これから必要なのは雇用形態の多様化と解雇規制の強化

前回の「世代間格差は『解雇規制の緩和』では解消されない」という記事において、わたしは「解雇規制を緩和すれば企業が無能な正社員を解雇して若者を雇うはずだ。したがって世代間格差解消のためにも規制緩和は必要である」といった議論のどこに問題があるのかを指摘しました。

 

その概要は、解雇規制を緩和しても既存の正社員はそれほど解雇されないし、解雇されたとしても代わりに若者が多く雇われるとはいえないというものです。そして若者の仕事を増やすために有効な施策としては、「雇用形態の多様化」などが必要であると主張しました。

 

しかし、なぜ解雇規制の緩和が既存契約に与える影響だけをわたしが考察しているのかという疑問を持った方もいるかもしれません。実際にTwitter上でも「一度雇ったら簡単には解雇できないからこそ企業はなかなか労働者を雇わないのであり、解雇規制が緩和されたら安心して多くの労働者を雇えるようになるはずだ。その効果をなぜ無視するのか」という内容の質問を頂きました。

 

この疑問に対する答えは、以下のようなものです。

 

まずわたしは、解雇規制の緩和により若者が採用される可能性を、(1)既存の正社員の置き換えによる雇用創出と(2)それとは無関係に、安心して雇えることにより新規の雇用が増える効果とに分けて検討しています。

 

そして前者については置き換えられる可能性が低いことを指摘し、また後者については、解雇規制緩和でもたしかに新規雇用は増えるのですが、それよりも雇用形態の多様化の方がさらに望ましい施策だと考えているのです。

 

前回の記事ではこのような議論の流れを丁寧に説明せずに、後半部分に関しては多様化が必要であるという結論部分だけを述べています。それにより、皆さんを混乱させてしまったかもしれません。

 

そこで今回は、なぜ解雇規制の緩和ではなく、雇用形態の多様化が必要なのかを説明したいと思います。正確には、(a)現状の労働法制、(b)解雇規制の緩和、そして(c)雇用形態の多様化の三つを比較検討します。そして新規契約が多様化される場合には、必然的に解雇規制が強化されるという点も併せて解説しましょう。

 

前回述べたように、既存の長期雇用契約に関しては解雇規制の緩和ではなく規制の合理化と明確化が必要です。また今後の雇用契約については、今回説明するように契約の多様化に伴い解雇規制が強化されることになります。その結果として、解雇規制の緩和は不要であるという結論にたどり着くわけです。

 

 

解雇規制緩和の弊害

 

まず解雇規制の緩和により仕事を増やそうとすることには、どのようなデメリットがあるのかを指摘しておきましょう。それは労使双方が望んだとしても長期雇用が実現しにくくなるという点です。このことを理解するためには、現在の労働法制がどのようなものになっているのかを先に確認しておく必要があるでしょう。

 

じつは、わが国では定年までの長期雇用契約というものが結べないことになっています。なぜでしょうか。

 

それは歴史的経緯から、過度に拘束的な働き方になってしまうことを防ぐために、分かりやすくいえば奴隷労働を防止するために、契約期間に対する上限規制が必要だと考えられていたからです。

 

このような理由により、2004年に労働基準法が改正されて有期雇用の上限が原則として3年(例外5年)になるまでは、期間を定めた雇用契約は1年までとされていました(=有期雇用)。そして上限を超える長期の雇用は、多くの場合は期間の定めのない契約(=無期雇用)というかたちで行われているのです。

 

したがって、わが国では、企業が労働者を雇う際の契約期間は、原則として3年までの有期か、無期かを選ぶことになります。しかし民法で定められている無期雇用とは、一定の条件の下で労働者側からも使用者側からも一方的に契約を打ち切ることができるものとされています。つまり、このままでは定年までの長期雇用は実現できません。

 

そこで俗に終身雇用と呼ばれる定年までの長期雇用は、無期雇用契約と解雇権濫用法理(労働契約法第16条)、そして整理解雇法理を組み合わせることで、どうにか可能とされているのです。

 

ここで長期雇用を実現するために必要だった解雇規制を緩和したらどうなるでしょうか。労働者を解雇し易くなると、たしかにそれにより新規の雇用は増えるのですが、同時に、長期雇用が成立しにくくなってしまいます。

 

前回も説明したように、わが国では少なくない割合の企業において、長期雇用が労使双方の利益になっていると思われます。このことは現在のように新卒の就職が厳しい環境下でも、かなりの学生が長期雇用の正社員として企業に新規採用されていることからも分かりますね。それなのに、このような働き方を難しくしてしまうのはもったいないとは思いませんか。

 

もちろん解雇規制が緩和されたとしても、長期雇用が完全に不可能になるわけではありません。たとえば、新卒採用を毎年行っている会社などでは、使用者側が長期雇用を保障すると宣言して採用し、実際にその約束を守っていたなら、労働者は雇用保障があることを信じるでしょう。

 

ここで重要なのは、企業が一度でも約束を破って労働者を安易に解雇したら、残された社員が会社を信じなくなることが予想されるために、長期雇用に利益があると考えている企業は、良い評判を維持できるように行動するという点です。

 

しかしこのように「評判」の機能により長期雇用を実現することには不安定性が伴います。やはり労働者からみても実質的な保障の程度が不明確になるというデメリットがありますし、それにより現在雇われている企業でしか使えない知識や技能の蓄積に対して労働者が積極的ではなくなるとしたら、結果として使用者側にとっても損失となります。また新興企業のように、まだ信頼関係が築かれていない場合には「評判」のメカニズムが機能しない恐れもあります。

 

そこで、新規の雇用を増やせるだけでなく、労使双方が望む長期雇用を妨げない別の方法はないかと考えたときに、有力な候補となるのが雇用形態の多様化なのです。

 

 

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