ライフの視点からみた日本のワーク・ライフ・バランス

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買い物動向からみる生活水準

 

そうした環境で、消費者は実際どのような行動を行うのか。そこで、時間帯ごとの買い物動向に着目し、過去や海外との比較を通して消費者の行動実態を明らかにしていきたい。具体的には、日本の買い物動向については1986年と2016年に行われた社会生活基本調査をもととする。また、海外の例としてフランスを取り上げ、フランスの買い物動向については、1974年と2010年に行われたINSEEの調査(Enquêtes Emploi du temps)を活用する。日仏比較に関しては、統計の取り方や実施時期が若干異なっているため単純比較はできないが、大まかなトレンドは読み取れるであろう。

 

図3-1 時間帯別買い物行動率


(出所)『社会生活基本調査』(2016)および” Enquêtes Emploi du temps”(2010)をもとに筆者作成

 

図3-2 時間帯別買い物行動率


(出所)『社会生活基本調査』(2016)および” Enquêtes Emploi du temps”(2010)をもとに筆者作成

 

図3-3 時間帯別買い物行動率


(出所)『社会生活基本調査』(2016)および” Enquêtes Emploi du temps”(2010)をもとに筆者作成

 

 

まず、2016年に行われた社会生活基本調査と2010年に行われたフランスでの調査を比較しよう。平日の買い物動向をみると、フランスはおおむね21時前までに買い物を終えている一方で、日本では24時なっても少数ながら買い物をしている(図3-1参照)。こうした夜の買い物傾向は土・日においても同様にみられる(図3-2、図3-3参照)。より詳細にみていくと、日本では、どんなに遅くなっても、少数ながら買い物しているが、フランスでは、平日では21時40分以降、統計上、買い物客はゼロとなっている。日曜日では、もっとも早く20時半以降、買い物をしている者はいない。

 

また、この比較でもっとも対照的なのが、日曜日の買い物動向である。平日・土曜日にくらべて、日曜日の買い物の割合は、日本でもっとも高く、フランスでもっとも低い。フランスのみならず、ヨーロッパ諸国は一般的にキリスト教の影響が強く、日曜日は働かない伝統を引き継いでいるとともに、「日曜法」などの法律で法的にも規制されている背景がある一方で、日本は、日曜日に普段にもまして買い物を行っている。日曜日にお店が閉まるフランスと、日曜日にこそお店に行くという日本の社会通念のちがいが改めて浮き彫りとなったかたちだ。

 

さらに、特筆すべきは平日と土曜日の15時以降の動向である。日本は終始なだらかな曲線を描いている一方、フランスはいくつかの階段状になっており、切りのいい17時、18時、19時といったところで一気に下降していることがわかる。なぜこうした違いが出るのだろうか。これこそ、フランスは企業側の都合で店を閉め、日本はお客様のために店を開けている証左だと考えられる。すなわち、たとえ潜在的なニーズがあっても、時間が来たので閉めるフランスと、お客様が困るので開けておこうとする日本の小売業の姿が示唆される。

 

フランスでのこうした消費者の動向は、店が閉まる前に済まそうとする行動とも、あるいは時間が過ぎたのであきらめた動きともとれる。後者であれば潜在的なニーズを取りこぼしていることにはなるが、逆に考えれば、閉店時間を早めに設定することで、消費者に前者の行動をうながす効果があるとさえ考えられる。

それに対し「お客様ファースト」の日本では、対照的に、時間に制約されないスムーズな買い物が可能となっており、消費者にしてみれば、いずれの時間においても、外的な障害はなく、まさに好きな時間に好きなものが買える社会となっていることがうかがえるだろう。

 

図4 時間帯別買い物行動率


(出所)『社会生活基本調査』(1986,2016)をもとに筆者作成

 

次に、過去との比較である。図4にあるように、バブル絶頂期でもある1986年と比較した際、どのようなことがわかるであろうか。「24時間戦えますか」という歌詞が象徴的なバブル時代ですら、今よりは早く買い物を切り上げていたことがわかる。すなわち、バブル時代とくらべ低成長期になったにもかかわらず、営業時間が長くなり、買い物時間帯が遅くなっていることがわかる。

 

一方フランスはどうか。フランスでは、もともと早い「店じまい」の時刻がこの30年で土曜日を除きより早くなっていることが統計上明らかとなった。先にも述べた買い物客が統計上ゼロになる時刻は、平日では21時50分から21時40分と10分前倒しに、日曜日に関しては、21時25分から20時30分と1時間弱も前倒しになっている。

 

 

ライフがワークを規定する

 

以上のように、日本は低成長期にもかかわらず、お客様の便利のために店を開ける時間を延長してきた。しかし、こうしたな生活の裏には、そのために働く人々がいることを忘れてはならない。

 

図5 営業時間階級別の従業員数

(出所)経済産業省『商業統計表』をもとに筆者作成

 

先述の営業時間の長期化に話を戻そう。営業時間別に店舗で働く従業員数の割合を示した図5によると、近年、12時間以上営業する店舗で勤務する従業員の割合が高まっている。とりわけ、終日営業の店舗で働く従業員の割合は、1982年では0.4%であったのが、2014年には11.5%と30倍近く増えている。このように少なくとも小売業においては、80年代にくらべ深夜や早朝に働く割合が高まっている。もちろん、自らすすんでそうした勤務時間を選んでいる場合もあるが、お客様の便利のために、お店を長く開けることになった結果、誰かがそのサービスを担わないといけないことになるのである。

 

まさに、このことこそライフがワークを規定する実例のひとつといえるであろう。すなわち、便利な社会を成り立たせ、便利な生活を維持させるためには、そのために誰かが働かざるを得ないのであり、そうしたわれわれのライフがわれわれのワークを規定する側面がある。実際、最近社会問題化しているコンビニオーナーの過酷な労働実態はまさにその一例であろう。

 

もちろん、実態はもっと複雑であろう。たとえば、長引く残業のために買い物が遅くならざるを得ないといった事情もあるであろう。もしそうであれば、ワークがライフを規定し、さらにライフがワークを再び規定するという悪循環としてとらえることも可能であろう。

 

また、ともすると「おもてなし精神」で企業側がお客様を「忖度」した結果、望んでいないにもかかわらず過剰に営業時間を延ばしている可能性もある。そうであれば、まずは、少なくとも企業側に行き過ぎたお客様ファーストの意識を改める必要があるであろう。しかし、この点においても、消費者がそうした企業努力に甘んじている態度こそが企業の行き過ぎたサービスを生み出していることをわれわれは肝に銘じるべきである。その結果、最終的に労働者にしわ寄せがくるという意味で、この場合もやはりライフがワークを規定しているといえるのではないか。

 

 

身の丈にあったライフスタイルへ

 

今回は、日本のワーク・ライフ・バランスに関して、主流に反しあえてライフの立場から問題を考察してきた。高度成長とともにGDPが伸び、それに伴い生活水準も欧米並みあるいは欧米以上になった。しかし、GDPは下がれども、そうした生活水準は下がることは見受けられなかったどころか、消費者の行動を見る限り、便利さという点ではますます便利になっていることがうかがえた。

 

GDPが下がり本来の身の丈以上の便利さが日本では追求されるなか、皮肉なことに、低成長時代だからこそ、そうした便利さを追求するモデルこそが、日本の経済や社会にとって、生き残るための唯一の道だと狂信し、身の丈以上の便利さへの追求が是認される傾向にあるのかもしれない。

 

もちろん、今回は日本の生活水準について一面を明らかにしたに過ぎないが、現在の日本は、高度成長期やバブル崩壊後も生活水準を維持あるいは向上してきたため、本来の身の丈以上に無理をしている可能性が大いにある。過剰な便利さや過剰なサービスを追求し、身の丈以上の生活水準にあわせて必死に生活するか、あるいは身の丈にあったライフスタイルへ変えていくか。

 

いま、働き方改革同様、「暮らし方改革」についても真剣に考えるときに来たのかもしれない。身の丈以上の生活水準にあわせ、それをなにも疑わず当たり前ととらえ、必死にそれを維持しようとするようなライフスタイルについて、ここで一歩立ち止まり改めて見直すことこそが重要であり、ワーク・ライフ・バランスの推進にむけて、われわれのライフにこそ目を向けるべきなのではないか。

 

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vol.269 

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