「便乗値上げ」と市場の機能  

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最初に、この大震災で亡くなられた方々、ご遺族の方々に対し謹んでお悔やみ申し上げるととともに、被災者の方々、とりわけいまだ避難所で厳しい生活を送っておられる方々に対し心よりお見舞い申し上げます。また、被災者の方々の救援や福島の原発への対応のために日夜奮闘しておられる多くの方々に改めて深く感謝申し上げたいと思います。

 

さて、このような状況のなかで「便乗値上げ」を取り上げようと思ったのは、経済学のツールも使う経営学者としてはいささか気になる議論があったためである。

 

 

「便乗値上げ」は合理的?

 

大震災の後の3月13日に、秋葉原にあるらしいある会社の社長さんが、ブログに地震で首都機能が麻痺しているいまが(便乗)値上げのチャンスだと書き(ザ・商売人|Kozakai社長のアメブロ http://ameblo.jp/kozakai-hidell/entry-10829301091.html)、これに対してネット上で非難が殺到するという事件があった。結果としてこのブログは閉鎖されてしまったようだが、これに対し、このような経営者の行動は合理的であり、そのような行動によってこそ市場が機能するとして、このようなネット上での非難を批判する意見もある(たとえば、藤沢数希の金融日記http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51804805.html)。

 

「便乗値上げ」はとくに問題ではない、という後者のような考え方はそれなりに説得力のあるものであり、ことに経済学者のあいだではそのように考える人も多い。たとえば、財の売り手が利益を求めて値上げをすることで、その財をより必要とする人が高い値段を払って手に入れることになり、結果として必要な人の手に必要な財がわたることになる。また、高い値段で売る機会を与えることで、別な場所からその場所に財を持ち込んで売ろうとする新しい売り手をひきつけ、その結果、必要な財が必要な場所に供給される、という効果もある。

 

しかし、一方でこのような意味での個人の合理的な行動が、そのまま市場の機能(効率的な資源の配分)につながるというのは、いささか楽観的に過ぎるように思われる。むしろ、個人の合理的な行動は場合によっては市場の機能を失わせかねない、というのが最近の経済学でもいわれていることではなかっただろうか(たとえば、金融市場が中心であるが、ラグラム・ラジャン=ルイス・ジンガレス『セイヴィング・キャピタリズム』慶應義塾大学出版会, 2006)。

 

そこで、ここでは一体「便乗値上げ」の何が問題なのかということを、古典的な経済学の考え方を参照しながら少し検討してみたい。そのなかで、「個人の合理的行動が市場を機能させる」という構図の何が問題なのかもについても考えてみたい。

 

 

そもそも「便乗値上げ」とは何か?

 

最初に問題となるのは、そもそも「便乗値上げ」というのが非常に曖昧な概念である、ということである。基本的には非常事態において、とくに生活必需品について値上げをする、というような状況を意味しているが、それは通常の値上げと何が違うのだろうか。

 

ここで考えるべきポイントは「非常事態」と「生活必需品」のふたつである。ここで、非常事態とは、天災やテロリズムなどにより生産が途絶、あるいは急速に縮小している状況を意味する。もし生産量をすぐに拡大でき、財が安定的に供給されるのであれば、「便乗値上げ」というのは問題にならないから、このように考えるのが自然であろう(なお、経済学の教科書に出てくるような競争均衡モデルにおいては、財の供給は柔軟に変化することが想定されている)。つまり、このような状況においては、財の供給をできるものが限定されており、財の供給量にもかぎりがあることが想定される。

 

もうひとつの生活必需品、すなわちたとえば食品や衣服、石油やトイレットペーパーのような生活を維持するのに必要な商品、ということであるが、生活必需品でない場合には後で生産が回復するまで待つことができるのに対して、生活必需品の場合には、生産が回復するまで待つことができないという違いがある(いま食事をせず、あとでまとめて食事をする、というわけにはいかない)。

 

すなわち、「便乗値上げ」とは、消費を後回しにできない財について、財の供給者と供給量が限定されている状況における値上げ、と整理することができる。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.269 

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