物価はなぜ上がらないのか?――「アマゾン効果」と「基調的な物価」のあいだ

3.アマゾン効果と「ヤマト運輸効果」

 

これらのことを踏まえると、アマゾン効果による物価の下押しは、基調的な物価の動きを左右するほど大きなものではない(限定的なものにとどまる)ものと判断される。だが、ネット通販の拡大による価格の押し下げが、消費者物価指数に十分反映されるようになれば、物価上昇率を全般的に押し下げる要因のひとつとなることは確かだろう。

 

もっとも、低価格を売りにしてネット通販が拡大していくためには、商品の配送料が低廉であるということが維持される必要がある。「宅配クライシス」がアマゾン効果の拡大を阻む要因となる可能性があることにも留意が必要である。

 

ネット通販の拡大による少量・多頻度の小口配送は、人員の確保などの面で宅配便の事業者に大きな負荷をもたらしている。このため、ヤマト運輸がアマゾン・ドット・コムに対して、当日配送の受託の縮小と運賃(配送料)の値上げを要請(2018年1月に合意)するなどの見直し動きが進展してきた。

 

こうした動きのもとで、17年の年央以降、宅配便の運賃(送料)の値上がりが生じている(図表7)。この値上げ分を事業者と消費者のいずれが負担するとしても、このような動きは、商品価格・送料の値上げや無料配送の縮小などを通じて、ネット通販のコスト面での優位性を低下させる要因となるものである。アマゾン効果について考える際には、このような「ヤマト運輸効果」についても併せて注視していくことが必要ということになる。

 

 

図表7 宅配便の運賃(送料)の動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」、日本銀行「企業向けサービス価格指数」より作成

 

 

4.この道はいつか来た道?

 

「物価が上がりにくいのはネット通販のせい」という説は、日本銀行のレポートの執筆者の意図を離れてひとり歩きしつつあるようだが、ここで思い出されるのは2014年の「冷夏」をめぐるエピソードだ。

 

14年4月には消費税率の引き上げ(5%から8%へ)が実施されたが、14年春の時点では、その影響は一時的なものにとどまり、夏には景気が「V字回復」するものとされていた。だが、9月下旬に相次いで公表された8月分の百貨店・スーパー・コンビニの売上高が、いずれも5か月連続で対前年同月比マイナスとなるなど、秋口になっても消費の回復は確認されなかった。

 

折しも11月に消費税の再増税(10%への引き上げ)の実施・延期の最終判断が控えていたことから、関係者の間で景気回復の遅れが懸念されたが、そこで登場したのが「景気回復が遅れているのは天候不順(冷夏)のせい」という説明であった(この間の経過と天候不順が消費に与えた影響についての評価については中里透「天候不順の経済分析」を参照のこと。

 

その後も家計消費は停滞を続けたことから、次に登場したのは、「消費が停滞しているようにみえるのは家計調査(総務省)のバイアスのせい」という説明であった。この議論は、15年10月16日の経済財政諮問会議における麻生財務大臣の発言をきっかけに盛り上がりをみせた。消費に関する統計の見直しは、日本銀行による消費活動指数の作成(16年5月公表開始)と総務省による消費動向指数の作成(16年3月公表開始)というかたちで結実したが、結局のところいずれの指標を利用した場合にも、14年4月を起点に消費が大きく落ち込んで、長い期間にわたって停滞した状態が続いたということには変化がみられなかった(図表8)。

 

 

図表8 消費の動向

(資料出所)総務省「家計調査」、日本銀行「消費活動指数」より作成

 

 

このように、当初の予定通りに物事が進まない場合に、ユニークな理由付けが登場することはしばしばあり、ネット通販の拡大と物価動向をめぐる議論も、14年の「冷夏」と同じような経過をたどるおそれがある。

 

もっとも、このような方向で議論が進められていくことについては、その費用対効果がどの程度高いものか、慎重かつ冷静な判断が求めれられることになるだろう(もちろん、ネット通販経由の販売価格を消費者物価指数にきちんと反映させること自体は重要な課題であり、この点については総務省統計局においてすでに検討が進められている)。

 

なお、14年4月を起点とする消費の停滞については、消費増税の影響によるところが大きいとの認識が共有されつつある。このような消費増税後の需要の弱い動きが、原油価格の下落や新興国経済の減速とあいまって、2%の物価安定目標の達成を後ずれさせる結果となったというのが、日本銀行の「総括的検証」(16年9月)で示された判断ということになる。

 

 

5.物価はなぜ上がらないのか?

 

7月30・31の両日に開催予定の金融政策決定会合における「展望レポート(18年7月)」のとりまとめに際しては、「物価はなぜ上がらないのか」ということが大きな論点となりそうだ。

 

この点について考えるための手がかりとして、7月20日に公表された消費者物価指数(全国・6月分)をみると、ヘッドライン(総合)は対前年同月比0.7%の上昇となっているのに対し、コアコア(食料及びエネルギーを除く総合)は横ばい(0.0%)となっている。

 

ここからわかるのは、現在の物価上昇の大半が食品とエネルギー関連品目の値上がり(コストプッシュ要因)によるものであるということだ。食品や電気・ガス料金、灯油、ガソリンの値上がりによる物価上昇を、デフレ脱却に向けた前向きな動きと手放しで喜ぶことは難しい。

 

先ごろ公表された5月分の百貨店・スーパー・コンビニの売上高はいずれも前年割れとなったが、このような消費の弱い動きを踏まえると、食品や光熱費などの値上がりを受けて、家計の節約志向が高まっている可能性がある。実際、購入頻度別に品目を区分した物価指数をみると、頻繁に(1か月に複数回)購入する品目の物価は対前年比2%以上のペースで上がっており(図表9)、購入頻度が低い品目の上昇率が0%台前半にとどまっていることと明確な対照をなしている。

 

 

図表9 消費者物価指数の推移(年間購入頻度別)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

 

 

物価が上がりにくい理由としては「根強いデフレマインド」の存在がしばしば強調される。だが、13年の年央から14年の春にかけては、むしろ物価高が話題となっていたことを想起すると、この説明がどの程度の妥当性を持つものなのか、ということにも留意が必要である。物価動向に上記のような跛行性があることを踏まえると、デフレマインドよりも「体感物価」の上昇が、めぐりめぐって物価が全般的に上がりにくい状況をもたらしている可能性についても考慮する必要がありそうだ。

 

すなわち、やや逆説的ではあるが、食品やガソリンなどの値上がりが家計の節約志向の高まりをもたらし、そのことが消費の手控えを通じて売上げの伸び悩みにつながって、企業の価格設定行動に影響を与えた可能性がある。14年4月の消費税率引き上げを機に、実質所得の低下を起点とする消費の停滞が生じ、物価が弱含みとなった経過を踏まえれば、このような検証の必要性は容易に理解されよう。

 

リーマンショック後、継続的に下落している家賃(持家の帰属家賃を含む)という「岩盤」の存在を踏まえると、2%の物価安定目標の達成に困難が伴うことはたしかだが、未達の原因をアマゾン効果に求めてよいかとなると話は別だ。「物価が上がらないのはネット通販のせい」とやってしまうと、2014年の「冷夏」に続いて今年の夏も不思議な夏ということになりかねない。物価と所得と消費の間の基本的な関係に立ち返って現状をつぶさに点検し、落ち着いた環境のもとで誤りのない判断がなされていくことが望まれる。

 

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