いろいろ変わっちゃったから、もう一度本当の経済の話をしよう――『本当の経済の話をしよう』刊行一周年記念

自民党の圧勝、安倍政権発足、アベノミクス、急激な円安……。

 

『本当の経済の話をしよう』刊行から一年がたった今、日本は大きく変化した。

 

経済学者の若田部昌澄と、評論家の栗原裕一郎が語る「本当の」経済の話。(構成/山本菜々子)

 

 

日本は終わったのか、始まったのか

 

栗原 参院選の話からいきましょうか。自民党圧勝は、まあ見えていましたよね。僕のTwitterのタイムライン上にはいろんなジャンルの人がいるんですが、この前の衆院選の時もそうだったんですけど、「日本終わったな」というツイートと「日本始まったな」というツイートが同時に流れてきたんですね(笑)。

 

同じ事象なのに意見が両極端に分かれる。選挙に限らずそういうケースが、ツイッターというメディアのせいかもしれないけど、ここのところ非常に多い気がします。今回の自民党の圧勝について、若田部先生はどう思われましたか。

 

若田部 有権者が政治になにを求めているのか、調べてみると第一は景気の回復で、第二に社会保障が続きます。今回の自民党圧勝は、いわゆる「アベノミクス」が評価されたのではと思っていますね。

 

栗原 僕がTwitterでフォローしている人達は、仕事柄、音楽や文学、映画、アートとかいわゆる文化系の人が多くて、彼らにとって今回の選挙の最大の争点は「脱原発」だったようでした。しかし世の大多数の人達の関心は「景気」で、だからアベノミクスに期待をかけたということですね。

 

若田部 安倍さんが本当にやりたいのは、現在の憲法を変えることだと思うんですよね。私は統治機構の部分とか現在の憲法には変えるべきところもあるとは思っていますけど、自民党の試案のようなものはあまり評価していません。けれども、アベノミクスの、特に第一の矢については評価しています。

 

しかし、一般的には安倍さんは憲法改正をしようとしているから、経済政策も全部ダメだといってしまう風潮ってあるんですよ。原発の話にも共通した部分があって、原発を撤廃しないから、アベノミクスに対しても難色をしめしてしまいがちです。

 

栗原 今回は自民を選びたくない人達が入れるべき政党がなかった気がするんです。ちょうど今朝(7月27日)の『朝日新聞』で、革命家の外山恒一が「問われたのは自民党政権にイエスかノーかだけど、ノーの人の選択肢は事実上ない」選挙だったっていってたんですけど、「ついに外山恒一が朝日に載る日が来たか」という感慨はさておき(笑)、まあ、その通りだなあと。

 

若田部 そうなってしまったのは野党の弱さですよね。自民党の手中にまんまとハマってしまったという感じです。

 

それに、単にアベノミクス全体を批判するのではなく、増税だったり、第三の矢の有効性など、争点にすべきことはほとんど話題にあがりませんでした。典型的なのは民主党で、自分たちで推進したことだから増税には反対出来ず、「第三の矢」は自分たちと同じだから批判出来ない、という状況でした。

 

栗原 最近リベラルの凋落が囁かれることが多くなってきましたけど、結局、リベラル政党のなかに経済成長を政策としてまともに打ち出せているところがない、というのが問題の根っこにあると思うんですよね。

 

若田部 日本のリベラル派は特にそうでしょうね。ですが、海外のリベラルは違います。例えば、リベラル政党で有名なのはアメリカの民主党です。彼らは雇用を大事にするというのが基本です。経済成長せずに雇用を大事にすることなんて出来ないので、おのずと経済成長は重要な政策になってきます。

 

ほどほどのインフレで経済を成長させるというのは、諸外国では当たり前の考え方なんですよ。その下で環境問題や経済成長に関わるコストの部分、再分配や教育にも取り組んで行きます。まずは、経済成長が前提となり、その過程ででてきた問題をリベラル的な観点からフォローするという考えです。

 

栗原 経済成長が諸問題の根幹として共有されているわけですね。共産党なんかは、企業内部留保の切り崩しがカギと言ってましたが。

 

若田部 「内部留保」と聞くと、企業が現金を貯め込んでいるような錯覚を起こしてしまうんですけど、いろんな金融資産を買って保持しているので、正確には違うんですよね。やはりデフレだと、お金を持っているだけで得だから内部留保も増えているわけです。お金を回して人を雇う方が得な世の中になるとそれは変わっていきますよね。

 

内部留保を問題にするのは百歩譲っていいとしても、共産党の場合はそこから先、どのように景気を回復していくのかという手法が無いように感じました。ただ、消費増税に一貫して反対している点は、共産党も評価出来ますし、今回の選挙でもそのあたりは有権者に評価されたのではないでしょうか。

 

 

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倒れゆくドミノ

 

栗原 若田部先生の、アベノミクスに対する現時点の評価はいかがですか。

 

若田部 今のところいいですよね。栗原さんと『本当の経済の話をしよう』を書いた時には、まさかリフレ政策がとられるとは夢にも思っていませんでした。今や、浜田宏一先生がなにか発言する度にニュースになりますし、岩田規久男先生に至っては日銀副総裁ですからね。

 

アベノミクスについて簡単に解説すると、アベノミクスでは「三本の矢」と銘打ち、第一の矢に「大胆な金融緩和」、第二の矢に「機動的な財政運営」、第三の矢に「民間投資を呼ぶ成長戦略」の三本をうたっています。

 

第二の矢については、4月から補正予算がついただけですし、第三の矢である成長戦略にいたってはまったく動いていません。今、実際にやっていると言えるのは第一の矢だけなんです。第一の矢については私は高く評価しています。

 

栗原 第一の矢に関しては評価されているということですが、一般の人からすると「ぜんぜん変わってない、それどころか物価が上がっただけで悪くなってるんじゃないか?」というのが今のところの実感じゃないかと思うんですよ。我々庶民が景気が良くなったなと感じるようになるまでにはタイムラグがあるんですかね。

 

若田部 その通りです。当然タイムラグはありますが、それでも今の時点でかなり良くなっていると言えます。思ったよりも早く実感として感じられるのではと思いますね。実際にコンビニがこぞって一時金(ボーナス)を出し、賃金が上がったことが話題になりました。

 

栗原 ローソンとセブンイレブン(セブン&アイ・ホールディングス)ですね?

 

若田部 そうそう。景気が良くなると、小売業界は良くなっていきます。そうなると、待遇を上げないと辞めて従業員がほかのお店に行ってしまう。今は非正規の雇用が増えたり、一時金が出たり、残業代が出たりしています。

 

政府の統計でも2012年12月から2013年5月まで、実質可処分所得が増えていると発表されました。所得階層別に分けてみると、中間層はあまり変わっていませんが、高所得者と、低所得者の人の可処分所得が増えています(内閣府「今週の指標 No.1073 家計の所得と物価の動向」2013年7月17日。http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2013/0717/1073.html)。前者は株価の値上がりの影響で、後者の待遇市場に敏感にさらされているので改善したと考えられます。

 

栗原 僕はフリーランスなのでまだ実感ないですねー(笑)。

 

若田部 アベノミクスでイベントが増えれば、一時金が増えるかもしれません(笑)。

 

栗原 視野に入ってくる限りでは、左翼の人達には「景気が良くなったって、結局企業が儲けるだけで、労働者には回ってこないんだよ。お前らは騙されているんだよ!」という論調が多いようです。こういう物言いが説得力を持ってしまったりするのも、そうは言っても景気が回復している実感が薄いからだと思うんですよ。「どうも連中が言ってることは違うんじゃないか?」というくらいに実感が伴うようになってくるのはいつ頃になるんでしょう。

 

若田部 安倍政権が発足してから一年半から二年後には実感出来るところまで回復すると思います。ただ、これも他の政策に影響を受けるので、消費増税をやると確実に回復は遅くなるでしょう。もし、増税に踏み切らないのであれば、けっこう早く達成出来るのではと感じています。円安が急激に進み、株価が急速にあがっため、今は予想よりも早回しで動いてますね。実際に物価も上がりはじめました。ドミノ倒しのように影響していくなら、最初のドミノを押す勢いが強かったと言えるでしょう。

 

栗原 円安になって輸入品の値段が上がり、電気料金も上がって、物価が上昇している感じはあるわけですが、物価が上がったのに給料は上がらないということはあり得るんですか。

 

若田部 しかし、賃金が上がらないと物価は上がらないというのは定説ですので、物価だけ先に上がるというのは考えにくいと思います。

 

栗原 左派の人達がいうような、物価だけが上がって給料は上がらず庶民は生活が苦しくなるだけ、という事態はない?

 

若田部 それはないでしょうね。アベノミクスの大前提は、働きたいけど働けない人がいて、使われるべきだけど使われていない設備・機械があるということです。つまり、デフレによって経済が停滞していただけで、余力はまだまだあるということが大前提なんです。

 

もし、そういった余力がないと、賃金が上がらないので、物価だけが上がってしまい、いわゆる「スタグフレーション」になってしまいます。

 

栗原 今はスタグフレーションの状態だと主張しているエコノミストもいますけど、アベノミクスは、金融緩和によって眠っている部分を動かしたわけですね。

 

 

 

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無題

 

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