いつ、どのように財政再建を行うか――消費税増税を考える

経済学者間のジェネレーションギャップ

 

さて、大学学部レベルのマクロ経済学の授業で習うIS-LMモデルをはじめとしたケインズモデルでは、将来のことが捨象されているため、将来世代の負担というものが考えられていない。そのため、減税もしくは政府支出の増大によって無限の財政赤字を出すことで、無限の可処分所得の増大が可能になり、そのツケを誰も払う必要がない構造になっている。

 

しかし、将来の負担を考えないというのは、あくまでケインズモデルが現在の総需要政策などの効果にのみ焦点を絞るための簡略化であって、現実がそうだと述べているわけではない。

 

理論モデルの意義とは、複雑な世界を単純化して理解しやすくすることにあるが、適用範囲を誤るととんでもないことになってしまう。例えば、物理学においても、鉄球の落下速度を考える場合には空気抵抗はないと仮定しても差し支えないかもしれないが、紙風船を落下させる場合は空気抵抗を無視するわけにはいかないだろう。このように、扱う問題によって仮定の妥当性は変わってくる。

 

ケインズモデルでは将来の負担は存在しないと仮定しているが、政府債務の問題を考える場合はそこが重要になるために、ケインズモデルを適用するのは不適切であろう。元々ケインズモデルはあくまで短期の問題を考えるツールなので、政府債務のような長期の問題を考えるには向かないのだ。

 

このような将来を捨象したケインズモデルの欠点は、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学教授のロバート・ルーカスによって指摘され、現代のマクロ経済学では将来の負担というものが明示されている。とくに、現在世代と将来世代を異なる経済主体として取り扱うものを世代重複モデルと呼び、そこでは国債によって世代間の所得移転が生じることが明確に示される。

 

しかし、この将来の負担を考慮した近代的なマクロ経済学は通常大学院でようやく習うことになるため、大学院以上の経済学教育を受けた人間とそうでない人間に大きな溝を生んでしまっている。また、学者であっても、世代が上になるとこのような近代的なマクロ経済学の教育は受けていないため、経済学者の間でもジェネレーションギャップがある。近代的なマクロ経済学では、ケインズモデルとまったく逆の結論が出てくることも多々あるため、最先端の学者がむしろ基礎的なことすら分かっていないという批判を受ける理不尽な事態が起きたりするのである。

 

 

財政破綻の可能性

 

話を戻すが、将来時点で国債償還のために増税をせず、また国債を発行して増税を先送りし続ければ良いのではないかと考える人もいるだろう。

 

実はこれはねずみ講と同じである。ねずみ講と国債は、後から入ってくる人々が、前にいた人々に移転を行っているという同じ仕組みの上に成り立っている。従って、ねずみ講がいつかは破綻すると考えられているのと同じ理由で、国債の永久の借り換えも不可能であり、どこかで破綻することとなる。

 

最終的に破綻して国債が償還されないことが分かれば、最後の世代は国債を購入しないだろう。すると、その前の世代は最後の世代に国債を売ることができず、国債の償還を受けられないため、この世代も国債を買わない。そうすると、その前もその前も買わないことになり、最終的に自分達の世代も国債を次の世代に売ることができず、結果的に現在時点で借り換え債が発行できずに国債が償還不能に陥り、財政破綻が生じる可能性がある。つまり、将来的に財政破綻が生じると皆が思った時点で財政破綻が生じるのである。

 

ただし、例外的に永遠の先送りが可能な場合がある。それは、経済成長率>金利という場合である。国債には金利がつくので、借り換えをする場合は既存の国債残高に利払い費を追加した分新たな国債を発行しなくてはならない。そのため、新規の財政赤字がなければ国債は金利のスピードで増えていくことになり、その分将来世代の負担も増え続けていく。

 

ねずみ講でいえば、入会金が一定ではなく後になるほど高くなっていくような状況である。よって、もし金利>経済成長率であれば、将来世代に課さなければならない負担は雪だるま式に増えていき、最終的にはすべての所得をもってしても負いきれなくなって破綻する。しかし、経済成長率>金利であるならば、負担の増加以上に所得が増えていくので、永遠の先送りが可能となるのである。

 

ただ、近年の日本のデータを見ると、バブル期を除けばおおむね長期金利は経済成長率を上回っており、この条件を満たしていない。他の主要先進国においても、金利が規制などで低く抑えられていた時代は経済成長率>金利という状態が珍しくなかったが、金利の規制撤廃などが進んだ80年代以降はおおむね長期金利が経済成長率を上回っている傾向にある。

 

また、理論的には、経済成長率>金利という状態は達成が難しいというより、そもそも望ましくないものと考えられている。

 

いま、経済成長率が10%、金利が5%として、所得の1割を掛け金として若年期に支払うと、将来年老いたときにその時点における若年者の所得の1割をもらえるという賦課方式の年金を導入したとする。現在の若年者の所得が1000万円ならば、まず100万円を支払う一方で、将来時点の若年者の所得は1100万円なので110万円を将来得ることになる。つまり、この賦課方式の年金は10%の収益率を持つ資産と同じになる。賦課方式の年金とは、経済成長率が収益率になる資産なのである。

 

つまり、経済成長率>金利の場合、政府が賦課方式の年金を活用することで、国民により収益率の高い貯蓄手段を提供する余地が残されていることになる。国民は賦課方式の年金に加入することで貯蓄手段が増えるため、その分通常の資産を減らすことになるだろう。

 

すると、通常の資産に対する需要が減るため、金利が上昇する。経済成長率>金利である限りは賦課方式の年金という資産をより多く供給してほしいと国民は望むので、経済成長率=金利になるまで掛け金を引き上げたほうが良くなる。逆に言うと、経済成長率>金利の状態が長期的に続いている場合は、こうした貯蓄手段が十分に提供されていないという意味で非効率な状態なのだ。これを動学的非効率性とよぶ。

 

以上のように、経済成長率>金利という状態は、少なくとも長期では成立することを期待するのは難しいと考えられる。そのため、財政破綻を防ぐためには、政府はいずれかの時点で増税なり歳出削減をしてきちんと国債を償還しなくてはならない。国債が償還される限りは、国債の買い手がつくので、財政は持続可能ということになる。逆に、財政の持続可能性が満たされなければ、財政破綻の危機が生じる。

 

財政破綻とは、ある意味で究極の財政再建であり、国債を保有している現在世代がすべての負担を背負うことになる。国債を償還しないということは、国債に同額の税を課したというのと同じだからだ。

 

しかし、いくら将来世代への負担の先送りが問題だからといって、さすがにすべての負担を現在世代が背負うというのもやり過ぎであろう。また、先にも言ったように日本の国債の大半を保有しているのは金融機関であるから、財政破綻が生じれば、銀行破綻などの金融危機に直結する可能性が高い。これは、単に世代間の負担が変わる以上に大きな歪みをもたらすことになると思われる。

 

よって、財政再建が必要な理由は、(1)財政破綻というハードランディングを避けること、(2)世代間の不公平性の問題を是正すること、の2つに集約される。【次ページにつづく】

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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