反ケインズ派マクロ経済学が着目したもの──フリードマンとルーカスと「予想」

ルーカスの「合理的期待」革命

 

さて、前回も触れましたように、シカゴ大学というところは、一時ハイエクもいたくらいで、もともとシカゴ学派と呼ばれる自由主義経済学の伝統があったところですが、フリードマンが同大学で教鞭をとって、同僚や教え子に多くの市場自由主義の経済学者が育ってくることになります。その中で、フリードマンに続く世代のロバート・ルーカスさん(1937-)が、経済学の歴史に一時代を画することを言い出しました。「合理的期待」という考え方です。

 

「合理的期待」というのは、人々が将来の価格などを、現在の情報から得られる確率的期待値に一致するように予想するという意味です。まあ、おおざっぱに言えば、平均的に見たらだいたい当たるように予想するということです。

 

ルーカスさんは、この合理的期待を話の前提にした理論モデルを使って、驚きの結論を導き出しました。さすがのフリードマンも、総需要拡大政策は短期的にだけなら効果があると言っていたのに、それをも否定したのです。人々の意表をついてやるならば効果があるが、人々が平均的に見てそれを予想するならば、総需要拡大政策は短期的にも無効になる。ただインフレになるだけだと言うのです。ですからここからは、フリードマン以上に、政府による経済への介入を否定し、自由な市場の調和性を強調する立場が導かれました。

 

このルーカスさんの議論がセンセーションを巻き起こし、やがてこの手法を使うことが経済学の主流の作法になっていったのです。

 

この議論が最初に広まっていった頃は、この理論モデルの総需要拡大政策を無効にする性質やバッチリ市場均衡がなされる性質は、合理的期待という前提に原因があると思われていました。だから、こうした結論が気に入らないケインズ派や、その他の左派系の経済学の人たちは、「合理的期待なんて前提は非現実的な絵空事だ」という批判をやっきになってしていたわけです。

 

ところが実はこれは誤解でした。

 

そもそもの出発点になったルーカスさんの1972年の最初の合理的期待モデル[*6]は、今日「ルーカスモデル」と呼ばれていますが、計算の都合のために、たしかにとんでもなく非現実的なおとぎ話のような想定をおいています。こうした想定の非現実性をあげつらったり、「合理的期待」という前提が「絵空事」だと言ったりするのは簡単なことです。

 

しかしその後続々と明らかになったのは、このルーカスモデルの想定をそっくりそのまま使い、合理的期待の前提もおいたままで、このモデル自体にルーカスさんが気づいていなかった別の均衡がいくつもあるということでした。そしてそれらの別均衡のもとでは、政府がおカネの発行を増やしたとき、ただインフレになって終わりというわけではなく、ちゃんと生産が増えることが明らかにされたのでした。

 

このことは、もうずいぶん早くから指摘されていたことなのですが、最近では松井宗也さんが詳しく研究されていますので、ここでは松井さんの論文[*7]にしたがってそのことをご紹介しましょう。

 

 

Lucas(1972)の島モデル

 

ルーカスモデルそのものの詳しい説明は日本語でもたくさんあって、どれも正確なのですが、私の読んだ限りでは、大瀧雅之さんの『景気循環の理論』[*8]第1章第3節の説明が、モデルの仮定の経済的意味やタネの「仕込み」に踏み込んだ説明をしていて圧倒的にわかりやすいので、詳しくはそちらをご覧下さい。ここではその大瀧さんの解釈にそって、数学的展開にはまったく触れずに、言葉で概要だけお話しします。

 

ルーカスモデルで想定されている人たちは、現役の頃と引退してからの二期間生きます。人口は永久に一定なのですが、現役時代は出鱈目に二つの島に分かれます。そこで「財」というものを生産するのですが、これは期間を超えて保存することができません。なので、その期のうちに自分で消費するか、同じ島に住む引退世代の人に売るかします。売ったら「貨幣」が手に入り、これは次の期に持ち越すことができます。

 

次の期になったら、現役世代だった人は引退して、両島の総貨幣量が等しくなるように島の間を移住します。これはとてもご都合主義的な仮定なのですが、計算が複雑にならないために必要な工夫だと思って下さい。そして、引退した人たちの持っている貨幣に対して、政府が新たに貨幣を発行して、ランダムな利率の利子をあげます。彼らは、こうやって増えた貨幣をその期の内に費やして、住んでいる島の現役世代から財を買って、それを消費して一生を終えます。……とまあ、こんな想定のモデルです。

 

そうすると、引退してしまった人は、ただ持っている貨幣で財を買うだけですので何も決めることはありませんけど、現役世代の人は決めなければいけないことがあります。どれだけ働いて財を生産するか、現役のうちにどれだけ消費するかということです。これを決めるためには引退後の生活のことも考えなければいけません。すると、引退後に財をどんな価格で買えるかが気になります。このモデルの中の人はこれを合理的に予想して必要な決定を行います。

 

ここで、現時点の物価が上がったとしましょう。モデルの中の人はこれを手がかりにして将来の物価を予想します。現時点の物価が上がるには、二つの原因が考えられます。一つは、この島に振り分けられた現役人口がたまたま少なかったせいで、財の供給が少なくなっているということです。もう一つは、引退世代に政府から渡された利子が多くて、彼らの手元に貨幣がたくさんあって、財の需要が多くなっているということです。

 

前者は、生産条件の変動の不確実性を、後者は、政策の変動についての民間人の不確実性を、それぞれ象徴する「おとぎ話」だと思って下さい。ルーカスのタネの「仕込み」は、この二つの原因を人々がその期のうちには区別することができず、次の期になってはじめてわかるという想定になっていることにあります。

 

もし物価上昇が全部現役人口の変動のせいならば、それは次期の現役人口には関係のないことです。次期には平均的には物価が元に戻ると予想されます。つまり、いまより物価は下がるということです。これは貨幣を持ち越せば将来買える財が増えるということで、実質的に利子がつくことといっしょです。ならばたくさん稼いで貨幣を将来に持ち越して引退人生を楽しもうと思います。だから、生産が増えます。

 

ところが物価上昇が全部、貨幣が増えたせいならば、その貨幣が次期にも持ち越されますので、平均的に見て物価は高くなったまま変わらないと予想されます。貨幣を持ち越すごリヤクは変わりませんので、生産も増えません。

 

しかしこのモデルの中の人は、この両者を今期中は区別できませんから、物価が高くなった理由が、本当は政府が人々の意表をついて貨幣発行を増やしただけのことだったとしても、人々は自分の島への現役人口の割り振りが少なかったせいである可能性を否定できません。その可能性の分は、人々は財の生産を増やして貨幣の持ち越しを増やそうとします。だから、人々に予期されざる金融緩和政策は、生産を増やすという意味で有効ということになります。

 

ところが政府の貨幣供給がバッチリ人々によって認識されるならば、人々はただ現役人口の割り振りに反応するだけで、貨幣の変動の方に反応して生産を増やすことはしません。だから、予想された金融政策は無効ということになります。

 

[*6]R. E. Lucas, Jr., “Expectations and the neutrality of money,” Journal of Economic Theory, Vol. 4, 1972.

 

[*7]松井宗也「Lucas (1972)モデルにおける複数均衡」(2012)http://www.ic.nanzan-u.ac.jp/MCENTER/pdf/wp1202.pdf

 

[*8]東京大学出版会、1994年。

 

 

 

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