中国経済の「不確実性」とどう向き合うか

中国における「自生的な市場秩序」をどうみるか

 

これまで詳しく論じてきた「影の銀行」にせよ、「融資プラットフォーム」にせよ、これらの現象は、わかりにくくて不確実な、現在の中国経済を象徴するような事例だと考えられているといっていいだろう。そのことにはいくつかの理由がある。

 

第一に、これらの現象の規模をはかる統計(融資や債務残高の総額)が不確実なものであり、従ってそのリスクが算定しにくいこと。

 

第二に、これらの現象を生み出している「システム」が先進国のものとは異なっており、それを理解したりイメージしたりすること事態が難しく、それ自体「不透明」で「不確実」な印象を与える、ということがあげられる。

 

この二点については、とくに異論はないであろう。

 

そして、さらにこれらの「不透明なシステム」は、それ自体さまざまな問題点を抱え、またリスクの源泉でもあるが、同時にこれまでの中国経済のダイナミズムの要因にもなっている、という点をあげておきたい。

 

ここで、中国における不確実なビジネス環境の下で、中国企業がどのような戦略を取りながら成長を遂げてきたのかを詳しく論じた、米国の研究者・ブレニッツとマーニーによる”The Run on Red Queen(赤の女王の走り)”という書物を紹介しておきたい(Breznitz and  Murphree, 2011)。

 

中国では政府の権限の範囲や政策目標が非常にあいまいであるため、政府と特別なつながりがあるわけではない民間の中小企業は、経済行為への政府の恣意的な介入とその方針の変更のリスクに常にさらされている。このような状況では、企業がリスクの高い研究開発投資を行うことは困難になる。常識的には、そのような状態では技術革新を行うための設備投資が十分になされず、持続的な経済発展は望めない、と思うところだろう。

 

だが、そうではない、と彼らは言う。たしかにリスクの多い最先端の技術開発は不活発だが、すでに開発された技術を換骨奪胎して改善を図る、いわば「追加的イノベーション」は絶えずなされているのだ、と。ちなみに「赤の女王の走り」という書名は、同じ場所にとどまるためには常に走り続けなければならない、という、『鏡の国のアリス』のエピソードにちなんだものである。

 

さて、このような「追加的イノベーション」に支えられた民間企業の活躍は、実は本稿でこれまで解説してきた、「影の銀行」「融資プラットフォーム」に共通するものをもっている。それが、硬直的で疲弊した現行のシステムがもたらすさまざまな問題に対して、民間企業や各地方政府が主体となって「なし崩し」的に現行のシステムの裏をかくような行動をおこすことによって形成された、いわば「自生的な市場秩序」だという点である。

 

中国経済の現状を否定的にとらえる立場からみると、このような中国における市場秩序は、先進国で導入されているような、効率的なシステムの導入が進まないところに形成された、その場しのぎのものでしかない。したがって、そのようなその場しのぎのシステムしか形成されない情況が続いていく限り、いつか中国経済は絶えられないリスクに直面することになり、崩壊の憂き目を辿る、という悲観的な見通しが語られることになる。

 

一方で、中国経済のダイナミズムを肯定的にみる立場からは、たとえ現行のシステムが機能不全を起こしているとしても、各プレーヤーの柔軟な行動によって新たなタイプの「自生的な市場秩序」が形成され、当分の間経済成長を支えていく、という比較的楽観的な見通しが語られるだろう。

 

このような見解の対立は、むしろ中国社会そのもの、およびそこで展開される経済をどうとらえるか、という論者の主観的な価値観を反映しており、したがって容易には解消されないものだといってよい。このような価値観上の対立が背景にあるため、中国経済の存在自体が客観的な評価自体の困難な、不確実性をもつものとして認識されるのではないだろうか。

 

もちろん、日本企業の場合、中国での活動のリスクは、中国政府の外交方針や民間のナショナリズムによっても大きく左右されている。ただし、そういった問題がない場合でも、多くの製造業企業は、グローバルな生産の細分化とそれに伴うコスト削減競争、というもう一つのリスクにさらされていることを忘れてはならないだろう。

 

一方、開発コストを節約した「追加的なイノベーション」により競争力を発揮する中国企業は、絶え間なきコスト競争、というもう一つのリスクを内包するグローバル経済の中で、一貫して強みを発揮してきた。そのような中国企業と同じ土俵で競争しようとする以上、中国に進出した日本企業も、中国経済の「自生的な市場秩序」が生み出す独特の「不確実性」と、おそらく無縁ではいられないだろう。

 

結局のところ、日本経済にとって、中国の企業や市場がもはや切り離せない重要性を持っている以上、中国経済のダイナミズムと不確実性から目をそらさず、その本質を見抜く努力を続けていく以外に選択肢はないのではあるまいか。

 

参考文献

 

・李立栄(2012)「中国のシャドーバンキング(影子銀行)の形成と今後の課題ー資金仲介の多様化と規制監督の在り方ー」Business & Economic Review, 2012.7

・Breznitz, Dan and Michael Murphree (2011), Run of the Red Queen: Government, Innovation, Globalization, and Economic Growth in China, Yale University Press.

・夏斌(2013)「中国已存在経済危機現象」新浪財経

http://finance.sina.com.cn/zl/china/20130717/092616149619.shtml、2013年8月8日アクセス)

 

サムネイル:「Chinese Bank of China」epSos .de

http://www.flickr.com/photos/epsos/6210317862/

 

 

 

 

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