進む円高をどう考えるか

円高を考える際の2つのポイント

 

円高が進んでいるのは何もいまにはじまったことではない。以下では、円高を考える際に筆者が重要であると考えるポイントについてまとめてみよう。

 

1点目は円ドルレートではなく、実質実効為替レートでみると円高はそれほど深刻ではないため、円高の影響は深刻ではないという議論である。

 

実質実効為替レートは、円と貿易相手国との為替レートを、貿易相手国との物価の相対的変化を考慮しつつ、日本の貿易シェアで加重平均した値であり、貿易相手国全体との貿易面での有利・不利を示す指標である。実質実効為替レートは、名目実効為替レートの変化によっても上下するが、物価によっても上下する。つまり日本が貿易相手国と比較して物価下落が進めば(輸出には有利となるため)下落する。

 

図表2はプラザ合意時の1985年9月を100とした指数のかたちで、名目実効為替レートと実質実効為替レートの推移をみている。図表は2011年6月までのデータを示している。図表からは名目実効為替レートが2010年後半の最高値レベルに肉薄しており、7月時点の円高進行を考えれば、さらに上昇している可能性が高いことが予想される。一方で実質実効為替レートは95年の円高期よりも低い水準だが、90年代半ば以降デフレがつづいていることを念頭におけば、物価低下の影響が実質実効為替レートの推移に影響を与えており、「実質実効為替レートが低位で推移しているから影響は深刻ではない」という議論は誤りであることが分かるだろう。

 

 

図表2 名目実効為替レート・実質実効為替レートの推移 (資料)日本銀行統計より筆者作成

図表2 名目実効為替レート・実質実効為替レートの推移
(資料)日本銀行統計より筆者作成

 

 

円高やデフレが進むことで懸念されるのは、円高やデフレにより国内企業の収益条件や雇用環境が悪化し、時間的なラグをともないながら消費や投資、輸出入に影響を与えるためだ。東日本大震災の影響で、たとえばわが国の製造業は将来にわたる電力不足や、電力価格の引き上げによるコスト増という難題を抱えている。企業の採算ラインを超えるレベルの円高が定着すれば、生産拠点の海外移転は、国際競争に直面している企業にとっての最適対応となってしまう。これは国内産業のさらなる停滞と、さらなる潜在成長率の停滞にもつながるだろう。

 

2点目は、2010年後半の円高時でも話題に上がった「通貨切り下げ競争」にともなう見解についてである。拙稿(https://synodos.jp/economy/2298)でまとめたように、為替レート切り下げ競争が近隣窮乏化を招くという議論は正しくない。円高を米国側の視点に立ってみればドル安を意味するわけだが、これは直接的には輸出増加という経路を通じて経済を下支えする役割を果たすだろう。わが国も円高になるたびにゾンビのように指摘される対外要因の前で思考停止するのではなく、さらなる金融緩和政策を行うことが重要だ。そして既存研究の成果を念頭におけば、金融緩和をともなう為替レート切り下げ競争は、近隣窮乏化ではなくむしろお互いの国にとってメリットをもたらすことを重視すべきだろう。

 

 

進む円高を止めるために必要なこと

 

1日のニューヨーク外国為替市場で円相場が急騰したことを受けて、野田財務大臣は為替介入を視野に入れて日本銀行や各国の通貨当局と協議しているとの報道がなされている。この報道の影響もあって、為替レートは1ドル77円台で取引がなされているようだ。

 

進む円高を止めるために何をすべきか。まず押さえておくべき点は、「国際金融のトリレンマ」である。現代において、「国際資本移動の自由化」、「固定為替相場制度」、「独立した金融政策」の3つの目的を同時に達成することは不可能である。周知のように、わが国は「国際資本移動の自由化」と「独立した金融政策」の2つにコミットしており、為替レートは変動相場制を採用している。このため、為替レートの動きを直接コントロールすることはできず、為替介入の効果は短期的な為替レートの変動をけん制する役割がせいぜいのところであることに留意すべきである。

 

そして為替介入に頼るのが危険なのは、白川総裁が著書『現代の金融政策』でまとめているように、現在の制度を前提とするかぎり、同額の金融緩和策とセットでない為替介入により供給された資金は早晩吸収されてしまうという事実だ。日本銀行は8月4日から5日にかけて金融政策決定会合を開催する予定だが、仮に政府が為替介入を実行したことが為替レートの推移等で裏づけられたとして、日本銀行が新たな金融緩和のアクションを取らないのならば、為替介入はみせかけのものになってしまう。現段階では為替介入が実際に行われるのかどうかはわからない。だが、為替介入が行われた場合の日本銀行の政策スタンスの変化の有無は重要なポイントだろう。

 

過去の震災との共通点という点でいえば、1995年1月の阪神淡路大震災の際にも急激な円高が生じている。これは政府支出が拡大する一方で金融緩和策が遅れたこと、つまり財政政策と金融政策のポリシーミックスがうまく働いていないことが一因であったと考えられる。今回の東日本大震災に際しては、現在震災対策として第1次補正予算、第2次補正予算が決定されたが、補正予算の決定とタイミングを合わせるようにして日本銀行は金融緩和のペースを落としてしまい、円高につながった。

 

図表1で示したように、ことにリーマン・ショック以降の局面で考えれば、中央銀行の金融政策スタンスの違いが為替レートの変化に大きく影響している。米国FRBはQE2(量的緩和第2弾)を6月に終了し、バーナンキ総裁はFRBのバランスシートの規模を維持する政策を行っている。9月以降に予定されている第3次補正予算が実行された際に、日本銀行が金融政策のスタンスを大きく転換させなければ、さらに円高が進むだろう。

 

進む円高を止めるためには、金融政策のさらなる緩和が必要である。そして金融政策のさらなる緩和を行うことは、東日本大震災にともなう財政支出の増加が容易に予想される現局面において、なおさら重要な意味をもつのである。

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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