2013.08.20

中国経済の「不確実性」とどう向き合うか

梶谷懐 現代中国経済論

経済 #リスク#中国#影の銀行#不確実性#融資プラットフォーム

2012年秋の反日デモによる日系企業や店舗の打ち壊しから早くも一年近くが過ぎたが、その間に中国でのビジネスはすっかり「高リスク」の代名詞になってしまった。とくに日本企業にとって中国でのビジネスはかつてない不安定さ、不確実性を抱え込んでいるといってよいだろう。

また、今年の6月には銀行間市場における資金の逼迫を背景として短期金利が急上昇し、その後株価が急落するなど、金融システムにおける脆弱性が、中国経済が抱えるさしあたっての「リスク」として問題視されている。

もちろん、ビジネスに不確実性やリスクはつきものである。ただ、中国でのビジネスに関するリスクの特徴は、そこに中国の経済システムに特有の問題がからんでいる点にあるだろう。それは日本の経済システムとはかなり異質なものを含んでいるため、システムの構造自体を理解しなければ、そこに具体的に生じているリスクがどの程度のものなのか、客観的な評価自体が困難になる。

シカゴ派の経済学の創始者ともいわれるフランク・ナイトは、例えば自動車事故のように生じる確率が客観的に判断可能であり、それゆえ保険によってカバーできる「リスク」に対して、そのような客観的な確率の計算が不可能であり、文字通り何が起こるかわからないような状況のことを「不確実性」と呼び、明確な区別を行った。

昨今の日中関係の悪化を背景に、日本では中国との経済関係、ひいては中国経済そのものがフランク・ナイトの言う「真の不確実性」に近いイメージで捉えられるようになった、と言えるのではないだろうか。

本稿は、最近になって中国経済のリスク要因として注目が集まるようになった「影の銀行」に代表される金融システムの問題と、「融資プラットフォーム」を通じた地方政府の債務問題に焦点をあてながら、そのような中国経済にまつわる「不確実性」の構造を、少しでも客観的かつ論理的にとらえることを目指したい。

中国版「影の銀行」拡大の背景とそのリスク

中国経済の抱えるリスクを象徴する存在として、まず「影の銀行」についてとりあげよう。

今年に入って中国経済がその減速傾向を露わにする中、それと並行して「バブル崩壊」「信用危機の発生」が喧伝されるようになっている。とくに今年の6月に「6月危機」とも呼ばれる金融市場における資金逼迫が中国経済を襲って以降、にわかに注目を集めるようになったのが、中国版「影の銀行(シャドーバンキング)」の存在である。

もともと米国の量的金融緩和が終了間近だという予測が広がり、ホットマネーの逆流が生じていたほか、理財商品(銀行の簿外取引を通じた資金調達手段である高利回りの金融商品)の返還期限が6月末に集中していたことから、短期金融市場は流動性不足ぎみに推移していた。

その中で、中央銀行である中国人民銀行は、あえて市場から資金を吸収する行動に出た。このため6月20日の銀行間市場における資金は逼迫し、SHIBOR(上海銀行間金利)のオーバーナイト金利は13.44%を記録した。短期金利の上昇は株式市場にも影響を与え、6月24日に上海株式指標は前日から5.39%下落した。

人民銀行がこのような行動に出た背景には、不動産や地方の開発プロジェクトへの「影の銀行」を通じた過剰な融資を警戒し、何らかの懲罰的措置を行う必要がある、という政府の判断があると言われている。

では、この中国版「影の銀行」とは、どのような性質を持つものであり、その規模はどの程度なのだろうか、また、実際に今後の中国経済にとって、どの程度のリスク要因になり得るのだろうか。

「影の銀行」について、ここでは従来型の銀行のように当局の規制を受けないものの、一定の金融仲介機能を果たすシステム全般のことを指す、としておく。

欧米先進国、とくに米国では、投資銀行を中心に非常に洗練された金融仲介の手法が発達し、FRBの規制の及ばないところでレバレッジと流動性リスクを急激に増加させてきた。これが数年前に生じたサブプライムローン危機やリーマンショックの背景となったことはよく知られている。

欧米の「影の銀行」の特徴は、投資銀行がCP(コマーシャルペーパー)の提供によって市場から短期資金を大量に借り入れ、CDO(債務担保証券)など仕組み債の取引を通じて、レバレッジを高めた高リスクの運用を行うところにある。

しかし、中国版「影の銀行」はこのような高度な金融商品の取引を前提としたものではない。その形態は大きく二つに分類され、一つはいわゆる「民間金融」と呼ばれる、インフォーマルな金融業者による短期融資である。この中には年間40-60%の高金利でリスクの高い貸出を行う日本のヤミ金に近い業者も存在する。もう一つのものが、商業銀行の簿外取引を通じたものであり、政府がその拡大を懸念し、6月の流動性危機の要因となったのは、こちらの方である。

「6月危機」の後、尚福林銀行監督委員会主席は、「影の銀行」の主要な資金調達手段であるとされる理財商品の残高を総額8.2兆元(約130兆元)とする推計を公表した。一方、「影の銀行」全体の資産残高について、欧米の各付け会社などの中には数字にして30兆元、対GDP比で5割を超えるという試算をおこなっているものもある。しかし、さまざまな形態の「影の銀行」には互いに重複しているものも多く、その真の規模は神のみぞ知る、といったところだろうか。

では、そのような「影の銀行」のリスクは、実際のところ、どの程度あるのだろうか。

中国版「影の銀行」で圧倒的なシェアを占める商業銀行の簿外取引には、いくつかのパターンがある。一つは、銀行が資産を帳簿から切り離し、信託会社などと協力してスキームを作り、不動産などに投資を行うというもので、一般に「銀信合作」と呼ばれている。

そもそも、中国の商業銀行法11条および43条により、商業銀行と証券・保険業務の相互乗り入れには厳格な規制が設けられている。このため、銀行は資産のプールをいったん別のスキームに移し、それを小口の金融資産(「理財商品」)にした上で、銀行の窓口を通じて代理販売する、という手の込んだ方法を採っているのである。

もう一つのパターンは「委託貸付」といわれる中国独特の制度である。これは、金融機関以外の企業が手元にある余剰資金を銀行に委託し、資金が不足している中小企業などに通常の貸出金利を上回る金利で貸出し、銀行が手数料を得るというものである。大手国有銀行から低利の金利で資金を借りている国有企業が、このような委託貸付の資金供給者となって利ざやを稼いでいることも指摘されている。

このような銀行による簿外取引は、商業銀行と証券業務の乗り入れが禁止されている状況下で、銀行による間接金融を補完し、証券業務との仲介的役割を果たすというポジティブな側面もある(李、2012)。

一方で、商業銀行のような厳格な規制・監督を受けないにも関わらず、短期の資金を調達して長期で運用するという「期間のミスマッチ」を生じるものが多いため、金融システムにとって一定のリスクをもたらしているのも事実である。

そんな中で、7月19日に中国人民銀行によって貸出金利の自由化が発表された。一方、預金金利については、「まだ自由化の条件は成熟していない」として自由化が見送られたほか、銀行に課せられた預貸比率(貸出額を預金の75%までに規制)による規制も継続されることが決まった。

中国は預金金利、貸出金利にそれぞれ基準金利を設定しているが、すでに2004年に貸出金利の上限および預金金利の下限規制は撤廃されている。一方、これまで預金金利の上限については基準金利の1.1倍、貸出金利の下限については基準金利の0.7倍という規制が続いており、銀行部門に一定の利ざや、すなわち規制によるレントが保証されていた。

このような大手国有商業銀行と、そこから低利の融資を受ける国有企業の既得権益を保護してきた強力な規制の存在こそが、これまで「影の銀行」が拡大する温床になってきた。実質金利がしばしば負になる状況のもとで、家計や企業などによる資金供給が、フォーマルな銀行預金ではなく、理財商品の購入などに向かってきたからだ。

注意しなければならないのは、このような銀行部門が享受するレントは、預金金利が低めに規制されることによって発生するものだ、ということだ。預金金利が競争均衡水準よりも低い水準に固定されれば、資金供給量は低下し、貸出金利は上昇する。このとき、銀行部門には利鞘に貸出量を乗じた分だけレントが発生するからである。したがって、今回行われた貸出金利の下限規制撤廃は、それだけでは金融市場のゆがみを基本的に変えるものではない、という見方が大勢を占めている。

だが、中国経済はこのまま金融市場の改革をいつまでも先延ばしできるような状況にはなさそうだ。

金融改革が喫緊の課題であることの最大の理由として、近年の過剰資本蓄積による資本収益率の低下、という現象が指摘できよう。昨年まで中国人民銀行の政策委員を務めていた中国社会科学院金融研究所所長の夏斌氏によれば、リーマンショック以降、マクロでみた資本収益率は確実に低下してきており、最近では実質金利を下回る水準にまでなっている(夏、2013)。

現在の中国経済が抱える深刻な問題の一つに、金融市場のゆがみによって、各企業がプロジェクトの収益性にかかわらず、「大手国有企業」と「中小の民間企業」といった、いわば「身分」によって不平等な金利負担を強いられていることがあげられる。

このような状況の中で全体の資本収益率の低下が進んでいけば、現在「影の銀行」などを通じて高金利での資金調達を行っている中小企業や後述する「融資プラットフォーム」企業、およびそこに資金を供給している中堅の金融機関に、いずれ大規模な経営破綻が生じても不思議ではない。

すでに述べたように、「影の銀行」それ自体には、硬直的な銀行中心の間接金融システムを補完し、証券業務との橋渡しを行う機能を持つ。ただ、金融自由化に不可欠な預金保険機構などのセーフティーネットが整備されないままの状況で、当局の管理が及ばない「影の銀行」による資金調達が増加していることは、中国経済にとって潜在的なリスクを拡大させてきたこともまた確かだ、と言わざるを得ない。

地方政府債務の拡大

さて、「影の銀行」問題が注目を浴びた背景として、地方政府によるダミー会社を通じた借り入れの仕組み、いわゆる「融資プラットフォーム」への融資が拡大していることが、その懸念の対象となっている。それでは、中国でもギリシャなどいくつかのEU加盟国のように、あるいは日本の夕張市のように、今後財政危機が表面化する可能性があるのだろうか?

まず数字を押さえておこう。今年3月中国財政省は、2013年の国家歳出が13兆8200億元(約200兆円)、財政赤字は対GDP比で約2.0%となる見通しを示した。また、2012年末の政府の債務残高は12兆2940億元であり、対GDP比は20%を割っている。政府の債務残高が対GDP比で200%を軽く超える日本からみれば、うらやましいほど健全な数字のように思える。

ただ、これはあくまでも、予算内の財政資金の話である。中国の地方財政には正規の税収などからなる予算内財政資金のほかに、さまざまな予算外、もしくは制度外の収入が存在する。

さらに、このような地方政府による地方政府主導による実質的な隠れ債務拡大の温床として問題になっているのが、「融資プラットフォーム(以下、「プラットフォーム」)」といわれる資金調達の仕組みである。

その具体的な方法としては、例えば政府が出資者となって「都市建設投資集団」といった名義の「プラットフォーム」を設立し、その企業が発行した社債を地元の銀行支店に引き受けさせて都市開発の資金を捻出する。あるいは、証券会社などに、プラットフォームの株式を対象とした投資信託を発売させ、一般投資家から資金を集める、などのやり方がある。

このような地方政府による「錬金術」が盛んに行われる背景には、リーマンショック後の4兆元規模の景気刺激策を実行するため、地方政府も資金の負担が求められた一方で、地方政府の正規ルートでの資金調達には、厳しい制限が課せられているという状況がある。

例えば、現状では地方債は中央政府が代行して発行することになっており、地方政府が自由に市中消化することはできない。しかし、上記のような政府が投資主体となった「プラットフォーム」の仕組みを使えば、そのような規制をかいくぐって実際の地方開発に必要な資金を捻出することができるというわけである。

それでは、このようなプラットフォームを通じた地方政府の実質的な債務残高は全体でどの程度の規模に達するのか。

2011年6月に、政府審計局(会計検査院に相当)は地方政府の実質的な債務の規模を確定するための大規模な調査を行い、地方の実質的な債務残高は約10.7兆元と発表した。これはGDPの約27%に当たる数字である。そのうち、6,500社あまり融資プラットフォーム企業を通じた債務は4.97兆元となり、全体の債務の46.4%に達するとされた。しかし、融資プラットフォーム企業の数は、実際にはそれよりも多く、2011年9月末の時点で約1万500社、借入残高は9.1兆元に達していたという報道もある。

このような融資プラットフォーム企業について、国務院は早くから問題視し、その整理・縮小を狙った政策を打ち出してきている。

例えば、2012年3月には、全国銀行監督委員会が、「地方政府融資プラットフォーム貸出のリスク管理に関する指導意見」を公表した。これは、プラットフォーム企業の債務を状態に応じて分類して整理するとともに、新規の銀行融資を厳格に規制する内容である。このような厳しい処置によって、地方政府の債務問題は解決に向かうかと思われた。

しかし、その一方で中央政府は、2012年に計画総額18兆元規模とも言える「地方版4兆元投資計画」を発動、景気刺激策のために地方政府の資金需要の拡大を助長するというちぐはぐな姿勢を見せる。

今年6月に全国36の主要都市を対象として行われた審計局の調査によれば、未償還の債務残高は2010年に比べ12.9%増加しており、大都市の中には債務残高のGDP比率が200%を越す都市もあることが明らかになった。IMFの調査によれば、こういった融資プラットフォームを通じたものを含めた中国政府の債務残高は2012年末の段階で対GDP比46%に上っているという。

そこで浮上してきたのが、上述のような「影の銀行」を通じた資金調達の増加である。上述のように、中央政府プラットフォーム企業に対する新規の銀行融資を厳しく規制してきた。

しかし、このような当局の規制の強化は、皮肉なことに「影の銀行」からの資金調達を増加させる結果をもたらした。当然ながらこれは、通常の銀行ローンに比べ高金利を課すものであり、その分貸し手・借り手双方のリスクも大きくなる。2012年12月には、国務院財務部は「地方政府の違法、違反融資行為の禁止に関する通知」を出し、これを警戒する姿勢を明らかにしたが、実質的な効果には乏しく、「影の銀行」を通じた融資の残高は拡大の一途を辿ってきたのは、すでにみた通りだ。

さて、このような地方政府の債務問題が、どこかで限界に達し、なんらかの「破綻」をもたらす可能性は、これまではそれほど高いものではなかった。

その一つの根拠は、経済学において「ドーマー条件」と呼ばれている、財政赤字の持続可能性の条件が、高成長を続ける現在の中国では満たされていると考えられる点にある。一般に、経済成長率が政府債務の金利を上回っているような状況の下では、政府は現在の債務を次世代に順次繰り延べすることが可能になり、財政赤字を少しくらい膨らませても財政破綻に陥る可能性は少ないからである。

もちろん、これは裏返せば、なんらかの原因で経済成長が減速すれば、このような楽観的な見通しは成り立たなくなるということでもある。前節でも論じたように、中国経済ではこれまでの過剰資本蓄積により資本収益率の低下が続いているが、これは多額の借入れを抱えたプラットフォーム企業の経営を直接圧迫することになるだろう。

むしろ現在の中国の地方財政が抱えている最大の問題点とは、その実質的な債務の拡大が正規のルートを通じない「制度外」で生じており、そこで何が起きようとも、正規の国家財政自体は決して「破綻」しない仕組みになっているところにある。

そのため、いわば中国経済全体にリスクをもたらす「信用危機」の引き金が、そのことによって自分たちが直接痛手を被るわけではない地方の役人たちの手に委ねられてしまっているのである。

そこにあるのは、リスクと責任の分担とが必ずしも対応していないことに起因する典型的なモラルハザードの構図であり、このため地方政府の実質的な債務の拡大に歯止めがかからない、という事態が生じていると考えられる。

中国における「自生的な市場秩序」をどうみるか

これまで詳しく論じてきた「影の銀行」にせよ、「融資プラットフォーム」にせよ、これらの現象は、わかりにくくて不確実な、現在の中国経済を象徴するような事例だと考えられているといっていいだろう。そのことにはいくつかの理由がある。

第一に、これらの現象の規模をはかる統計(融資や債務残高の総額)が不確実なものであり、従ってそのリスクが算定しにくいこと。

第二に、これらの現象を生み出している「システム」が先進国のものとは異なっており、それを理解したりイメージしたりすること事態が難しく、それ自体「不透明」で「不確実」な印象を与える、ということがあげられる。

この二点については、とくに異論はないであろう。

そして、さらにこれらの「不透明なシステム」は、それ自体さまざまな問題点を抱え、またリスクの源泉でもあるが、同時にこれまでの中国経済のダイナミズムの要因にもなっている、という点をあげておきたい。

ここで、中国における不確実なビジネス環境の下で、中国企業がどのような戦略を取りながら成長を遂げてきたのかを詳しく論じた、米国の研究者・ブレニッツとマーニーによる”The Run on Red Queen(赤の女王の走り)”という書物を紹介しておきたい(Breznitz and  Murphree, 2011)。

中国では政府の権限の範囲や政策目標が非常にあいまいであるため、政府と特別なつながりがあるわけではない民間の中小企業は、経済行為への政府の恣意的な介入とその方針の変更のリスクに常にさらされている。このような状況では、企業がリスクの高い研究開発投資を行うことは困難になる。常識的には、そのような状態では技術革新を行うための設備投資が十分になされず、持続的な経済発展は望めない、と思うところだろう。

だが、そうではない、と彼らは言う。たしかにリスクの多い最先端の技術開発は不活発だが、すでに開発された技術を換骨奪胎して改善を図る、いわば「追加的イノベーション」は絶えずなされているのだ、と。ちなみに「赤の女王の走り」という書名は、同じ場所にとどまるためには常に走り続けなければならない、という、『鏡の国のアリス』のエピソードにちなんだものである。

さて、このような「追加的イノベーション」に支えられた民間企業の活躍は、実は本稿でこれまで解説してきた、「影の銀行」「融資プラットフォーム」に共通するものをもっている。それが、硬直的で疲弊した現行のシステムがもたらすさまざまな問題に対して、民間企業や各地方政府が主体となって「なし崩し」的に現行のシステムの裏をかくような行動をおこすことによって形成された、いわば「自生的な市場秩序」だという点である。

中国経済の現状を否定的にとらえる立場からみると、このような中国における市場秩序は、先進国で導入されているような、効率的なシステムの導入が進まないところに形成された、その場しのぎのものでしかない。したがって、そのようなその場しのぎのシステムしか形成されない情況が続いていく限り、いつか中国経済は絶えられないリスクに直面することになり、崩壊の憂き目を辿る、という悲観的な見通しが語られることになる。

一方で、中国経済のダイナミズムを肯定的にみる立場からは、たとえ現行のシステムが機能不全を起こしているとしても、各プレーヤーの柔軟な行動によって新たなタイプの「自生的な市場秩序」が形成され、当分の間経済成長を支えていく、という比較的楽観的な見通しが語られるだろう。

このような見解の対立は、むしろ中国社会そのもの、およびそこで展開される経済をどうとらえるか、という論者の主観的な価値観を反映しており、したがって容易には解消されないものだといってよい。このような価値観上の対立が背景にあるため、中国経済の存在自体が客観的な評価自体の困難な、不確実性をもつものとして認識されるのではないだろうか。

もちろん、日本企業の場合、中国での活動のリスクは、中国政府の外交方針や民間のナショナリズムによっても大きく左右されている。ただし、そういった問題がない場合でも、多くの製造業企業は、グローバルな生産の細分化とそれに伴うコスト削減競争、というもう一つのリスクにさらされていることを忘れてはならないだろう。

一方、開発コストを節約した「追加的なイノベーション」により競争力を発揮する中国企業は、絶え間なきコスト競争、というもう一つのリスクを内包するグローバル経済の中で、一貫して強みを発揮してきた。そのような中国企業と同じ土俵で競争しようとする以上、中国に進出した日本企業も、中国経済の「自生的な市場秩序」が生み出す独特の「不確実性」と、おそらく無縁ではいられないだろう。

結局のところ、日本経済にとって、中国の企業や市場がもはや切り離せない重要性を持っている以上、中国経済のダイナミズムと不確実性から目をそらさず、その本質を見抜く努力を続けていく以外に選択肢はないのではあるまいか。

参考文献

・李立栄(2012)「中国のシャドーバンキング(影子銀行)の形成と今後の課題ー資金仲介の多様化と規制監督の在り方ー」Business & Economic Review, 2012.7

・Breznitz, Dan and Michael Murphree (2011), Run of the Red Queen: Government, Innovation, Globalization, and Economic Growth in China, Yale University Press.

・夏斌(2013)「中国已存在経済危機現象」新浪財経

http://finance.sina.com.cn/zl/china/20130717/092616149619.shtml、2013年8月8日アクセス)

サムネイル:「Chinese Bank of China」epSos .de

http://www.flickr.com/photos/epsos/6210317862/

プロフィール

梶谷懐現代中国経済論

神戸大学大学院経済学研究科教授。博士(経済学)。専門は現代中国の財政・金融。2001年、神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、2014年より現職。主な著書に『現代中国の財政金融システム:グローバル化と中央-地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、 2011年)、『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院、2011年)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版、2015年)などがある。

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