消費税は引き上げられるか?――現代金融理論と「反緊縮」の経済学

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3.消費税は引き上げられるか?

 

5月13日に公表された景気動向指数(内閣府)では景気の現状に関する基調判断が「悪化」に下方修正された。20日に公表されたGDP速報値では1-3月期の実質成長率(季節調整値・対前期比)が0.5%(年率換算2.1%)のプラス成長となったが、これは輸入の大幅な減少によって経済成長率が大きく押し上げられたことによるものであり(輸出と輸入の差額である純輸出が増加するため、輸入の減少はGDPの成長率にプラスの寄与)、家計消費、設備投資、輸出はいずれも前期比マイナスとなっている。このように足元の景気が微妙な情勢となる中、今年10月に予定されている消費増税の実施・延期をめぐる判断に注目が集まっている。

 

最近時点における景気の弱い動きがこの先も続いていくとすると、増税をきっかけに日本経済がデフレに逆戻りすることが懸念される。一方、今回の増税については増税対策としてポイント還元など万全の措置が採られていることから、増税による景気の下押しは軽微であるとの見方もある。そこで、以下ではこれらの点について具体的に検討してみることとしよう。

 

 

増税対策(負担軽減策)は機能するか?

 

一般に消費増税は景気にマイナスの影響をもたらすものと思われているが、増税の影響を減殺する措置が講じられている場合には、増税の影響は割り引いてみることが必要になる。極端な例であるが、2%の増税分をそのまま消費者に現金で戻す措置がとられるならば、増税によるマイナスの影響は生じない。

 

もっとも、今回の増税に伴う負担軽減策はポイント還元や自治体ポイントの付与などの形で実施され、増税分がすべて消費者に還元されるわけではないことから、増税の影響については慎重な見極めが必要となる。

 

たとえば、10月から実施されるポイント還元については今年度分として2798億円が計上されているが、このうち消費者に還元される分は1800億円程度と見込まれており(残りの1000憶円は事務費などに充てられる)、これを総人口で割って1人当たりにしたうえで日割り計算をすると、還元額は1人当たり1日8円程度となる。収入や消費支出の額は家計や個人によって区々だが、たとえば4人家族で1日当たり30円程度のポイント還元を実施することで、はたして増税に伴う負担感が大きく軽減されることになるのかという点については注視していく必要があるだろう。

 

今年度の予算では増税対策のための「臨時・特別の措置」として2兆0280億円が計上されているが、この措置の内容についても留意が必要となる。この2兆円のうちポイント還元やプレミアム商品券などの形で家計に直接還元されるのは7千億円弱にとどまり、残りの1.3兆円強は国土強靭化のための公共事業に充てられることになっているためだ。

 

消費税率が8%に引き上げられた2014年にも国費ベースで5.5兆円の経済対策が策定され、そのうち「復興、防災・安全対策の加速」のための経費として 3.1兆円が確保された。だが、2014年度の公共投資(公的固定資本形成)は前年度の実績を下回り、実質成長率に対してマイナスの寄与をする結果となった。建設業における人手不足が2014年当時と比べて改善しているとはいえない現状を踏まえると、公共事業の執行が順調に進んで景気の下支えをすることが期待できる状況にあるのか、十分な点検が必要となる。

 

 

景気動向をどのように見るか?

 

 3月の景気動向指数の基調判断が「悪化」に下方修正されたことから、このところ、景気減速についての関心が急速に高まっている。もっとも、以前指摘したように、景気は昨年(2018年)の年初あたりからすでに足踏みの状態が続いてきたわけであり、景気は1年以上前から弱含んでいたことになる。こうした中、昨年秋以降、輸出が伸び悩んだことなどから今年に入ると生産活動の水準が大きく低下し、景気後退のリスクが現実のものとして意識されるようになった。

 

このような景気の動向を個別の項目ごとに点検すると、家計消費についてはほぼ横ばいか微減にとどまっており、これまでのところ、消費が大きく崩れる状況とはなっていない。ただし、消費者のマインドについては大幅な低下がみられることから(消費者態度指数は7か月連続で低下)、先行きについては注意してみていく必要がある。

 

雇用・所得環境についてみると、雇用は引き続き堅調に推移している一方、今年の年初から実質賃金の低下が続いている。総雇用者所得(実質値)は増加が続いてきたが、18年の春先から伸び悩んでおり、最近は頭打ちの状態となっている。この点を踏まえると、所得の増加を通じて消費が大きく増加することは当面見込みにくい。

 

設備投資は、18年中は堅調に推移してきたが、昨年秋以降、設備投資の先行指標である機械受注が弱い動きとなるなど、先行きの不透明感が高まっている。輸出も昨年秋以降、弱い動きとなっている。

 

このように、総じて景気は減速傾向が強まっており、現時点で利用可能なデータからみる限り、先行きについても急回復を見込むことのできるような状況は期待できないことが確認される。改元と10連休で消費が盛り上がり、マインドが改善したと期待する向きもあるが、4月の景気ウォッチャー調査を見る限り、現状・先行きともには弱い動きとなっており、期待されているような大きな変化はみられない。

 

こうしたもとで、消費者物価指数(対前年同月比)は、コア(生鮮食品を除く総合)でみると0%台後半、基調的な物価の動きを表すとされる日銀版コア(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)でみると0%台前半で推移している。いずれの指数も前月比でみるとほぼ横ばいで推移していることから、足元における物価上昇の勢いは弱く、景気を下押しするショックが生じると、再びデフレに逆戻りするおそれがある。

 

景気の減速を受けて長期金利(10年物国債利回り)は低下し、足元では再びマイナス圏での推移となっている。

 

 

増税の実施・延期をめぐる判断は?

 

第二次安倍内閣の発足以来、消費増税の実施・延期の判断は、デフレ脱却と財政健全化という2つの政策目標の間で揺れてきた。現時点についてみると、「2%の物価安定目標をできるだけ早期に実現する」というデフレ脱却の数値目標と、「2019年10月に消費税率を2%引き上げる」という財政健全化の数値目標の間でせめぎあいが生じているということになる。

 

このいずれの目標をどの程度重視するかは人によって区々であり、最終的には有権者の選択(参院選か衆参同日選かはともかく)に委ねられるべき課題ということになるが、デフレ脱却という観点からすると、現時点において基調的な物価の弱い動きが続いていることに十分な留意が必要となる。

 

財政健全化という観点からすると、増税を先送りした場合に長期金利に不規則な動きが生じないかということが留意点となる。14年11月と16年6月の増税延期表明後の長期金利の推移をみると、いずれの局面においても延期表明後に長期金利が過去最低の記録を更新しているが(2014年12月25日と16年6月13日)、このような金利の低下によって国債市場に不規則な動きが生じることはなかった。景気の減速を受けて、足元では長期金利が再びマイナス圏で推移しているが、過去の経過も踏まえ、増税を先送りした場合のリスクについてさらに検討を進めていくことが必要となる。

 

ここまでみてきたように、現代金融理論に対する関心の高まりは、緊縮的な財政運営の見直しをめぐるより広範な動きの文脈の中で理解することが適切ということになる。はたしてその提案を実行に移すことができるかとなると、政策効果の不確実性や実施に伴うラグなどの問題があるが、このことは10月に予定されている消費増税の負担軽減策にも当てはまる。景気の悪化に対して金融緩和による対応の余地が限られていることにも十分な留意が必要となる。今後の動向を引き続き注目していきたい。

 

 

参考文献

 

・Blanchard,Olivier(2019)”Public Debt and Low Interest Rates,” NBER Working Paper No. 25621.

・Eggertsson,Gauti .Ragnar Juelsrud, Lawrence Summers and Ella Getz Wold(2019)”Negative Nominal Interest Rates and the Bank Lending Channel,”NBER Working Paper No. 25416.

・Krugman,Paul (1998)”It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap,”Brookings Papers on Economic Activity, 2.

 

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vol.269 

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