2013.12.30

第二次安倍政権の経済政策を振り返る

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #金融緩和#アベノミクス

昨年の12月26日に第二次安倍政権が成立して1年が経過した。以下では安倍政権の経済政策を振り返りつつ、今後を展望したい。

アベノミクスの進捗動向

アベノミクスは「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、「民間投資を喚起する」成長戦略の3つからなる政策パッケージである。

金融政策と財政政策は、景気変動の波を安定化させ、ケインズの言う「準好況状態」を維持し続けるための「経済安定化政策」に位置付けられる。成長戦略は、生産のために必要な資源をより効率的で無駄のない形で使用できるようにし、生産性の底上げを図るための「成長政策」である。経済政策には経済安定化政策、成長政策以外にも税や社会保障といった手段を通じて社会の公平度を高める「所得再分配政策」があるが、アベノミクスは経済安定化政策と成長政策の二つを駆使することでデフレと経済停滞から脱すことを意図した経済成長に特化した政策パッケージであるともいえる。

アベノミクスの進捗動向を確認すると、第一の矢については、昨年11月14日の野田首相(当時)と安倍総裁の党首討論で衆院解散が決まり、安倍総裁は誰もが想像すらしなかった「デフレ脱却のための金融政策」を最大の争点として衆院選を戦った。こうした動きが将来の大胆な金融緩和策の実現を予感させ、「2%の物価安定目標」を含む政府・日銀の共同声明(1月22日)、デフレ脱却に積極的な日銀新体制の成立・始動(3月21日)、新体制の下での量的・質的緩和策の公表・実行(4月4日)という形で具体化していった。

第二の矢については2012年度補正予算として「日本経済再生に向けた緊急経済対策」(2月26日成立)、2013年度予算(5月15日成立)が決まり、第三の矢については日本経済再生本部や産業競争力会議で議論が進められて、新たな成長戦略「日本再興戦略」が閣議決定(6月14日)され、秋の臨時国会で関連法案の一部が成立した。今後成長戦略の具体化と追加的な成長戦略の策定が行われる見込みである。

的を射た第一の矢

アベノミクス三本の矢の中で政策が十分な形で実行され、成果が出ているのは第一の矢たる「大胆な」金融政策である。4月4日に公表・実行された量的・質的緩和策では、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を、2年程度の期間を念頭においてできるだけ早期に実現すべく、長期国債、ETF、J-REIT、CP・社債等の買取りを通じてマネタリーベース(2012年末実績138兆円)を2013年末に200兆円、2014年末に270兆円まで拡大するとしている。

量的・質的緩和策公表時のマネタリーベースやバランスシートの見通しと実施動向を比較すると、日銀が当初見通したとおりの緩和がなされている。今年も日銀の想定通りの経済動向が続くのであれば、見通し通りに緩和が行われるはずだ。

第一の矢は予想インフレ率を引き上げ、円安・株高をもたらした。昨年11月14日の野田前首相の解散発言から11月14日における日経平均株価・ドル/円レートの動きを比較すると、株価は72%上昇し、ドル/円レートは25%の円安となった。

4月時点では、大胆な金融政策を行っても株高や円安といった資産市場の好転しか生じず、実体経済には影響しないという指摘もなされたが、第二の矢の効果も相まって、実質GDP成長率(前期比年率)は、2012年10-12月期の0.6%から2013年1-3月期には4.5%と大きく上昇し、その後2013年4-6月期3.6%、7-9月期1.1%と回復が進んだ。

実質GDPが回復することで2012年10-12月期に17兆円であったデフレギャップは、2013年7-9月期には8兆円まで減少した。そして完全失業率は昨年12月から11月までに0.3ポイント(4.3%→4.0%)、有効求人倍率は同じ期間に0.17ポイント(0.83倍→1.00倍)回復しており、マクロでみた雇用も改善が進んだ。企業利益も輸出企業を中心に大幅に改善している。

「日銀が市場にいくらお金を供給しても、マネーストックや貸出が増えないために量的・質的緩和は無駄に終わる」との指摘もあった。しかしマネーストック(M3)、広義流動性の前年比伸び率は、昨年以降伸び率を高め、M3の伸び率は3.4%と2002年以来の高さ、広義流動性の伸び率は4.2%と1997年以来の高さ、銀行貸出の伸び率は2.2%と2009年7月以来の高さである。また銀行貸出は大企業向け、中小企業向け、中堅企業向けと時間の経過とともに裾野を広げている。このようにマネーも着実に動き出している。

2014年の「大胆な」金融政策のゆくえを展望すると、消費税増税のショックにどう対処していくのかをにらみながら、さらなる政策の強化を図ることが必要となるだろう。

日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」(2013年12月6日公表)によると、今年度の民間エコノミストの実質GDP成長率の見通しは0.8%、とくに消費税増税が始まる2014年4-6月期の実質GDP成長率はマイナス4.6%と急落の見込みである。しかし円安や株高の進行、景気の改善、そして想定通りの物価の動きが進むという現状からは、「消費税引き上げに伴う駆け込み需要とその反動の影響を受けつつも、基調的には緩やかな改善を続ける」という日銀の見通しが変更される材料は、少なくとも消費税増税前までは乏しいのではないか。

黒田総裁は12月20日の金融政策決定会合後の記者会見で消費税増税の影響について問われた際に、消費税増税に伴う駆け込みと反動減の動向は注視する必要があるものの、駆け込みと反動減は相殺されるため、むしろ重要なのは消費税負担が増えたことによる(実質所得減少を通じた)個人消費への影響がどの程度あるかだとし、さらに多くの既存研究では実質所得減少を通じた個人消費への悪影響はそれほど大きくないと述べた。他方、毎月開催される金融政策決定会合において上下双方向のリスクを点検し、必要に応じて調整を行うことを改めて強調している。

以上の黒田総裁の発言を考慮すると、追加緩和を行うのは消費税増税を行った後のタイミングで、かつ日銀が想定する潜在成長率を上回る成長が続き、デフレギャップが次第に縮小するという現在のシナリオが崩れたと判断した場合ということになるのではないか。一方で日銀が現在描いているシナリオが崩れ、景気の腰折れが鮮明だという判断が早期になされるのであれば、追加緩和の決断は早いと考えられる。

金融政策が実体経済に十分な効果を及ぼすまでには1年から1年半のタイムラグがあるため、追加緩和に個人消費や住宅投資の落ち込みをピンポイントで抑制する効果を期待するのは難しい。他方で予想インフレ率や株価・為替レートの悪化への対抗策としては意味がある。その場合には単に緩和額を増やすのではなく、人々の予想に働きかけるための新たな工夫が必要となる。

そのための工夫として筆者が提案したいのが、次のような強化策の実行である。

この強化策には政府のリーダーシップが不可欠だ。安倍首相は政権発足から1年が経過した12月26日に黒田総裁と会談したとのことだが、こうした動きを具体策につなげていくことである。まず1月22日の共同声明1周年のタイミングを捉えて、これまでの成果や課題を踏まえて共同声明の内容に修正を加えるべきである。具体的には、政府が近い将来(2年程度)に日銀法改正を行うことを明記した上で雇用の最大化を日銀の政策目標として新たに追加すること、共同声明は日銀法改正のタイミングで政策協定(アコード)とし、日銀法に紐付けされた法的根拠を持つものとすることといった修正が考えられる。

これらの方策は政府と日銀との政策枠組み強化を通じて物価安定目標への信認を高めることに寄与するだろう。来年4月30日には展望レポートの公表も控えている。「量的・質的緩和策」で公表している2014年末以降のマネタリーベースの見通しや経済・物価情勢の展望を明確化して、政策意図のさらなる浸透を図ることも必要だろう。

反転した第二の矢

アベノミクス第二の矢である「機動的な」財政政策については、的を射抜く前に反転してしまったとの思いを禁じえない。確かに2012年度補正予算としての「日本経済再生に向けた緊急経済対策」を早期に打ち出したことは、金融政策が効力を発揮するまでの日本経済の下支えとしての役割を果たしたという意味で評価できる。しかしデフレ脱却を確実なものとしないままで来年4月からの消費税増税が決まってしまったことは残念な限りである。

消費税増税が正式に決まるまでの過程ではさまざまな矛盾が露呈した。政府は消費税増税を決めた後で増税の悪影響を抑制するための経済対策(国費5.5兆円)を実施することを決めたが、そもそも経済対策が必要というほど消費税増税の悪影響を懸念するのならば、悪影響を懸念しない増税幅での消費税増税を行うか、消費税増税を行っても問題がない段階まで日本経済が回復するまで増税を先送りするのが筋であった。

そして経済対策の財源は前年度剰余金や今年度税収の増加分、国債費の不用額といった形で賄われた。余りガネがあるのならば、なぜ悪影響が及ぶことが明らかな消費税増税を予定通り行ったのだろうか? なぜ余りガネを社会保障費に回さなかったのだろうか?

消費税増税をめぐるメディアの報道姿勢も異様であった。10月初めの首相会見を待たずに、首相は増税を決めたとする報道があちこちで見られた。官房長官が否定すると、引き上げが既定路線であるかのような報道が繰り返された。消費税増税の決定を数日早く知ったとして何の利益があるのだろうか? 消費税増税をめぐるさまざまな論点を整理・分析し、政策論議を徹底的に行うことこそ必要ではなかったのか。

さらに言えば、経済対策そのものにも問題がある。経済対策の具体的な中身は、東京オリンピック・パラリンピックへの対応などの交通・物流ネットワークの整備や中小企業支援策に1.4兆円、若者や女性を含めた雇用拡大・賃金促進のための措置として0.3兆円、東日本大震災からの復旧・復興に1.9兆円、国土強靭化に1.2兆円、子育て世代への影響緩和策と簡素な給付措置にそれぞれ0.3兆円という構成である。ただしこの効果は十分ではない。

なぜか。1つ目の理由は短期的な景気刺激効果が弱いことだ。安倍内閣が2013年1月11日に閣議決定した「日本経済再生に向けた緊急経済対策」(事業規模20.2兆円、国費10.3兆円)と比べると事業規模は同程度だが国費の規模は半分強である。「日本経済再生に向けた緊急経済対策」は景気への即効性が高い公共事業費が増えることで2013年4-6月期以降の実質GDP上昇に寄与した。公共事業費5.5兆円から出資金や移転を除く4兆円程度が2013年度の実質GDPを0.8%程度押し上げたことで日本経済に影響したと考えられる。

しかし、今回の経済対策の公共事業費は約3兆円程度と見込まれるが、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」と比較して日本経済へのインパクトは弱く、2014年度の実質GDPを0.4%程度押し上げるにとどまるだろう。

そして2つ目の理由が、消費税増税の影響が大きい中低所得者層への対策が十分に行われていないことだ。消費税増税の負担額は消費額の多い高所得世帯が大きくなるが、家計負担率は低所得世帯ほど高まるという逆進性がある。そして家計負担率の平均値を上回るのは年収700万円未満の世帯である。政府は簡素な給付措置を行うが、これによる家計負担率の改善は年収200万円未満世帯に限定され、負担率平均よりも影響が深刻な200万円以上700万円未満の世帯負担率は改善しない。今回の消費税増税は断続的に家計の実質所得への負担が増す中で行われる。経済対策は家計負担の増加を食い止めるには力不足なのである。

政府は12月24日に2014年度予算を閣議決定した。2013年度当初予算と比較すると3兆円の増額となる95兆8,823億円の規模となっている。しかしながら財政規模という面でいえば、補正予算を考慮した数字で考える必要がある。さらに2012年度補正予算「日本経済再生に向けた緊急経済対策」は2013年2月26日に成立し、2013年度の日本経済に影響したことを考慮すると、2013年度の財政規模は、当初予算92兆6,115億円に2012年度補正予算13兆1,054億円(経済対策10兆2,027億円に基礎年金国庫負担等及びその他の経費を加えた額)を加えた105兆7169億円ということになる。一方で、2014年度の財政規模は2014年度予算95兆8,823億円に消費税増税への対応策として講じられた2013年度補正予算5兆4,654億円を加えた101兆3,477億円である。

消費税率の引き上げで見込まれる負担額(1%の消費税率引き上げで見込まれる税収を2.7兆円として3%分)を8兆1,000億円とすると、105兆7169億円-101兆3,477億円+8兆1000億円=12兆4,692億円が来年度に見込まれる財政緊縮の度合いである。現在明らかになっている数値から判断すると、2014年度は12兆円を超える規模、名目GDP比で2.6%の財政緊縮にさらされる可能性もある。まさに第二の矢は的を射抜く前に反転してしまったのである。

筆者は新たに2014年度補正予算(経済対策)が打ち出される可能性が高いとみるが、現状の対策で経済の下支えが不十分であると政府が判断した場合には、躊躇なく家計への給付策をメインとしたさらなる追加の経済対策を実行することが必要だろう。

的外れな第三の矢、そして真に必要な第四の矢への道筋を

アベノミクス第三の矢である「民間投資を喚起する」成長戦略についてはどうか。成長戦略を考える際には三つの視点でみると良い。

第一の視点は、アベノミクスが2年程度で2%の物価上昇率を安定的に達成した後の日本経済の大まかな方向性を決めるためのものとして成長戦略を捉えるというものだ。

これには二つ目の視点であるレジームが関わってくる。日本経済が成長していくためには、若田部昌澄氏が言う、オープン・レジームに舵を切ることが必要である。

オープン・レジームとは、裁量やお上からの計画を重視するのではなくルールや枠組みを重視する政策運営を行うこと、特定企業や産業の利害重視(プロビジネス)ではなく市場を重視すること(プロマーケット)、新規参入を警戒するのではなく新規参入を歓迎する政策運営を行うこと、産業政策ではなく競争政策を進めること、特定産業への補助金ではなく広く恩恵が行き渡る減税を重視すること、裁量型再分配ではなくルールに基づいた再分配政策を進めること、といったものである。このような方針にどれだけ舵を切れるかで日本経済の将来像は随分と変わるはずだ。

そして第三の視点は政策手段である。成長戦略には規制緩和、ターゲティング・ポリシー、対外政策が混在している。その中で、規制緩和と対外政策を重視すること、さらに実行する政策を絞り、着実に実行することが必要だ。

成長戦略「日本再興戦略」は三つのプランに分かれる。日本産業再興プランは産業基盤の強化をうたっているが、設備投資を拡大させ、立地競争力の強化を進めるには、法人税減税や事業設立のための手続きの簡素化が必須である。そして女性や高齢者の活躍を促進するための制度整備も必要だ。また国内市場の開拓をうたう戦略市場創造プランでは、医療・電力・再エネ・インフラ整備・農業・観光振興といった産業が対象となっているが、その中でも医療・電力・新エネ・農業については規制緩和を徹底することが必要だ。

逆に特定団体の利益の温床になるのであれば元も子もない。観光振興については、訪日プロモーションといった地道な努力も不可欠だが、円安の環境を維持・強めることも重要だ。海外市場の開拓を狙う国際展開戦略については、戦略で述べられているTPPを含む経済連携協定の推進に全力を尽くすべきであろう。

昨今の情勢をみると、経済政策においてもデフレ脱却最優先からデフレ脱却と財政再建を両立させるための増税といった形で一兎を追う姿勢から二兎を追う姿勢への変化が見られるし、さらに経済重視ではなく徐々に「安倍カラー」が台頭しつつあるようにも見受けられる。こうした動きは好ましいと言えるのだろうか?

筆者は今年の4月に公刊した『アベノミクスのゆくえ』(光文社新書)の末尾で次のように述べた。少々長いが引用させていただこう。

安倍政権が誕生せず、これまでと同じ「デフレ維持レジーム」に沿った政権が誕生すれば、日本経済の停滞はさらに深刻化するでしょう。「失われた20年」ではなく「失われた30年」が現実のものになるのかもしれません。停滞が続くことは、我々が現在、そして今後直面するであろう問題への耐性をさらに失わせることにつながります。

「大胆な」金融政策に対する野党の反発は、景気回復やデフレ脱却という「事実」により正当ではなかったことが論証されるでしょう。むしろ野党がアベノミクスに明確に反対すべきは、安倍政権の経済政策の中から適切な所得再分配政策を行うという視点が欠けているのではないかという点です。

わが国は先進諸国なみの経済成長が必要です。しかし拡大した経済のパイを、財政状況を考慮しつつ適切に分配することは、社会そのものを安定化させるとともに、市場メカニズムそのものをも有効に作動させる条件であることにも留意すべきです。都市と地方の格差をどう決着をつけるのか、世代間の格差をどう是正するのか、年金や医療・介護が抱える課題にどう対処していくのか。これらは成長によって改善できる要素もありますが、それだけでは解決が困難な分野も当然存在します。

デフレからの早期脱却と、デフレに起因する経済停滞の影響をいかに早く取り除くことができるか。この重要性とともに、「アベノミクスの先」の問題にいかに早期にフェーズを移すことができるかが今後の鍵と言えるでしょう。

三段ロケットに例えれば、アベノミクスは最初のロケットをようやく切り離したところである。確かに発射したことは大いに評価すべきだ。だが途中で推進力を失い、はたまた墜落してしまっては元も子もない。こうした意味で2014年は勝負の年である。そして「アベノミクスの先」の問題に早期に踏み出せるようになってもらいたいものだ。

サムネイル「Shinzō Abe in 2013 cropped.jpg」Fæ (original photo) by cropped Lq12

http://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AShinz%C5%8D_Abe_in_2013_cropped.jpg

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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