2011.02.05

世代間格差は「解雇規制の緩和」では解消されない

安藤至大 契約理論 / 労働経済学 / 法と経済学

経済 #解雇規制#雇用#世代間格差

「ソリティア社員」と仕事がない若者

3月末に卒業予定の大学生に関して、昨年12月1日時点での就職内定率が68.8%と低く、過去最低を更新したことが一月中旬に報道されました。こうしたなか、若者が仕事をみつけにくい一方で、すでに正社員として働いている年長者は終身雇用により過剰に守られているのではないか、したがって解雇規制の緩和が必要ではないかといった意見が、最近頻繁にみられます。

たとえば、会社でたいした仕事もせずに暇そうにしていて、パソコンでソリティアなどのゲームをして時間をつぶす正社員がいるからこそ若者が雇われないのだといった話を、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

このような主張における「解雇規制の緩和」が、実際にどのような制度変更を意味するのかは必ずしも明らかではないのですが、暇なのに高給取りの正社員が1人解雇されれば若者が1人以上雇われるだろうという期待が、このような言説を支えているようにも思われます。

そこで本稿では、この議論のどこに問題があるのかを指摘し、世代間格差の是正のために本当に考えなければならないのはどのような施策なのかを検討しましょう。

解雇はなぜ行われるのか

解雇規制の緩和とその効果を議論するためには、まず解雇とは何かを知っておく必要がありますね。解雇には、懲戒解雇、普通解雇、そして整理解雇の三種類があります。

まず懲戒解雇とは、あらかじめ就業規則で定められた懲戒事由に該当する行為を、労働者が行った場合に行われる解雇を意味します。たとえば採用時に経歴詐称があったり、職場で盗みを働いたりした場合などがこれに当てはまります。

次に普通解雇とは、何らかの理由で、労働者がこれまで通りに仕事をつづけられない場合に行われる解雇を指すものです。たとえば犯罪行為により当該労働者が刑務所に入ってしまったら仕事をつづけられませんね。また何らかの理由で労働者がやる気をなくしてしまったときに、上司や周囲の人が真摯に当人に向き合って話し合ったとしても、そして負担の少ない仕事への配置転換などさまざまな手段を講じたとしても、やはり状況が改善されないとしたら、これも仕事をつづけられない場合に当てはまるでしょう。

そして整理解雇とは、時代の変化や技術進歩、そして消費者の好みの変化などの理由で、仕事がなくなってしまった場合に行われる解雇です。たとえば特定の事業分野からの撤退や工場の閉鎖により、これまで企業が雇っていた労働者が不要になってしまったケースなどを想定すればよいでしょう。

普通解雇と整理解雇の分かりやすい判別方法は、解雇が行われたあとに後任が雇われるかどうかをみることです。たとえば、ある労働者が解雇されたあとに、その人が担当していた仕事が残っている場合には後任が雇われるでしょう。これが普通解雇です。一方で、仕事がなくなったことが理由で解雇されたのなら、後任は雇われませんね。

また懲戒解雇や普通解雇は労働者側に責任があるのに対して、整理解雇は労働者側には責任がない、いい換えれば、労働者は悪くないのに解雇されることだと理解されるのが一般的です。

解雇規制とは何か

つづいて解雇規制とは何かを説明しましょう。これは使用者側が(雇う側のことを労働の専門家の間では「使用者側」といいます)労働者を解雇した際に、裁判所によってその解雇が権利の乱用であると認定された場合には、解雇が認められないことを意味します。裁判所の判例により形成されたこの解雇権濫用法理は、現在は労働契約法第十六条として定められています。

たとえば、職場のボールペンを一本だけ家にもち帰ったことが分かったからといって懲戒解雇をするのはやりすぎでしょう。また飲み過ぎて翌朝に遅刻した労働者は、たしかに契約通りに仕事を遂行できていないわけですが、それが初めてのことであるならやはり解雇は行きすぎだといえるのではないでしょうか。このような考え方から、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とされているのです。

しかし次のようなケースはどうでしょうか。あるラジオ放送局のアナウンサーが、朝寝坊してしまい定められた放送ができず、いわゆる放送事故を起こしてしまいました。そしてこれが一度だけでなく、二週間のあいだに2回も寝坊してしまったのです。

そこで放送局は、このアナウンサーは仕事を適切に遂行する能力がないと考えて普通解雇にしたところ、それが濫用ではないかとの争いになりました。そして昭和52年に示された最高裁判所の判断は、この解雇を無効とするものでした。これが普通解雇について争われた高知放送事件の概要ですが、人によってはこの場合は、解雇されても仕方がないと感じるかもしれませんね。

次に仕事がなくなったことが理由で行われる整理解雇についても考えてみましょう。定年までの長期雇用が想定されている正社員に対して、仕事がなくなったという理由で解雇するのは、長期雇用という約束の一方的な反故にあたるため、やはり解雇には正当な理由が必要とされています。

これが判例により形成された整理解雇法理とよばれるもので、整理解雇をする際には、(1)人員整理の必要性が本当にあるのか、(2)解雇を回避する努力をしたか、(3)解雇対象者の人選は合理的になされたか、そして(4)解雇に際して適正な手続きが行われたか、という四つの判断要素を考慮して、裁判所により解雇の有効性が判断されることになっています。

なぜ裁判所は場合によっては整理解雇を認めるのでしょうか。それはたとえば、このままでは近いうちに倒産してしまい労働者全員が失業してしまうが、一定の労働者を解雇して身軽になれば復活可能である場合などにおいては、整理解雇を行った方が労働者全体の利益となるからです。

おそらく倒産により労働者全員が失業者になってしまい、皆が同時に新たな職探しをするよりも、解雇を一部に留めることで同種の技能をもつ失業者が少ない方が、再就職は容易だと考えられるでしょう。

また、そもそも整理解雇が不可能であるとするなら、使用者は最悪のことを見越した労働条件を提示するでしょうし、労働条件がなかなか改善しないことにもつながりかねません。

そして企業にとっては労働者を雇うことの負担が大きくなるために、最初から少ない人数しか雇わないかもしれませんし、また仕事の一部を外国企業に下請けに出したり、人手を使わずに機械によって仕事を置き換えたりもするでしょう。これらはわが国の労働者全体の視点からも、望ましくないことだといえます。

解雇が容易になれば企業はクビを切るのか

以下では解雇規制の緩和により、仮に解雇が容易にできるようになったとして、企業がどのように反応するかについて考えてみましょう。

まず普通解雇については、解雇された労働者が適切に仕事を遂行できないことを裁判所に対して立証する際に求められる水準が、これまでよりも引き下げられることになります。また整理解雇については、使用者が労働者を解雇したときに、それが整理解雇だという主張が認められやすくなるでしょう。

それでは解雇が容易になったら、使用者は労働者を簡単にクビにするのでしょうか。皆さんが企業経営者だとしたら、どのように行動するかを考えてみてください。おそらくまともな経営者ならば、約束した賃金が高いからといって、年長者を次々と解雇するなどということはしないでしょう。

それは年長者の多くが高い技能や知識をもっているからという理由もありますが、同時に長期雇用の約束をして雇ったはずの年長者に対して、企業がその約束を果たさずに解雇するのをみたら、若い社員たちが「いずれ自分たちも同じ扱いをされるだろう」と考えて、熱心に働かなくなることが予想されるからです。

そもそも使用者側から労働者に対して長期雇用が提示されるのは、その企業でしか使えない特殊な技能を得るための努力を労働者に要求したいから、また労働者が収入の過度な変動を嫌う場合に、リスクの大部分を企業が負担する保険契約を結ぶことで労使双方が得するから、そしてキャリア形成の内容や労働時間、勤務地等を使用者側が一方的に決められる自由度が欲しいからなど、さまざまな理由によります。

これらのメリットがあるからこそ合意された長期雇用であるにも関わらず、長期雇用の約束があとになって、使用者側から正当な理由もなく一方的に破棄されたのをみた若い正社員たちは、馬鹿らしくなって熱心に働くのをやめてしまうでしょう。

つまり普通解雇や整理解雇が仮に容易になったとしても、まともな企業ならば、これまで貢献してきた正社員を安易に解雇することはないのです。また最初に述べたような「ソリティア社員」ならば必ず解雇されるともかぎりません。それは現時点で与えられている仕事が少ないことには、何らかの合理的な理由があるからかもしれないからです。

たとえば、ある労働者に対して、非常に重要な仕事が任せられたとするなら、この人にとって一定の期間は、肉体的にも精神的にも辛い時期がつづくかもしれません。

そのときこの労働者に対して上司が、「この仕事は複数人で分業するのが難しいので、大変なのは分かるが頑張ってほしい。失敗しても骨は拾ってやる」ということもあるでしょう。ここで過労死しないまでも燃え尽きてしまった社員や、健康状態に問題を抱えてしまった社員に対して、企業が冷たい扱いをしたことが他の社員に知られれば、そのような企業は従業員から信頼されなくなってしまいます。

このように、仮に普通解雇や整理解雇がいまよりも容易になったとしても、真っ当な企業が解雇を増やすことは想定しにくいのです。一方で、法的に容易になったことで解雇を増やす企業も、一定程度は存在するでしょう。しかしそのような企業については、なぜ若い従業員の信頼を失ってまで解雇を望むのかをよく考える必要があります。

仮にクビを切ったとして若者に置き換えるのか

それでは普通解雇と整理解雇のそれぞれについて、年長者のクビを切った企業が、はたして若者を雇うのかについても考えてみましょう。

普通解雇が行われた場合に、後任として若者が雇われるでしょうか。おそらく企業は経験のない若者を雇うのではなく、定年延長や再雇用、そして中途採用等で人員の手当てをするはずです。

なぜなら既存の労働者が抜けた穴を若者で埋めると、社内の年齢分布が歪むからです。また新人よりも、多くの場合において、既存の社員の方が仕事はよくできますし、仕事をよく知っていることも大きな理由といえるでしょう。

それでは整理解雇の場合にはどうでしょうか。整理解雇では、そもそも後任は雇われませんね。その理由は先ほど説明した通りです。

つづいて解雇が容易になったときに、多くの正社員を解雇する企業についても考えておきましょう。このように安易に解雇する企業とは、長期雇用をやって失敗したと考えている企業です。

つまり、既存の長期雇用契約の一方的な破棄を意味する解雇を乱発することにより、現在雇っている若年層世代のモチベーションが低下したとしても、それはそれでしょうがないと割り切っている企業です。そのような企業が若者に対して、長期雇用の職を新たに提示するとは思えませんね。

このように、仮に解雇規制が緩和されたとしても、おそらく年長者はほとんど解雇されませんし、若者の働くチャンスが増える効果も期待できません。結果として、世代間格差の問題は解消されずに残されることになるでしょう。

そもそも現在の貢献度合いよりも高い賃金をもらっている年長者がいるからといって、それらの人たちが会社のお荷物であると決めつけるのは正しいことではありません。それは現在の高い賃金は、年功賃金制度によるものかもしれないからです。

わが国では、高度成長期に大企業を中心として年功賃金が採用されるようになりました。これは若いうちは給料の一部を強制的に社内預金させられて、キャリアの中盤以降になってから、賃金に上乗せされるかたちで払い戻される制度であり、これはまた、途中で労働者側から離職した場合には、その預金を返してもらえない制度と理解することができます。

これが採用されたのは、たとえば、せっかく技能を身につけた社員が転職してしまうことを防ぐためにも役立ちますし、ちゃんと働いているか否かを監視するコストが低くなるなどの利点があるからなのです。

若者の仕事を増やすためには別の手段が必要

本稿ではこれまで、解雇規制を緩和したとしてもじつは若者の雇用は増えないということを説明してきました。それではわたしたちは、何もせずに事態の推移を見守ることしかできないのでしょうか。

そうではありません。社会全体のためには、これから長い労働人生が残されている若年層に対して、就労による技能形成の機会を与えることが非常に重要です。そしてその実現のためには、さまざまな施策が考えられます。

たとえばフランスで採用された政策は参考になります。15歳から24歳までの若年失業率が平均の二倍以上で推移したフランスでは、若者を中心とした雇用促進策が採られる一方で、年長者には早期引退を促す施策がとられてきました。

これはいわば、企業と高齢者と若者が、社会全体のために「三方一両損」を受け入れるような取り組みです。

まず企業と高齢者はこれまで仮に良い労使関係を構築していて相思相愛であったとしても、この施策により関係が断ち切られることになります。企業は熟練した労働者を失いますし、高齢者も社会保障と早期退職手当を受け取るとはいえ、やりがいのある仕事を失うのです。他方で若者は、仕事を得やすくなる代わりに、高齢者が早期に引退することによる社会保障費の増加を負担することが求められます。

すべての問題を一度に解決する「銀の弾丸」が存在しないのであれば、社会全体の利益になる制度変更に伴うコストは誰かが負担しなければなりません。このときもっとも合意形成がしやすいのは、関係者全員が少しずつ負担することでしょう。

他にどのような施策が考えられるでしょうか。おそらく創業支援なども有益ですね。繰り返しになりますが、人材が育つためには働く場所があることこそが重要なのです。下手な社会貢献を企業に求めるよりも、継続して利益を出して多くの人を雇うことこそが、企業にとっての最良の社会貢献であることを理解し、社会全体でこれを支援すべきでしょう。

またわたしは、原則3年までの有期雇用か、定年までの長期雇用かの二択となっている現在の雇用形態をより多様化することで、労働者が仕事をする場と技能形成の機会を、結果的に中長期に渡って途切れることなく得やすくなるのではないかと考えています。

この主張については、2009年4月27日に(財)総合研究開発機構(NIRA)より公表された報告書において、「労働ルールの再構築と新システムへの移行プロセス」というタイトルの担当部分で説明してありますのでご覧頂ければと思います。

冷静な議論が必要

ここまでの内容を簡潔にまとめると、以下のようになります。まず一般的に主張される見解は以下のような構造ですね。

解雇規制の緩和

企業が年長者を解雇

若者の雇用増と世代間格差の解消・軽減

しかしこれまで説明してきたように、一つ目の矢印の関係も二つ目の矢印の関係もどちらも成立しないと思われます。つまり解雇規制を緩和しても世代間格差は解消されないのです。一方で私が説明した対策は以下のような構造を持っていて、実効性を持つと考えています。

早期退職に対する国からの手当

年長者が離職

企業促進→若者の雇用増と世代間格差の解消・軽減←雇用形態の多様化

これまで解雇規制の緩和は世代間格差の解決策とはならないと主張してきましたが、これは解雇規制が今のままで全く手をつけなくて良いという意味ではありません。

既存の長期雇用契約に関して重要なのは、解雇規制の緩和ではなく、規制の合理化と明確化です。例えば整理解雇の四要素の一つ目は「人員整理の必要性が本当にあるのか」というものでした。しかし企業経営の経験を持たない裁判官が「あの解雇は必要だが、この解雇は不要である」などと適切に判断出来るものなのでしょうか。

企業の判断が裁判官により認められるか否かが不明確であることは様々な弊害をもたらします。例えば紛争になることを恐れる経営者が判断を先送りするかもしれませんし、それにより結果として企業が倒産してしまうかもしれません。また裁判をしてみなければ結果が分からないという状況では、紛争が増加することも予想されます。規制の内容自体ももちろん重要ですが、ルールが明確に定まっていることで裁判所の判断が予想しやすいこと(予見可能性)も非常に重要なのです。

労働問題には、非常に多くの利害関係者が絡んでいるために、合意形成が難しいという側面があります。専門家の間の議論をさらに深めていくためにも、私はこれまで部分的にしか行われてこなかった労働法学者と経済学者のさらなる共同作業が重要だと考えています。

これは最近始めたばかりなのですが、私は労働法学者の野川忍さんと共同で、労働問題と政策について真摯に議論し、合意できる範囲を少しずつ広げていくこと、また合意できない論点があればその相違点と理由を明確にすることを目的としたBlogを開設しました(http://nogawa-ando.blogspot.com/)。そのコメント欄に「このような論点について話し合ってほしい」とか「安藤の議論は、このような問題を見落としている」等のご意見を頂ければ、できる限りお応えしていきたいと思います。これからの労使関係のあり方を、皆で一緒に考えていきましょう。

プロフィール

安藤至大契約理論 / 労働経済学 / 法と経済学

1976 年東京生まれ。日本大学総合科学研究所准教授。04年東京大学博士(経済学)。政策研究大学院大学助教授等を経て15年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。著書に『雇用社会の法と経済』(有斐閣、2008年、共著)、『これだけは知っておきたい 働き方の教科書』(筑摩書房、2015年)など。

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