由はなんなのでしょうか?

 

ブレイディ そもそもメイ首相が解散総選挙を発表した時、今回の選挙はブレグジット(「Britain」と「exit」を合わせた造語で、英国のEU離脱のこと)選挙になると言われていました。だから保守党は「ブレグジットの交渉をおこなえるのは強いリーダー。それができるのはテリーザ・メイ。ジェレミー・コービンのようなしょぼい指導者には無理」という「強い英国を再び」「サッチャーの再来」みたいな強気の路線でアピールしていました。

 

でも、労働党のほうではブレグジットを選挙戦の争点にはしなかったんですね。むしろ「ブレッド&バター・イシュー(どうやって飯を食うか問題)」と呼ばれる国内問題を争点にしました。そして、その戦略が見事に当たっていたんだと思います。

 

その時の労働党のマニフェスト(「反緊縮マニフェスト」)は、英国の人気ジャーナリストのオーウェン・ジョーンズに「二一世紀のレフトのマニフェスト。世界中で苦戦している左派はこれをテンプレートにするべき」とまで絶賛されたんですけど、その内容はNHSへの大規模支出、大学授業料の再無償化、学校・警察・福祉など削減されてきた公共サービスの復興、鉄道・郵便などの再国営化を謳ったものです。それこそ、一九四五年の労働党マニフェストの刷新版とも言われましたね。コービン自身、「一九四五年の労働党がおこなった未来への投資を、我々の労働党が再びおこなう」と演説で言っていました。

 

北田 結局、経済問題が国民の一番の関心だったということですね。

 

ブレイディ そうです。わたしの見たところ、そもそも、ブレグジット自体が国民の「このままでは飯が食えない」というワーキングクラスの不満からきているんですよね。ブレグジットは「移民排斥」とか「右傾化」という言葉で片づけられるような単純な問題ではなくて、背景にあるのは実は階級問題であり、保守党の緊縮政治だと思っています。

 

ブレグジットが階級問題だというのは、EU離脱投票の時の「離脱票」(グレー)と「残留票」(白)の全国マップを見てみるとよくわかるんですよ。たとえば、イングランド中部と北部は「離脱」の票でグレーに染まっています。「残留」の白はロンドン近郊やブライトンなど南部のほんの一部、そしてスコットランド、北アイルランドだけです。これを見ると英国は明確に二つに分裂しているのがわかります。つまり、「イングランド中部・北部」vs「ロンドンとその近郊を含む裕福な南部+辺境地域(ウェールズを除く)」とにきれいに分かれているんですよね。

 

松尾 つまり、貧しい地域ほど、離脱に投票した。

 

ブレイディ はい。結局、緊縮財政で打撃を受けて、不満を抱えているのは貧しい地域の人びとですから。そしてブレグジット投票の一年後の総選挙の時には、今度はその地域の多くがコービンの労働党に投票している。ブレグジット投票の時は、当初残留派が優勢だと報道されていたし、離脱派の人びとでさえ、まあ勝つことはないだろうと思っていました。

 

だから、わたしの連れ合いなんかは「俺はそれでも離脱に入れる。どうせ残留になるっていうのはわかっているけど、せめて数で追い上げて、俺たちワーキングクラスは怒っているんだという意思表示をしておかなきゃいけない」と言っていましたし、「とにかく現状維持ではダメだ」という、そのことだけを言うために離脱に入れたという人もいましたね。あとは、「そういうことはまずないだろうけど、もし離脱派が勝ったらキャメロン首相がやめるかも」というピュアな反キャメロン票。日本でも「アベ政治を許さない」みたいなのがありますが、キャメロンも本当に嫌われてましたからね。で、本当にキャメロンはやめる結果になった。

 

北田 ワーキングクラスの緊縮政治に対する批判的な意思表示のつもりが、本当に離脱派が勝ってしまったわけですね。

 

ブレイディ それで、わたし自身はやはり移民の立場だから残留派だったんですけれども、自分の配偶者も含めて、周囲があまりに離脱に入れると言うものだから、どうしてそういうことになっているのかを知りたくて、いろんな人と話したし、記事もそっち側で見聞きしたことを書いていました。離脱派をぎゃんぎゃん批判するより、彼らの主張を深く知ることが大事だと思った。

 

で、話を聞いていると、彼らは彼らなりに考えているし、いわゆるブレア的な能力主義社会を信じている人びとというか、残留派のいわゆるリベラルよりも、よっぽど経済的不平等の問題について本気で考え、現状に憤ってると感じたんです。でも、そこに移民問題が絡んでいたものだから、左派はその憤りを汚れた愚かなものとして頭から否定していた。

 

毎日のようにテレビやラジオでも離脱に関するディベートがおこなわれていて、英国人労働者が多様性の重要さを訴え、アフリカ系移民がEUからの移民制限を訴えて激しく口論している場面もあったり、これまで一般的に思われてきた「右」と「左」の概念が揺らいで混沌とした状態になっていると実感しました。

 

一般に、EU離脱派陣営は、保守党右派のボリス・ジョンソンや右翼政党UKIP(UK Independence Party:英国独立党)のナイジェル・ファラージが率いた「下層の右翼」なんだという風に理解されていますよね。でも、地元の様子を見る限り、わたしはこうした理解は一面的だと思います。ボリスやファラージが大嫌いな離脱派もいましたからね。それに、普段は左派でとおっている人びとの中にも、最後まで迷っている人も多かった。

 

松尾 知り合いに英国のミッドランドで市の社会事業をやっていた人がいるんですけど、退職していいおばあちゃんになって、京都に遊びに来たんです。その時に、連れてきた孫娘にキツネのキーホルダーを買ってあげたらすごく喜んで、「このキツネになんて名前をつけようか?」なんて話をしてたんですよ。その人は労働党支持者だから「ジェレミー・コービンってつけたらどうですか?」って言ったら、すごいウケてて。で、「デイヴィッド・キャメロンっていう名前にしたらゴミ箱に捨てる!」って言ってました(笑)。でも、その人もやっぱりブレグジットの投票では離脱に入れていたんですよね。

 

ブレイディ そもそも、わたしが知っている「離脱に入れる」と言っていた下層の街の人びとって、わたしや息子に一番親切で優しくて、何かにつけて助けてくれるタイプの労働党支持者たちだったんですよ。

 

英国でわたしが住んでいるのは、ブライトンの公営住宅地で、まあ一般的にガラが悪いって言われているところです(笑)。家賃とかも安くて、坂の上のほうに上がっていくと中国人の移民の方々が一軒に一〇人ぐらいとかで住んでいた住宅があったんですが、「不法入国なんじゃないか?」という噂が広まって、一〇代の子とかがレンガを投げたり、落書きをしたりとかの嫌がらせをはじめました。

 

そしたら、わたしの連れ合いや隣家の息子、いつもうちに飲みに来ている近所の労働者のおっちゃんたちが「そんなことさせちゃいけない!」とすごく怒って、毎晩ローテを組んでパトロールしていたんです。でも、その人たちも離脱投票の時には、みんな離脱に入れているんですよね。だから、彼らは別に排外したいから離脱に入れたわけじゃないと思います。そういう状況を見て、ついにはド左翼のコービンさえ、「移民の増加について心配するからといって、その人はレイシストではない」と言いはじめていました。

 

北田 EU離脱はたしかに社会の保守化、右傾化という文脈でよく語られていますが、でもそういうナショナリスティックな現象として理解してしまっていいのか、潜在する媒介変数があるのではないかと思います。ブレア的サッチャリズムがもたらした「社会」の分断です。

 

ブレイディさんは『労働者階級の反乱』(光文社新書)の中でも「労働者たちにとっての離脱は、文化的な動機(移民への不満)よりも、経済的な動機(生活への不安)が大きかった」と書かれていますよね。それで、次の選挙戦では、フタを開けてみたら対外強硬路線を打ち出した保守党が惨敗して、コービンの労働党が大躍進する選挙になった。

 

ブレイディ はい。保守党は労働者階級のことをナメていたんだと思います。ブレグジットで国民は右傾化しているから、右っぽい「強い英国」像を打ち出せばウケるとタカをくくっていたけれど、実際はそうじゃなかった。そもそもEU離脱問題を従来の「右か左か」というものさしで見るから、EU離脱投票では国民が右傾化し、二〇一七年の総選挙で急に左傾化したようにも見えるんですけど、そんなに毎年のように国民が右翼になったり左翼になったりするわけがないじゃないですか(笑)。

 

だから、ここでは、「右か左か」の問題じゃなくて「上か下か」の問題が出てきているんだって考えるとすっきりするんですよね。これまで、労働者階級は財政緊縮策でものすごく苦しんできたので、このまま緊縮の政治がずっと続いていくよりも、ここで一回断ち切りたいというか、キャメロン政権転覆狙いも含めたちゃぶ台返しみたいな気持ちがあったと思うんです。EUとキャメロンは、親市場で緊縮派という点で完全にグルというか、同じ「憎むべきネオリベ」に見えちゃってましたしね。そういうブレグジット投票での国民感情を分析し、うまくすくい取ったのが、総選挙でのコービンの労働党だったということですね。【次ページにつづく】

 

そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学

そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学書籍

作者ブレイディ みかこ, 松尾 匡, 北田 暁大

発行亜紀書房

発売日2018年4月25日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数320

ISBN4750515442

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