「古くて新しい」お金と階級の話――そろそろ左派は〈経済〉を語ろう

「未来への投資」で経済成長をする

 

ブレイディ 英国だけじゃなくて、こういう反緊縮運動の流れがいま欧州の左派のメインストリームになっているんですよね。たとえば、スペインでもパブロ・イグレシアスが率いる新興左翼政党のポデモスが躍進しています。パブロ・イグレシアスはもともとマドリード・コンプルテンセ大学という超エリート校で政治学の先生をやってた人なんですけど、非常にわかりやすいスローガンをとばすことで有名です。ポデモスは二〇一一年のウォールストリート占拠運動の先駆けと言われるスペインのM15運動から生まれた政党ですが、これも不況と緊縮が背景にあり、若年層に熱狂的に支持されている点でコービンと同じです。

 

フランスでもフレデリック・ロルドンっていう経済学者が一昨年(二〇一六年)「夜、立ち上がれ(Nuit debout)」っていう、ウォールストリート占拠運動の再来とも言われた運動を立ち上げました。これがすごかったのは、単にプラカードを振って叫ぶデモの領域を完全に超えていて、ものすごい人数の「夜間集会」みたいになって、数ヶ月間、毎日、夜になると広場で市民たちがさまざまな問題を討議したということです。

 

一般人と知識人が一緒に政策論議のシンポジウムとかやって、その模様をネットやラジオで毎日中継した。これも、左派政党だったはずの政権が新自由主義的な緊縮政策を進め、ついに労働法典に手をつけると言い出したことに左派の人びとの怒りが爆発してはじまった運動です。彼らは現在でもさまざまな運動を展開していて、マクロンが当選した時も、もし彼が緊縮的な考え方をあらためないのなら自分たちで反対勢力をつくると言っていました。

 

ギリシャでは、反緊縮の新興左翼政党のシリザが政権についています。結局、シリザのチプラス首相はドイツ政府などの圧力で緊縮財政策を吞んでしまって、当初シリザ政権で財務大臣を務めていた反緊縮派の経済学者ヤニス・バルファキスも辞任に追い込まれてしまいましたけどね。でも、バルファキスはいま「DiEM25(Democracy in Europe Movement 2025:「欧州に民主主義を」運動2025)」という組織を率いていて、欧州の反緊縮運動の中心にいます。

 

松尾 さっき「一昔前の「社会主義」を思い出させる政策」って言いましたけど、コービンに限らず、これらの反緊縮運動はみんな新自由主義と既存の中道左派を批判して、「大きな政府」による手厚い社会政策、賃上げと労働運動の復興などを提唱しているというのが特徴なんですよね。

 

ブレイディ そう、一見するとみんな主張していることは古いゴリゴリの左翼みたい(笑)。そこがかえって新しい感じがするというか。

 

北田 でも、「大きな政府」による再分配政策を提唱すると必ず「それで、財源はどうするんだ?」っていう話になっちゃいますよね。それこそ旧態然とした「古い社会主義」「古い社会民主主義」の復興は、いまではもう不可能じゃないかって。日本ではそういう風に左派が言うから話が奇妙になる。

 

ブレイディ 欧州では、むしろ保守派の人びとがよく「赤字財政をどうするんだ?」っていう批判をします。財政危機をあおっているのはだいたい保守派で、それに対して左派が「けち臭いことを言っていないで、政府はドーンと財政出動して俺たちのためにお金を使え」と批判するという構図が一般的です。

 

松尾 財政緊縮派というのは、まさにそういう風にして「大きな政府はもうダメだから、財政均衡して、できるだけ小さな政府にシフトしていこう」という主張をずっとしてきたわけですよね。でも、現在の問題は、蔓延する不況と失業の問題があるのに、それを無視して政府が財政緊縮策をとり続けていることが、より事態を悪化させているということなんです。

 

ブレイディ それで大失敗しているのが南欧の国々です。リーマン・ショックのあとに「不況だからとりあえず財政均衡」と緊縮をはじめ、ずるずる続けているものだから、若年層の失業率が上がって人口減少が深刻になっている。若者がEU圏の他国に移住したり、国に残っている若者も結婚したり子どもを産んだりしなくなったから、出生率が下がっているんですね。

 

スペインなんかも、「人口減少は緊縮のせい」って指摘されているほど、不況時の経済のかじ取りのせいで社会が変貌してしまったんですよね。でも、例外はポルトガルです。あそこは一番人口減少が心配されていた国なんですが、大胆な反緊縮政策に切り替えてから劇的な経済回復を果たし、同時に財政赤字もすごいスピードで減らしています。

 

松尾 実は、この問題は一九三〇年代にケインズが指摘したのと同じ構図を反復しているようなところがあるんですよね。よく知られているように、ケインズは「大きな政府」による公共投資と財政出動というもの(いわゆる「ケインズ主義政策」)を提唱しましたが、彼は別にこれを、好況で財政に余裕がある時に提唱したわけじゃなくて、「大不況で税収が激減しているので財政均衡をするべきだ」という論調が経済学のメインストリームだった時代に、そういう定説に逆らって提唱しているんです。

 

ケインズの理論の詳細については、ちょっと込み入った話になるので、このあとにご説明しますけど、財政問題を解決するうえでも、庶民の生活の苦しみを和らげるうえでも、まず必要なことは不況を脱して景気を良くすること、つまり適切な経済成長をするということなんです。そのためには、デフレ不況を脱却する手段としての財政出動を渋るべきではありません。というよりも、不況下で赤字財政を恐れて緊縮策をとると、かえって不況を長引かせて税収が萎むので、結果的に財政状態も悪化してしまいます。

 

ブレイディ コービンも財政赤字は歳出カット(緊縮策)で減らせるものではなくて、万人のために役立つバランスのとれた経済成長によってこそ削減できると言っていますが、そのための経済政策も含めた政策パッケージなんですよね。たとえば、コービノミクスというのは、この景気刺激策を、教育や福祉などの分野に「投資」する(「人への投資」「未来への投資」)という形でおこなおうとするものです。さっきも言いましたが、選挙戦でもコービンは「国の未来のために投資をおこなって経済成長するのだ」ということをさかんに強調していていました。

 

北田 不況下における政府の財政支出というのは、国民の福祉を高め、将来の税収を増やすための「未来への投資」みたいなものだと考えればいいということですね。景気回復のための刺激策を、福祉や教育などの分野への「投資」としておこなうことで、再分配も経済成長も両方矛盾なく追求できる。まさに、ケインズ主義的な、一九三〇年代のニューディールにも通じる王道の経済政策だと思います。

 

ブレイディ 反緊縮マニフェストには「緊縮財政で暗い国をつくらなくとも、投資と成長で収入を増やせば財政は健全になる」とも書かれていて、実際に「ニューディール」という言葉も使われていました。

 

それと、これはまあ英国に住むわたしからすればホラーな話なんですが、餓死者を出し、平均寿命の伸びを止めてまで緊縮財政を進めてきた保守党政権は、実はぜんぜん借金を返せてないんですよね。当初は二〇一五年までに財政赤字をなくすって言ってたんですけど、いつのまにか二〇三一年まで期限が延びてるし、実は緊縮財政をはじめた二〇一〇年以来、国の借金が七〇〇〇億ポンドも増えている。緊縮財政は国を暗くしただけでなく、財政健全化するどころか、逆に借金増えてるじゃないかって。日本の人びとも、この愚かな例に学んでほしい。

 

松尾 そもそも、日本でも財政赤字がここまで膨らんでしまった原因は、「失われた二〇年」の低迷によってずっと景気が悪かったからなんですよ。経済が低迷しているから税収も伸びなくなってしまった。少子化の問題だって、不景気で先行きが不透明だから若い人がますます子どもをつくりにくくなっているという側面もある。

 

だから、財政赤字の問題を解決するためにも消費増税が必要だという議論はむしろ逆で、消費税を上げてますます景気が悪くなると、財政赤字はもっと膨らんでしまいます。その反対に、財政出動というと一時的に借金が増えるように思えるかもしれませんが、経済成長することは将来の税収の増加にもつながるので、やはり一番効率がいいのです。

 

ブレイディ それに加えて、コービンは財政赤字を考えるのなら、消費税のように庶民を苦しめる税制政策じゃなくて、「持てる者の応分の負担」、要するに法人税や富裕層課税を強化することが重要だ、とも言っています。

 

北田 大企業や富裕層への課税は、日本の左派の間でもよく主張されていますよね。

 

松尾 はい。僕も富裕層課税は重要な政策の一つだと思います。たとえば、大企業は橋本龍太郎政権時代の一九九八年からいまに至るまで、ずっと法人減税が続いていて優遇されてきました。いま「社会保障や教育投資のための財源が足りないから消費増税でまかなう」などと言っていますが、このかんずっと引き下げられてきた法人税の税率を、ひとまず民主党政権時代の二〇一二年の引き下げ以前の水準に戻すだけで、二〇一四年の消費増税分をほぼチャラにする規模の税収になります。

 

北田 でも、法人税を増やすと経済成長ができないんじゃないか、という反論が来そうですけど。

 

松尾 そんなことはありません。たとえば、ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは『そして日本経済が世界の希望になる』(PHP新書)という本の中で、法人減税について、経済成長とは関係ないと批判しています。

 

また、法人税を上げると企業が海外に出ていくという心配をする人もいますが、経済産業省が企業にアンケートした調査結果によると、企業が生産拠点を選ぶ時に重視する度合いで、労働力確保の容易性や物流コスト等々多くの項目と比べて税制は下位にあります。企業を海外に逃したくなければ、円高にしないことが一番です。リーマン・ショック後の円高時代にどんだけ企業が海外に移転したか。

 

たしかに法人税を大幅に増税すると設備投資が減って不況になる、という風に言う人はいるでしょうね。そういう懸念に対しては、不景気を十分に脱却しないうちは、法人税を増やした分は、設備投資や雇用促進のための補助金などの形で総額で同じ額を企業セクターに戻す、あるいは累進課税を強化した分は人びとに一律の給付金の形で還元する、というやり方がいいのではないかと僕は思っています。そして還元したお金は、デフレ不況を脱してインフレの心配が出てきたら、今度は徐々に削減していって、実質的には大企業や富裕層への増税になるように段階的に調整していけばいいわけです。

 

北田 なるほど。所得の再分配のために大企業や富裕層への課税政策というものは必要だけれど、不況下で増税すると雇用を悪化させてしまう可能性があるので、徐々にそうした課税が促進されるような方法を考える、ということですね。

 

松尾 はい。重要なのは、欧州の反緊縮運動では、こうした再分配政策と経済成長というものが、特に矛盾するという風には考えられていないということなんですよね。再分配政策と経済成長というのは、普通に両立する概念なのです。

 

たとえば、ブレイディさんが「人への投資」「未来への投資」とおっしゃったように、コービノミクスは単に社会保障政策というだけではなくて、それ自体が不況を脱却し、働く人たちを豊かにするための経済政策でもあるわけです。福祉産業に投資をすれば、そこでの雇用が増えて消費も拡大し、経済成長が促される、といったように。

 

ブレイディ よく誤解されがちなのは、労働者階級の人びとは、要するに生活さえ保障されればいいんだろう、と思われることなんです。新自由主義者、つまり、ブレアやサッチャーにそれは顕著でした。一番低いところには福祉を与えておけばいい、という考え方です。

 

でも、実際には労働者階級の人びとは誇り高い人びとですから、誰かの施しで食べさせてもらうのではなく、自分の力で働いて豊かになりたいと思っています。だからコービノミクスは単なる社会保障充実政策ではないのです。取り残されている人びとがいないように、みんなで一緒に健康的に成長しましょう、っていう経済政策なのです。でも景気が悪化して雇用が減ると再分配はやはり社会保障的なものになってしまう。労働者たちはそれは望んでないと思います。

 

北田 いまお話に出たように「再分配政策と経済政策を切り離して考えてはいけない」というのが、この本の大きな主張の一つだと思うのですが、日本ではこの二つが切り離されて考えられがちなのが問題だと思います。

 

「借金が多くて国家財政が危機なので、未来にツケを残さないように節約しよう」というと耳に心地がいいけれど、何度も言うように、それは現実には財政赤字削減のために国民の生活を犠牲にすることにしかならないじゃないですか。「大企業に課税したお金を社会保障費に回す」と言っても、やっぱり同時に景気を回復することを目指さないと、それだけでなんとかなるとはとても思えません。与党が改憲と引き換えに大胆な再分配重視を打ち出したら旧民主系は何も手がなくなる。【次ページにつづく】

 

 

「無からお金をつくり出す」?

 

北田 ただ、よくある批判として、財政出動で「人に投資して経済成長をするんだ」と言った場合に、やっぱり「投資するにも先立つものがないと」というものがありますよね。「財政出動の財源を借金でまかなったら財政破綻する」という声をよく聞きます。

 

実際、わたしも「リベラル懇話会」(現在の与党に対して危機感や不安を覚える市民にとっての有効な「受け皿」となりうるリベラル政党のために、人文社会科学の研究者有志によって実現可能な政策パッケージを検討する研究会)の活動で民主党(当時)の人たちに長々と「再分配政策と経済政策を切り離して考えてはいけない」という政策提言をしたあとに、「でも財源がない」と返されてしまってがっくりしたことがあります。

 

松尾 さっきも言ったとおり、ケインズの時代にも同じように「不況で税収が萎んでいるから財政均衡しろ」と言われていました。あとでお話ししますけど、実際にそれをやってとんでもないことになったのが、ワイマール時代のドイツです。他方、アメリカではニューディール政策がとられましたけど、別に財政破綻も悪性インフレも起きませんでした。

 

本当は、政府がその気になりさえすれば、財政破綻を引き起こさずに財源を確保することは簡単にできるんです。本来、ケインズ主義政策というものは、単に不況下で人びとの職をつくるために政府が公共投資するというだけではないんですよね。そもそも、なぜ政府がそんなことができるのかというお話の前提にこれがあるんですけど、ひとことで言うと、財政出動のお金というのは中央銀行(日本の場合は日銀)が金融緩和で「無からつくり出して」いるんですよ。要するに、中央銀行がお金をどんどん刷りまくってばらまいているわけです。バラマキとか言うとまた印象悪いかもしれないけど(笑)。

 

ブレイディ 「無からお金をつくってばらまく」とかひとことで言うと、「錬金術じゃないか?」とか言って怒られそうですよ(笑)。

 

松尾 少し専門的な話になりますが、詳しくお話しします。そもそも、ケインズ主義政策の大前提には、金本位制をやめるということがあるんです。金本位制というのは、一円の価値が「金貨何グラム」という風に決まっている、という制度ですね。一定量のお金をもっていくと中央銀行が金貨と交換してくれる。このシステムの下では、たとえ紙幣を使っていたとしても、お金の正体は金貨です。

 

でも、中央銀行にある金貨の量にはどうしても限界がありますよね。だから世の中に出回るお金の量は、中央銀行の金貨の量にどうしても制限されてしまいます。そうすると「不況下でみんな困っているから、政府支出をして景気を良くするために、お金をどんどん刷りましょう」と言っても、日本銀行の中の金貨があまりないと刷れないんですよね。つまり、ケインズ主義政策というのは、金本位制をやめて自由にお金をつくれるようになったからこそできた。これがまず一つです。

 

北田 はい。それで、世界恐慌に見舞われた一九三〇年代に、各国がみな金本位制を一時的に停止しましたね。その時はあくまで緊急措置でしたが、戦後の一九七三年に本格的に変動相場制に移行して以降、金本位制は完全になくなっています。だから、いまや各国の中央銀行は持っている金貨の量に左右されずに、「無から」お金を刷ることができる。しかし、結局政府の国債を買い取ったりして中央銀行がお金を刷っているわけだから、「それも借金じゃないか!」とか言う人もいますよね。

 

松尾 ただ、国の借金というのは普通の借金とは性質が違うんですよ。たしかに、金本位制をやめてお金を「無からつくり出す」といっても、結局、日銀が政府の国債などの資産を買い取って、その分のお金をつくっているわけです。じゃあ、「この国債は借金じゃないか」ってなると思うんですけど、よく考えてみてください。そもそも、そのお金はどこに対する借金なのかっていうと、民間の企業ではなくて日銀に対する借金なんですよね。

 

日本の場合、大半の借金は別に外国から借りているわけではありません。一応、いまの日本では、財政法第五条で、国会で特別に認められた時以外は、日銀が政府から直接国債を買い取ることは禁じられているので、通常だと政府が直接お金を借りるのは、民間の国内銀行からです。でも、最近では銀行が持っている国債を日銀が大量に買い取ってお金を出しています。結局債券市場を一度通してから、日銀がそこから国債を買い取っているだけなので、間にクッションは挟んでますけど、政府が日銀からお金を借りているのと同じことになります。それでいま、国債の四割くらいは日銀の金庫の中に入っています。やろうと思えば、民間流通している国債をもっと日銀が買い取ることもできます。

 

ここでのポイントは、実は政府の日銀に対する借金というのは、期限が来たら借り換えをして、また期限が来たら借り換えをして……という風に、永久に先送りすることが可能だということです。つまり、事実上、好きな時まで返さなくてすむという仕組みになっているんですよね。当たり前ですが、これは合法ですよ(笑)。日本でもこの借り換えということは以前からおこなっています。

 

もちろん、こういう風に返済期限を無限に先送りしても、国債の利子分は日銀に払わなければいけないんですけど、日銀というのは収益から職員の人件費などの経費を差し引いた額を「国庫納付金」として政府に戻していますから、事実上利子がないのと同じです。職員の人件費を普通の公務員と同じように税金でまかなっているみたいなものですからね。

 

ブレイディ 「負債」の問題をどう考えるのかってことは、欧州の反緊縮運動の間でもさかんに議論されています。緊縮派はすぐ「借金、借金」って言うけど、松尾さんのおっしゃるように、中央銀行への借金は普通の意味での負債とはぜんぜん意味が違うんですよね。

 

北田 要するに、適切な経済成長が促されて税収が増加するタイミングまで、政府は返済期限を延ばし続けることができる、ということですね。

 

松尾 はい。実際、アメリカや英国など戦後の先進国で債務を完済した国は一つもありません。じゃあなぜ誰もそのことを問題にしなかったかというと、経済成長によって政府債務のGDP比の割合が徐々に減っていったからなのです。次頁のグラフは、イギリスの政府純債務のGDPに対する比率の推移ですが、ピークの一九四七年にはなんと二三七・九パーセントもありました。それが戦後の経済成長の中でどんどん低下していって、底は一九九一年の二五・二パーセントにまで至りました。近年また上がっているのは、リーマンショックと緊縮政策による経済低迷のせいですね。

 

もっとも、政府債務のGDP比のレベル自体、高いからといって一概に問題にするようなものではありません。そもそも、いままでの話の中でちょくちょく話題にあがった『1945年の精神』で出てくる、アトリー内閣ができた一九四五年の政府純債務のGDP比はいくらだったかと言うと二一五・六パーセントですね。いまの日本は、騒いでますけど一二〇パーセントくらいですよ。この時点で、戦後の高度経済成長時代がくると思っていた人はおそらくほとんどいなかったと思います。それにもかかわらず、充実した福祉国家を建設しようと決断したわけです。

 

ブレイディ 松尾さんはよく「財源はある、必要なのは政治的意志だ」とおっしゃってますもんね。

 

松尾 はい。「日銀の金庫の中の国債を期限がきても借り換えする」などと言うと、何かその場しのぎの怪しげなことをやっていると思われるかもしれませんが(笑)、実はこれは経済においてはごく普通の手段なんです。

 

たとえば、正常な経済の状態の時にも、世の中を回しているお金というものがありますよね。その世の中に流通しているお金というのが、一体どこからきているかというと、これもやっぱり日銀がなんらかの資産を買って発行しているものなんです。その資産の中心が国債です。そうすると、世の中にお金が出回っているということは、その裏で日銀の金庫の中にその分の国債があり続けているということです。

 

つまり、国の借金を全部日銀に返すということは、そもそも世の中からお金が全部消えてしまうことを意味しているんですね。だから、正常に世の中を回すために出しているお金と同じ分の国債は、政府が返さずに永久に借り換えして日銀が持ち続けるのが当たり前なのです。将来景気が加熱してインフレが進んだとき、日銀が貨幣を吸収するために民間に売ったり、借り換えを停止したりする一部の国債だけが、返済が必要な借金になります。

 

日銀はデフレの時は国債などを買い取って貨幣を発行し(買いオペ)、インフレの時は国債などの手持ちの資産を売って貨幣を回収します(売りオペ)。こうして日銀は、世の中に供給される貨幣の量(マネー・サプライ)をコントロールしているのですが、こういう政策を「金融政策」と言います。

 

ブレイディ 「通貨にかかわる政策」という意味で、英語圏では「Monetary Policy」と言われています。

 

松尾 この「金融政策(Monetary Policy)」の中でも、世の中に出回る貨幣供給量を増やして金利を引き下げ、民間の需要を喚起するための政策を「金融緩和(Monetary Easing)政策」というのですが、「量的緩和(Quantitative Easing)政策」と言うのは、この金融緩和政策の「すごいやつ」のことぐらいに思ってもらっていいです。政府が発行した国債を、日銀が間接的な形で買い取ってお金をばんばん刷れば、これが財政出動の原資にもなります。それが僕が「無からお金をつくってばらまく」と言っている意味なんですね。一九三〇年代の恐慌の際のニューディール政策でも、政府は金本位制を停止させて大規模な金融緩和政策をとっています。

 

ブレイディ コービンも「人民の量的緩和(PQE:People’s Quantitative Easing)」というので同じ政策を唱えていました。中央銀行(イングランド銀行)がどんどんお金を刷って、国民のためにドーンと使う(財政出動する)べきだって。量的緩和でつくったお金を人びとのために投資する政策だから「人民の量的緩和」と言われているんです。

 

そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学

そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学書籍

作者ブレイディ みかこ, 松尾 匡, 北田 暁大

発行亜紀書房

発売日2018年4月25日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数320

ISBN4750515442

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